第1章:始まるように終わる毎日
第1話:青の変化。今日も1日頑張るぞい
「青原もおはよ」
「あっ……おはよう……」
わたし、青原文佳は学校では超が付くほど陰キャだ。オタクだからとか、性格がどうとか、そういうのを全部ひっくるめた結果なので、なかなか治ることのない病みたいなものだと思っていただければ幸いだ。
そんなわたしだが、日中誰とも話さないか、と言われたら嘘になる。
朝のルーチンワーク。明るいブラウン色の髪の毛をサイドテールにまとめた、まさに太陽の化身。陽キャの代名詞と言っても差し支えなさそうなギャルがわたしに挨拶をしてくるのだ!
毎回思う。なーーーーーーんでわたしなんかに声をかけるんだこのギャルは?!
目的が挨拶することだけみたいだから変に勘繰ることも出来ず、去っていく背中をただ黙って見送るだけ。
不思議な人だなー、と思う。顔も声もいいからなんでも許されちゃう陽キャ。羨ましい。わたしだってもっと顔も声もよくなりたいよ、本当に……。
「さて……」
イヤホンを耳に装着して、スマホでYItubeを表示する。
目的はもちろん、わたしのもう一つの姿である秋達音瑠香のアーカイブを見ることである。半年間わたしの朝のルーチンのひとつになりつつあるこのアーカイブの視聴は、自分の配信の質を向上させることが2割。残りの8割は変なことを口走っていないか確認する目的もある。
まぁ、最近は面倒くさくて飛ばし飛ばしだったり、動画速度2倍速だったりするけど。
わたしの配信なんて8割ぐらいは無言でイラストを描いてるようなものだから、失言や質の向上なんてのはただの言い訳なんだけどさ。
でも昨日は露草さんがちゃんと見てくださってるのと、レモンさんがコメントくださったことが嬉しかったな。
元々おしゃべりな方ではないのと、基本的に露草さんしか喋る相手がいないので、黙り込んでしまうのは悪い癖だと思う。けど反応がある壁ならまだしも、帰ってくるのは何かの物音だけなわけで。
あーしんどい。Vtuberやめたい。わたしが尊敬するイラストレーターさんみたいにイラストで売っていけたらなぁ……。
「はい、じゃあホームルーム始めるぞー」
「げ、もうそんな時間?!」
「時計をよく見ろ赤城。もう何回目だと思っているんだ」
「でも許してくれるんでしょー?」
「早く着席しなさい」
「はーい」
顔がいいから許される。
顔がよくないわたしが隠れて授業中に動画なんて見てたら、きっと廊下に立たされることだろう。バレるようなヘマはしないつもりだけど、流石にする勇気はない。
こうして1日が過ぎていく。1人でノートに書き込んで。1人でご飯を食べて、1人で放課後を迎える。気づけば学校は終わっていた。
さて、今日も直帰して配信の準備しなきゃなぁ。
「……ねぇ青原」
「え? あっはい……」
不意に背後から声をかけられる。いつも朝に聞こえる無駄に明るくて、それでいてギャルギャルしているやたらと耳の中に響く可愛らしい声
誰だ。なんて流石に分かっているけど、顔を見なければいけない。振り返ってみると顔がいいサイドテールの、毎朝挨拶してくる例のギャルだった。
「今日、暇?」
「あっ、え。えっと……」
え、なに突然?! 別に帰りの挨拶とかじゃないよね? てかいま誘われた?
よ、用事か何かかで? でもわたしと彼女の間に接点なんて全くないし。
というか配信の準備が……。いやまぁ、どうせ始まる前の15分ぐらいから準備するだけで、家に帰ったら2時間ぐらいスマホ見ながら呟いたりするだけなんですけど。ってそういうのじゃなくて。わたしなんかがギャルを満足させられるわけがないんだから。えーっと、うーんと……。
「ひ、暇です……」
陽キャに迫られたら、断れるわけないでしょうが!!
闇属性は光属性に弱いって言うのはソーシャルゲームの常識だぞ!
「駅まで一緒に帰んない? 青原、電車通学でしょ?」
「あっ、はい……」
何でわたしのこと知ってるんだこの人。
周りの陽キャたちも付いてくるんだろうか。それは嫌だなぁ。できるだけ目を合わせないように顔を伏せて帰ればいいかな? あ、でもそれじゃあ「何。キモいんだけど」とか文句を言われかねない気がする。というか絶対言われる。
うぅ、頑張れわたし。なんとか目と目を合わせるしかない!
「うしっ! 帰ろっか!」
「あっはい……」
スクールバッグを背中に背負ったかと思ったら、スカートを翻して廊下へと入っていく。
その背負い方、憧れがあったからやってみたけど、腕がねじれかけたからやめたんだよなぁ。肩にバッグの両紐をひっかけて遠い目で歩き始めた。
廊下をギャルと2人。特に会話無し。
下駄箱をギャルと2人。特に会話無し。
校門から帰り道をギャルと2人。特に会話無し!
他の陽キャはいなかったけど、ギャルと2人。超気まずいです。
「青原ってさぁ」
「は、はい!!」
「うぉっ、びっくりしたー。そんな声上げんでも」
「あ、す。すみません……」
急にわたしの心のATフィールドを食い破ってくるな! 怖いだろ!
「別に怒ってないし。青原ってVオタなん?」
「へ?!」
実はね。へへっ、Vtuber本人ですがね、へへっ。なんて言えるわけないでしょ。
周りへのVバレなんてVtuber引退する理由ランキングTOP10に入るぐらいには有名ですよ! さらに言ってしまえば、相手はクラスのカーストトップギャル! バレてみろ。そんなもん人生の終末みたいなものだ。
「どうして、急にそんなことを……?」
「あー、いや。青原がいつもVtuberの動画見てるからちょっち聞いてみたくってさ!」
「あ、そうなんですか……」
いつも? ってわたしの朝のルーチンが全部バレバレってこと?!
どうしよう。わたしが自分のアーカイブを見てた時かな? だったら秋達音瑠香がこの人の眼前に……?!
考え始めたら血の気が引いてきた。
「だ、誰にも言わないでください何でもしますから」
「え、別に言わんけど……」
「何が望みなんですか身柄ですかお金ですかそれとも命ですか?!」
「脅すつもりはないってばぁ!」
サイドテールが跳ねながら、怒ってる。ひぃすみませんすみません。
「ったく。あたしをなんだと思ってるんだか」
「す、すみません……」
「まぁそんなことよりもさ。どうなのよ」
「えっと……」
Vオタか、と言われたら間違いなくそうなんですけども……。
そりゃあ元々有名どころのVtuberを知って、個人でも趣味でVtuberをしている人がいると耳にしたからわたしもやってみたい、ってことで自分もVtuberを始めたぐらいには重度のVtuberオタクだ。
でも自分がVtuberだってことは口が裂けても言いたくない。なのでこう口にする。
「は、はい。一応……。にわかみたいなものですけど……」
よし、これならいける。
「マジ?! じゃああたしと同じじゃん!」
「あっ、そ、そうなんですねぇ……」
ドン引き、というか。怖かった。
人間、未知の存在には恐れおののくものだ。目の前でギャルがVtuber趣味に共感を持っていたら誰だってビビるでしょ。Vtuberっていわゆるオタクの趣味なんだから。
あ、でも有名なところだったらメディアデビューもしてるし、知ってる人は知っているか。
「じゃあさじゃあさ! 聞きたいことがあるんだけど!」
ちょっと、しれっとわたしのATフィールドから先に近づかないでよ!
うわ、目がめっちゃキラキラしてる。まつ毛が長いし、肌もきめ細かい。ちゃんと化粧とか肌の手入れとかしてるのかな。すごく顔がいい……。
「個人Vtuberって、何されたら嬉しいかな?!」
「……へ?」
顔も声もいい女に個人Vtuberについて聞かれてしまった。
何されたら、って。何?!
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