プロローグ赤:赤の日常。いつものように続く
「っっかーーーーーーーー!! 今日の
時刻はもうすぐ0時。時計の針がてっぺん付近を指し示す。
というか、今日も音瑠香ちゃんかわいくないですか?!
あたしが好きーって言った瞬間、顔をうつむかせたし! 褒められ慣れてないんだ。かーわい! そういうのはモデルから伝わっちゃうんだよなー! ははは!!
「っと。さっそく今日の配信お疲れさまツイートをいいねと拡散して。そっから配信感想ツイートにー……。へへへ……」
誰かを、Vtuberを推すのは初めてだ。
ただの偶然で見つけ出すことができた個人Vtuberの
あたしの推しがもっと有名になってくれないかなー、と願うばかりだが、願うばかりでは当然力になることが出来ない。
けどなんかどっか聞いたもん! Vtuberは心が折れやすいから、サポートしてあげるのがリスナーの役目だって! 音瑠香ちゃんがツブヤイターで拡散してた!
やっぱ音瑠香ちゃんもチャンネル登録者数欲しいよなー。あんなプロ並みに可愛い立ち絵と、静かでクールで、人を落ち着かせてくれるチルボイスをしてるのに登録者60人は絶対におかしい。いつか音瑠香ちゃんの心が折れて、人知れず界隈からいなくなってもおかしくない。
「あたしが……。あたしが音瑠香ちゃんを有名にするんだ!!」
セルフ受肉Vtuberは拡散力がないって言う話も聞いたことがある。
でも音瑠香ちゃんのイラストはその辺にいるVtuberよりも一線を画すレベルの実力だと、素人目にも分かる。だからもっと評価されてほしいし、されるべきだと思う。
イラストを抜きにしても、今日みたいな褒められ慣れてない可愛い仕草をするあの子にはもっと幸せになってほしい。
高校2年生の秋。あたし、
あたし、露久沙改め、ハンドルネーム露草は思う。今日も音瑠香ちゃんはかわいいなー、って。
◇
「露久沙、おはー!」
「ういー! おはー!」
今日も学校へ行き、同じクラスの子たちに挨拶をする。
おはようと言葉を口にしたら、向こうもおはようと言葉を返してくれる。会話のキャッチボールはこういう小さな会話の積み重ね。1往復しただけで仲良くなったとは思わない。だからもっとボールを相手に投げる。
「今日もさみーねー!」
「ねー! はぁ、本格的に秋になってきたって感じ」
「マジそれー」
10月も半分を過ぎれば、寒さが増す。
うちの高校がカーディガンありでよかったー。ブレザーとワイシャツだけで生きろって言われたら多分みんな死んでたと思うし。
クラスのみんなに挨拶回りをしてから、最後に教室の端っこで黒い髪を俯かせたクラスメイトへと声をかけた。
「青原もおはよ」
「あっ……おはよぅ……」
知っている人と感謝している人にはいつも挨拶をして回っている。
例えばこの子、一見黒髪でパッとしなくて、二つ結びの三つ編みをした芋っぽい子。
名前は青原 文佳(あおばら ふみか)。一言でいうと、オタクって感じだ。詳しくなんのオタクかは知らないけど、少なくともVtuberのオタクなんだと思う。
と言うのも、あたしが音瑠香ちゃんに出会ったきっかけ、というのが青原だったりする。
本人は気付いてないつもりなんだろうけど、後ろからスマホの画面がバッチリ見える。そこで盗み見て知ったのがあの秋達 音瑠香ちゃんという大天使だ。
繊細でしなやかに揺れるセミロングのストレート。目元は眠そうにしてるけど、開けば見えるその鮮やかな目の色に胸の奥がキュッて締め付けられてしまう。
ただのイラスト相手に何を考えているんだって言う話だけど、あたしは音瑠香ちゃんに一目ぼれしてしまったんだ。
しかもそれを描いたのも、動かしたのも音瑠香ちゃんを生み出した作者で、その作者が音瑠香ちゃん本人となって命を吹き込んでいるんだと考えたら、これもまた1つの生命の形なんだと納得している。
という限界キモオタトークは程々にして。
青原にはその点で感謝していた。だけどまともに話したこともなければ、目線も合わせてもらったこともない。しょうがないよね、挨拶するだけで軽率に話しかけるような間柄でもないんだから。
それに向こうも話しかけてこようとはしない。当然か。あたしと青原じゃキャラ的に釣り合わないと思われそうだから。でもなーんか音瑠香ちゃんと少し似ている気がするんだよなー。
だから挨拶してそのまま立ち去る。このルーチンだけ。
今日も挨拶したら、いつものグループに戻って会話を始める。
「おはよー! でさー……」
同じ1日を繰り返す。Vtuberを知ってからいろんな子を知ったけど、いなくなったり音信不通になったり。同じ1日を繰り返すだけでもいっぱいいっぱい大変な人がいる。あたしの音瑠香ちゃんだってそうなるかもしれない。だから精一杯応援するしかないんだ。しかないんだけど……。
あたしになんかできることってないのかなー……。
ん? 待てよ。青原に相談すればいいじゃね?
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