第3話 キックオフ(3)

 会議室で待ち構えていた栃ノ木監督は「急な招集で申し訳ない。先ほどまで上と話していてな。」と挨拶し、話を始めた。



「それぞれ耳にする機会もあった思うが、近年より全社の方針として財政健全化策が進められている。」



 ローズ、華尼拉井とともに着席していた白詰は、チームに関しての連絡であると聞いていたのに、この場には後衛陣しか招集されていないことに気が付いた。しかし、普段から交流も少なく、もはや別の組織ともいえる前衛陣についての事で、わざわざ口をはさんで話の腰を折ることは余計と思えた。



「皆が知っての通り、このリーグでのチーム収益は、試合に勝ったチームが、その試合の得点を金額換算して得る仕組みだ。」



 監督はホワイトボードに、なにやら適当な図解を描きなぐった。



「全社ですすめる財政健全化策の取り組みとして、社内でのサッカー事業の収益配分構造も改定されることになり…、前衛側と後衛側のそれぞれで財布を分けることとなった。」



 話の流れに危機を感じ始めた白詰は、隣の席に肘を寄せ「ローズよ、雲行きがあやしくなったぞ」と心情を伝えた。ローズは息が詰まるように「おぅ…」と答えた。


 この空気のなかで、まさかの居眠りしている者もみかけられたが、彼を気にかけて起きろと肘をつつく余裕のあるメンバーはいなかった。


 そして、間をおいて徐々にざわめき始めた一同に、一言を付け加えた。



「つまり守備側は、守備側で積極的に点をとって、自分の給料は自分で稼ぐと言うことだ。」



 監督は、連絡事項をまくしたてるように続けた。



「前衛と後衛は、社内の仕事場でも遠い場所にあるし、役割も違うので別々の案件に分割するということだ。」



 


 アオブナのサッカー事業の収入は、立上げ当初よりほぼ全て試合の得点ボーナス収益でまかなっていた。


 そしてその得点の7割は、この場にいないフォワード達、いわゆる前衛陣のプレーがもたらしていいた。


 監督は、一同が自然に鎮まるのを待つと、さらに飄々と切り出した。



「実は、ここからが本題なんだ。」



 すでに面食らっていた白詰とローズは、眉間のタテ皺を一層深めた。


 監督は話しながらホワイトボード上の図のまわりに、すばやく大きい2重マルを書きなぐって振り向いた。



「そこで浮き彫りになったのが、後衛陣の財政状況だ。後衛は得点が少なく赤字であることが判明した。」



 言い終わるかのところでローズが意見をはさんだ。



「まってください。後衛はゴールを守ることがメインです。得点を狙う事もありますが、前衛と比べて得点が低いのは当然のはずです。」



 白詰も「その通りです。後衛がゴールを守ってるからこそ、前衛が得点を狙えるんじゃないですか。」と援護した。


 白詰は発言がてら周囲を様子を伺うと、レフトバックを担う後衛陣の主将 やなぎしま やすおみが、相対する人間に対して安心感をあたえる普段の穏やかな表情で、うんうんと同意するように頷いているのが目に入った。


 白詰は全員で反対すれば或いは、と思慮を巡らす手前で、監督は一旦「そうだよな」と相槌を入れた上で慎重に語り始めた。



「だがな、相手から攻められれば、前衛も下がって守りに加わるし、立場は五分五分だ。気持ちはわかるが上はそう考えてはくれないよ。」



 さらに続けて、



「前衛と後衛で壁をつくるべきではない。みなフィールド上では同じ条件なんだ。垣根なんかない。人数の少ない前衛陣に稼ぎをまかせて、人数の多い後衛は後ろでのんびりという甘えは、もう、許されない。」



 と演説調に反論を締めくくった。


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