第2話 キックオフ(2)
春の四半期シーズンが始まる頃、白詰は、新たにサッカー部に配属されたばかりで右も左もわからない華尼拉井に、施設を案内していた。
「これが、サッカーボール…、初めて触りました。」
「まだまだ日本ではこれからのスポーツだからな。無理もないさ。いきなり試合といこともないだろうし、これからじっくりと、まずはルールから覚えていくといい。」
「ところが、それもわからんぞ」
二人に褐色で背の高い男が声をかけた。「よっ」と挨拶して話の輪に入った彼は、白詰とは入社が同期でセンターバックを担う通称『ローズ』こと
彼は生粋の日本生まれ日本育ちであるが、本名で呼ばれることを嫌い「ローズと呼んでくれ」と触れ回る、白詰の昼飯仲間である。
「近年にお固い本社主導で進められている財政健全化が、どうサッカー部に影響してくるかわからないし、なによりウチはすっかり定員割れになっちまったからな。」
株式会社アオブナは、各地に支社がある中堅規模の老舗で、本業では派手ならずとも利益は堅実にあげており、また福利厚生、社内インフラとも充実したひと角の会社と言えた。
そして財政健全化とは、数年前にアオブナ上層部により打ち出された、積極的に採算の良い事業への選択と集中を行おうという社内方針である。
近年の減収傾向を機に打ち出された本策は、末端の人間にとっては、自分たちの仕事にどう影響するかが計りかねる一抹の不安要因ではあった。
「人数が足りていないんですか。」
「本来は11人そろわなきゃならないんだがな。いままで2人足りなかったし、メンバーのうちひとりは腹痛でずっと休んでいる。先月まで試合は、3人足りない状態でやってた。」
白詰は華尼拉井の率直な質問に、苦笑しながら答えた。
「でも、華尼拉井が来てくれて、あと2人になった。人が少なくても俺たちはそこそこ強いんだぜ。しばらくはルールとプレーを覚えて練習のみだが、上達次第では早ければ夏からにでも試合に出てもらうからな」
華尼拉井は目を輝かせた。自分の努力次第で早く一人前として認めてもらえるかもしれない。先輩からそんな話を聞かされてうれしくなった。まだ少年の面影が残る顔に笑顔をにじませた。
「俺、がんばります!」
「おう、期待してるぞ。」
試合での人数不足は、野球で言うところの透明ランナーといえば審判は納得し、多かれ少なかれどのチームもやっている、暗黙の了解であった。
白詰としては、着実に成果を残せば、人数はもっと増やしてもらえるはずだ。徐々に増やしてもらい、そのうち11人でプレーをしてみたいとの思いはあった。
談笑のあと、しばらくして3人は監督からチーム会議の招集をうけ会議室へ向かった。
なお、この後に紛糾した会議の翌日より、チームは3か月に及ぶ泥沼の戦いに身を投じ、華尼拉井もルールがろくにわからぬまま、スタメンとしてポジションを任されることのなるのである。
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