第31話「最後のKissのその先へ」

 魔王城の城門を、真正面からブチ抜く。

 滑氷船はドリル状の炎の衝角ラムで、そのまま大広間へと掘り進んでゆく。割れたタイルが舞い散る中で、サイジはしっかりと舵輪を握って船体を安定させていた。

 途中、大広間で振り返ったモンスターを何十匹も引き倒した。

 それもコンボ扱いになってて、1UPワンアップしたと背後でアナネムが教えてくれた。


「ふう、ここまでかな。みんな、行こう」


 徐々にスピードが落ちて、滑氷船かっぴょうせんは階段の前で止まる。以前はこの大広間がかなりの激戦だったが、かなりショートカットできたみたいだ。

 しかし、振り向けば無数のモンスターが集結しつつある。

 でも、サイジは既に最初から決めていた。

 今回は、最速でクリアを狙う。

 一刻も早く、アナネムを魔王エルギアに会わせるのだ。


「じゃ、逃げの一手でいこうか。……エルベ?」


 一応ルルとエルベに話しておいたが、今回は極力戦闘を避ける。

 いちいち相手してては、時間ばかりが浪費されてしまうからだ。それに、成り行きとはいえ、大広間の奥深くまで突っ込めたのは幸運である。このまま、追ってくる敵を無視して階段を昇ろうと思った。

 しかし、張り切るルルと対象的に、エルベが船を降りるなり長杖ロッドを構えた。


「ルル、サイジをしっかり守るのよ? ここは私が食い止めておきます」

「うんっ、任せて! エルベちゃんも気をつけて!」


 あの時と同じだ。

 一周目も、一階大広間のモンスターが減ったのを確認してから、サイジたちは上へと向かった。その時、後続の残存兵力を押し留めるため、エルベが残ったのである。

 今回も彼女は、凛とした決意の表情で頷いていた。


「ほらっ、急いで! 私一人でも、ひたすらここを守るだけなら大丈夫よ」

「でも」

「……そうだ、忘れてたわ」


 サイジが一瞬の躊躇ちゅうちょを見せてしまった、その時だった。

 思い出したようにエルベが身を寄せてくる。

 なにかと思ったその時には、唇が奪われていた。

 艶めく柔らかな感触が、言葉も呼吸も奪ってゆく。


「んっ、ん……」


 永遠にも感じるほどの、長い長い瞬間だった。

 そして、実際にエルベのキスはとても長かった。

 だんだん息が苦しくなったが、間近に見上げる美貌はなかなか放してはくれない。

 そうこうしていると、いよいよ酸欠気味になってサイジは手足をばたつかせた。


「っ、ぷあ! ふう……ごちそうさま、サイジ」


 たっぷりと数分間のキスを満喫して、ようやくエルベが離れる。

 目を丸くして固まるルルは勿論、周囲のモンスターもちょっとドン引きしていた。

 しかし、エルベは、気にした様子もなくチロリと自分の唇を舐める。


「約束したもの、前に。次は続きを、って。じゃ、もう行って。ここは大丈夫だから」

「わ、わかった。えっと、エルベ、ありがとう」

「どういたしまして。そうそう、まだまだ続きもあるから……次も楽しみにしててね」

「うい」


 多くは言わないし、言葉はもう必要なかった。

 まるで、一生分のキスを一度に使い切ってしまったような。そして、そこにエルベの込めてくれた想いがはっきりとサイジに伝わった。

 だからもう、一緒に行こうなどと野暮なことは言えない。

 後顧の憂いを断つことは大事だし、エルベの覚悟を無下にはできなかった。


「よし、じゃあルル、行こう! ……ルル?」

「チューした……エルベちゃんとサイジくんっ、チューしたっ!」

「ああ、したね。うんうん、はい、じゃあ行こう」

「あっ! 待ってよー! ねえ、次ってなに? チューの続きってなーに?」

「それは……秘密っ!」


 サイジは螺旋階段を走り始めた。

 その背後を、鎧をガシャガシャ言わせながらルルがついてくる。


「ねー、サイジくんっ! チューの続きって? あっ、ハグかな?」

「いいから急いで、ルル」

「うー、エルベちゃんばっかり、ずーるーいー! ルルも、ルルもー!」

「はいはい、後でね、後で」

「後で? ふーん、後でならいいんだ。じゃ、わたし頑張るっ!」


 走るサイジの横を、大股でルルが追い抜いてゆく。

 防具の重さを全く感じさせず、まるで飛ぶように馳せる。

 同時に、進む先に敵の親衛隊が現れた。皆、鎧兜に身を包んでいる。その手が次々と抜剣の輝きで連なり光った。

 だが、トップスピードでルルは突っ込んでゆく。

 その手が、背の鉾斧バルディッシュを掴んで抜き放った。


「ぐわっ! な、なんだこの女っ!」

「強いぞ、っていうかなんでここに勇者が!?」

「話と違う、こっちに寝返ってくれるんじゃないのかっ!」


 ルルは次々と敵の騎士たちを黙らせてゆく。

 その背中に追いついたサイジも、背のエクスマキナーを手に叫んだ。


「アナネムさんっ、頼みます!」

『オーッホッホッホ、よろしくてよー! おログインですわーっ!』


 サイジの身体を虹の光が包む。

 あっという間に、女神アナネムのしなやかな肢体が現れた。

 サイジも一周目の数日間で強くなっているが、やはり最強の聖剣には最強の女神が必要なのである。そして、アナネムの姿でプレイすることにサイジも納得し始めている。

 ただ、やっぱり肩の凝る胸の重みだけは慣れなかった。


「ルル、必要最低限の戦闘でいいよ。先に進もう」

「うんっ!」


 そうは言っても、ここが魔王の玉座への最後の砦でもある。

 親衛隊の騎士たちは果敢に抵抗し、サイジたちの歩みは止まってしまった。

 背後からモンスターがこないのは、下でエルベが頑張ってくれているからである。

 今この一秒、一瞬の攻防は仲間によって支えられているl.

 そう思ったら、サイジは全身が熱く燃え上がるように感じられた。


「ルルッ、僕に掴まって!」

「えっ? ハグ? ハグするの? チューの続きの!?」

「いいから早くっ!」


 ルルの手を引くと同時に、サイジは大剣を振るった。見た目に反してとても軽く、まるで羽根のようである。その一撃は真っ直ぐ縦に振り下ろされて、足元の階段を木端微塵に粉砕した。

 そればかりか、軽く当てただけでも亀裂が走って次々と踊り場が崩落してゆく。

 敵は階段全体が崩れ始めるや、急いで上へ上へと逃げ始めた。

 それを後目に、落下しつつもサイジはエクスマキナーを翻す。


「よっ、と……じゃ、行こうかルル」


 以前もやったように、空中にエクスマキナーを浮かべて乗った。

 ただ、一緒のルルが驚き慌てるので、酷く揺れて不安定だった。


「わわわ、お、おっとっと……ふええ、落ちる! 落ちちゃうよ、サイジくんっ!」

「意外だな、ルル。もしかして、体幹弱い?」

「だ、だってー! サーフィンみたいなの、やったことないもん!」

「ん、わかった。じゃ、ちょっとゴメンね」


 ゆっくりとエクスマキナーが宙を滑り始める。

 その上でサイジは、やれやれとルルを両腕で抱き上げた。遠慮なくルルは、首に手を回して抱き着いてくる。

 二人分の体重でも、聖剣は難なく向かう先の空間を斬り裂き続けた。

 完全に階段は崩れて消え去り、騎士たちはただただ天井を見上げてサイジたちを見送る他なかった。


「す、すごーい! 飛んでるっ!」

「あんまり暴れないでね、ルル。バランス崩したら落ちちゃうよ」

「う、うんっ」

「あと、その……そんなに強く抱き締めないで。ほら、色々と……ね」


 ギュムー! っと遠慮なくルルはしがみついてくる。

 鎧の上からでも、彼女の体温が伝わってくるようだった。

 密着感が凄くて、思わず赤面に俯いてしまうサイジだった。

 そうこうしていると、親衛隊の大軍をやり過ごして最上階に到達する。以前と同じ荘厳な扉が、サイジたちを待ち受けているのだった。

 手前で降りて、サイジは聖剣に語りかける。


「アナネムさん、来ましたよ。お母さんと話、してみてください」

『ま、まあ……サイジがどうしてもと言うのなら、考えてみますわ』

「考えるとかじゃなくて、感じてくださいよ。放したいこと、あるでしょ」

『……そう、ですわね……このゲームのこと、親子のこと、沢山ありましてよ』


 ルルを下ろして、床に立たせる。

 そして、サイジは目の前の扉を両手で開いた。

 ゴゴゴ、と大げさな音がして、前回と同じ最終決戦の舞台へとサイジたちは招き入れられる。

 玉座の間は、先日と全く変わらなかった。

 ピアノのような巨大な楽器が置かれている。

 ただ、そこに魔王エルギアの姿はない。


「あれー? サイジくんっ、お留守みたいだよ?」

「……もしかして、早く来すぎたから、かなあ」

「えっ、それまずいよー! いない魔王はやっつけられないよ」

「やっつけないんだけどね、今回は。さて……ん?」


 改めてサイジは、玉座の間を見渡す。

 すると、奥に小さな小さな扉があった。前回は限界バトルに必死だったので、気付かなかったのだ。ルルと頷きを交わして、そっと静かにサイジはそのドアを開くのだった。

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