第30話「おポールポジションですわ!」
そこから先は、正しくタイムアタックにふさわしい慌ただしさだった。
王国所有の
そして今、大氷原をさらに北上するサイジたちの姿があった。マントを
魔王軍所属のダークエルフが、
「あんたらが話にあった、王国を裏切ってくれる勇者さんか……まあ、そういうのってあるよな」
そう、アナネムの奇策である。
本来この
その代わりに、まんまとサイジたちは脚を手に入れ魔王城に向かっているのである。
そして、改めて判明した真実に
ギャンブラーと聞いているから、どこへ行けば闇が深いかは嗅覚でわかったのだろう。
「知ってるかい? もうすぐでっけえカジノができるらしいんだ」
「へえ、そうなんだ」
周知の事実だが、サイジはさも知らない風を装った。瞬時にエルベが背後で、なにか喋ろうとするルルを優しく制する。
ルルは素直で正直過ぎるから、今は黙っていたほうが得策だ。
勿論、聖剣の中でアナネムも沈黙を貫き通す。
「でもなあ、あの魔王エルギア様がよくカジノなんか許したよな」
「ん、それは」
「エルギア様は、お優しいが厳格な方だ。座右の銘は『小さなことからコツコツと』だしよ」
「そう、なんだ」
「まあ、異世界から来た勇者さんにはわからんだろうけどよう。何百年もかけて、それこそコツコツ準備したわけよ、エルギア様は」
よく喋るダークエルフだ。
だが、なんとなくサイジはアナネムを気遣い聖剣に手を置く。
虹色の刃はじんわりと温かくて、吹き荒ぶ完封の中でストーブみたいだった。
きっとアナネムも、母のことを思い出しているのだろう。
「あれ、そういや……こっちに寝返ってくれる勇者って、一人だと連絡を受けてるけど」
「ああ、僕がこっちの二人を誘ったんだ。王国の勇者が減るなら、多いほうがいいだろう?」
「違いない! まあ、今日からお仲間だし、仲良くやろうや」
そう言って、ダークエルフは横に生えたレバーをガチャりと倒した。
頭上に張られた
この猛吹雪の中でも、滑氷船は風を縫うように進んだ。
だが、サイジたちの目論見が通用したのもここまでだった。不意に頭上を、巨大な竜が通り過ぎる。
竜、すなわちドラゴン。
その圧倒的な存在感は、すっぽり影でサイジたちを包んで旋回し始めた。
「ん、ありゃ魔王城の竜だな。四匹いるんだよ、地水火風の属性で。えっと……風のサンダードラゴンかな、ありゃ?」
白一面の世界に、青い翼が
この異世界でも最強のモンスター、ドラゴン。
その
果たして、ドラゴンまで騙しおおせるだろうか。
ドラゴンは究極の生命体、優れた知性と狂人な肉体を持っている。その目は嘘を見通し、あらゆる魔法を弾き返すのだ。硬い鱗と甲殻には、並の刀剣では歯が立たない。
「見回りご苦労さんだね、ホント。そういや、バンザさんだっけ? どうだい、このあと魔王城のラウンジで酒でも」
「……来る。ごめん、悪いけど遠慮するよ。それと、取舵! 急いで!」
「えっ? ちょ、ちょっとちょっと、バンザさん。危ないから座ってて――うおっ!」
突然、頭上から
稲光が、瞬時に舞い散るダイヤモンドダストを蒸発させる。
サンダードラゴンは、サイジたち三人へと明確な殺意を示して飛んでくる。
否、落ちてくる。
真っ逆さまに、この滑氷船をバラバラにするべく突っ込んできた。
そのブレスと体当たりを、ダークエルフがパニックになりながらも避けてくれる。右舷のすぐ近くに大質量が落下して、巻き上げられた氷の塊が降り注いだ。
「ふう、危機一髪だったね。じゃあ、そのまま進んでください」
「あっ、ああ、あんた……なに言ってんだ! サンダードラゴンから逃げ切れる訳がない! っていうか、なんなんだよ……勇者の裏切りは話がついてる筈じゃ」
「うん、ついてたと思うよ。でもね、僕たち実は……裏切る勇者じゃないんだ。サンダードラゴンにはそれがわかるんだね」
「……は?」
「っと、次が来る」
呆けたようなダークエルフの横から、サイジが舵輪を握る。
同時に、操縦席の椅子も奪って帆の角度を変えた。
ガクン! と揺れて滑氷船は加速を始める。
その背後で、雪原に身を起こしたサンダードラゴンから稲妻のブレスが放たれる。
忙しく舵輪を回せば、いわゆるドリフトの状態で滑氷船は横滑りに死を回避した。
「ルル、エルベも! ついでにダークエルフさんも! 掴まってて!」
「あ、あんた……普通の、本当の勇者なのか!」
「まあね」
「じょ、冗談じゃないっ! クソッ! 俺まで巻き添えなんてゴメンだ!」
だが、無視してサイジは面舵一杯で再びドリフト状態に持ち込む。極端な曲線を描いて走るすぐ横に、次々と落雷が襲った。
どれも、当たれば一撃でこっちは木端微塵だ。
だが、背後のルルとエルベは、流石は二周目の熟練勇者だった。
「あはははっ、ジェットコースターみたい! サイジくーん、かっとばせー!」
「まったくもう……ばれずに魔王白まで行けると思ったんですけどね」
「しょーがないよ、それにサイジがあのおじさんの名前で呼ばれるの、面白くないもん」
「それはそうですが、ふふ。では、少し私が援護しましょう。ルルは座ってて」
背後でエルベが立ち上がる。
手にした
同時に、サイジはギアを下げるように帆を畳んで風を掴む。
「凍土の氷よ、立ち上がれ……鋭く強く、牙を剥けっ!」
エルベの呪文で、周囲に突然無数の樹氷が生えてきた。そのどれもが尖っていて、何メートルもの高さまで伸びてゆく。流石に上空に戻ったサンダードラゴンには届かないが、急にサイジのレースゲームは難易度が跳ね上がった。
突然ステージが樹氷の森になったのだ。
しかし、サイジはスピードを緩めず突っ込んでゆく。
右に左にと舵を切る中、やっぱりルルが楽しそうに歓声を上げていた。
「悪いけど、レースゲームは嫌いじゃない……それに、コツも掴めてきた!」
絶妙なハンドリングで、加速を維持したままで滑氷船が走る。
サンダードラゴンの攻撃は苛烈を極めたが、エルベの魔法がとても効果的に船を守った。放たれた雷撃は全て、周囲の氷の塔に吸い込まれてゆく。
そう、
そして、サイジは前だけ見てさらなる加速を船に命じる。
ギシギシと船体が軋み、強風を受けて帆は今にも引き千切れそうだ。
そして、ダークエルフの情けない悲鳴だけが後方にスッ飛んでゆく。
「や、やめてくれーっ! 俺の、船がああああああ!」
だが、容赦なくサイジは最短ラインに船を乗せてなぞる。
F-1もラリーも、勿論
なにより、この滑氷船という乗り物の操縦が面白くなってきた。
ゲームとして最高の盛り上がりである。
あのファンタジー世界最強の存在、ドラゴンとのデットヒートなのだから。
「見えた、魔王城だ」
「サイジ、以前のように大量のモンスターが警護してますが」
「うん、じゃあとりあえず」
「このまま突っ込むんですね? まったくもう」
やれやれといった顔をしながらも、エルベが次の魔法を準備する。
滑氷船の舳先が、ぼんやりと光り出した。
エルベが炎を練り上げ、その火力と熱量をゆっくりと形成してゆく。非武装の船に突然、鋭利な
紅蓮に燃える炎の角が生えて、いよいよ激しく滑氷船は
そして、背後のサンダードラゴンはすぐそこまで迫りつつあった。
「ねえねえ、エルベちゃんっ! なんだかファイヤー! な感じのやつ、出たねっ!」
「ルル、黙ってないと舌を噛むわよ。サイジの運転……これっきりにしてほしいわね」
「先っちょの炎の角、あれさあ……ドリルにできない? ここはやっぱ、ドリルだよぉ!」
「……は? ごめんなさい、ちょっと言ってる意味が。そっちの世界の話ではそうなのかしら? ドリル、というのは」
「グリグリーって感じの、回転するやつだよ! ドリルは色々と最強なんだよー!」
頭上に大きな疑問符を浮かべつつ、エルベが長杖を振りかぶる。
船の先端に集った炎は、いよいよ燃え盛って回転を始めた。
同時に、サイジはトップスピードに乗った船を真っ直ぐ走らせる。
背後のサンダードラゴンはもう、牙と爪が船体後部に届きそうだった。
「ルル、エルベも! 掴まってて! このまま、突っ込む!」
最強生物との極限レースは、突然いつもの無双アクションゲームに変わった。
サイジは、魔王城を取り巻くモンスターたちが集まり始めた、そのド真ん中へと突っ込んでゆく。そのまま遠慮なく、炎のドリルで
ここで手間取っては面倒だし、背後のサンダードラゴンには注意が必要だ。
そう思ってても、自然と笑みが浮かぶ程度にはワクワクしているゲーマーのサイジがいた。そのまま滑氷船は、真正面から魔王城の正門をブチ破って内部に突入してゆくのだった。
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