第29話「最後の旅の、その前に」

 サイジにとって、王都の街並みを歩くのは始めての経験だった。

 前回は、マッハで従軍拒否を表明した後、さっさと田舎いなかに旅立ったのだ。

 しかし、今は平和な喧騒がとても嬉しい。

 ただ、ぴったりくっついて歩くルルが少しだけ気恥ずかしかった。


「ね、ねえルル。歩きにくいよ、少し離れて」

「だーめっ! デートだもん、べたべたしてイチャイチャするんだもん!」

「参ったね、これは」

「あっ、見て見てっ! なんか色々売ってる。エルベちゃんにお土産買おうっと!」


 ようやく離れてくれたルルが、出店の並ぶ一角で立ち止まった。

 ゆっくり追いついたサイジは、ついつい聖剣エクスマキナーのスキルを使ってしまう。売られているのは腕輪や指輪、ネックレスといったアクセサリーだ。ステータス表示のスキルを使えば、それぞれが持つ防御力や特殊効果が可視化できる。


「ん、ただの装飾品のようだね。アクセサリといえば、石化防止とか魔法威力UPとか」

『サイジ……ダメダメですわ。ゲーマー脳もここまでくるとご立派ですこと』

「いや、ついね」


 アナネムに怒られてしまった。

 しかし、彼女もなんだか楽しそうである。


『サイジ、ルルとエルベになにか買ってあげるのですわ。こういう時こそ、男がお甲斐性かいしょうを見せるべきですの!』


 なるほど、そういうものかとサイジは頷くしかない。

 実は、サイジは女性との交際経験が全くない。ゲーム仲間に女性は何人もいたが、ゲームの世界に性別は関係ないのだ。あるのは、上手いか、下手か。強いか、弱いか。そしてなにより、一緒に遊んでて楽しいかである。

 そもそも、まだルルと付き合うと決まった訳でもないのだ。


「それはそれとして……困ったことになったぞ」


 チラリとサイジは、さり気なく肩越しに振り返る。

 目を合わせぬようにして見やる、その相手は……なんと、エルベだ。

 眉目秀麗な美人の顔が今、フラットなジト目によどんでいた。

 なんだか怒ってるみたいで、あれでも隠れて尾行しているつもりなのだろう。しかも、王女様をほっとけないとばかりに、近衛の騎士たちもガシャガシャとついてくる始末である。

 勿論、周囲の民にもモロバレで、なにをしてるのかといぶかしげに見られてる始末だ。


「どうしよう……声、かけたほうがいいかな。シーフとかレンジャー系のスキル、全然持ってなさそうだし」

『サイジとルルの仲が気になるのですわ! これは……おギャルゲーの気配ですわー!』

「あ、僕それあまりやったことないな。お母さんは好きだったけど。えっと、乙女ゲー? みたいなの」


 サイジは生粋のゲーマーだが、あまりやらないジャンルも存在する。

 その一つが、恋愛SLGシミュレーションゲームだ。

 恋愛という人生の大イベントが、何故なぜか何故だかサイジには興味の対象にならなかったのだ。

 そうこうしてると、ルルが嬉しそうに振り返る。


「ねね、サイジクンっ! 見て、この三つのネックレス、おそろい! 赤と青と、緑と!」

「ほんとだ。あ、えと、その……買って、あげようか。ちょっと待ってて」


 召喚された際に、ある程度のまとまったお金を王国からもらっている。そして、田舎でのんびりスローライフを満喫していたので、それほど減ってもいなかった。

 財布から金貨を出していると、そっとルルが前傾して迫ってくる。

 同じデザインの三つのネックレスの、青い宝石が輝くものを首につけてくれた。


「はいっ! サイジくんは青ね! うんうん、似合うっ」

「三人でおそろいかあ。おやじさん、この三つを買います。このお金で足りるかな」


 露店の店主はニコニコ笑顔で、金貨を受け取りお釣りを渡してくる。

 勿論、いわゆるRPGにおけるアクセサリのようなものではない。特殊効果もないし、特定のバッドステータスを防いでくれる訳でもない。

 でも、小さな貴石が輝くネックレスは、なんだかとてもかけがえのないものに思えた。

 そうこうしていると、ルルがくるりと背を向ける。


「サイジくんっ、わたしは赤がいい! つけて、つけてーっ!」

「はいはい、ちょっと待ってね」


 鎧姿のルルを見上げて、背伸びして爪先で立つ。

 身長差を気にしたことはないが、ルルとサイジでは頭一つ分以上違うのだ。

 ただ、サイジのいわゆるゲーマー業界では、容姿や身長、服装といったものはあまり誰も問題にしない。どこいにっても、ゲーマー同士では腕だけが全てだった。

 でも、正直今は……あと5cm、いや3cmはほしいなと思うサイジだった。


「はい、つけたよ」

「にふふ、いい感じっ! ねね、似合うかなあ」

「うん、綺麗だ。……あ、あっ、ネックレスがね。その、赤い宝石がね」

「ずっと思い出にするね。地球に帰っても、これを持ってけたらいいなあ」


 緑のものはきっとエルベへのお土産だ。

 そのエルベだが、意を決したように二人の背後に姿を現した。

 ゴホン! と咳払い、腰に手をあて仁王立ちになった。


「まあ、サイジ! ルルも! 奇遇ですね。偶然通りかかったら、たまたま見かけたものですから。お買い物かしら?」


 笑顔もどこか硬いエルベだった。

 それでも平静を装っているが、ちょっと目元がピクピクしている。

 そして、それを見たルルはといえば、


「あっ、エルベちゃん! 丁度いいとこに! 奇遇だねっ。ねね、ちょっとこれみて。かわいいんだよー、サイジくんが買ってくれたの。エルベちゃんのもあるよっ!」


 いつものルルで、実にルルらしい反応だった。

 さっきまで、二人きりになりたいとか言ってたのを、本人が多分忘れてる。きっと、友達へのお土産を買ったらもう、早く渡したくなってしまったのだろう。

 エルベはといえば、緑色の宝石が輝くネックレスにぱっと笑顔を咲かせた。


「あら素敵……こういうの、生まれれと育ち的に沢山もってるけどね。でも、それって私のものじゃなくて王国の財産だから。サイジ、これを私に?」

「う、うん。どうかな」

「とても素敵よ、ありがとう。そ、それで、じゃあ、私にも……つけて、くれるかしら?」

「あ、やっぱりそうなるんだ。う、うん、いいけど」


 何故、女の子はみんな、男にアクセサリーの装備を手伝わせるのか。

 そんなこともわからないのが、サイジという少年だった。

 アナネムの大きな大きな溜息を背中に聞きつつ、サイジはエルベにもつけてやる。

 エルベもルルほどではないが、サイジよりは身長が高い。

 ルルは密度が詰まった感じでシルエットの起伏にメリハリがあるタイプ。

 エルベはすらりと痩せててスレンダーで、とても華奢きゃしゃなイメージだ。


「はい、つけたよ」

「嬉しい……家宝にします。王家の宝物じゃなくて、私の……私だけの宝物」

「いや、そんな大したものじゃないけど。安かったし、特殊効果もないし」

「……サイジ、そういうところですよ? もう! ふふっ」


 ううむ、せぬ。

 サイジにはどうも、この乙女心とかいうのが全くわからなかった。

 やっぱり、母親の勧めでギャルゲーを何本かやっておくべきだったかもしれない。

 でも、互いの宝石を見せ合って笑うルルとエルベを見てると、とても心が和んだ。この二人との旅も、今日で終わりだ。必ず終わりにすると胸中に誓う。


『サイジ……午後一番で船を出せば、恐らく夕刻には』

「うん。今回はバンザタウンのカジノがないからね。でも、飛翔船では氷原のブリザードは超えられない」

『ペンヌ=ペンヌの雪車を用意してる時間もおしいですわね。でしたら、そこはわたくしにお任せするのですわ!』

「なにか名案でもあるの?」


 フフフ、と聖剣の向こう側でアナネムが笑った。

 どうやら秘策があるらしく、期待してもいいだろう。

 そして、もうすぐこの王都を旅立つ時間である。

 王城を振り返れば、巨大な飛翔船が丁度空中桟橋に接舷しているところだった。


「サイジくーん、時間まであっちでお茶しようよ! おしゃれなお店、あるんだあ」

「行きましょう、サイジ。まだ少し時間がありますから」

「あ、うん」


 どうしても、ゲームを間に挟まないと人との会話が上手く進まない気がした。でも、そんなことをルルもエルベも気にした様子を見せない。

 現実の地球では、概ね友達がいなかったものそういう訳である。

 ゲームセンターの仲間はライバル、そして一期一会が基本だった。

 親しいゲーム仲間もいたが、ある日突然いなくなっても不思議じゃない。そういうサバサバした仲だった。だから、ひょっこり半年ぶりに別のゲーセンで再会、なんてことも常である。


「なんか、こういうのを友達っていうんだろうなあ」


 自然と笑顔になってしまう。

 自分でも気持ち悪いくらいに、頬が緩んでしまうのだ。

 そんなサイジを、ルルとエルベは「はぁ?」という顔で振り返った。


「サイジ、私はサイジの友達ですか? 友達なんですか!」

「ルルは? ねえ、ルルはっ! ただの友達? ねえねえ、サイジくーん!」


 わからない。

 このゲーム、無理ゲーでは?

 だが、暖かな陽気の中でのひとときは、確かな幸福をサイジに感じさせる。詰め寄る二人に後ずさりしつつ、サイジはいままで感じたことのない穏やかな雰囲気に微笑んでいた。


「え、あ、その、なんで? えっと、友達じゃないなら……なっ、仲間」

「ちょっとー、サイジくん? ホント、そういうとこなんだから」

「ええ、ええ。そうですとも、サイジ。そういうところです!」


 でも、ガールフレンドなんて言えないし、二人に対してそう言うのは不義理だというのはサイジでもわかる。僕は詳しいんだ、とまではいかないけど、常識的にわかる。

 ただ、それでもだんだん好きが生まれてくる……水と油な二人に惹かれてる自分を自覚し始めているのだった。

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