第27話「クリアデータを引き継ぎますか?」

 全てが白く染まってゆく中、サイジは奇妙な感覚に陥っていた。

 浮遊感と共に落下してゆく、そして上下も左右もわからない。

 光が眩しくて、眩し過ぎてなにも見えない。

 けど、手を伸ばした。

 そして掴んだなにかが、カチリ! と鳴ったところで意識が戻った。


「あ、あれ……僕は、なにを」


 不思議なことが起こった。

 先程の魔王城での決戦、その記憶はある。なにより、白銀の防具を着込んで背には聖剣エクスマキナーがあった。

 手には例のパズルが握られてて、右手でカチカチとずっといじっていたようだ。


「ここは……見覚えがある、ような」


 周囲には沢山の人間がいた。

 そう、多分自分も入れて108人だ。

 ここは王城の大広間、装備を整えた勇者たちが集まっているのである。

 これから王様が出てきて、みんなに話をする。


「そうだ、あの時の僕は従軍を断った……こんなとこでセーブしたかな」


 否、サイジが聖剣と虹色のチートスキルを手に入れるのは、この一ヶ月ばかりあとの話だ。したがって、セーブした状態まで戻ったということではない。

 だとすれば、タイムスリップか?

 戸惑いつつ、なんだか記憶が混濁して頭にもやがかかっていた。

 だから、サイジは黙ってうつむきパズルを回す。


「夢、見てるのかな。そうだ、夢だ……後悔が見せる、最初の過ちの夢」


 そう、サイジはこの時この瞬間に間違った。

 どうせ108人の勇者がいるなら、ゲームにならないと思ったのだ。勝ちの確定した、消化試合のように思えて気が乗らなかったのである。

 だから、バカンス気分で片田舎かたいなかに引きこもったのだ。

 そもそも、その選択が王国を滅ぼしたのである。

 一人の裏切り者の登場を、この時はまだ誰も知らない。


「そう、誰も知らない……バンザが裏切るなんて……あ」


 その時だった。

 不意に手の中でパズルがカチャッ! と鳴った。

 八つのダイヤルが縦にならんだパズルは、どうやら解けたようである。そして、筒状の本体が伸びる。ダイヤルが上と下とに四つずつずれて、中からなにかが現れた。

 そして、背後であの懐かしい声が響く。


『サイジッ、おパズルが解けましたのね! なんだかパワーアップアイテムのようですわ!』

「あ、アナネムさん……えっと、これは」

『うんうん、サイジのステータスがうなぎのぼりですわよ! っと、始まりますわ!』


 周囲の勇者たちが、揃って身を正した。

 サイジも、皆の視線を目で追う。

 大広間の前の方に、騎士たちを連れた一人の老人が現れた。豪奢ごうしゃなローブを着て王冠を被った、それはこの国の王様だった。


「勇者たちよ、こたびの召喚に応じてくれたことを心より感謝する」


 やはり間違いない。

 これは、召喚された初日の夢だ。

 そして、記憶をリフレインする夢でないこともだんだんわかってくる。

 最後に、忘れられないあの声を聴いて目が覚めた。


「王様ぁ! 俺らに任せなって! こりゃ、ドデカい博打ばくちになりそうだ……俺ぁ戦うぜ! 王国のために!」


 バンザの声だ。

 調子に乗ったバンザが、腕を振り上げつつ王様を見詰めている。

 その瞬間、サイジの意識が完全に覚醒した。

 これは夢ではない、現実だ。

 現実として、まだ神々のゲームは続いていたのだ。

 そして思い出す……アナネムの言っていた、彼女自身のプレイヤースキルとやらを。


「そうか、これは……わかったぞ」

『ええ、ええ。ゲームなんですもの、何度でもやり直せる。……ふふ、お母様はきっとやり直したかったのですわ。娘のわたくしと』

「つまり! これはっ! !」


 咄嗟とっさに走り出したサイジは、迷わず背の聖剣を抜いた。

 エクスマキナーは虹のゆらめきと共に唸りを上げる。

 周囲の者たちが唖然とし、慌てて警護の騎士たちが王様を囲む。

 だが、迷わずサイジはバンザに斬りかかった。

 振り向くバンザの舌打ちが、わずかに空気を震わせ逃げる。


「外したっ! だが、バンザ! もう二度と、お前に裏切りのギャンブルはやらせない!」

「おいおい、待ってくれよボウズ……俺がなにをしたっていうんだ?」


 白々しいとさえ思えたし、バンザは絶妙な演技力で後ずさる。

 だが、その手はふところの拳銃へと伸びていた。

 サイジは改めて、身構え周囲を見渡す。場所が悪い、こんな人混みの中では巨大なエクスマキナーの刃を振るうのは難しかった。最強過ぎる代わりに、取り回しは意外とよくないのが聖剣エクスマキナーである。

 でも、新しいゲームが、ニューゲームが始まったのだ。


『違いますわ、サイジッ! これが……これこそがっ、!』


 そう、サイジの装備はあの時のままだ。

 そして、引き継がれたのは武器や防具だけではない。


「サイジくんっ! いつのまにかわたし、お城にいたよ! ほらっ、生きてる!」


 バンザの向こうに、ガシャガシャと全身鎧を鳴らす戦乙女ワルキューレの姿があった。巨大な盾と鉾斧バルディッシュを構える、それはルルだ。ルルもまた、あの時のままの姿だ。

 本来ならここには、召喚されたばかりのビキニアーマーのルルがいる筈である。

 下がりながらもバンザは、退路を立つように現れたルルに目を見張った。


「お、おいおい、なんだよ……同じ勇者だろ? なあ? 協力して正義のために戦おうぜ」

「違うもん! おじさん、悪い勇者! 魔王に寝返って、魔王も裏切ったギャンブルおばけだもん!」

「はぁ? なに言ってやがんだ、誰がギャンブルおばけだっ!」

「賭け事で遊ぶためならなんでもなる、すっごく悪い人! みんなー、気をつけてー!」

「うるせえなあ、デカいお嬢ちゃんは! こんな勝確かちかくの賭けなんて興ざめ何だよ! ――ッ、ツ! し、しまった」


 思わずバンザが、口を手で抑えた。

 そう、やはりこの時のバンザはサイジと同じ結論だったのだ。

 王国の勝利は揺るがない、100%の確率ではギャンブルが成立しない。

 だから、裏切ったのである。

 そして、どうやらバンザにはなにも引き継がれてないようだった。

 さらに、驚き戸惑う騎士たちをかき分け、決定的な発言力を持つ証人が現れた。


「お父様! 他の勇者たちも! その男は、バンザは裏切り者ですっ!」


 エルベだ。

 王女としてのドレスをまとって、両手でスカートをたくし上げながら走ってくる。

 自分の娘にそう言われても、まだ王様は目を白黒させていた。

 だが、そんな王様の前に立ちはだかると、エルベはバンザを一喝いっかつした。


「王国に背を向け、魔王軍に加担したばかりか、最後にはその魔王も裏切った!」

「お、俺がかぁ? おいおい、お姫さんよぉ。証拠はあんのか」

「くっ! ……お前は私を殺したのです。最終決戦の終わった、魔王城の玉座の間で」

「だから、証拠をよぉ……へへへ」


 だが、意外な声が走った。


『サイジッ! イベント一覧表をスキルで! 皆様、わたくしは女神アナネム! 女神エルギアの娘、アナネムですわ! わたくしは救いの女神として、王国のために来ましてよっ!』


 サイジは言われるままに、スキルの一つを解放させる。聖剣エクスマキナーは、この場でフラグを立てれば発生する全てのイベントを表示させる力がある。

 そこで、この場の全員が目にした。

 リストに、イベント名『』という文字が光っていた。

 そして、既にフラグが立ってイベント発動条件を満たしている。


「お、おいおい、やめてくれよ……俺は正義に燃える勇者だぜ? 仲間だろ、なあ?」

『白々しいですわ、バンザッ!』

「……チッ! なんでだ、誰にも言ってねえのに! まるで神様かよっ!」

『まるでもなにも、れっきとした女神ですの!』


 バンザは銃を抜くなりエルベに迫った。

 そして、その背後から抱きすくめるようにして銃口を押し当てる。


「おうおう、全員動くなぁ! 俺が王都を出るまで、追ってくるんじゃn――ッ!?」


 だが、サイジの方が速かった。

 バンザの凶行に、自然と周囲が一歩下がった分、スペースが生まれたのだ。そこに最速で踏み込んで、そっと優しくエクスマキナーを振る。

 まるでタクトを振るような軽やかさで、バンザの右手首が消し飛んだ。

 切断ではなく、手首から先が銃ごと消滅したのである。


「バンザ、お前は強かった……でも、それはこれからの話。今のお前は、初期ステだ」

「あ、ああ……手が、俺の手があ!」

「僕だって、僕本人だってあの数日で強くなった。今のは、その僅かな、そして確かなステータスの差だ」


 すぐにエルベは解放されて、かぶとを脱ぎ捨てたルルと抱き合った。

 そして、バンザは近衛の騎士たちに取り押さえられ、罵詈雑言ばりぞうごんをわめきながら連れて行かれた。

 同時に、始まる……記憶も強さも引き継いだサイジたちの、二周目のゲームが。

 サイジはもう、バンザを排しただけでは安心しないし過信もしない。

 以前のようなスローライフを送ろうとは、これっぽっちも思わないのだった。

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