第26話「これがプレイヤースキルですわ!」

 サイジの手が、エクスマキナーの柄を握る。

 もう片方の手も添えて、強く強く握り締める。


『さあ、お抜きなさい! サイジッ! あなたは、選ばれた勇者……わたくしが選んだ勇者ですわっ!』


 アナネムの声も怒りに燃えていた。

 そして、始めてサイジは身を声に叫ぶ。

 言葉にならない絶叫と共に、真横にエクスマキナーを振り絞った。同時に、聖剣から虹色の光がビームとなってほとばしる。

 苛烈な光条が、部屋の壁を切り裂きながら背後のバンザに迫った。


「おっ、いいねえ! さーて、ギャンブルだ……俺は果たして、最強勇者に勝てるかなっ!」


 あくまでバンザは、ギャンブラーとしての姿勢を崩そうとしない。

 二丁拳銃に弾を込めつつ、真横から迫る巨大な光をのけぞって避けた。

 サイジはそのまま一回転して、部屋全体を上下に断ち割った。

 そして振り向き、崩壊し始めた玉座の間を駆け抜ける。


「バンザッ! お前だけは!」

「へへっ、なんだいボウズ! 惚れてたか? なあ、どっちに惚れてたんだよ!」

「うるさいっ! よくもルルを! エルベをっ!」


 大事なセーブデータが消えた時のような悲しみ。

 でも、違う。もっと重くて痛い。

 苦労してゲットしたレアイテムを、うっかり売ってしまったような。

 入力ミスで、隙の大きい超必殺技が暴発してしまったような。

 そうしたゲーマーとしての悲しみが、全て集まっても敵わない、そんな痛みだった。


『サイジッ、わたくしの身体を使うのです! おログイン、いきますわよっ!』

「ルルが奇跡を見せてくれたんだ……なら、僕だって! 奇跡くらい、起こしてやるっ!」


 走るサイジを光が包んで、あっという間に髪が伸びる。

 ツインテールの銀髪をひるがえし、女神を象る再共勇者は加速した。

 その真正面に、銃弾が次々と殺到する。

 だが、もう対策は見えていた。


「なっ、なな……手前ぇも切り払うのかよっ! クソッ、なんだそりゃ、スキルか? ステータスが高いのか!」


 サイジは、先読みして見切った。

 二つのスキル【先読み】と【見切り】が相互に干渉して、唯一絶対の選択肢を最速で選ばせる。そして、もはや輝く虹そのものとなったエクスマキナーが銃弾を次々とかき消す。

 ルルの鉾斧バルディッシュも大きかったが、刃の面積はエクスマキナーのほうが上だ。

 つまり、神業かみわざを見せたルルよりも難易度は格段に低い奇跡だった。


「思い知れ、バンザ……これは、現実の世界でも僕に宿った、僕が鍛えたスキル!」

「チィ! くそっ、負けてたまるかよ! まだまだ賭けは終わらねえ!」

「いいや、終わりだ。この、僕のっ! プレイヤースキルでっ!」


 ――

 まれにシリーズ物のゲームでは、前作から最新作へとデータの引き継ぎができるものがある。それと同じように、あらゆるゲームから唯一、ただ一つゲーマーは引き継げるものを持っていた。

 それが、プレイヤースキルだ。

 知識や経験、手先の器用さ、そして決断力と判断力。

 そうしたもを、ただゲームが好きであるという気持ちで束ねた絶対のスキル。


「死ぬまで殺すっ! 死に尽きて、死に消えろぉ!」


 自分でも驚くほどに、激情が迸る。

 そのまま距離を詰めたサイジは、迷わずバンザの首をねた。

 ひきつる笑いに固まったまま、その顔が宙を舞う。

 それでもサイジは止まらない。

 怒りが収まらない。


「う、うわああああああっ!」


 血柱を拭き上げるバンザの身体に、無数の突きを放つ。

 一発一発が禁忌魔法きんきまほうクラスの一撃を、あらん限りの力で放ってゆく。

 バンザの身体は、糸がもつれた操り人形のように踊った。

 どんどんコンボカウンターが回って、9,999Hitでカンストしてしまった。

 そして、ポトリとバンザの生首が落ちて、サイジも止まる。

 首のない死体はもう、原型をとどめてはいなかった。


「ハァ、ハァ……っく! こんなことしたって!」

『サイジ……なら、ロードを。せめて、ルルとエルベを』


 ロードしてデータを戻せば、エルギアの死が確定した瞬間からやり直せる。

 そして、わかっている。

 再びルルは奇跡でサイジを救ってくれるのだ。

 傷付き苦しんでても、エルベはこの部屋まで来てくれるだろう。

 結果、同じ時間がなぞられる。

 バンザの賭けは、この局面を作った時にもう完成していたのだ。

 それでもサイジは、倒れて動かないルルに駆け寄る。元の姿に戻ると同時に、剣を地に突き立て両手でルルに触れた。


「冷たく、なってく……ルル、風邪引いちゃうよ。ここは寒いのに、そんな薄着で」


 嘆きの言葉が白く煙る。

 サイジはそっと、長身のルルを両腕で抱き上げた。

 貧弱なサイジ自身の腕力では、大きなルルは少し重かった。


「全く、あちこち無駄に発育がいいから……グスッ」


 涙が止まらない。

 勝利と言うには、あまりにも虚しい気持ちが胸中に広がってゆく。

 なにも、守れなかった。

 ゲームの勝利条件しか満たせなかったのだ。

 そして、その喜びを分かち合う仲間を二人共失った。

 抱えるルルのお腹に、ぽたぽたと涙が落ちる。

 そのままサイジは、入り口で倒れたエルベの前で屈む。


「エルベ、ごめん……王国はもう大丈夫だろうけど、平和になった国に無事帰ってほしかった」


 魔王エルギアのゲームは終わった。

 果たしてこれが、クリアしたと言えるだろうか。

 どんなバッドエンドよりも、サイジには苦しくて悲しくて、そして切ない。

 どこでどう、なにを間違ったのかを振り返るのも辛かった。

 ゲーマーゆえの迂闊うかつさ、油断だったのだろう。

 セーブとロード、そしてリセットを駆使し過ぎたのだ。


「……とりあえず、帰ろうか。二人共、一緒に帰ろう」


 改めて肩にルルを担ぎ直して、ちょっとよろける。

 それでも踏ん張って、エルベの華奢きゃしゃな身を小脇に抱えた。こんな、荷物みたいに運んだら二人共きっと怒るだろう。でも、置いてはゆけない。

 絶対に、こんな場所で二人を眠らせたくなかった。


「はは、エルベさんはびっくりするくらい軽いや。……さ、帰ろう」


 そのまま出ていこうとするサイジを、聖剣の声が引き止める。


『ちょ、ちょっと、お待ちになって! サイジ! 聖剣を、エクスマキナーを忘れてますわ!』


 だが、少しだけ振り返ってサイジは口をつぐむ。

 ぼんやり見やれば、聖剣の虹が暖かなひかりを広げていた。

 絶対最強、完璧な武器……聖剣エクスマキナー。その七つのスキルは圧倒的なアドバンテージだったが、その力に頼り切ったからこそのミスにサイジは溺れたのである。

 そのことで、アナネムを攻めたくない。

 でも、今口を開けば、彼女に酷いことを言ってしまいそうだった。

 だから、ギリギリ限界の言葉をどうにか選ぶ。


「アナネムさん……今まで、ありがとうございました」

『サイジ……』

「アナネムさんのエクスマキナーがなければ、僕はゲームを始めることすらできなかった。だから、感謝してます」

『わたくしも、サイジ。あなたに出会えてよかった。リセマラした甲斐がありましてよ』


 そして、サイジの意外な思い込みが真実に上書きされる。

 アナネムの声が、すすり泣きを交えて、やがてあられもない嗚咽おえつになっていった。


『うっ、う……ヒック! うう……うおーん! あんまりですわああああああああ!』

「アナネムさん」

『こんなことって……お母様も、馬鹿……それに、ルルもエルベも! サイジも!』

「それ、ちょっと酷いな。はは……でも、うん、僕は馬鹿でしたよ」

『……ご、ごめんなさい。サイジを馬鹿だなんて。わたくしが自分で選んだ、あんなにリセマラしてようやく辿り着いた勇者だったのに』

「……え?」


 耳を疑った。

 今の今まで、ずっと刷り込まれていた前提条件が崩れる。


「あの、アナネムさん……リセマラしたって。そのエクスマキナーのために」

『正確には、

「そ、それって」

『108人も勇者がいましたもの。でも、サイジのような人を選びたかった。なんどもなんどもリセマラしましたわ。あ、お聖剣は女神パワーでちょちょいのちょいですの』


 知らなかった。

 アナネムがリセマラで厳選していたのは、最強の聖剣ではなかった。

 サイジがそうだと思っていたが、本当に厳選されて女神に選ばれたのは……勇者サイジ自身だったのだ。


「……初耳、です」

『当然ですわ! 今、始めて話してますの! かわいくて凛々しくて、そしてイケメンでゲーム心を分かってくれる優しい勇者。その厳選をしてるうちに、ゲームオーバー寸前になってしまったなんて、恥ずかしくて言えませんの!』

「はは、確かに」

『ゲームクリア、お疲れさまでしたわ、勇者サイジ。そして……今度はわたくしがお見せしますっ! ゲームが下手でもゲームが好きな、このわたくしのプレイヤースキルを!』


 突然、エクスマキナーが一際強く輝き出した。

 虹の七色が、真っ白に染まってゆく。

 見たこともない、第八のスキル……アナネムのプレイヤースキルとやらが、たちまちサイジを純白の光に包んでゆくのだった。

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