第25話「バッドエンド・デッドエンド」

 信じられない、想定外の事態が起こった。

 最初、サイジは何が起こったのかわからなかった。

 だから、再びロードする。

 何度もロードして、エルギアの死を網膜に焼き付けられてしまった。

 やがて、そっと手で触れてくるぬくもりがあった。


「サイジくんっ、もういいよ! やめてあげて」

「ルル……僕は、どうして」

「大丈夫だよっ! ほら、あれやろ? わたしまた、乱数調整するから! 腹筋がいい? スクワット? 腕立て伏せもあるよ!」

「いや、これは、もう」


 あまりにも呆然とロードを繰り返していたら、ルルに気付かれたみたいだ。

 彼女は必死に、涙目になってサイジに寄り添ってくれる。

 そして、ルルのひたむきさに気付かされた。

 自分がミスを犯したと。

 ゲームにおいて最も危険な瞬間……それは、勝利を確信したその一瞬なのだ。


「い、いや、ルル……乱数調整は、できないんだ。だって、もう」

「泣かないで、サイジくんっ。泣いちゃ、ヤだよぉ……わたしも悲しくなっちゃう」

「僕が、泣いてる? え……あ、本当だ」


 言われて始めて気付いた。

 頬を伝う涙の、そのぬくもりが冷え切った肌に温かい。

 サイジはそれを手の甲で拭うが、あとからあとから溢れてくる。

 そうこうしてると、ルルが強く強く抱き締めて。

 彼女の胸の中で、泣き叫びたい衝動に駆られるサイジ。

 だが、自分のミスを確認して認めた、そこから立ち上がるゲーマー根性はまだ生きていた。そして、アナネムの声がそれを呼び起こさせてくれる。


『お母様……くっ、誰ですの! これからエンディングって時に、卑怯じゃございませんこと! さあサイジ、戦いましてよ!』

「アナネムさん……うん。失敗は自分のプレイングであがなう。つぐなえなくても、僕はまだ戦える」


 そんなサイジに、空虚な乾いた拍手が投げかけられた。

 そして、先程破壊してこの部屋に張った入り口の、その暗がりからゆっくりと人影が現れた。それは意外と言えば意外で、当然と言えば当然の男だった。


「ヒャッハー! 確変入っちゃったかなあ? へへ……魔王を倒せた、ありがとよ! ボウズ!」


 それは、バンザだった。

 その手には、硝煙しょうえんくゆる拳銃が握られている。

 裏切りの勇者は、今度は寝返った先の魔王をも裏切ったのだ。

 先程の銃撃は、バンザの仕業と見て間違いない。

 心底嬉しそうに笑うバンザに、サイジは決然とした怒りを覚えた。


「バンザ……お前はなにをしたいんだ? 何故、お前が魔王を倒す必要がある」

「ん? ああ、なーに! ちょっとした博打よ! ギャンブルからまだ、俺は降りてなかったって訳だ」


 あまりにも簡単にバンザは言ってのけた。

 これはギャンブルだと。

 彼にとっては、裏切りを重ねる行為すら、自分自身をチップにした賭け事でしかないのだ。そして、ギャンブルの愉悦に浸るためなら、手段を全く選ばない。

 サイジの父親もどうしようもない男だったが、バンザはそれ以下だ。


「なあ、サイジ。俺は魔王についたが、今度は魔王が目障りだった。その女なあ、ちょっと頭がいかれてるんだよ。神とか悪魔とか、訳がわかんなくてなあ」

「なん……だと……」

「で、お前さんが魔王エルギアを倒してくれる方に賭けた。結果、こうして倒された。おめでとう、お前さんのゲームはクリア、俺の賭けも大勝利ってもんだ!」


 バンザは全く悪びれることなく、自分の計画を語った。

 108人の勇者による魔王討伐、これは安牌アンパイだったと。ギャンブルでもなんでもない、一方的な正義の蹂躙じゅうりん……だからバンザは、より実入りがいい賭けに出た。

 魔王の側に寝返ったのである。

 そして今度は、その魔王をも裏切った。


「これで、王国も魔王も終わりだなあ。どうだ、サイジ。俺と一緒に、この世界を貰っちゃおうぜ? もう、俺らを邪魔する奴らなんていないしよぉ!」

「……そうやって、次は僕を裏切るつもりか」

「おいおい、そんなこと言うなよ。な? なあ? スリリングに人生を楽しもうぜぇ」

「僕は賭け事は嫌いだ。なによりバンザ、お前のようなキャラが大嫌いなんだよ」


 その時、バンザの背後によろりと影が歩み出た。

 それは、満身創痍まんしんそういのエルベだった。

 彼女はふらつき壁にもたれかかりながらも、バンザを睨んで叫ぶ。


「サイジ! その者の言葉に惑わされてはいけませんっ!」

「おっと、王女様のご登場だ。サイジ、お前もひでぇなあ? 王女様一人に戦わせて、自分は美味おいしいとこもってったんだもんなあ?」

「違います! サイジに行ってと背を押したのは私……あの程度の数、あなたが邪魔などしなければ」

「へへ、そうかい。ま、ちょっとお前らノリが悪いなあ……もっと人生、楽しめ、よっと!」


 振り向くなりバンザは、銃を撃った。銃声は二発。

 慌ててサイジは、ルルから抜け出て逆に彼女の頭を抱く。


「ルル、見ちゃ駄目だっ!」


 バンザの放った凶弾が、エルベの命を奪った。

 あまりにもあっけない最期だった。

 すぐにサイジは、そっと聖剣へ手を伸ばす。

 今ロードすれば、エルベだけは助けられる。

 エルギアの死が確定した状態でセーブしてしまったが、そのデータはまだエルベが死ぬ前の状態に自分たちを戻してくれるのだ。

 だが、聖剣に触る前にバンザの銃口が突きつけられた。


「おっと、動くなよ? お前さん、その剣で妙なスキルを使うだろ」

「なんの話だ?」

「イカサマはいけねえなあ、ボウズ。やっぱお前みたいなゲームオタクはあれか? 人生でもリセットボタンでなんでも解決しようとか、そういう馬鹿ばっかなのか?」

「……安い挑発に乗る程、僕は頭に血が昇ってないんだ。悪いけど」


 そう、身動きできないままでもサイジは冷静だった。

 そして、頭にではなく胸の奥に、心に逆巻く血潮が燃えたぎっていた。怒りといきどおりで、今にも爆発してしまいそうだ。

 しかし、そんな時こそクールに事態を見据えなければならない。

 まだまだサイジはゲームを諦めていない。

 新たなラスボスとなったバンザを、せめて倒さねばエルギアが報われなかった。


『サイジ、早くデータをおロードなさいな!』

「……動けば、やられます」


 アナネムの焦る声を制して、脳裏に必死で打開策を探す。

 いかにエクスマキナーが最強の聖剣とはいえ、物理的に刀剣、近接戦闘用の武器であるという現実からは逃れられない。ビームや真空波を放つことができても、まず柄を手で握らなければいけないのだ。

 壁に刺さったままのエクスマキナーでは、銃には勝てない。

 そして、手を伸ばせばスキルでデータをロードする前に撃ち殺されるだろう。

 そう思っていると、ふと前屈みになってたルルが顔をあげる。


「サイジくん……エルベちゃんが」

「ああ。許せない……必ずかたきは討つ。今、それを考えてる」

「……サイジくん、その剣を抜いて戦って。わたしがチャンスを作るから」

「えっ? ルル、待って。バンザの銃がこっちを――」


 不意に言葉が奪われた。

 呼吸も閉ざされた。

 ルルのくちびるが、不意にサイジのなにもかもを止めてしまった。

 行き交う呼気が、ほんの一瞬を永遠にも感じさせる。

 離れたルルは、笑って走り出す。


「やたっ、チューしちゃった! じゃあ、わたしがおじさんやっつけちゃうね!」

「誰がおじさんだコラァ! そんな馬鹿でかい槍で、銃に勝てるかよっ!」


 瞬発力を爆発させたルルが、身を低くして走る。

 その脳天めがけて、迷わずバンザは銃を撃つ。

 ガキン! と甲高い音が響いた。


「あ? なんだそら! ええおい、大博打じゃねえか、デカい嬢ちゃん! へっ、上等だ!」


 バンザが顔色を変えた。

 それもそのはず、奇跡が起こったのだ。

 まさか、これが例のスキル【乙女の奇跡】なのか?

 ルルは手にした鉾斧バルディッシュで、自分を狙う銃弾を切り払ったのだ。


「恋する乙女は無敵なんだよ、おじさんっ! それに、ルル知ってるもん!」

「くそっ、ありえねえ! ゲームのやり過ぎだぜ、お嬢ちゃんっ!」

「その鉄砲、六発しか討てないんだ! さっきので四発目、そしてこれで、五、六っ!」


 ルルは連続で、次々と弾丸を撃ち落とす。

 そして、バンザの眼の前に迫った、その時だった。

 ルルの決死の行動を無駄にしてはいけないと、サイジもエクスマキナーを握る。

 しかし、奇跡はそこまでだった。


「頭いいねえ、お嬢ちゃん! イヒヒッ! じゃあ、これで……プラス六発撃てる訳だぁ!」


 バンザは右手で銃を構えたまま、ふところからもう一丁の拳銃を取り出した。同じパーカッションリボルバーだが、そっちは弾丸がフルに入ってる

 その全てが連続してルルに叩き込まれた。

 肉食獣を思わせるしなやかな筋肉美が、何度も衝撃に身を踊らせた。

 サイジは思わず、絶叫と共に壁からエクスマキナーを抜き放つのだった。

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