第24話「おトゥルーエンドでしたわ!」

 二度三度と、次々連続でサイジは死んでゆく。

 減ってゆくライフ、全快と0とを繰り返すHP。

 アナネムの肉体を借りた姿とは違って、悲しいほどにサイジ本人のステータスは低かった。それでも、一瞬が永遠に思えるような中を走る。

 エルギアへ向かって突っ込む、その一歩一歩がまさに命がけだった。


「サイジ、あなたは……よしなさい、どんなスキルかは知りませんが、本当に死にます!」


 エルギアは心配してくれつつも、攻撃の手を緩めない。

 ライフが無くなる前に、エルギアを無効化する。

 それを今、自分自身の身体でやらなければいけないのだ。


「ライフはあと3、なら――ッ、ク! うっ、うう」


 全身を巨大な氷柱つららが貫いた。

 それでまた死んで、生き返る。

 そのまま転がるようにして、走った。

 その先で、氷で生まれた竜が渦巻いている。エルギアの魔法で造られた氷の竜は、容赦なくサイジを噛み殺した。

 それでもなお、死ぬために走り続ける。そして――


「この距離っ、踏み込んで……今だね」


 とうとうサイジは、全てのライフと引き換えにエルギアに肉薄した。

 そして、その手には最強の聖剣がある。

 エルギアの表情がこわばり、そして優しく歪んだ。

 泣いてるような微笑は、ゲームの終わりを察したかのようだった。

 けど、サイジは次の瞬間に決断を実行する。


『ちょ、おま……サイジッ! なにをするのですわ!? お、おっ? おやめなさい!』


 アナネムの悲鳴が叫ばられた。

 そしてそれが、わずかに遠ざかる。

 そう、サイジは振り上げたエクスマキナーを……。それはエルギアを素通りして、部屋の壁に突き立つ。

 必殺の距離で聖剣を手放し、これで本当にサイジはただの弱い勇者になってしまった。

 しかし、躊躇ためらわずにそのままエルギアの手を取る。


「エルギアさん、ここでやめましょう。真のエンディング、見たくないですか?」

「サ、サイジ……でも、私は。それに、アナネムは私を許しはしないでしょう」

「許されたかったら、許されるまで何度でもコンテニューすればいいんですよ。神様には戻れないかもしれないですけど……あなた、ずっとアナネムのお母さんじゃないですか」


 サイジの言葉に、エルギアは目を丸くした。

 そして、固まったまま雪解けしたかのように笑った。


「あなた、今なら私の指先一つで殺せそうだけど……そうも無防備になれるのはどうして?」

「一つは、あなたを信じてみたからです。ゲームって、信じられる対戦相手にしか使えない選択が沢山あるんですよ。それと」

「それと?」

「勿論、保険もかけてありました。ね、ルル」


 返事の代わりに、亀裂が走る音が響く。

 ルルを閉じ込めた氷の塊に、ピシリ、ピシリと裂け目が広がっていった。そして巨大なひび割れが全体を覆った時、中から復活の声が高らかに鳴り響く。

 ルルは自力で内側から氷の塊を破壊し、飛び出してきた。

 慌ててエルギアが身構えたが、ルルは更に加速する。

 鎧や盾を脱ぎ捨てたその姿は、エルギアの魔法より早く鉾斧バルディッシュを突き出した。


「ぷはーっ! さぶ……さぶさぶさぶっ! でも、おばさん。これで、終わりっ!」

「あなた……どうやってあの魔法から」

「んー、底力? えっと、わたし馬鹿だから力任せだよ! 力こそパワーだよっ!」


 呆気に取られるエルギアに、ニヒヒと笑ってルルは武器を下ろす。

 もはや決着はついた……魔王を倒していないが、魔王の脅威は消え失せたのだ。


「私の、負けということかしら。でも、このあとどうしたら」

「エルギアさん、もとは自分の土地の神様だったんですよね? とりあえず、ほこらでも作ってもらうってのはどうでしょう。悪魔じゃなく、昔の神様としてまつってもらう感じで」

「え、あ、いや、でもぉ……王国の信奉する神話の中では、私は悪魔で」

「あー、僕は日本っていう国からきたから、そこが無頓着なのか。ごめんなさい、僕の故郷って八百万やおよろずの神々が住んでる国なので」

「……は?」


 そう、日本は宗教感覚に関しては非常にゆるい。

 神道からして、八百万の神々が存在するし、その神話内ではスナック感覚でポンポン新しい神様が生まれる。

 現在でも、クリスマスを祝ったあとは神道で年越しして、死ぬ時は仏教でお寺の世話になる人が多い。新興宗教も山ほどあるし、日本人は信仰心に対していい意味で奔放だった。


「そ、そんな国が……あるのかしら。そう、そうなのね……」

「ええ。僕の仲間に王女様がいるので、頼んでみますよ。女神アナネムの母、女神エルギアの復権です」

「そんな方法が……じゃ、じゃあ、このゲームは」

「勇者は魔王を説得して、王国と仲直りさせました。めでたし、めでたし、でどうかなって」


 遠くで壁に突き立ったまま、聖剣を通してアナネムも叫ぶ。


『お母様! そんなに気にしてるのでしたら、わたくしに相談してほしかったですわ!』

「ア、アナネム……私は」

『サイジはわたくしが選んだ勇者です、間違いも嘘も言いません。まったくもう……ふふ、馬鹿なお母様』

「……そう、ね……私ってば、本当に馬鹿。でも、でもアナネム……このゲームは」

『まあ、そこそこってとこかしら? 悪くはなかったわ、というか、結構? かなり? それなりに面白かったですわ。愛すべきクソゲーレベルですわねっ!』


 クソゲーにはニ種類存在する。

 ゲームバランスの破綻や致命的なバグ、それ以前にコンセプトやゲームデザインの時からゲームとして成立していないもの。それらは、遊ぶに値しないクソゲーと呼ばれる。

 同時に、があるのも事実だ。

 どうしようもなくダメダメなのに、何故か繰り返し遊んでしまう。

 文句は言うし貶してくさす、それでも遊び倒してしまうのだ。

 ふと、サイジは新たな発見を自分の中に見つけた。


「あ、そっか……母さんにとっての父さんって、そういうの……愛すべきクソゲーだったのかも。だから、かなあ」

「ん? どしたの、サイジ」

「いや、なんかね……うんざりするほど軽蔑しきった人間も、誰かに愛されてるんだろうなって話」

「んー、よくわかんないけど、うんっ! みんな、誰かにとって愛すべき人なんだよっ!」


 疑いを知らぬルルの目が輝いていた。

 もはや見慣れたビキニアーマーで、彼女は何度もうんうんと頷く。そして、ぶるりと震え上がってサイジの背中に張り付いてきた。


「サイジくん、寒い……うう、氷の中は寒かったよぉ」

「ちょ、ちょっとルル、ひっつかないで」

「あは、やっぱりサイジくん温かーい! ぬっく、ぬっく! ほら、ぬっくぬく!」

「あ、いや、その……参ったね、これは」


 かくして、一件落着かと思われた。

 ルルに覆われたまま、冷え切った身体に埋もれつつもサイジは確信していた。

 そして、思い出したようにエクスマキナーを取りに歩く。

 ルルはそのままべったりだったので、ずるずる引きずられてついてきた。

 壁に刺さった虹の刃は、優しい光を湛えて輝いていた。


『サイジ、見事ですわ……と、言いたいところですけど! なんですのあれは!』

「いやあ、上手くいってよかったよね」

『死ねる回数が尽きて、それでもお母様に迫れなかったらどうするおつもりですの!』

「うん、その時は……どうしよっか。はは、そこまで考えてなかった」


 とりあえず、この状態をセーブしようと思った。

 今度こそ、こまめなセーブを忘れては駄目だと思った。

 それでスキルを念じてアナネムに確認を取りつつ、振り返る。


「あ、そういえば……エルギアさん。このゲームを始めたもう一つの目的って――」


 その時だった。

 信じられない音が響き渡った。

 そして、サイジは目撃する。

 エルギアがガクン! と揺れて立ち尽くし、そのまま崩れ落ちるのを。

 その額からは、真っ赤な血が吹き出していた。

 そう、先程の空気をつんざく音は銃声だったのだ。


『お母様っ!』

「エルギアさん!」

「おばさんっ!」


 咄嗟にサイジは走り出す。

 そしてルルに追い越された瞬間、慌てて引き換えした。

 エクスマキナーの柄に手を添え、抜くのも忘れてスキルを命じる。


『あ、ああ……お母様が、どうして、なぜ……』

「アナネムさん、急いでロードするから待ってて!」


 焦りが不安を呼び、胸中に黒い霧を広げてゆく。

 そして、悲しい現実が再現された。

 ロードと同時に銃声がして、再び同じ光景が繰り広げられる。


『お母様っ!』

「おばさんっ!」


 ギリギリのタイミングで、銃撃が行われた瞬間がセーブされていた。そして、それをロードしたことによってエルギアが二度目の死を迎える。

 凍えた空気に吹き上がった血飛沫ちしぶきは、あっという間に赤い氷の結晶をちりばめてゆくのだった。

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