第23話「母と子と、最強と」

 最後の戦いが始まった。

 このゲーム、ルールは実に簡単だ。

 勝利条件は魔王の打倒。

 そのために、ちょっとだけ聖剣で触るだけでいい。

 ただ、サイジにはそれが躊躇ためらわれた。


「アナネムさん、どうすれば……僕は、できれば戦いたくは」

『サイジッ、レッツゴーですわ! オーバーキル気味に叩きのめしてやりなさいですの!』

「いや、ちょっと……だって、お母さんですよね」

『もともと神族なんて、殺しても死ぬようにはできてませんわ! お討伐あそばせっ!』


 軽く引いちゃうサイジだった。

 サイジは決してマザコンではないが、家族と呼べるのは母親だけだ。その母親のためにもアルバイトに精を出したし、一緒にゲームを遊ぶ時間は至福の時だった。

 だから、プンスコと怒り出すアナネムの極端さについていけない。


「やっぱ、駄目ですよ。だって、エクスマキナーで斬ったら」

『ま、軽く数百年は顕現できないくらいのダメージを受けますわね。最低でも』

「……もう少し、話しませんか? エルギアさんと」


 だが、そのエルギアがやる気満々に見えた。

 血気に逸る熱さは感じないのに、殺意が伝わってくる。

 その低い声が、うっそりとサイジたちに向けられていた。


「アナネム、あなたは生まれながらの女神。そして、私はあなたを生んだ悪魔。そういう神話を、このゲームで書き換えてあげるわ」

「待ってください、エルギアさん。そういえばさっき、もう一つあるって」


 そう、エルギアは言いかけて引っ込めた言葉を持っている。

 まだ、知るべき真実は隠されているような気がした。

 だが、サイジを急かすように聖剣は輝くし、エルギアからは絶対零度の殺気が放出されている。激突は不可避だ。


「くっ、手加減できるか? このエクスマキナーで」

「サイジくんっ! やっぱり戦う? 戦うしかないのかなあー」

「ルル、できるだけ傷付けずに無力化する。倒しても、殺さない」

「オッケー、やってみる!」


 即座に、エルギアがかざした手から氷のつぶてが放たれた。

 まるで散弾銃のような面での制圧攻撃。

 サイジはルルと二手に分かれて、大きく回避に身を投げ出した。それでも避けきれなかった一部が、肌を掠める。ルルに比べて軽装なので、かすっただけでも痛みが熱かった。

 それでも、左右から回り込むようにしてエルギアに迫る。


「アナネムさんっ、なんとか無傷でおとなしくなってもらうので……もっと話してくださいよ」

『……無理ですわ。エクスマキナーは最強武器、触れる全てをほふる絶対のお聖剣』

「ゲームの結果は、キャラやアイテムの強さだけでは決まらない。活かすも殺すも、プレイヤー次第。そうは思えない? アナネムさん」

『サイジ、あなた……』

「僕は、子供とお母さんには仲良くしてほしいんだ。できればお父さんにもね」


 俯き黙る気配の聖剣を引き絞り、一気に距離を詰める。

 だが、エルギアはサイジに向き直るや、細い人差し指をクン! と上に向ける。

 あっという間に、地面から鋭い氷の牙が無数に生えてきた。

 アナネムの身体能力を借りてなければ、弱いサイジは串刺しである。

 その苛烈な攻撃をかいくぐって、サイジはエルギアに肉薄した。


「みねうち、刃の腹で軽く叩くだけなら」


 エクスマキナーは巨大な両刃の聖剣だ。

 なので、広い刃の面の部分、腹で触れる程度ならばなにも斬れない。

 そう思ったサイジだったが、それは誤算だった。

 最強、その意味を過小評価し過ぎていたのだ。

 そっと軽く剣を押し当てるように、ポンと押した。

 エルギアは、それだけで血を吐きながら吹き飛んだ。


「う、ううっ! いたた……ちょっとそれ、チートじゃないかしら。へこむわぁ」

「あっ、すみなせん。えと、手加減したつもりが」

「いいのよ、こういうゲームだもの。ゲームに盛り上がってこそ、神に戻る価値があるわ。さ、続けましょ……ゴホゴホッ!」


 正直、参った。

 気が乗らない以上に、手加減が難しい。

 勿論、手加減は手抜きとは違う。サイジだって、ゲームをしながら相手の力量を感じて察し、時には加減をすることがある。常に全力全開、兎を狩るにも獅子は云々などと言っても、同じ100円を入れた者同士のゲームセンターでは、思うところがあった。

 サイジだって、手加減されたこともあるし、それで知れたこともあった。

 けど、今はそれが難しい。

 どんなに頑張っても、エクスマキナーの攻撃力が強過ぎるのだ。


「アナネムさん、もっとこう……弱い攻撃出せないんですか、この剣」

『……無理ですわ。だって、だって……うう、お母様。わたくし、どうしたら』

「流石、ゲーム好きがリセマラ繰り返して作った武器だなあ。困ったことになったぞ」

『ほへ? いえ、サイジ……それは。――ッ、避けなさいサイジ! 来ますわ!』


 口元の血を拭いつつ、エルギアが次々と氷の塊を頭上から降らせる。

 何トンもの重さのそれは、全てが一撃必殺の鉄槌てっついである。

 いかな女神アナネムの肉体といえども、潰されてしまえば無事では済まない。

 だが、逃げ惑うサイジはエルギアの向こうに仲間の影を見た。


「後ろからっ、ごめーん! ちょっとだけ、おとなしく、してねっ!」


 エルギアの背後をルルが襲った。

 鋭利な刃が断頭台と光る、長柄の鉾斧バルディッシュが空気を切り裂く。

 そのままルルは、刃ではない方でエルギアの背中へ打撃を繰り出した。あの鉾斧も王家所蔵のレア武器だが、エクスマキナーと違って極端な強さはない。

 そして、ルルも不器用なりに手加減してくれてるようだった。

 鈍い音が響いて、鈍器が肉を打つ。

 よろけて片膝をついたエルギアだったが、おとなしくはなってくれないようだった。


「そっちの人間さんは……お名前は? 大きなお嬢さん」

「わたし、ルルッ! ね、もうやめよ? おばさん」

「お、おばっ……そうね、人間から見れば私、それどころかおばあさんだわ」

「ルルもね、家に帰ればママと仲良しだよ? おばさんもそうしなよ!」

「……もう、引き返せないわ。ゲームを……クリア、しなきゃ」


 瞬間、ルルの周囲で空気が輝き出した。

 俗に言う、ダイヤモンドダストというやつだ。急激に気圧が変動して、ルルの周りだけ気温が一気に零下を下回る。


「危ない、ルルッ!」

『おレジスト、急いでくださいまし!』


 サイジとアナネムが同時に叫ぶ。

 だが、遅かった。

 あっという間にルルは、周囲の水分が凝結する中に閉じ込められる。一瞬でその姿は、氷の棺に固まって動かなくなった。

 魔王エルギアは、神としての自分への執着がとても強い。

 その気持ちをどうやら、サイジたちは見誤っていたようだ。

 気まぐれなゲームで魔王を演じ、その行為自体が神々しいこと、神らしい振る舞いだと思っているエルギア。彼女のゲームの勝利条件は、この世界の滅亡だった。


「ルル……くっ、ロードして立て直すか? いや、駄目だ。魔王城の城門前まで戻されてしまう」


 こまめなセーブ、これはゲーマーの常識である。

 安全なタイミング、確定してもいい結果を得られた時は必ずセーブする。それがゲームの鉄則であり、ゲームだからこそできる保険のようなものだった。

 この魔王の玉座に突入する前、セーブしておけばよかった。

 それを怠ったことを、サイジは悔いて尚も走り出す。


「……ルルは、タフなだ。だから……アナネムさん」

『な、なんですの? まさか……サイジッ! おやめなさい!』

「ほら、今ちょっとルルが動いた。そういうふうに見えなかった? だから、変身を解除して。僕をいつもの姿に戻してほしいんだ」


 それは、最強の魔王を前に自殺行為に等しい。

 多少は旅路の中で強くなったとはいえ、サイジは一ヶ月まるまる戦いをサボっていた勇者なのだ。その身体に戻れば、簡単にHPが0になってしまう。

 魔王エルギアがそっと触るだけで、即死するだろう。

 そう、エクスマキナーを持つ勇者と同じ条件になるのだ。


『およしなさいっ! お母様のことはわたくし、諦めてますわっ! だから! 娘の責任において、わたくしたちで倒さねばならないのです!』

「それ、トゥルーエンドですか?」

『……は?』

「そんな結果で、ゲームをクリアしたって言えないでしょう。少なくとも僕は、そうは思わない。それに、アナネムさんだってまだ、お母さんのこと好きでしょ」


 覚悟を決めた。

 だから、セーブした。

 この逆境の中で、今までを全て受け入れ、これからに全てを賭ける。

 賭けるといっても、捨て鉢のギャンブルじゃない……ゲーマーとして勝負に出るのだ。


『そっ、そそ、そんなことないですわ! お母様なんて大嫌いですの!』


 サイジはロードし、同じことを問う。


『そっ、そそ、そんなことないですわ! お母様n』


 ロード。


『そっ、そそ、そんなk』


 ロード、ロード、ロード。


『……サイジ、先程からずっと……まさかあなた』

「素直な言葉をくださいよ、アナネムさん。その想いを僕が、勝利に繋げますから」

『う、うう……お母様を、まずは……止めてくださいまし』

「いいよ、それでいこう」


 普段の姿に戻ったサイジが、走り出す。

 瞬間、氷の刃がヴン! と迫った。エルギアの放った一撃が、一発でサイジを即死させる。だが、エクスマキナーのスキルによって、HPが全快まで回復する。ライフが一つ減って、それでもサイジは死の痛みに苛まれながら走っていた。

 エルギアはで数十メートル、ライフはあと六つ。

 これはいわゆる「死に覚え」みたいなもの、命をコストと割り切っての最後の突撃だった。

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