第21話「吶喊、魔王城」

 巨大な城門へ向かって、真っ直ぐにサイジは走り始める。

 左右にルルとエルデを確認して、まずは聖剣のスキルでセーブした。こまめなセーブはRPG攻略の基本である。最悪、失敗したらロードして引き上げればよかった。

 だが、最初から負けると思って挑む勝負をサイジは知らない。

 常に最悪の事態は想定するが、最悪でもしかたなかったとは思わないメンタルの持ち主だった。


「サイジ、ルルも! 神々の護りと祝福を! それからええと、その他諸々全部乗せっ!」


 ざっくり雑に、エルベが補助バフ系の魔法を一通りかけてくれた。

 ステータスを確認しなくても、攻撃力や防御力、その他ほぼ全てのステータスが格段に上昇しているのが感じられる。

 身体が熱い。

 血潮が燃えてたぎる。

 そのままサイジは、自分よりも巨大な聖剣エクスマキナーを抜き放った。

 横に薙げば、真空の刃が飛んでゆく。

 虹のきらめきは死の一撃。

 それに触れただけで、雑魚モンスターは消し飛んだ。


「サイジくんっ! でっかいのがいるよ!」

「サイクロプスか、面倒だな」

「わたしがやろっか?」

「いや、面倒なだけで……敵じゃ、ない」


 山のような巨体が、手にした棍棒こんぼうを振り上げる。

 全長10mはあるかという、巨大な一つ目の鬼、サイクロプスだ。

 しかも、その背後の城門からわらわらと雑魚ざこが沸いて出る。

 面倒だ、死ぬほど面倒である。

 ただ面倒なだけで、勝負にはならない戦いだった。


「ルルは雑魚を突破して中へ。エルベを守るのを忘れないこと。いいね?」

「はーいっ!」


 そのまま二人と分かれて、サイジは真っ直ぐサイクロプスの目の前に飛び込む。

 巨大な眼光はまるで、サイジめがけて落ちてくる彗星のようだ。

 だが、その睨んでくる瞳に向かってサイジはジャンプする。

 あっという間に、大剣を大上段に振り上げたまま視線を引き剥がす。見上げるサイクロプスが、唖然あぜんとした顔に一つ目を丸くしていた。

 そして、重力に乗ってサイジは刃を振り下ろす。

 着地までに烈風のはやさで斬り裂く。


「よっと、20Hitコンボ、くらいかな」


 丁寧に、しかし最速での連撃だった。

 サイクロプスはまだ立っていたが、その全身に赤い線がミシン目のように入った。そして、斬られたことに気付いたその反動で、あっという間に巨躯きょくが崩れてくる。

 肉塊がゴロゴロと落ちてくる中を、サイジも奥へと走った。

 勿論、城門を入ればすぐに仲間の背中が見える。


「お待たせ、ルル。エルベも」

「城内は敵ばかりです、サイジ!」

「だろうね」


 殺気立った気配が十重二十重とえはたえ

 そこかしこに高レベルのモンスターがうじゃうじゃしていた。

 それも当然で、ここは実質ラストダンジョンなのだ。大きな吹き抜けのホールに出たサイジたちを、周囲からモンスターが囲んでくる。

 けど、瞬時にサイジのスキル【先読み】が最適解を絞り込み始める。

 そして、新しいスキルの【見切り】によって、洗練されたサイジの躍動が加速した。


「ルル、討ち漏らしを頼むよ。エルベは広域攻撃魔法、僕に気にせず撃って」


 最初に餌食になったのは、ゴブリンの上位種だった。

 上等な鎧を着ていたが、そっと聖剣で撫でてやったら粉々になった。

 そこからが、人生最長コンボの始まりだった。

 10や20までは数えていたが、サイジはどんどん効率的にモンスターをほふってゆく。大きな敵も小さな敵も、数や容姿を問わず聖剣のサビに消した。

 最強の聖剣は、触れる全ての命を無へと還していったのだった。


「おっ、なんか1UPワンアップしたかも」

『サイジ、これでライフは7ですわ!』

「できれば使いたくないね。死ぬのも生き返るのもゴメンだよ」

『あら、そうですの? 死ぬのはともかく、どうせ死ぬなら生き返れた方がお得でしてよ』


 アナネムの言いたいこともわかる。

 サイジは決して、刹那的に生きてるつもりはない。

 けど、死んでもいいと思えてしまったら、それは一種の諦めだと思うのだ。最悪の事態は想定しても、その瞬間を絶対に迎えないように戦うのがサイジだからだ。

 けど、魔王との戦いはどうなるかわからない。

 聖剣を一瞬でも、わずかな切っ先、先っちょだけでも魔王に当てれば勝ちである。それができるかどうかは、アナネムの肉体を使いこなすサイジの双肩にかかっていた。


「えっと、100Hitくらい? かな? さて、そろそろ身体が温まってきたね」

『ええ! 蹴散けちらして差し上げますわ! さっさと奥に進みますの!』

「勿論です、アナネムさん。――っ、とととっ」


 次々とモンスターを斬り伏せる中で、ポケットから何かが落ちた。

 それは、ルルからもらった例のパズルだった。

 思わず脚を止めたサイジは、それを拾う。

 その隙に漬け込んできたゴーレムの巨体を、身もせずに一刀両断で斬り捨てるサイジ。同時に、拾ったパズルの異変に意外な言葉が溢れた。


「あれ……ああ、そうか。このパズル、ダイヤル同士が縦にも動くんだっけ」

『ちょ、ちょっとサイジ! 敵! 敵がお迫りあそばしますわああああああ!』

「ん、ちょっと待ってねアナネムさん。……ふむ、じゃあ、こうスライドさせて? うーん、まだちょっとパターンが掴めないな」


 落っことした衝撃で、パズルに並ぶダイヤルが今までにない形で動いていた。

 それがサイジに、ゲーマーとしての閃きをもたらす。

 けど、今は敵を殲滅するのが先立った。


「サイジくーん! そろそろ進もうよっ!」

「かなりの数を減らしました。サイジ、ルルと進んでください!」


 エルベが意外な事を言いだした。

 彼女はかざした両手から雷撃系の呪文を放つと、あっという間に複数のモンスターを消し炭に変えてしまう。

 そして、サイジとルルに再び補助魔法を上書き、重ねがけした。


「ここは私一人で持たせてみせます。サイジたちは奥へ」

「でも、エルベさん一人じゃ」

「サイジがあらかた片付けてくれたから、あとは私が食い止めます。奥に進んでも、背中の心配なんてさせませんから」


 ニコリと笑って、不意にエルベが顔を近付けてきた。

 そして、そっとサイジの頬にくちびるで触れる。

 それは、なによりも強烈な補助魔法だった。

 最初、なにをされたかわからず、サイジはぼんやりと頬を手でさするだけだった。けど、柔らかさとぬくもり、なによりエルベの吐息がじんわり皮膚に浸透してくる。


「ふふ、早く魔王を倒して、いつもの男の子の姿に戻ってくださいね。その時、また続きをしましょ」

「エルベさん……え、えと……い、いいイベントだから、ロードしてもう一回聴いてもいい?」

「駄目です、サイジ。さ、行ってください!」


 サイジは弾かれたように走り出す。

 ルルも一緒だ。

 その先へ、二人を導くように巨大な火球が放たれる。

 落ちてきた太陽のような爆発が、目の前に立ちふさがったモンスターを吹き飛ばす。その爆風と熱波の中を、サイジは奥へ向かって全力疾走した。


「サイジくん、チューした! エルベちゃんと、チュー!」

「違うよ、されたの。一方的にやられただけだから」

「続きだって、いいなあ。ねね、わたしもチューしてあげよっか!」

「今はいいって。急ごう」

「はーい!」


 ルルはガシャガシャと黄金色の鎧を歌わせ走る。

 大広間を抜けて階段を登り始めれば、やはりというかモンスターが立ちふさがってくる。それも、先程の雑多な軍勢じゃない。

 統一されたデザインの鎧に身を固め、鉄仮面を被った兵士たちだ。

 どうやら親衛隊クラスの強敵のようである。


「ルル、さっきさ、例のパズル。なんか、ヒント貰ったかも」

「じゃあじゃあ、解ける?」

「多分。あとは試して見るだけで、かなりパターンは絞れたと思う」

「きっと、クリアしたらいいことあるよっ!」

「だね」


 真っ向勝負、真正面からサイジはぶつかった。

 階段の踊り場で、次々と敵を蹴散らし上へと駆け上がってゆく。

 ルルのフォローは完璧だったし、どうしても大振りになってしまうサイジの隙をカバーしてくれた。親衛隊クラスといえど、物の数ではないようだ。

 むしろ、戦っているのに二人の会話は関係ない話題で弾んでゆく。


「ねえねえ! サイジくんって、エルベさんのこと好き?」

「ん、ああ。好きだよ」

「もー! そういう話じゃなくてー、こぉ、愛してるー! とか、恋しいー! とか」

「あー、どうかなあ。悪いけど僕、あんまり恋愛したことないんだよ」


 正確に言うと、一度もない。

 ゲームセンターに異性の友達なら、それこそ数え切れないくらいいる。年下も年上もゴマンといるのだ。でも、そうしたゲーム仲間を異性と意識したことがなかった。

 多分、向こうも一緒だ。

 サイジを一人の男児として見てる人間など、いないのだ。


「えー、サイジくんって結構オクテなんだねー」

「まあね」

「じゃあ、わたし好きになったげる! わたしと恋愛しようよ! わたしなんて、とっくになんだからっ」


 一瞬、サイジの手が止まってしまった。

 なにを言ってるんだ、このでっかい幼女は。

 そう思ったが、逆に柔らかな苦笑がこぼれた。

 そのままサイジは「考えとくよ」とだけ言って、階段を昇りきった先の扉を破壊するのだった。

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