第20話「これが最後のおログインですわ!」

 猛吹雪が襲う中、風に逆らってペンギンたちが走る。

 ありがたい霊鳥、ペンヌ=ペンヌというらしい。

 どう見てもペンギンで、総勢二十羽が雪車そりを牽引していた。その速さは、短い足が嘘のよう。そして周囲の光景が氷の世界に変わってゆく。

 一切の遮蔽物がない、白い闇の世界。

 ペンギンたちは次々に飛び跳ねて、腹で氷の上を滑り出した。


「さ、さぶい……ねねっ、エルベちゃんっ! 暖かくなる魔法とかないのー?」

「ルル、私の魔法ではちょっとそういうのは。炎を出せば雪車が燃えてしまいます」

「弱火でちょっとだけ、出さない?」

「出しません。っていうか、出せません」


 ううー、とルルは唸りながら丸くなって震えてる。

 サイジはといえば、黙って進む先を見据えて座っていた。

 ほとんど揺れることなく、雪車は真っ直ぐ進んでゆく。

 ペンギンたちには、目的地がまるで見えているかのようだった。目指すは極寒の地、最果てに待ち構える魔王城。そこで魔王を倒せば、ゲームはクリアだ。

 そっとサイジは、背後の聖剣に語りかける。


「アナネムさん、もうすぐ魔王城につきますけど……魔王、倒していいんですよね?」

『えっ? ななな、なっ、なんですの!? やぶからぼうに』

「いつか聞こうと思ってましたが、なにか因縁があるのではと思って」

『……そう、ですわね。話せば長くなりますわ。よくて?』

「ええ」


 そうこうしていると、背後からガシッ! とルルが抱き着いてきた。金属鎧に身を覆った彼女が、まるで覆いかぶさるように張り付いてくる。

 冷たい甲冑の感触があったが、それが徐々にぬくもりに変わってくる。

 まるで、ルルをそのまま着てるような錯覚。

 そして気付いた。

 ルルに密着された自分が熱くなってるのだ。


「わー、サイジくんあったかーい!」

「ルル、ちょっと。今、アナネムさんと大事な話を」

「ねえねえ、エルベちゃんっ! サイジくんとギュッとしてると、あったかいよー!」


 肩越しに振り返ったエルベは「そ、そう。よかったわね」とそっけない。そして、視線が冷たい。彼女は一番寒い先頭で、ペンギンたちの手綱たづなを握ってくれているのだ。

 それで、ルルはよいしょとサイジを持ち上げてしまう。

 悲しいことに、体格も腕力も全然違うので抗いようがなかった。

 まるでぬいぐるみのような扱いである。


「はいっ、エルベちゃん! サイジくんのおすそわけー」

「ちょ、ちょっとルル!? あ……暖かい。えっ、ちょっとサイジ、熱でもあるの?」

「……そろそろ、話に戻っていいかな」


 自分でもちょっと恥ずかしい。

 エルベとルルにサンドイッチされつつ、確かに顔が熱いのを感じていた。

 エルベの背中は驚くほどに華奢で、ひっついていると少し暖かい。そして、背後からサイジごとエルベを抱き締めるルルが、包容力抜群のぬくもりで包んでくれていた。

 三人でピッタリくっつき合う中、アナネムが語り始める。


『……魔王は、かつては神々の一柱ひとりでしたわ。ええ……今回のことは、我々神族から出た不祥事でもありますの』

「なるほど、身内の不始末ってとこかな?」


 まあ、サイジ的にはある程度は予想していたし、想像の範囲内だ。

 ようするに、神様というのは気まぐれで自由奔放な気分屋なのだ。だから、軽はずみにスナック感覚で世界を滅ぼしたり、人々を救ったりする。

 善神と悪神がいるのではない。

 結果として、人類に益をもたらした神と害をもたらした神がいるだけ。

 その本質は、どちらも身勝手でわがままだ。


「その、僕はいわゆる神様ってのは信じてなかったんですけど。まあ、ここは異世界なんでそういうのはいるかなって。それに、アナネムさんは女神ですしね」

『オーッホッホッホ! ややドマイナーですが、わたくしもえある女神なのですわ!』

「そして、何故なぜかレトロゲームが好き、っと」

『ちょっとお待ちになって、サイジ。このゲームは数百年前このあいだ出たばかりですわ。まだまだ最近のゲームでしてよ』

「レゲーの定義から語り合う余地がありそうですね」


 サイジからすれば、2P用ふたりようのコントローラーにマイクが付いてる時点で骨董品、アンティークだ。きっとアナネムは、カセットを差し込む前に絶対、端子にフーッ! って息を吹きかける世代に違いない。

 それはいいとして、徐々に事情がわかってきた。

 この異世界で今、王国が滅びつつある。

 悪の魔王による侵略が元凶だ。

 そして、その魔王は元々は神様で、アナネムの身内らしい。

 数百年前から始まったゲームに、ようやく今アナネムというプレイヤーが現れたのだ。そして、召喚されたサイジたちは、ゲームスタートによって生まれたキャラクターという訳である。


『おリセマラにこんなにかかるとは思わなかったんですわ。でも、わたくしの目に狂いはありませんの』

「確かに」

『あとは魔王を倒すのみ! おトゥルーエンドまっしぐらですわ!』


 ただ、以下に最強聖剣のエクスマキナーがあっても、サイジはまだまだ弱い。アナネムの肉体を借りることでそこはカバーできるが、まだまだ不安もあった。

 改めてサイジは、アナネムに確認を行う。


「アナネムさん。このゲーム……いわゆる、経験値を稼いでレベルを上げるたぐいのものじゃないですよね」

『当然ですわ。あのひとは、割りとリアル志向のゲームを好みますの』

「あの柱、ね……つまり、現実と一緒か」


 コツコツと努力する者だけが、強くなれる。

 そして多分、幸運が巡ってくればスキルを覚えるのだ。


「スキル習得、もっとわかりやすく……例えば豆電球が頭上で光るピコーン!とか、ないですか?」

『おパクリめさるな、ですわ! いけません! わたくし、そのゲームも大好きですが、おパクリはいけませんの!』

「じゃあ、乱数調整を利用した再現法を使って、毎回必ずステータスが上がる戦闘を」

『うげげ、面倒臭いゲーマーですわね、サイジ……』

「重箱の隅をつっつく攻略も、嫌いじゃないですからね」


 再現法とは、ゲーム内の乱数を制御することで『なんどでも決まった結果を引き続ける方法』である。何度も同じ現象が再現されるため、再現法と呼ばれるのだ。一部ではこれを邪道とするゲーマーがいる一方、再現法を巧みに利用することで本来ありえない景色を見ることだってできる。

 ものによりけりだが、サイジもその母親もそうした裏技が大好きだった。

 そして、豆電球と言えば某名作RPG……ロマンシングなサガとかである。

 この世界の住人であるエルベは、一部の会話が理解できず首を傾げていた。

 ルルはサイジと同じ現代人の筈が、やっぱりチンプンカンプンの様子である。


「今後は戦闘を避けつつ、魔王だけを狙って進むことにしよう。ルルもエルベさんも十分に強いし、僕はアナネムさんの身体を借りれば大丈夫だからね」

『まっ! わたくしのからだが目当てですのね……ヨヨヨ』

「あ、そういうのはいいです。で、あとは僕の1UPワンアップだけど」

『エクステンドは回数を重ねるごとに、次までのスコアを多く要求されますわ』

「ま、あと一回くらいは1UPしておきたいね」


 聖剣エクスマキナーのスキルによって、サイジにはHPと別にライフが設定されている。HPが0になると、ライフを1消費して復活できるのだ。そして、命の予備であるライフの数は今、6……王都での大決戦で、随分とスコアを稼いだらしい。


「あとはまあ、魔王城にこう、一定条件で分裂するスライムみたいな敵がいれば」

「サイジ、それなら結構手強いスライム系も出ると思うわ。だって魔王の城だもの、警護のモンスターも最高クラスよ、きっと」


 エルベはそっと、サイジにわずかに寄りかかってきた。

 密着する面積が増えて、ますます背後のルルに埋まってゆく感覚。優しく圧縮されつつ、サイジはただ黙って二人のホッカイロになるしかなかった。

 そして、自分自身がぽかぽかしてくるのが感じられる。

 慌ててその感情を否定するように、ゲーマーらしい言葉を並べてみた。


「パターンにはめて、無限にスライムを斬り続けられる場所とか、あるといいんですけど」

「えっと、それって」

「や、楽してステータスを伸ばす作業みたいなものですけど、まあ時間があれば」

「……なんか、退屈そうよね、それ」

「退屈ですよ。多分、上で見てるアナネムさんが一番退屈かも」


 勿論アナネムは『却下ですわー!』と甲高い声を響かせた。

 そうこうしていると、不意に風が穏やかになる。

 氷を滑って飛ぶペンギンたちが、ゆっくり減速して両足で立ち上がった。

 そして、不意にブリザードの闇が晴れる。

 そこには、見るも刺々しい氷の城が鎮座していた。

 なんたる威容か、魔王城……その周囲には、多くのモンスターの姿がある。


「ついたみたいだね」

「これが魔王城かあ。なんか、遊園地みたいだねっ! サイジくんっ!」

「決戦の時ね。最初から補助バフ魔法特盛りでいくわよっ!」


 名残惜しいような解放感と共に、サイジは前後の少女たちから解き放たれた。

 それで雪車を降りて、一羽ずつペンギンを解放してやる。

 ペンギンたちはクエクエ鳴きながら、一礼すると北方向へ滑っていった。

 そして、いよいよサイジたちの冒険の旅も終わりを迎える。

 このゲームを終わらせ、魔王の脅威から王国を救うのだ。


「じゃ、アナネムさん。いきますよ、っと」

『カジノでは出番がなくて暇でしたわ! さあ、おログインしましてよー!』


 光が集って弾ける。

 あっという間に、サイジの肉体が女神の姿に象られた。

 細くて小柄だが、そのステータスは屈強な戦士もかくや、である。

 そして、三人は頷きを交わして走り出すのだった。

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