第19話「北へ、最後の旅」

 結局、バンザは負けを認めた。

 最後のモンスター、というか女の子をルルは倒さなかったが、その抱擁が相手を戦闘不能にさせたと解釈されたのだ。

 治癒の魔法を受けながら、ルルはエルベにしこたま怒られたのだった。


「いやいや、参った参った! 俺の負けだ、オケラだぜ! ガハハッ!」


 カジノは今、大金庫から全ての金品が出されている。

 これは、街の全ての人に平等に配分されるのだ。そして、今後はバンザタウンは王国の直轄領となる。カジノも国営となり、レート等が大きく見直される予定だ。

 勿論、子供を売るような親がもう出てこないことをサイジは祈るだけである。


「で、バンザ。お前はどうするんだ?」

「そこはそれ、お約束だろうがよ。俺も仲間に入れてくれよぉ、分のいい賭けだぜぇ?」

「賭けはやらない。お前もいらない」

「チッ、釣れねえなあ。けど、利害の一致は見い出せる筈だぜ?」


 客たちは勿論、監禁されてた債権者たちも解放された。その誰もが、革袋に金品を受け取って去ってゆく。

 先程の少女が、母親らしき女性と再会してるのも見た。

 なんてことはない、どこにでもいそうな母親だ。

 酷く痩せてて、聞けば地下に捕らわれていたという。

 そんな一団を一瞥するバンザは、全く悪びれた様子がなかった。


「実はよ……魔王は、あれは倒さなきゃならねえぜ? なあ、ボウズ」

「なにを今更」

「俺はな、ボウズ……分の悪い賭けが好きなんだ。王国に108人の勇者がいるとなりゃ、逆張りしたくなるのさ。そうだろ? どう見たって王国が勝つぜ」


 サイジの中で、ギクリ! と胸が痛む。

 そう、皮肉にもサイジも同じことを思ったのだ。そして、従軍を拒否して田舎でバカンスを決め込んでいたのである。

 その後悔が今、何倍にも膨れ上がった。

 自分はゲーマーであって、ギャンブラーではない。

 幸運は嬉しいが、万事を尽くした上で運の良さ悪さを受け止めたいのだ。


「で、魔王は圧勝した。ま、俺がちょいと本気出せばそうなるわな。で、だ……」


 バンザは身を屈めるようにして、小柄なサイジの耳元にささやく。


「今度はその魔王を倒す……どうだ? 最高に興奮するだろ! まさに起死回生の大博打ってやつだ!」

「……呆れた外道だ、恥ずかしくないのか」

「いーや、ちっとも? エキサイティングで最高な人生だぜ。だって、お前さんもそうだろ? ゲームオタク……お前だってゲーム感覚で勇者やってんじゃねえか」


 常に自分に問うてきた言葉を、よりにもよって一番嫌悪する相手から言われた。

 だが、今なら胸を張って言える。

 自問自答を繰り返す中で、サイジは既に答えを得ていた。

 それが正しいか間違ってるかはわからないし、関係ない。

 自分が信じる道は、こだれと思える答えがあった。


「僕はゲーム感覚じゃない。ゲームそのものを遊んでいる。ゲーマーは……これと決めたゲームは、絶対にクリアするんだ」

「ハハッ! それじゃ、俺と同じ遊び半分じゃねえかよ」

「いや? 僕は全てが遊びプレイングだよ。そして……ゲームに本気になれない奴が、いつ本気になるんだい? もう一度言う、僕はゲーマーとしてこのゲームを絶対にクリアする」


 そう、堂々と宣言した。

 口に出してみたら、より一層実感が胸に刻まれた気がする。

 それは、決意と覚悟。

 サイジは、あくまで王国を救うというゲームのプレイヤーだ。そして、決して手は抜かずに攻略し、最後には最良のトゥルーエンドでゲームをクリアする。

 そのことを真正面から言われて、流石のバンザも言葉を失った。


「は、はは……すげえなおい。大博打じゃねえかよ」

「博打なんかじゃない。勝つべくして勝つ、そのための戦略があり、戦術を選んで戦ってるんだ」

「なるほど、じゃあ……そんなお前さんに賭けてみるさ、ボウズ!」


 バンザがニカッ! と白い歯を見せて笑った。

 そこには、初めて見る満面の笑みがあった。


「オッケー、わかったぜ! だが、魔王城へは例の空飛ぶお船じゃいけないぜ?」

「……それが、お前が持つ有益な情報って訳か」

「ああ。ここより更に先、永久凍土と氷河に閉ざされた北の最果てに魔王城はある。冬の嵐は、飛翔船じゃ超えることはできねえ。陸路を進むしかない」


 初耳だが、ここでバンザが嘘をつくとは思えない。

 それは、ゲームとギャンブルの差こそあれ、勝負の世界に生きてきた人種同士である。なにより、ギャンブル好きのバンザが賭け事で嘘を言うだろうか?

 サイジなら、ゲームで不用意な嘘は慎む。

 相手プレイヤーとの心理戦になろうとも、嘘だけはつかないつもりだ。

 だから、バンザの言葉を信じることはできる。

 バンザをと言うよりは、一流を自負するギャンブラーを信用できるのだ。


「おーい、サイジくーん!」

「無事ですか、サイジ」


 ルルとエルベも、奥の部屋から出てきて合流した。

 再びルルは黄金のフルプレートメイルに身を包んでいるが、怪我は大丈夫だろうか? サイジはそのことを一番に気にかけたが、最初に返ってきたのはエルベの文句だった。


「サイジ! まさか、最後のあの行動……サイジが指示したのですか?」

「え、あ、いや……ルルが咄嗟に」

「だったら、サイジ! 止めてあげてください!」

「そ、そうだね。でも、一瞬だったから」

「この子、ざっくり内蔵まで刺されてたんですよ? 回復魔法が間に合ったからよかったですが、そうでなかったら今頃」


 エルベは怒るだけ怒ってから、不意に涙ぐんだ。

 彼女も、人質同然で賭けの報酬にされて、心細かったのだろう。

 慌てて隣のルルがフォローに回る。


「わわっ、エルベちゃんごめーん! ね、泣かないで?」

「だって、だってルルもサイジも無茶が過ぎます」

「わ、わたしいっつも筋トレしてるから! 腹筋バキバキだから、大丈夫だったよー! いやほんとだよ? それに、エルベちゃんの魔法で随分治ったし」


 自分の健康と元気をアピールするように、ルルはその場でスクワットを始める。ガッシャンガッシャン、鎧を鳴らして筋トレを始めるのであった。

 あんまり激しく動くと、あれは相当蒸れるぞ……サイジは流石に呆れてしまう。

 しかし、ルルが大事なくて本当によかった。

 同時に、ホカホカ湯煙汗だくモードのルルを想像したら、顔が急に熱くなったのだった。


「やれやれ、元気だねえ……少年少女は。んじゃま、表に準備させてっからよ」

「バンザ、それは」

「言っただろ? 今は魔王を倒して欲しいってな。裏切っても勇者は勇者、旅の足は用意させてもらった」


 バンザに促されるままに、サイジたち三人は外へと出る。

 そこには、大きな大きな雪車そりが用意されていた。

 丁度、絵本で見るサンタさんのような立派な雪車である。

 そして、それを引くのは赤鼻のトナカイではなかった。


「……ペンギンだ」

「だろ? ペンギンにそっくりだろ。ってか、ペンギンだよなあ、ボウズ」

「わーいっ! ペンギンさんだーっ!」


 真っ先にルルが飛びついた、それはやはりペンギンに見える。

 短く見える脚に、飛べない小さな翼。でっぷりと太って見えるが、その流線型の姿は紛れもなくペンギンだった。

 ただし、大きさは1m以上もある。

 コウテイペンギンが確か、これくらいのボリュームだ。

 しかし、この異世界の住人であるエルベだけが目を輝かせていた。


「まあ! まあまあまあ! ペンヌ=ペンヌではありませんか」

「……なにそれ」

「知らないのですか、サイジ。雪原の覇者と呼ばれる鳥で、この地方では神獣レベルで信仰されている益鳥です」

「……僕らの世界じゃ、これはペンギンていうんだけど」

「いいえっ、ペンヌ=ペンヌです!」

「飛べないよね?」

「春まではそうですね、飛べません」

「え……じゃ、じゃあ」

「春から夏にかけては、空を飛びますよ? 越冬のために脂肪を蓄えると、重くて飛べなくなるんです。でも、大地にあってもペンヌ=ペンヌは強い鳥なんです」


 サイジは頭がくらくらしてきた。

 犬雪車ならぬ、ペン雪車である。

 サイジの中では、ペンギンと言えばノロマな生き物の代名詞だ。そのくせ、マスコットとしてのアピール力は強いので、ゲームでも様々なジャンルに登場する。

 しかし、雪車を引くとは思えない。

 だが、バンザは笑った。


「信じられないだろうけどよ……北の地方じゃペンギン雪車、もといペンヌ=ペンヌ雪車はポピュラーな冬の交通手段だ」

「……嘘でしょ」

「いや? 賭けてもいいぜ。こいつなら、冬の嵐にもビビらず走っていける。さ、乗った乗った!」


 半信半疑なサイジだったが、すぐに御者の椅子にエルベが座った。

 本当に鞭を持って手綱を引く姿は、悪い冗談にしか見えない。

 だが、ペンギンたちに塗れてもみくちゃに戯れていたルルも、大人しくエルベの後ろに座った。これはもう、乗らないという選択肢がないサイジだった。


「じゃあな、ゲームオタクな勇者さんよぉ! 頼んだぜ!」

「言われるまでもない。お前のためじゃなく、王国のために僕は……魔王を倒す」


 エルベの掛け声と共に、ペンギンたちが歩き出した。

 よちよち歩きは最初だけで、その短い足が驚異的な回転力で雪を蹴る。

 あっという間に、雪車は信じられないスピードで走り出した。

 こうしてサイジたちは、目的地である魔王城に向かって最後の旅を始めるのだった。

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