第18話「連戦!ガチでおバトルですわ!」
かくして、サイジにとっての一世一代の大博打が始まった。
闘技場にルルの背中をみやりつつ、まずは聖剣のスキルで現状をセーブする。セーブせずにロードして、改めてこのバンザタウンを無視する選択肢もあった。
でも、それでは魔王は倒せてもここの人たちは救えない。
それに魔王城への道のり自体にもなんらかのカラクリがあるようだった。
「それでは野郎共っ! さあ、賭けた賭けたぁ! 今日一番のメインイベントだぜっ!」
バンザの声が、二階から客たちを煽る。
一方で、檻の中のルルは落ち着いていた。
兜を脱いで小脇に抱えると、肩越しに振り返ってニヘヘと笑う。
全く緊張感が感じられない。
もうすぐこの奥から、最強のモンスターが現れるというのに、だ。
「ルル、怖くはないかい?」
「えっ、どして? モンスターなんて、あちこちにいるし、それに」
「それに?」
「サイジが一緒なら、魔王だって怖くないよー!」
無条件の信頼がそこにはあった。
それは危うい盲信かもしれない。
けど、サイジの存在がルルに勇気を与えるなら、勇者同士の絆に誓って負けてはいられない。プレッシャーも感じるが、サイジもゲーマーとしての矜持を賭けて望む。
「ルル、僕が後ろから支える。基本は自由に戦ってね」
「うんっ! 困ったことがあったら、サイジくんにアドバイスもらうね」
「そゆこと。今回、僕は手出しができないけど」
「大丈夫っ! いてくれるだけでルル、勇気百倍だもん」
その時だった。
周囲で着飾った大人たちが大歓声を張り上げる。
同時に、ゴゴゴゴ! と腹に響く音と共に奥の扉が開かれた。
ゆっくりと闘技場に、そしてその外のカジノに獣の臭いが充満してゆく。
ゴクリと喉を鳴らしつつ、ルルは兜を被りなおした。
そして、ゆっくりと敵が姿を現す。
次の瞬間、サイジは叫んだ。
「ルル、速攻。この戦い……次が来ると思う」
「りょーかいっ! まっかせてー!」
闘技場にゆっくりと、異形の影が姿を現した。
筋骨隆々たる肉体に、牛の頭部を持つバケモノだ。
そう、ミノタウロスの登場に被せるように、容赦なくサイジは先制攻撃を叫んだのだ。そして、ルルは全く疑うことなく最速で最大火力を叩き込む。
瞬間移動のように、ミノタウロスとの距離を殺す。
そうして、相手が剣を構えるよりも早くルルは鉾斧の一撃を振るった。
一瞬で首が切断され、それが転がり落ちる前にルルは下がる。
ミノタウロスは何もできず、登場と同時に血柱を拭き上げ倒れた。
「おおっと! 一撃! わずか一撃でええええっ! 流石は伝説の勇者! 強い、強過ぎるっ! しかーしっ!」
サイジはバンザのことを、これっぽっちも信用していなかった。
奴は、1on1とは言わなかった。
最強のモンスターを出せと言われて、一匹に絞り込んでくるとは最初から想定していない。そして、ミノタウロスが最初に現れた瞬間、その猜疑心は確信へと変わったのだ。
「ルル、油断しちゃ駄目だよ。次が来る……ミノタウロスが持ち駒で最強な筈がない」
「うんっ! さあ、ガンガンやっつけちゃうよー!」
ミノタウロスの死体が、ゆっくりと薄れて消えてゆく。
同時に、開きっぱなしの門から次のモンスターが現れた。
「さあ、二戦目だあ! 我がカジノの誇る最強モンスターの一角、次はこいつだぁ!」
バンザが、酔いしれたように盛り上げてくる。
その煽るような声音にも、サイジは心を乱さない。
そして、次のモンスターが現れる。
しかも、二匹同時にである。
「サイジくんっ、二匹出てきた!?」
「慌てないで、ルル。くっ、リザードマンか」
次は、鎧を着込んだリザードマンだ。しかも、二匹である。右の個体は剣と盾を両手に構えているし、左の個体は両手で巨大な戦斧を握り締めていた。
瞬時にサイジは叫ぶ。
その声に先回りするように、ルルが瞬発力を爆発させた。
「挟まれたらまずいよ、ルル。先に斧を持ってる方を潰して! あっちのほうが得物が重いし、両手持ちの武器だから防御が手薄な筈!」
「わたしもそれ思った! せーのっ、こんにゃろーっ!」
長身の重装甲が、まるで獅子のように躍動した。
疾く、鋭く、そして低く突進するルル。
あっという間に、左側の比較的大柄なリザードマンが撃破された。着込んだ鎧ごと、ルルの鉾斧が縦に両断する。
同時に、彼女は背の盾を左腕に装備して身構えた。
それでいいと、思わずサイジも汗を握る。
多対一の局面を作ることだけは、許してはいけない。
「ルル、次が来る。それと」
「うんっ、わかってる! わたしも今、同じこと考えてたかも!」
「なら、しっかり頼むよ」
もはや以心伝心だった。
ゲームにおいてサイジは、あまりオート機能やAIによる戦闘を使わない人間だった。自分がマニュアル操作をするから面白いのであり、サイジより効率よくプレイしてくれるAIはこの世に存在しないと思っていた。
確かに、AIでは存在しないだろう。
だが、ルルとはまるで阿吽の呼吸だった。
「ごめんねっ、トカゲさん! そしてーっ! 次の子も、ごめーん!」
ルル無双とはこのことだ。
鎧袖一触、あっという間に残ったリザードマンをルルは倒す。断末魔の声が響き渡る中、そのままルルはモンスターが現れる門の前で腰を落とした。
両足で大地を掴んで、渾身の力を込めて全身の筋肉をバネにする。
そうして引き絞られた一撃が、次のモンスターの登場直後に解き放たれた。
「ああっと! 姿を現すことなく、第三戦のグレーターデーモンがやられたぁぁぁぁ!」
バンザの声に、客たちの一部から悲鳴が上がった。
そう、サイジが思った通りにルルは動いてくれた。
必ず同じ場所からモンスターは出現する。
だから、最大最強の一撃を門の前にあらかじめ置いておいたのだ。
グレーターデーモンは出現した瞬間、おぞましい声を張りあげつつ崩れ落ちる。
そして、サイジはすかさず次の言葉を発した。
「ルル、それは駄目だ! その門の奥に先制攻撃、それだけは危ない」
「そ、そぉ? 殴り込んじゃった方が、手っ取り早くない?」
「それは危険だ。向こうにまだ、何匹のモンスターがいるかわからない。それと、待ち伏せての一撃必殺も一回だけだよ。向こうはきっと対策してくる」
「んじゃ、距離を取るね。うー、ちょっと動いたら暑いかも。ええいっ」
ルルはその場で、王家自慢の黄金甲冑を脱ぎ捨てた。
ぽんっ! と全身の装甲を一瞬でパージしたその姿は、いつもの見慣れたビキニアーマーを着ている。一気に露出度が跳ね上がって、客たちから拍手が巻き起こった。
そして、最後のモンスターが姿を現した。
それは、サイジでさえ読み切れなかった奥の手、非道なる一手だった。
「わわっ、サイジくんっ! この相手!」
「……最後なんだろうな。こういうことをするのがバンザって男なんだ」
「ど、どうしよう~! わたし、戦えないよぉ!」
恐らく、このカジノで最強のモンスター……それは、先程のグレーターデーモンなのだろう。そして、それを上回る切り札を前に、完全にルルは無力化してしまった。
疲労は蓄積し、肩で呼吸していてもルルはまだ戦える。
しかし、戦ってはならない、戦えない相手はいるのである。
「うう、ひっく、ぐす……お姉ちゃん、ごめん……うう」
ゆっくりと現れたのは、先程の女の子だ。
やはり、震える手にナイフを握っている。
この闘技場で最弱の、ようやくさっきルルに救われたばかりの少女だった。それがまた、先程と同じように現れた。しかも、ルルが倒すべき最後の敵としてだ。
「くっ、どうする……? この場合、最善の選択肢は」
ちらりと背後を見やれば、二階のバンザがニヤニヤ笑っている。
反対に、ルルは戸惑いながらじりじりと下がっていた。
これは、予想していなかった。
自分の甘さにサイジは奥歯を噛み締める。
同時に、平然とこんな手を打ってくるバンザに怒りが再度込み上げた。
だが、ルルが意外な行動に出る。
「任せてっ、サイジくん! ほら、お姉ちゃんはこわくないよ! おいで!」
なんと、ルルが武器を捨てた。
もとより半裸同然の格好で、巨大な盾も手放してしまう。
そうしてルルは両手を広げると、ゆっくり女の子に近付いた。
見れば、その子は五歳くらいだろうか。
怯えきっていて、呼吸も荒く目を見開いていた。
「う、うう……うわあああっ!」
「んっ、おいで! 大丈夫だからっ!」
近付くルルへと、身をぶつけるようにして少女がナイフを突き立てる。
同時に、ルルはその一撃を腹部に受け止めつつ……そのまま少女を抱き締めた。
少女の泣き声が響き渡る中で、大人たちが感嘆と落胆とを連鎖させてゆく。背後で多額の金が動いている気配も忘れて、サイジは勝負は終わったとばかりに闘技場へ飛び込むのだった。
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