第17話「No Gambling Yes Game」

 一瞬でサイジの怒りは沸点を超えた。

 そして、それ以上にルルは怒っていた。

 エルベもだ。

 闘技場では、もはや勝負とは言えない状況が続いていた。ボロ着の少女は、小さなナイフ一つでワイルドウルフの前に差し出されている。これから殺され、食われるのだ。それを見て、観客たちは楽しんでいるのである。


「ちょーと、待った待ったー! 駄目だよー!」


 咄嗟とっさにルルが叫んだ。

 その時にはもう、彼女はニ階から飛び降りていた。

 鎧の重さを全く感じさせず、ガシャガシャと闘技場の中へ飛び込んでゆく。

 それは、ワイルドウルフが少女に飛びかかった瞬間だった。

 間一髪、ルルの大盾が襲いかかる牙を弾き返す。

 突然の乱入者に、いよいよ盛り上がりは最高潮に達した。


「いいぞー、デカい姉ちゃん!」

「すげえよろいだな、脱げ脱げっ!」

「今夜も血が見れると思ったのに、残念ねえ」

「女戦士vsワイルドウルフ! さあ、オッズを書き換えろ!」

「どっちに賭ける! 俺はお嬢ちゃんに全つっぱだ!」


 度し難い連中だとサイジは思った。

 そして、この状況を一番楽しんでいる人間が目の前にいる。

 バンザは、ヒュー! と口笛を服やニヤニヤと笑っていた。


「……クソゲーだね」

「サイジ?」

「エルベさん、ルルはザコ敵くらい秒殺するけど……あの女の子は」

「ええ、そうですね。バンザさん! 説明してください。あれはなんです?」


 エルベが闘技場を指差し、眉根まゆねを釣り上げる。

 怒りに燃える美貌が、青い瞳に炎を燃やしていた。

 だが、バンザは気味の悪い笑みを浮かべたまま悪びれず喋り出す。


「なにって、ギャンブルだぜ? そしてショーだ」

「残虐に過ぎます! こんなの、勝負にすらなっていないではないですか!」

「おいおいお姫様、可能性はいつだってゼロじゃないんだぜ? 希望を持たなきゃいかんよ、うんうん」

「ふざけたことを……」

「あの子はな、負けた親が置いてったんだ。売られたんだよ、遊ぶ金欲しさにな」


 まるで地獄だ。

 人間とは、そこまで愚かになれるのだろうか。

 だが、サイジは知っている、

 愚行の限りを尽くして、ひたすら浪費することしか知らない存在にすることがある。それも、驚くほどあっさりと人間は誘惑に負けて堕落するのだ。

 そして、その犠牲者があの女の子である。

 もはやクソゲーを通り越して、無理ゲーだった。

 だから、身を乗り出してサイジはルルに呼びかける。


「ルル、その子を守って。話は僕がつける」

「わかった!」


 サイジは、激して叫んだり声を荒らげたりはしない。

 だが、激昂げきこうに近い条第だった。

 憤りに身体が震えて、拳を握れば爪が手に食い込む。その痛みも熱さも感じない程に、全身の血が沸騰ふっとうしていた。

 真っ直ぐバンザを見詰めて、サイジは心のスタートボタンを押した。


「バンザ、僕と勝負しろ」

「おう? いいぜー? なんにする、カードか? スロットも楽しいぞお!」

「闘技場に、お前の持ってる一番強いモンスターを出せ。それを僕が倒す。僕が勝ったら、この街とカジノは手放してもらうよ」


 無茶振りだとわかっている。

 だが、サイジには確信があった。

 バンザは必ず挑発に乗ってくると。

 バンザというキャラクターは、このゲームにおけるトリックスターだ。損得よりも、刹那的な快楽を優先するきらいがある。

 その評価は、半分当たってて、半分間違っていた。

 バンザは、ふむと唸って腕組み笑う。


「その勝負、俺になにか得があっかなあ? 勇者様よぉ、サイジよぉ。お前が負けたら俺は何が得られる?」

「それは」

「賭けが成立しないぜ? ゲームオタクにもわかるだろ、リスクとリターンが釣り合ってねえと、楽しめないんだよ」


 もっともな話だった。

 リスクとリターン、この天秤を出されてはゲーマーとしては黙るしかない。どんな時でも、自分の判断と行動にはリスクやコストがつきまとう。それに対して、得られるリターンを常に計算して遊ぶのがゲームというものだった。

 咄嗟にサイジは、背の剣を差し出そうとした。

 アナネムの『ちょ、おまっ! おやめなさい!』という悲鳴が響き渡る。

 だが、それを隣から制する手があった。


「……これで足りますか? バンザ」


 エルベだ。

 彼女は懐から、革袋を取り出す。

 中身は、ぎっしり金貨が詰まっていた。

 バンザがわずかに鼻をピクピク動かす。

 だが、さらにエルベは畳み掛ける。


「他には、私自身。第三王城エルベリールの全てを賭けましょう。加えて、カジノの運営を王国が正式に認め、資金援助します。公営カジノの権利、いかがかしら?」

「グッド! いいねえ、気風きっぷのいい女は好きだぜ俺は。俺が勝ったら、スケスケのヒラヒラを着て踊り子でもやってもらうか、ガハハハ!」

「お好きにどうぞ。サイジは必ず勝ちますから」


 そう、例えドラゴンが出てこようとも、サイジは勝つつもりだ。

 最強の聖剣エクスマキナーと、女神アナネムの肉体。この二つがある限り、無敵である。だが、それはバンザも重々承知のことだった。


「必ず勝つのは勝負とは言わねえ。だからサイジ、手前ぇが戦うのは駄目だ」

「……つまり?」

「あのでけぇお嬢ちゃんに戦ってもらおうじゃねえか。ええ? 自分から闘技場に飛び込んじまったんだ、文句は言わせねえぜ?」


 なるほど、と少し冷静になってしまうサイジだった。

 ゲームとギャンブルは、似て異なるもの。決定的に違う反面、同じ構造を確かに持っている。ゲームだって、結果が決まりきった勝負は退屈なものだ。

 勿論もちろん、女の子の生命がかかっているし、こんな状況は許してはおけない。

 けど、自分でもあきれる程にサイジはゲーマーなのだった。

 その時、階下から元気な声が届いた。


「サイジくーん! わたし、やるよっ! 戦う!」


 見れば、ルルはあっさりとワイルドウルフを倒してしまっていた。

 しかも、殺していない。

 小脇に女の子を抱えたまま、片手で盾だけを使って打撃に徹したようだ。恐るべき猛獣も、昏倒こんとうして舌を出している。しばらくは動く出すことはないだろう。

 ルルはフンスと鼻息も荒く、信頼の瞳でサイジを見上げてくる。


「ごめん、ルル。頼まれてくれるかな」

「もっちろん! あとね、サイジくんっ」

「ん、なんだい?」

「こゆときは、ごめんじゃないよ? ありがとうだよっ!」

「……そうだね。ありがとう、ルル」

「わたしに任せて! ルル、ちょーパワーアップしてるんだから! なんだってやっつけちゃうから!」


 頼もしい声に、少し目頭が熱くなる。

 感動のイベント、これって泣きゲーだっけ?

 でも、まだだ。

 まだ、感動をおぼえてはいけない。

 ルルに協力してもらって、この悪徳の巣窟を破壊するのだ。


「ルル、僕もそっちに行く。君の後ろに僕がいるから」

「私も参ります! ルル、油断しては駄目よ!」

「おっと、お姫様はこっちだ! なにせ、この賭けの賞品なんだからなあ!」


 バンザが、エルベの細い手首を掴んだ。

 それでサイジは、立ち止まって肩越しに振り返る。

 なるべく凄んでみるが、どうしても中学生のサイジには限界があった。


「バンザ、トロフィーなら丁重に扱え。決着前にエルベさんに手を出したら」

「わかってるぜぇ、ボウズ! さあ、大博打おおばくちの始まりだ!」


 そのままエルベを抱き寄せつつ、抵抗されながらもバンザはニ階から身を乗り出す。

 カジノの客たちは、期待にざわめきながら一斉に見上げてきた。


「レディース・アンド・ジェントルメーン! さあさ、張った張った! 一大イベントの始まりだぜーっ!」


 大喝采にカジノ全体が揺れる。

 その中心で、ルルは堂々としていた。

 サイジはすぐに降りて駆け寄り、彼女からまず可愛そうな女の子を受け取る。


「ルル、無理だけはしないでね。いざとなったら僕が」

「ん、大丈夫だよっ! だって、サイジくんゲーム上手だもん」

「これは……ギャンブルだよ。賭け事だ。それに、僕は手が出せない」

「んーん、いてくれるだけでいいんだぁ。なにかあったら、なんでも教えてね。わたし、まだまだ頭は悪いから」

「そんなことないよ、ルルは立派な勇者だ」


 鉄格子の向こうで、ルルがにまっとゆるい笑みを浮かべる。

 そして彼女は、兜のフェイスガードを下ろして鋼鉄の戦乙女ワルキューレへと変貌した。

 同時に、闘技場の億で巨大な扉が鎖に巻き上げ荒れる。

 暗がりの中から、恐るべき敵意が這い出てこようとしていた。

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