第16話「おカジノ豪遊ですわ!」
眼下の景色が
北風は切るように冷たく、空は次第に
寒さに船内へ引っ込もうとしたその時、突如としてサイジたちの乗る
目の前に今、地図にない街が広がっていたのだ。
「ようこそ、バンザタウンへ!」
ド直球なネーミング、つまり裏切り者のバンザが作った街らしい。
そして、そのことを嫌でもサイジは思い知る……街の中央には、巨大なカジノが建っていた。その周囲に歓楽街が広がり、薄着の女たちが寒い中で客引きをしている。
退廃と堕落の匂い立つ、なんとも軽薄な絢爛さが広がっていた。
「サイジくんっ、なんかお祭りみたいだね! 賑やかだねっ!」
「よし、船に戻ろう。無視して進むんだ」
「えー、そなの?」
「重要なイベントはないみたいだし、関わらないにこしたことはないよ」
一応、聖剣のスキルでイベントフラグを確認する。
表示されたリストを見ただけで、サイジはめまいを覚えた。
ギャンブル絡みのイベントばかりである。
ここまでくると、サイジのギャンブル嫌いは一種のアレルギーですらある。彼もゲーマーとして運に左右される局面も出てくる。
だが、それは思考を尽くして技量を出し切った、その最後の最後だ。
やれるだけやって、運が悪かったらしょうがないし、ラッキーに救われることもある。
最初から運だけを頼りに遊ぶギャンブル、これはゲームとは相容れないものだった。
「サイジ、あれを見てください」
エルベも、いかがわしさが輝く街並みを見渡し
そこには、サイジも信じられない光景が広がっていた。
「人間と、モンスターが……一緒に歩いている?
「ほんとだー! 仲良しっぽいね。なんか、平和なのかなあ」
「ありえない」
しかし、現実だ。
一匹のゴブリンが、人間の女と歩いている。その肩を抱いて、並んでいるのだ。女にも怯えた様子はなく、逆に好意的とも取れるような表情で笑っていた。
なにもかもが信じられないという雰囲気で、サイジは一瞬思考が停止しかける。
だが、なにか危険を感じてセーブのスキルを使った。
「情報を整理しよう。街の名前から察するに、あのバンザが作った場所だ。そして、カジノを中心にモンスターと人間が共存している。以上、よし帰ろう」
踵を返して街を出ようとしたが、背中の聖剣が引き止めた。
女神アナネムから、ありがたーい神託が降りてくる。
『サイジ、おカジノですわっ! 早速行ってみますわよっ!』
「……ヤです」
『まあ、どうしてですの? おカジノでしか得られない栄養分がありますのよ』
「ないです。それ、幻想です。戻って魔王城へ向かいましょう」
『カジノには珍しいレアアイテムもあるものですわ。今後の役に立つような』
突然、サイジは自由を奪われた。
久々にアナネムが、自分でコントローラーを通じてサイジを動かしているのだ。今日ほどNPCになりたいと思ったことはなかった。しかし、ギクシャクとサイジは歩かされる。それも、カジノに向かって真っ直ぐに。
拒否権はない。
そして、
「アナネムさん、わかりました、わかりましたから。魔王を倒してから、帰り道に寄りましょう。今は魔王の討伐が」
『いーやーでーすーわーっ! こう見えてもわたくし、ミニゲームは得意でしてよ』
「寄り道してる場合ですかね」
だが、ルルもエルベも笑ってる。
確かに街の熱気は凄くて、サイジでも寒さを忘れそうだった。
白い呼気が煙る中で、誰も彼もが種族を問わず笑っていた。
サイジは賭博は嫌いである。
しかし、それを人に押し付けるつもりはなかった。
ギャンブルは用法用量を守れば、楽しい娯楽なのも知ってる。頭で理解できてはいるけど、心がどうしても父親を忘れられないだけだった。
そうこうしていると、巨大カジノの扉がバン! と開かれた。
「さあ、出てった出てった!」
「一文無しに用はねぇ! 帰りなっ!」
黒服のオークたちが、一人の男を放り出した。
かわいそうに、この寒い中で下着姿である。
痩せこけて頬もげっそりしてるのに、目だけが
男は震えながら立ち上がると、背を向け去ろうとするオークにすがりつく。
「頼みます、お願いです! 次、次の勝負で! 勝った金で返済しますから!」
「負けた奴はみんなそう言うんだよ!」
「そこいらの店でなにか売って、金を作ってきな。そしたらまた入れてやる!」
流暢な人間語で、オークたちは男をなじって引き剥がす。
かわいそうに、男は凍える肩を自分で抱きながら去っていった。
惨めで愚かで、サイジには嫌でも父親が思い出された。
「……これでもカジノ、行きます? アナネムさん」
『ちょ、ちょっとドン引きですわね。ガン引きですわ。で、でも……情報収集くらいはしましょう。例の男、バンザのことがなにかわかるかもしれませんの』
「ま、それくらいなら」
その時、そっと隣のエルベが腕を抱いてきた。
まるでしがみつくように、ぬくもりが伝わってくる。
「サイジ、船で待っててください。なにか事情が……ギャンブル、嫌いなのね? あなた」
「あ、いや、大丈夫ですよ。やらなければいいんですし」
「なんだか、この街に来てから少し苛立ってますね? 情報収集くらいなら私が。ルルもいてくれて、なにかあったら守ってくれます」
すかさずルルが「そうだよ!」とガシャガシャ鎧を鳴らす。
その言葉に甘えてもよかったが、状況はすぐに変わってしまった。
オークたちと入れ違いに、今まさに問題にしている人物が現れたのだ。
「よお、ボウズ! どした? お前も遊びに来たのか? それとも女を抱きに? 歓迎するぜえ、救国の勇者様よぉ!」
バンザだ。
ご丁寧に悪趣味なピンクのタキシードを着ている。
すかさずサイジは剣を抜こうとしたが、ここは仮にも街の中だ。
それに、思い出す。
バンザは銃を持っている。
サイジ本人の動きでは、エクスマキナーが最強の聖剣でも、斬りかかる前に撃たれる可能性は高かった。
「バンザ、僕たちはこれから魔王城に行く。お前がここにいるなら、その隙にってね」
「まあまあ、待て待て! そう殺気立つなよボーイ。ラッキーが逃げるぜ?」
「悪いけど、運頼みで動くのがなにより嫌いなんだ」
「はは、そうかい。ま、ここは寒い。中に入りな。丁度良かった、俺はお前たちに話がある。有益な情報だって、山ほど持ってるんだぜぇ?」
信用できない。
今すぐこの場で倒してしまいたいし、そうすべき理由は山ほどある。
それでも、向こうが戦闘の意思を見せない中では斬りかかれない。
バンザは王国を裏切った勇者だが、サイジは自分が勇者であるというゲームを裏切ることはできないのだ。勇者は無抵抗の人間を殺したりはしない。
「この街はいいとこだろう? 人間もモンスターも、仲良くしてんだ。何故だと思う? 娯楽が、ギャンブルがあるからさ! それは夢、夢があれば誰でもハッピーなのさ!」
「ギャンブルで破産する人もいると思うけど?」
「そういう人間は労働で返せばいいのさ。夢のためなら誰でも頑張れるだろう?」
「
「よしきた、入んな!」
カジノの中に入ったら、寒さがあっという間に消え去った。
シャンデリアが輝く巨大なホールで、そこかしこにスロットやカード、その他諸々の
皆、目を輝かせて享楽に興じている。
バニーガールが行き来し、酒と料理がそこかしこで浮かれていた。
とりわけ、ホールの中心に人混みがあった。
サイジたちは、二階への階段をバンザに続いて歩き出す。
「カジノは俺の夢だった……魔王について正解だったぜ? なあ、お姫様よぉ。王国じゃ絶対、カジノなんて許可は出さねえだろう?」
「話にもよりますが、父は許さないでしょうね」
「だろぉ? それって偏見、差別だよなあ」
「裏切り者に言われたくはないわ。……ッ! あ、あれは」
エルベが一瞬、息を飲んだ。
吹き抜けのホールを見下ろす渡り廊下で、先程の人混みの正体がわかったのだ。
それを見た時、エルベは絶句に
サイジも、信じられない光景に言葉を失う。
「サイジくんっ、あれ! うう、なんで……? 酷いよぉ」
カジノの中心にある、それは闘技場。
その中では今、小さな女の子がナイフを握っていた。
対するは、巨大なモンスター……
しかも、小さなナイフ一本で戦える相手ではない。
周囲の大人たちは、熱狂を持ってその光景に酔いしれているのだった。
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