第15話「北へ、蒼穹航路」

 風を切って船は舞い上がる。

 王国が所有する飛翔船ひしょうせんは、多くの歓声に見送られて飛び立った。

 その甲板上では今、エルベが笑顔で手を地上に振っている。

 それを背後から見やるサイジは、隣のルルにだけ聴こえる声を呟いた。


「もう、ついてこなくても大丈夫なんだけどね。王都は解放したんだし」

「でもっ、エルベちゃんは一緒に行きたいって。だって、仲間なんだもん!」

「ピクニックに行くんじゃないんだけどなあ」

「でも、わたしだって一緒だよ? わたしがいいなら、エルベちゃんもいいんだよ」


 いやいや、それはない。

 エルベリールは第三王女とはいえ、一国の姫君プリンセスだ。

 やんごとなき立場であって、危険な戦いに赴く理由はない。

 でも、理由はなくもないとも言えた。

 この戦いに、百人からなる勇者たちは敗北した。その勇者たちを召喚したのは、他ならぬ王家の人間たちなのである。

 その責任を取る意味もあるのだろう。

 でも、純粋にサイジたちを心配して同行してくれるのは嬉しかった。


「ところで、さ。ルル、なにその恰好」

「ふふーん! 恰好いいでしょ!」

「うん、まあ、そうだね。でも、その、なんていうか」


 ――ルルには似合っていない。

 というか、新しい装備はルル本人だということが見た目ではわからないものだった。

 全身を覆うフルプレートメイルは、酷く重厚で刺々しい。龍を思わせる意匠と黄金色は、正しく勇者の威容にふさわしいものだった。というか、ちょっと正義のスーパーロボットっぽい雰囲気である。

 背には王家から貰った業物の鉾斧バルディッシュと、全身を覆えるくらいの巨大な盾。

 ルルは嬉しそうに兜のフェイスマスクを押し上げ、白い歯を零して笑った。


「わたし、ちょー強くなったんだから。ねねっ、サイジくんっ! わたしのステータス見て! 見てみて! ねっ!」

「ん、どれどれ」


 聖剣を通して、オレンジ色のスキルでステータスを確認する。

 思わずサイジは、可視化されたルルの現状を見て「おおっ」と声をあげてしまった。


「攻撃力133、防御力170、HP660、筋力158、体力180、俊敏性79、知性21、幸運225……もの凄く強くなってるね、ルル」

「でしょでしょー! わたし、おりこうになった気がするし、もうサイジくんの脚を引っ張ったりしないよ」

「や、最初からルルには頼ってるし、助けられてるよ。脚を引っ張るなんて……ん、スキルも【猪突猛進】と【一騎当千】の他に、【】だって?」


 思わずサイジは、片眉かたまゆをピクリと跳ね上げた。

 天真爛漫てんしんらんまんなルルと、乙女という単語がいまいち頭の中で結びつかない。それに、どういうスキルなのかがわからなかった。今まではゲームの経験上、なんとなくわかった。よくあるスキルだなと思ってたし、アナネムにも確認して把握していた。

 では【乙女の奇跡】とはいかなるスキルなのか。


「そもそも、乙女ってがらかなあ。えっと、アナネムさん?」

『ふぁ~、ん、んーっ! ふう……おはようございますですわ、サイジ。ルルも』

「ちょっとこの、【乙女の奇跡】ってどういうスキルです?」

『あら、滅茶苦茶めちゃくちゃレアなスキルですわね。文字通りお奇跡が起きましてよ』

「発動条件は? 発動率とか、あと奇跡の具体的な内容は」

『それは……オーッホッホッホ! わたくしからは言えませんわ』

「なんだそれ。ま、いっか。バステバッドステータスじゃないみたいだし」


 このゲーム、聖剣エクスマキナーのお陰でサイジ無双なのはいいが、少しUI関係が弱い気がする。というか、今どき二人プレイ用のコントローラーにマイクがついてるなんて、どんなハードなんだろうか。

 でも、改めてルルのステータスを見ると、なんだか少し誇らしい。

 よくぞここまで育ってくれた、キャラ育成の結果が良好だとゲーマーはにやけてしまうものなのだ。勿論もちろん、その浮かれた気持ちをサイジはなんとか抑えて隠し通したが。


「因みに僕は、っと……うーん、アナネムさんの姿にならないとこんなものか」

「サイジくんも強くなってるよっ! ほらほら、新しいスキルもあるし」

「ん、【見切り】か。命中と回避にボーナス、って感じだろうな。あって損のある効果じゃない」


 7、防御力88、HP237、筋力22、体力15、俊敏性28、知性24、幸運7……まあ、旅立ったあの日よりは強くなっている。しかし、これでラストダンジョンたる魔王城に乗り込むかと思えば、ちょっとやはり頼りない。

 ただ、圧巻の攻撃力はすでにカンストを超えて、表示がバグっていた。

 攻撃力つ7……277

 システム上の最高攻撃力が256なので、オーバーフローしたため文字化けしているのだ。


「わはは、なにこれー! サイジ君、攻撃力つ7! つ7だってー! つ7!」

「まあ、しょうがないね。スタート時点でカンストしてたし」

「えっと、7でしょ。つよつよつよつよ! つよつよつよっ! つよつよの勇者だからだよ、きっと。すっごく強いって意味だよ!」

「や、全然違うけど。でも、そうだね……聖剣エクスマキナーは強いからね」


 そんな話をしていると、飛翔船は高度を上げた。

 今はもう、眼下の王都が小さく見える。

 王国の科学力を結集して作ったこの船は、十人前後の乗組員が動かしてくれている。今回、魔王城の近くまで送ってもらう予定である。

 屈強な空の船乗りたちを指揮しつつ、エルベがこちらにやってきた。


「この飛翔船なら、一両日中に北の大地へと飛べます。安全のため、そこで本船には待ってもらって、徒歩で向かいましょう」

「因みに、最後にもう一度聞くけど」

「サイジ、私の答えは既に定まっています。最後までお供しますから。だって、仲間でしょう?」

「……わかりました。ありがとう、エルベ」

「ふふ、どういたしまして」


 そして、大事なことをサイジは思い出す。

 ここから先はゲーム終盤で激選続きだろう。

 なので、ここで一度セーブしておくことにする。今後はもう、戦闘に勝つたびにセーブしてもいいだろう。

 真のゲーマーは、こまめなセーブを忘れない。

 しかし、なにかある度にセーブする訳でもないのだ。

 うっかり妙なタイミングでセーブすると、それ以前にデータを巻き戻せないからだ。


「ま、今は大丈夫だろう。今後はよく考えてセーブしなきゃな。複数のデータを残せればいいんだけど」

「あっ、サイジくん、セーブとかってのしたの? ってことは……乱数調整だねっ!」

「いや、それは今は別に」

「なにしよっか、無意味な行動が大事なんだよねっ! わたし、手伝うよっ!」


 ガッシャンガッシャン、鎧を鳴らしながらルルがその場でスクワットを始めた。

 それを見て、ふふふとほがらかにエルベも笑っている。

 勿論、この空の船旅で調整すべきランダム要素は存在しない。

 先程、乗船時にイベントフラグの一覧でも確認済みである。

 加えて言えば、毎度ルルが汗を流さなくても、別に他のアクションでもよかったりする。だが、そのことはそっと黙っておくサイジだった。


「それにしても、僕まで色々貰ってしまって。よかったのかな、エルベ」

「ええ。宝物庫でほこりを被ってても、文字通り宝の持ち腐れですから。こういう時に使うために、父祖の代から脈々と受け継がれてきた品々だと思いますよ」

「そっか」

「それに、凄く素敵……やっぱり、勇者様っていう貫禄が出てきましたね」


 サイジもまた、新しい防具を使わせてもらってる。

 動きやすさを重視し、もちろんアナネムのムッチムチな肉体でも苦しくない軽装の鎧だ。金ピカのルルの隣に立つと、まるで二人でワンセットのような銀色の装備である。

 さらに、王家の正当な代表者であるという証、真紅のマントを羽織はおっていた。


「サイジ、それにルル。あなたたちは世界が平和になったら……どうするつもりですか?」

「ん、ああ……できれば元の世界に帰りたいんだけど」

「わたしもっ! パパもママも心配してると思うし」

「そうですか……わかりました。神官たちに手配して、帰還の魔法陣を作らせましょう」


 ちょっと残念そうに、それでも気丈にエルベは笑った。

 彼女は、できれば国賓としてしばらく王国にとどまってほしいという。平和になった王国のあちこちを行脚して、世に勇者の遺構を知らしめたい。

 それが王国の安定に繋がり、復興の原動力にもなるのだ。


「それもあるんですけど、ちょっと……もっとお二人と一緒に旅がしてみたいんです。今度は戦いの旅じゃなくて、観光旅行。王国には風光明媚な場所も……あら?」

「うん? ああ、ごめん。つい、ね。気付けばこうしてるんだ、昨夜から」


 エルベが首をかしげたのは、先程からサイジがいじっている例のパズルである。あれこれ試してみてるんだけど、全く解ける様子がない。

 ゲームの中でゲームをしてて、しかもそれが自然と落ちつく。

 どうしようもないゲーマー脳だったが、手と指はダイヤルを回し続けていた。


「宝物庫からルルがもらってきたんだけど、解けなくてね」

「まあ……それ、確か南の国から頂戴した品ですね。ええと、確か……神秘の力を封じたパズルだとか」

「へえ、レアアイテムだったんだ。どれどれ」


 再びサイジは、ステータスを表示させる。

 だが、スキルを通して見てみたパズルの表示は、全てが????だった。つまり、よくある謎のアイテムなのだろう。今は用途不明でも、この先に進むと重要になってくる、そういうイベントのキーアイテムかもしれない。

 そう思っていると「あーっ!」とルルが声を張り上げた。


「エルベちゃんも強くなってる!」

「あら、そうなのですか? 私は城内防衛の指揮を執ったくらいで」

「ねね、あとね、んとね……一番下に詳しく書いてあるよぉ」

「なにか、私にも新しいスキルなどあるでしょうか。しかし、不思議な力ですね。流石さすがは女神アナネム様がお造りになった聖剣」


 正確には、リセマラを繰り返して引いただけの聖剣らしいが。

 だが、ルルは今までサイジが気にかけてなかった数値を読み上げた。


「エルベちゃん、上から86のC、56、89! 身長158cm、体重は――」

「ちょ、ちょっとルル! やめてください、どこに……ほ、ほんとだわ、なんてこと! これ、消してください! サイジ、消して! ……前から見えてたんですか、これ」

「ゲームには関係ない数値だから無視してた。うん、丸見えだったよ」


 耳まで真っ赤になって、エルベが空中に光る文字を手でかき消そうとする。にははと笑っていたルルも、自分のスリーサイズをエルベに見られて立場が逆転してしまった。

 そんな中、サイジはついついルルの関係ないステータスを見て「……でかっ」と呟いてしまうのだった。

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