第14話「ただの運ゲーでしたわ!」

 結果的に、王都は救われた。

 サイジがあらかた片付けたので、残りのモンスターは逃げていった。

 それで今は、王城の大広間で祝勝会が行われている。

 しかし、勝利の立役者であるサイジは、一人バルコニーで黄昏れていた。


「……僕の読みが甘かった」


 そう独りごちて、冷えた果実酒を煽る。

 まるで炭酸ソーダみたいで、かすかに甘くて飲みやすい。

 ゲーム内なんだからと、飲酒年齢のことはとっくにやめていた。

 こんな時に限って、父親がよく博打に負けて酒浸りだったのを思い出す。本当にどうしようもなくやるせない時、人はこの液体に頼る……その意味がわかった瞬間だった。


「この異世界の文明レベルを見誤っていた。魔法文明であることばかり目がいってた」


 この世界では、人間側も魔王軍も大砲を使う。

 つまり、火薬があるのだ。

 とすれば、拳銃の類もあると何故警戒しなかった?

 あれがリボルバータイプでなく、オート拳銃だったら……今頃サイジは死んでいた。先込め式のマスケット銃でも同じである。

 ただただ、ロシアンルーレットを気取ったバンザの戯れに救われた。

 なにより、ただ運がよかったという、それだけで助かったのだ。


「クッ、情けない。僕は……一度も願い祈らずやってきたのに」


 だが、傍らで夜風を浴びる聖剣からは優しい声が響く。

 珍しくアナネムは、とてもゆったりと言葉をかけてくれた。


『そう卑下するものではありませんわ、サイジ。この世界では、火薬と銃砲が普及したのはここ二、三十年です。田舎にいては知れる筈もないですの』

「……そう、ですね。でも」

『結果を受け入れ、それを元に次の戦いに挑む。ゲーマーって、その繰り返しじゃなくて? ド元気放り出せですわ』

「ありがとうございます、アナネムさん」

『ほら、勝利の大英雄さんにお客様です。しっかりね、わたくしの誇れる勇者様?』


 不意にアナネムの気配が剣の奥に消えた。

 それで振り向くと、一人の老婆が立っていた。

 その影に、気恥ずかしそうに小さな男の子が隠れていた。


「あ、あの、勇者様であらせられますか? 私は、あっ、これ! 恥ずかしがらずに出てらっしゃい」

「あ、あう……おばあちゃん、やっぱいいよぉ」

「あなたがお会いしたいって言ったんじゃない。ごめんなさいね、お寛ぎのところを」


 どうやら、男の子はサイジに用があるらしい。

 中学生とはいえ、舐めるように酒を飲んだくらいでは泥酔はしない。それに、いつまでもウジウジとはしていられなかった。

 身を正すと、そっと歩み寄って少し屈む。

 膝に手を当て、男児の視線に並ぶやぎこちなく微笑みかけた。


「聖剣使いの勇者、サイジだよ。そんなに緊張しないで、僕だって普段はただの子供だから」

「そ、そうなの?」

「ああ。ゲームばかりやってる子供さ」

「ふぅん、そうなんだ……あっ、あの! その剣、触ってもいい?」

「ん? ああ、どうぞ」


 男の子は、パッと笑顔になった。

 そして、立てかけてあるエクスマキナーに手を伸ばす。まだまだ小さな子供で、エクスマキナーの方がずっと大きい。

 しがみつくようにして、全身の体重を描けてみる男の子だったが……巨剣はびくともしなかった。


「あ、あれ……動かない。倒れても、こない」

「この剣は、僕じゃないと動かせないんだ」

「しゅ、しゅごい! 勇者様専用ってこと?」

「まあ、そうなるね」

「そう、なんだ」


 虹色に輝く聖剣は、今もその輝きで闇夜を照らしている。

 大広間からはひっきりなしに、歌と音楽、料理の匂いが漂ってきた。

 そんな中で、どれどれとサイジは男の子に歩み寄る。その肩を抱いて、一緒に聖剣の柄に手をかけた。サイジが手を添えると、先程の重さが嘘のように刃は翻る。


「わあ! 軽いね、重さを感じないや!」

「触れる全てを切り裂く聖剣、斬れないものはないよ」

「ほんと!? どんなモンスターも? ……魔王、も?」

「そのためにある剣だからね」


 アナネムは、何度もリセマラをしたと言っていた。

 その甲斐あってこの世界で一振りだけの最強武器、レアアイテムがサイジの手の中にある。そして、そのパワーに驕った結果が、今日の苦々しい敗北だった。

 そう、サイジは負けたと思い込んで敗北感に打ちひしがれていたのである。

 だが、無垢なる幼子の笑顔に、ささくれだった気持ちが温かくなった。

 老婆と男の子は、何度も礼を言って広場へ戻っていった。

 入れ違いに、意外な姿が賑やかに現れる。


「サイジくーん、ごはん食べたぁ? お料理、いーっぱい持ってきたよぉ!」


 ルルだ。

 しかも、きらびやかなドレスを身に纏っている。宝石を散りばめたティアラもだ。長身でスタイル抜群の彼女は、そのあどけない美貌とは裏腹に妖艶な雰囲気さえある。

 サイジは驚いたが、差し出された皿を受け取ってしまう。

 肉も野菜も特盛りで、ちょっと一人では食べ切れそうもない。


「ルル、驚いたな。その服は?」

「王様がくれたの! 宝物庫にねー、鎧とか盾とかあって、色々もらっちゃった!」

「なるほど、よかったね。今日はルルも頑張ったもの、きっと御褒美さ」

「うんっ! サイジくんが心配してるから、わたしもっと鎧を着込むことにしたよっ」

「はは、なるほど。うん、それがいいよ」


 そもそも、普段の鎧は露出が激し過ぎる。

 あれじゃ水着か下着か、その両方かだ。

 そして不思議と、気付けばサイジはルルのことが心配な自分に気付いていた。さらに、なんとなく彼女の肢体を周囲の目に晒したくないとも思っていた。

 不思議なこともあるものだと、今のルルを見上げて苦笑が溢れる。

 見るも華麗な貴婦人と化したルルは、骨付き肉を頬張り満面の笑みだった。


「ねねっ、サイジくん。……機嫌、なおった? やなこと、忘れられそぉ?」

「ん、そうだね。心配かけちゃってたみたいだ、ゴメン」

「んーん! いいの、わたしは頭悪いから、なにもできなくて」

「そんなことないよ、今日はとても助かった。やらかしちゃったのは僕の方さ」


 けど、あぐあぐと肉を食べながらルルはすぐ隣に並ぶ。

 夜の涼しい風が、彼女が普段三つ編みに結ってる長髪を棚引かせた。軽くウェーブがかかった黒髪が、まるで本物のお姫様みたいだった。

 思わず見とれてたサイジは、気付かれて慌てて目を逸らす。


「ん? どしたの、サイジくん。あ、ステータスっての、見てたの?」

「ま、まあね」

「うんうん、元気出てきてるみたいでよかった。わたしね、運も実力の内って言われたことあるよ! だから、サイジくんのラッキーは、それはサイジくんの力だよっ!」

「そう、かな。まあ、そう思うのがいいってことだね。そう思って先に進もう」

「うんっ! わたし、ついてくからね。ずっと、最後までずーっと! ついてく!」


 そして、ルルは「あっ!」と思い出したようにポケットに手を突っ込んだ。

 そこから取り出したなにかを、サイジに手渡し握らせてくる。

 触れた手と手に、行き交うぬくもり。

 妙に意識してしまって、おかしい自分に少しサイジはどぎまぎとした。

 今まで、こんな美少女を連れ回して戦っていたのかと驚く。

 それくらい、今のルルは様変わりしてしまった。


「えっと、これは?」

「宝物庫にあったから、貰ってきたの。この王国が昔、献上品で貰ったパズルゲームだって」

「ふむ……単純な構造だな。ここを回すと。なるほど」


 それは、棒状に八つのダイヤルが並んだものだ。

 一つのダイヤルは八つの面があり、1から8の番号が書いてある。よく自転車などの防犯用に使う、チェーンロック型の鍵みたいなものである。

 つまり、8の8乗のパターンがあるパズルだ。

 あっという間に、サイジは自分の胸に灯った熱を忘れた。

 淡くゆらめく小さな灯火が、あっという間に熱中の業火に飲み込まれる。


「ふむふむ! ちょっと待ってて……闇雲に1パターンずつ試すのは愚策だ。とりあえずここから回してみて……なんだか、時々違う音が鳴るね。そういう魔法かな?」

「砂漠の国の偉い人がくれたんだって。凄いねっ! わたし、砂漠も見てみたいなあ」

「あっちは、まだ魔王軍に侵略はされてないんだってね……うん? これ、一定の数字のパターンのみ縦にスライドするぞ? ってことは」


 魔王の城はさらに北、極寒の地に閉ざされている。

 この王国は一番近かったために、真っ先に侵略されたのだ。

 そして、ここで食い止められず滅亡すれば、いよいよ魔王の軍勢は世界中に散らばってゆく。この星そのものが戦火に飲み込まれるのだ。

 先程ふれあった、あの男の子も巻き込まれる。

 既に巻き込まれているし、ひょっとしたら親の姿がなかったのはそういうことかもしれない。

 パズルに熱中しつつ、そのことを考えれば胸が痛かった。

 ゲームを楽しむ気持ちを忘れない一方で、ゲームだからと投げ出していい戦いでもないと思い知らされるサイジだった。


「ルル、明日また北へ出発する。その、今後ともよろしくね」

「任せてっ! わたし、サイジくんの一番の子分だものっ!」

「子分じゃないよ、ルルは。そういうんじゃなくて、もっと、こう」

「もっと? こう? こうって、どう?」

「っと、できた。あとはここをこうして、順番にスライドさせれば、ほらでき……ないね。解けないや」


 ダイヤルを動かす時の音に、法則性は感じられた。何パターンか覚えたし、一定の条件で縦にもスライドする。でも、それら短時間で得られた情報だけでは、パズルは解けなかった。

 そして何故か、ぷぅ! と膨れっ面になったルルがサイジの皿から料理を平らげてしまった。なんだかよくわからないけど、そんなルルが小分やなんかじゃないんだと、改めて思い知らされるサイジだった。

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