第13話「聖剣ライダー!」

 苛烈かれつな光条が天をく。

 聖剣エクスマキナーから、圧倒的なビームが放たれた。

 聖剣はビームが出せる、それはもはやゲームではお約束だ。だが、サイジはまさか本当に出せるとは思わなかった。同時に、どうせ出るんでしょう? という確信もあった。

 高笑いするアナネムの声と共に、全てが白く染まっていった。

 そして、数秒後に世界は景色を取り戻す。


『ふう……やりましてよっ!』

「アナネムさん、それ言っちゃ駄目なやつだよ。さて……どこにいった、バンザ」


 すでにもう、周囲のゾンビ軍団は大半が壊滅していた。

 だが、まだまだプラズマが帯電する空に黒騎士の姿はない。

 しかし、すぐに背後からグリフォンの羽撃はばたきが降りてくる。

 いな、垂直に落ちてくる。


「やるじゃねえか、ボウズ! あやうく死ぬとこだったぜ!」


 ボウガンから矢が降り注いで、すぐにサイジは身を翻す。

 王都の広場は今、四方数十メートルに切り取られた闘技場コロッセオと化した。

 その中で、サイジは防戦一方のまま逃げの一手だ。


「オラオラ、どうしたボウズゥ! 逃げてばかりじゃツキが逃げるぜぇ!」

「上を取られちゃ、反撃も満足にできないよ。勇気と無謀は違う」

「ハッ、言ってろオタク小僧! 今、蜂の巣はちのすにしてやらあ!」


 バンザの持つボウガンは、速射が可能な見たこともないタイプだ。どちらかというと、大きさも相まってアサルトライフルみたいなものである。

 いかに最強の聖剣を持つとはいえ、飛び道具とは相性が悪い。

 先程みたいなビームじゃなく、小刻みに衝撃波を出すこともできるが……グリフォンの機動力で頭上を制圧されているため、そのタイミングも掴めない。

 だが、サイジはやっぱり聖剣使いなのだった。


「アナネムさん、飛べますよね?」

『あら、わたくしの美ボディでもそれは無理ですわね。オート戦闘で身体を渡してる今、わたくしの権能やゴッドパワーは使えませんの』

「ええ、それはいいんですけど……聖剣で飛べないかなって」

『……なるほど、アリ寄りのアリ、やってやれないことはありませんわ!』


 矢の雨から逃げつつ、サイジは崩れた瓦礫がれきを駆け上がった。

 そのまま上空で体を入れ替え、空中でエクスマキナーを足の下へ。

 まるでサーフボードのように乗れば、見えない波が逆巻き気流を生む。


「おいおい……おいおいおいおいっ! 面白くしてくれんじゃねえか、ボウズッ!」

「アナネムさんの身体能力でなら、やれるはずだ。……やるんだ、僕が」


 踏みしめる両足の、そのかかと爪先つまさきに意識を集中させる。

 落ちないように、ひざを柔らかく落として風に乗る。

 あっという間に、光の軌跡を描いて聖剣は蒼穹そうきゅう波濤はとうに踊り出した。気を抜けば落ちるし、その時は最強の武器と離れ離れになってしまう。ただ、普段から手で握って振るうように、両足でも確かに制御が可能である。

 エクスマキナーは、サイジの意思を通して加速を始めた。

 最強の聖剣は、剣の向く先の空間を切り取るように進んでゆく。


「これで条件は五分と五分かぁ? じゃあよお、ボウズ! ベットしようじゃねえか」

「ギャンブルに付き合うつもりはないよ。僕のゲームはまだ、僕が把握し掌握している」

「さあ、当たるも八卦はっけ! 当たらぬも八卦! この乱れ撃ち、避けきれるかよぉ!」


 背後に回ったバンザから、デタラメにボウガンが発射された。

 そう、乱射……狙いすました攻撃ではない。

 それが逆に、サイジにとっては危険の連続を生んでいた。

 サイジには自身のスキル【先読み】がある。これは、相手の行動を選択肢として絞り込み、その中から優先順位が高いものを選ばせてくれるスキルである。

 だが、バンザには【先読み】が通じない。

 何故なぜなら、奴には読むべき意図も、策略も思考もないのだ。


「矢ならまだ、たっぷりあるぜえ! 下手な鉄砲、数撃ちゃ当たるってなあ!」


 そう、バンザからは殺気と敵意しか感じ取れない。

 あとは、ただ運任せに攻撃してくるだけなのだ。

 通常、ゲーマー同士の対決なればこそ、先読みという概念がきてくる。相手の行動パターンがある程度絞れるのは、相手が知識と経験を元に『合理的で有利な状況を常に望んでいる』という前提があってこそである。

 読むべきなにものも持たない無頼の徒、まさに出たとこ勝負の博打ばくちだった。


「厄介だね。見て避けるしかない」

『よそ見運転はお危険でしてよ!』

「……よし、バンザは無視しよう。それより」


 一気に高度を下げて、サイジは大通りに出る。

 そこにはまだ、ガシャガシャと武具を骨で鳴らすスケルトンがー並んでいた。

 その一団に低空で突っ込み、そのままき殺す。

 死んで蘇ったアンデッドたちが、改めて光の中に死に直して消えた。

 それをバンザのグリフォンが追ってくるが、矢だけに気をつけてれば大丈夫である。


「おいおい、逃げるなよ! 俺様と勝負しろっての!」

「嫌だね。ギャンブルなら一人でやってればいい……僕のゲームは、この王都を、世界を救うことなんだ」

「かーっ! かわいくねえガキだぜ! じゃあ、これならどうだ!」


 バンザが加速して横にならんでくる。

 当然、叩きつけるように矢がサイジに浴びせられた。

 が、既に聖剣を乗りこなしつつあった彼は、身を傾けて刀身で防御する。カンカン! と矢が当たって弾け、サイジには全くダメージがなかった。

 しかし、バンザとの間に巨大な聖剣を挟んだことで、一瞬視界が失われた。

 その瞬間に、恐るべき賭けが成立し、サイジの手札は配られ終えていた。


「あらよっと! お邪魔するぜえ!」

「なにっ!? こっちに跳んで来ただって!?」

「ははっ、いい乗り心地じゃねえか、おっとっと……オラヨォ!」


 なんと、バンザはこちらがわに乗り移ってきたのだ。

 しかも、繊細な体捌たいさばきで聖剣を制御するサイジと違って、デタラメに身体を使ってわざと揺らしてくる。危うくバランスを崩して、サイジは失速しそうになった。

 いくらデカい聖剣といっても、二人では狭い。

 そして、脚を止めての状態では小柄なアナネムの肉体はパワーを発揮できなかった。


「しまった、そう来たか……読めなかったね」

「そうかい? 俺は、閃きを、感じて、いた、ぜっ!」

「――ッ!」


 高速で飛翔する聖剣の上に、サイジは押し倒されてしまった。

 そのままバンザは、サイジの頭上で両手を束ねて押さえつける。苦し紛れに蹴りをはなとうとしたが、グラリと聖剣が揺れてサイジは凍りついた。

 下手に動けば、二人共墜落してしまう。

 そして、そのことをバンザは全く考えていないようだった。


「へへ……よくみりゃかわいい顔してるじゃねえか。肉付きもよくて俺好みだぜ」

「だってさ、アナネムさん。人気みたいだよ?」

『なんですの、このねっとりした視線……それと、ふしだらですわ! 離れて! わたくしの身体からはーなーれーてー! GMゲームマスターコールものでしてよ!』


 だが、残念ながらこのゲームにGMは存在しない。

 アナネムは女神であっても、プレイヤーでしかないのだ。

 そして、一心同体であるサイジもキャラクターでしかない。

 だが、それでもゲーマーの意固地な矜持はあって、世界を背負えばおのずと負けず嫌いが全身に漲ってくる。


「……僕、男ですけど」

「構わねえよ! ん、へへ……生娘きむすめだなあ?」

『し、失礼ですわね! こっ、ここ、こう見えても恋愛のプロですわ、経験人数八億万人はちおくまんにんですわ!』


 滅茶苦茶動揺してるアナネムを他所に、どうにかサイジは時間を稼ぐ。そして、まだ諦めてはいない……勝負を投げた瞬間、ゲームは終わってしまう。

 あの有名な「諦めたらそこで試合ゲーム終了ですよ」は、ゲーマーにも至言なのだ。

 そして、にやりと思わずくちびるが釣り上がる。


「ああ? なに笑ってんだ、このガキ」

「前、見たほうがいいですよ」

「前だあ? 前って、あ……あああっ!?」


 聖剣の上に倒れていても、しっかりサイジはエクスマキナーを操縦していた。しかも、身もせず目標を定めて、誘導していたのである。

 最も死臭が強く集まる、このアンデッド軍団の中枢。

 バンザは見た筈……衝突寸前まで迫る、ローブ姿の骸骨ガイコツモンスターを。

 それは、死んだ兵士や市民をアンデッドに作り変えていた、リッチだ。リッチはアンデッドモンスターの中でも最上位に位置する強敵で、高僧や大魔導師の無念が怨霊おんりょうと化したものが一般的である。

 当然、最強のアンデッドなのだが……エクスマキナーに轢かれて消えた。

 同時に地面に墜落して、土埃の中でサイジは転げ回る。


『ちょっとサイジ! 大丈夫ですの? 後ろ、来ますわよ! あのド無礼な男、ぼてくりまわしてさしあげて!』

「分かってますよ、アナネムさん。で、どうなんです?」

『どう、って……あ、ああ、なにを! うっ、疑ってますのね! わたくし、処女なんてとっくに』

「いや、エクスマキナーはどこに落ちたかなって聞いてるんです」

『………………サイジ、このド馬鹿……すぐ後ろでしてよ』


 視界が煙る中で、振り向き様に剣を地面から引き抜く。

 それは、ひたいにゴリッ! と硬い何かが押し当てられたのと同時だった。

 気付けば目の前に、バンザが立っていた。


「やってくれるじゃねえか、小僧。けど、終わりだ」


 その声は、先程のおどけてふざけた調子ではなかった。

 そして、

 酷くクラシカルなパーカッションリボルバーだが、撃たれればどうなるかは明白である。

 バンザは躊躇ためらわずに銃爪ひきがねを引き絞った。

 乾いた撃鉄の音が、カシィン! と響く。


「……プッ! アーッハッハ! 運が良かったな、小僧! 一発しか弾が入ってねえんだよ。確率は1/6ろくぶんのいちだ! なかなか運が太いじゃねえか」

「クッ! 僕の運なんて。幸運なんかに」

「今日はとりあえず、引き上げてやる。魔王城で待ってるぜぇ? あばよっ! 俺の幸運の女神!」


 それだけ言うと、バンザは降りてきたグリフォンに跨がり飛んでいった。

 その羽撃きが消えてゆくのを、サイジは呆然と見送ることしかできないのだった。

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