第12話「お無双あそばせ、ド乱舞ですわ!」

 時は来た。

 今がその時だ。

 サイジにはそれが、十分に理解できたし、頭よりも心で感じられていた。

 王国存亡の危機に際して、乾坤一擲の大逆転を試みる作戦。

 その中で、サイジはゲーマーと呼ばれる人間のしかたなさ、どうしようもなさを自覚していた。


「さて、じゃあルル、行ってくるよ」


 硬く閉ざされた門の前で、ルルに振り向き小さく笑いかける。

 救いようのない高揚感、ドキドキとワクワクが全身に満ちていた。これはそう、ゲームセンターで新作にコインを入れるときの気持ちにも似ている。

 大昔は、ゲーム脳と呼ばれる病気、異常な精神状態と言われた時代もあった。

 サイジ自身、自分の異常性、ある種の狂気を認めてはいる。

 その圧倒的な熱狂こそが、自分の本質だとも思っていた。


「サイジくんっ、気をつけてね。門はわたしが守る、援護もするからっ」

「うん、ありがとう。兵士の皆さんも、無理はしないでください。ほんと、門だけ守ってくれればいいので」


 居並ぶ兵士たちは、百人にも満たない。

 戦える人数はもう、城内にこれだけしか残されていないのだ。

 そして、見ればサイジとそう年も変わらぬ少年少女ばかりだ。あとは、後詰に回されていた老人たち……皆、本来の戦力として数えられていなかった人員である。

 皆、緊張に身を震わせている。

 だから、安心させるようにサイジは聖剣を手に取った。


「さて、アナネムさん」

『わかってますわ! サイジ、おログイン……よろしくて?』

「よろしくてもなにも、頼みますよ。僕自身はまだ、ステータスが低くて戦えない」

『ならば、わたくしの出番ですわね! オーッホッホッホー! 今こそお無双あそばせ!』


 光が集って、サイジの肉体を輝かせる。

 輪郭が解けて、少年は女神の姿へと変貌を遂げた。

 周囲から「おお!」と声があがる中で、あっという間にサイジは乙女へと姿を変えた。その容貌は可憐にして流麗、兵士たちの中には跪いて祈る者たちも現れる。

 サイジとしては、当たり判定が大きめで、あちこち無駄な肉が多い印象だ。

 そこのことを口に出すとアナネムが怒るので、今は黙って門に向かう。

 外からの圧力で、もう既に巨大な城門は打ち破られようとしていた。


「サイジくんっ、わたしが開けようか? 外はなんかね、モンスターが押し寄せててギュウギュウ詰めみたいだよー」

「いいよ、ルル。外のモンスターを殲滅する……ってことはさ、考えてみて」

「うん? えと、つまり? うゆー、難しい話はわからないよぉ」

「簡単な話さ。――もう、城門はいらない」


 それだけ言って、サイジはヒュン! と聖剣エクスマキナーを振るった。

 一拍の間を置いて、鉄と木材で造られた分厚い門が光に切り裂かれる。

 あっという間に、一太刀で城門は粉々に砕け散った。

 そして、その土煙の中からモンスターの絶叫が響き渡る。

 そう、もう門はいらない……ならば、破壊して進むまでである。


「さて、ゲーム開始だ……悪いけど、最初からスキル全開でいかせてもらうよ」


 サイジ自身が持つ【先読み】のスキルが、目の前の軍勢を捉える。

 多勢に無勢だが、サイジに恐怖心はなかった。

 何故なら、こういうゲームは母親が好むジャンルの一つだったし、一人のキャラクターが数千とも数万ともつかぬ大軍を倒すゲームは沢山ある。


「軽く無双といきますか、よいしょ、っと」


 モンスターたちは唖然としていた。

 自分たちが破壊しようとしていた門が、内側から突如破られたのだ。

 しかも、出てきた人間は一人だけ。

 華奢な少女が、バカでかい剣を携え歩み出てきたのである。

 サイジの剣が振るわれると、その切っ先は音の疾さを超えて真空を生む。衝撃波が無数に生まれて、見えない刃となって周囲を薙ぎ払った。

 剣を振ったら真空波が飛び道具になるし、なんならビームも出る。

 これはゲーマーにとってはもはや常識である。


「なっ、なな、なんだぁ! 人間が、この力……」

「勇者はもう死に絶えたんじゃないのか!」

「話が違うっ! しかも、この力」

「たった一人だとぉ!」


 不思議と人間の言葉が、声となって戦場を満たしていた。

 それもその筈だと、サイジはぐるり周囲を見渡す。

 そして、鼻をつく異臭に辟易した。

 居並ぶ敵は、鎧兜に身を固めた人影だ。だが、既に人をやめた死霊の群である。スケルトンやゾンビ、そしてマミー……かつて人間だった者たちの尊厳を踏み躙る、アンデットモンスターたちである。

 すぐにサイジは地を蹴り駆け出す。


「なるほど、勇者や兵士たちを元に作られてるみたいだね。許せないなあ」


 そうは言っても、真っ先に興奮が爆発する。

 四方ぐるりと敵ばかりの市街地に飛び込むと、瞬時にサイジはエクスマキナーを振るった。死を超えて生まれたアンデットたちが、物理的に粉々に砕かれてゆく。

 エクスマキナーの当たり判定は、熟知していた。

 その刃そのものもだし、虹と煌めくその斬閃の軌跡に触れても相手は死ぬ。

 しかも、新たな発見もあった。


「なるほど、複数の敵を同時に斬っても、多段Hitの判定になるのか。しかも」


 巨大な剣で薙ぎ払えば、一度に複数の敵が消え去った。

 成仏して欲しいとは思うが、それよりもゲームとしての戦いに血潮が燃える。倒せば倒すほど、このゲームの仕組が理解できて、効率が増してゆく。

 すぐに背後から、頼れる声が響いた。


「サイジくーん! 援護するよっ、そーれ! 大砲、どっかーん!」


 ちらりと振り向けば、ルルが生身で巨大な大砲を担いでる。まるで、ゾンビ殺しにはロケットランチャーが一番と言わんばかりの光景だった。

 なんだか危うい構えだったが、ルルは大砲をブッ放した。

 その着弾へ向かって、迷うことなくサイジは走る。

 地面に大砲が炸裂して、爆風と火柱で死体たちが宙を舞う。

 同時に、サイジもジャンプで剣を引き絞った。


『空中コンボですわ、サイジッ! おてだまですの!』

「コンボはさっきから続いている……なるほど、別々の敵でも絶え間なく倒し続ければ、連続技として繋がるってことですね」

『次の1UPも近いですわ、おハメになって! ハメ技上等ですわ!』

「それは相手にもよりますが……今はそうですね、容赦は無用です」


 サイジは流星となって空を駆け巡る。

 鋭角的に、次から次へと空中の敵を斬り捨てた。斬ってトドメをさす、その反動で次の目標へと飛ぶ。時には、斬り裂いた肉塊を足場にしてジャンプする。

 全てを粉々に消し飛ばして着地すれば、コンボカウンターは200Hitを超えていた。

 しかし、それでもサイジは止まらない。


「この手応え、いけるね。有象無象はスナック感覚でカジュアルに倒せる……でも、問題は」

『わたくしは暇ですわ。オート戦闘を見てるだけみたいですもの』

「でしたら、アナネムさん。周囲に気を配ってください。これだけのアンデットを生み出すには、高レベルのモンスターがいる可能性が高いです」

『おネクロマンサー、的な? いやーん、ド王道ですわね!』

「そういうことです」


 そして、サイジの予感は的中する。

 王城に押し寄せる死者の群を、ことごとく消し飛ばして進めば見えてきた。

 奥の方に、神輿のように担がれた敵意がこちらを睨んでいる。

 濁った瞳に憎悪を燃やすのは、上級アンデットらしき術者だった。


「あれを倒せば、制御を失ったアンデットたちは土に還る筈――ッ、おおっと」


 不意に、サイジは大きく身を投げ出して地面を転がる。

 今まで自分が立っていた場所に、矢が突き立っていた。

 一秒前の自分が殺された。

 たとえ保険としてのライフを数個持っていても、できれば死は避けたい。まだ試したことがないので、死ぬとどうなるかはサイジにもわからないのだ。

 そして、一撃必殺の射手が姿を現す。


「おほっ、外したか……けど、ラッキーだぜえ! 俺はついてる!」


 黒い鎧の男が、上空からサイジを見下ろしていた。

 グリフォンにまたがった、それは以前も会った勇者……元勇者の裏切り者、バンザだ。彼はその手に大型のボウガンを握っており、二の矢、三の矢を放ってくる。

 生身のサイジ自身だったら、避けることができなかっただろう。

 だが、今のサイジは女神の肉体を持つ聖剣使いだ。

 スキルの【先読み】も駆使して、なんとか攻撃から身をかわす。


「ああくそっ、外したかよ! ツキが回ってきてるのによ!」

「外したんじゃない、僕が避けたんだ。バンザだっけか……どうしてこんなことをする。魔王はお前に、なにを吹き込んだんだい?」

「儲け話と、とびきりの大博打をとだ!」

「そんなことで……いや、僕が言えたことじゃないね。勇者の務めを一度は放棄した僕では」


 バンザの攻撃は、周囲の魔王軍をも殺してゆく。

 逆にサイジは、的確な回避を織り交ぜながら矢の雨を利用した。

 無数の死霊が矢で貫かれ、それでも動ける者はサイジの斬撃に散ってゆく。

 そして、サイジは周囲を見渡し聖剣を両手で握った。そのまま、大きく振りかぶって大地を踏み締める。石畳がバキバキと割れ、溢れ出す闘気に周囲はクレーターと化した。


「最強の武器なら、やれる筈だ……撃ち落とせ、エクスマキナー」

『よくある聖剣のお約束、おビームですわ! 迸りあそばせ!』


 アナネムの声と同時に、一気にサイジは剣を振り抜く。

 虹の刃はまばゆく光って、圧倒的な熱量を解放した。その光条は輝きの帯となって、バンザのグリフォンを飲み込んでゆく。

 同時に、聖剣ビームの余波で周囲の敵は蒸発してかき消えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る