第11話「チェックメイトを宣言する時」

 怪我をした王への見舞いは、エルベにいってもらった。勿論、その時に諸々の許可を取り付けてもらう手筈である。

 それに、王はエルベにとって世界でただ一人の父親だ。

 国と民を守って傷付いたとあっては、娘としてはすぐにでも会いたい筈だった。


「そっか……父親、ね」

「ん? どしたの、サイジくんっ」

「いや? ルル、君の父親は元気かい?」

「うんっ! 毎日農場で、でーっかい機械動かしてるよ! ゴゴゴゴー! って。サイジくんのパパは?」

「ああ、まだ生きてる。と、思う」


 会わなくなって久しい。

 一度、バイト代をせびりに来たところをガツンと言ってやったからだろう。少なくとも、サイジの目が届く場所では、家の金を持ち出したり、母親にたかるようなことがなくなった。

 それから、どうやって生きてるかはわからない。

 だが、なんとなく生きてるような気がする。

 憎まれっ子世に憚る、殺しても死なない悪運だけは持ってるのがサイジの父親だった。

 そして、生粋のギャンブラーの血が、半分サイジの体に流れているのだ。


「サイジくん、パパのこと嫌い?」

「嫌いだね」

「そっかあ。じゃあ、パパの分もママを大事にしなきゃ、だねっ!」

「……そうだね」


 そんなことを話しながら、二人で王城の会議室にやってきた。

 その前に、自分の目で見て、脚て確かめた。この城は守りが堅く、備蓄も思ったよりは豊富にある。ただただ持ちこたえるだけなら、あと半年は楽に暮らせるだろう。

 だが、城下町から連れてきた数千人の民は、今もそこかしこで打ちひしがれている。

 屋根と食事を与えるだけでは、王国はこれ以上国家として存続できないだろう。


「どうも、こんにちは。勇者一行です」


 ドアを開くなり、なるべく感情を込めずにサイジは会議室へ入る。

 そこには、将軍たちがずらりと顔を並べていた。

 皆、怪我をして疲れている。中には、血の滲む包帯がまだ乾いていない男さえいた。この国の騎士団や軍隊を束ねる、指揮官クラスの人間たちばかりである。


「おお、勇者殿!」

「お待ち申しておりました」

「やはりエルベリール殿下の考えは正しかった!」

「外へ出向けば、生き残りの勇者に出会えるということ!」


 おべっかに心を動かされるほど、サイジは子供ではない。子供ではいられなかったから、こういう実際的なことばかり考える少年になったのである。

 逆に、賛辞を受けてルルは鼻息も荒く嬉しそうだった。

 サイジはとりあえず、空いてる席を二つ見つけて腰掛ける。

 隣に座ったルルは、早速席の数だけ用意されていたお茶に手を付け、添えられた焼き菓子を食べ始めた。サイジはそっと自分の分を横に押しやりつつ、話を始める。


「まず、将軍閣下。この場で一番偉い人間、決定権のある人間を教えてください」

「無論、ワシだ! 国王陛下の第一の忠臣、この50年ずっと陛下を――」

「ありがとうございます、ではお願いします。将軍閣下、午後を待たずに出撃します」

「……なんと?」

「城門を開いて、打って出るんです」


 会議室が沈黙に静まりかえった。

 やっぱりな、と思った。

 現段階で、王国軍は総崩れだ。もはや、最後の拠点である王城を守ることしかできない。外の城下町は全て、モンスターによって制圧されてしまったのである。

 だが、サイジにはわかりきっていた現実である。

 そして、攻めて倒さねば勝てない、これもまた真理だった。


「ば、馬鹿な! 勇者殿、それでは自殺行為です!」

「この城を守るので精一杯なのです。そんな兵の余裕は」


 外では、ひっきりなしに大砲の音が響いている。

 このクラスの城塞なら、確かに持ちこたえることは可能だろう。

 しかし、それは最悪の事態を滅亡一歩手前のままで継続することを意味している。大事なのは、自体の打開だ。今こそ、勇者というゲームチェンジャーが必要なのだ。


「僕が一人で出ます」

「あっ、わたしも行くよー! ルルはね、ずっとサイジくんについてくもん」

「……という訳で、僕とルルの二人で出ます。城の兵は、門だけ守ってくれれば大丈夫ですよ」


 将軍以下、城の重鎮たちは唖然としてしまった。

 だが、畳み掛けるようにサイジは語り続ける。こういう時、相手を呑んでやるくらいの意気込みで理論を叩きつけないといけない。

 正論で殴る、言ってみればディスカッションもゲームだ。

 ただ、論破が勝利だと勘違いしてはいけない。

 議論では、互いに妥協点を見つけ、価値観を共有することもまた大事なのだ。


「僕には、女神アナネムから授かった聖剣があります。因みに、この国では女神アナネムは」

「ふ、ふむ……国教として崇める神々の末席に、そういえばそんな名前の女神がいたような」」


 その時だった。

 サイジの背中で、聖剣がやかましく喋り始める。


『末席ですって! ド失礼な! わたくし、こう見えても主神の弟の婿養子が拾ってきた地方の土着の信仰が神格化した女神ですわよ! 由緒正しき女神ですの!』


 途中、なんかイレギュラーな関係性が聴こえた気がしたが、これもまた多様性だとサイジはスルーする。

 突然の女神の声に、一同は突然かしこまって机に額をこすりつけた。


「なな、なっ、なんと……女神アナネム様」

「この度は我らが王国に救いの手を……感謝にたえません」

「国難が去ったら、王都にアナネム様の神殿を建て、末代まで祀りますので」

「どうか、どうか御助力を」


 まだまだこの世界の人類は、中世を脱したばかりに見える。

 だったら、王は政治の権力を持つ一方で、権威を神々から保証されるというスタイルが一般的である。サイジは学はないが、そういうことはゲームや本でよく知っていた。

 聖剣エクスマキナーは、まさに某御隠居の印籠のように効果てきめんだった。


「この聖剣は、最強武器らしいです。戦えば勝てるのでご心配なく。ただ、数が圧倒的に違うので、そこだけフォローして貰えれば」

「は、はあ……では、比較的余力のある兵を募って、決死隊を組織いたしましょう」

「それはありがたいですが、決死隊じゃないですよ。決して死なない隊、不死隊とでも名付けましょうか。とにかく、ここのルルと門を守ってもらいます。誰も死なせません」


 今のルルになら任せられる。

 妙な確信があったし、攻め入るのは自分が単騎で務めるつもりだ。

 ルルは目を点にして瞬きを繰り返していた。

 多分、話の半分もわかっていない感じである。

 だから、サイジはそっとルルの手に手を重ねて、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「ルル、僕が戦いに行って、そして帰ってくる。だから、帰り着くまで門を兵隊さんと守ってほしいんだ。できるかい?」

「うんっ! ルル、頑張るっ!」

「助かるよ。ああ、それと」


 あとは、気力と気持ちの問題だった。

 この配色濃厚な中で、どれだけの人間がサイジたちの逆転劇を信じてくれるか。

 それだけが気がかりだし、戦ってる最中に王城が陥落しては話にならない。

 だから、将軍を真っ直ぐ見詰めて、サイジはきっぱりと言い放った。


「将軍。避難民の中から料理の腕がいい人間を集めて、あとは王城のコックとかも総動員で……パーティの準備をしてください」

「なんじゃとて!? なにをこの大変な時期に! 籠城のために食料は切り詰めて」

「籠城とは、援軍が前提の戦術です。助けが来ることを見越して、その到着まで守りを固めて立てこもる……違いますか?」

「そ、それは、そうじゃが」

「助けは来ました、僕たちが。僕たちが必ず助けます。だから……祝勝会は遅めのランチで、そのまま夜までぶっ通しの宴会をお願いします。民の疲れと鬱憤を晴らす必要、あるでしょう?」


 長期間籠城しても、今のままでは滅亡を先延ばしするだけだ。

 動ける兵士が多いうちに、勝負をかける。

 そして、サイジが城下町のモンスターを薙ぎ払えば、まずは一段落という訳である。


「わ、わかった、手配しよう」

「エルベも、あ、いや……エルベリール殿下もそうせよと仰ってましたよ」

「心得た、ではそのように」

「勝ったも同然、くらいに喧伝してください。これ以上、民に絶望はいらないんで」

「し、しかし、それは」

「勝ちますよ。そのために来たんですし」


 その後、細かなことを打ち合わせて、会議はお開きとなった。

 勿論、勝利を確約したのには訳がある。

 今まで雑魚モンスターとのエンカウントを繰り返して、サイジは完璧に女神アナネムの肉体を熟知していた。いちいちたゆゆんと揺れる胸も、なんだか妙にむちむちした尻や太ももも、そのスペックも把握している。

 やれると思った。

 今度は読み間違えない。

 数万の規模のモンスターがいたとて、やれるはずだ。

 エクスマキナーでそっと撫でてやれば、相手は死ぬ。


「じゃあルル、ちょっと台所に行こうか。こんな大きなお城だ、凄いと思うよ」

「ほへ? なにかあるの?」

「ランチタイムの前に、食事中の魔王軍を襲う。僕たちは、その前に腹ごなしだ。つまみぐいして、まかない飯でも軽く作ってもらおう」

「うんっ! そういえば、お腹ペコペコー! パーティは? 宴会はまだなのー?」

「それは魔王軍を追い出してからだね」


 こうして、乾坤一擲の反撃作戦は始まった。

 幸い、アナネムが教えてくれた通り、外の魔王軍はランチタイムに腹を満たして、午後に攻め入ってくるらしい。だが、それが少し早い最後の晩餐になる。

 サイジは、単身で大軍に飛び込む前に、城の中で情報を集めるのだった。

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