第10話「籠城あそばせ、ですわ!」

 王都は陥落寸前だった。

 実際、市街地はほぼ全てがモンスターの手に落ちたように見える。

 だが、王城にはまだ少数が立てこもり、頑強に抵抗を続けていたのだった。

 それを見て、一番ホッとしたのはエルベだろう。

 彼女の案内で、王族だけが知る秘密の地下通路を使って王城を目指す。


「わわ、真っ暗! ねえ、ここ大丈夫?」

「大丈夫ですよ、ルル。脱出する時もこの地下水路を使いましたから」


 サイジたち三人は、川を渡ってすぐに地下に潜った。

 幸い、モンスターたちには発見されていないらし。

 王族はいつでも危機管理が徹底していて、自分たちしか知らぬ抜け道を沢山持っているのだ。これは日本の大名や殿様とのさまでも同じで、サイジもテレビで見たことがある。

 川から市街地へと水を引き込む地下水路に、その道は隠されていた。


「よし、行こう。急げばまだ間に合うかもしれない」


 同時に、サイジは聖剣エクスマキナーでイベント関連のフラグをチェックする。

 隠された宝箱や、王家の秘宝といったワードに心はときめく。

 だが、緊急性の高いものはないので、今はスルーするしかなかった。

 そうして水路の脇を、壁に身を擦り付けるようにして走る。


「ねねっ、サイジくんっ。間に合うかなあ。お城、大丈夫かなあ」

「今は信じて走るしかないね」

「また、こう、乱数調整? そういうのでなんとかならないかなあ。わたし、頑張るけど!」

「悪いけど、あのスキルは大きな結果を変えることはできないんだ」


 そう、今までさんざん便利に使ってきたが、緑のスキルで行う乱数調整は万能ではない。宝箱の中身を判定している乱数を調整したりはできるが、物語の本筋には干渉できないのだ。

 ゲームの物語はランダム要素ではなく、サイジたちの奮闘如何にかかっているから。

 そうこうしていると、剣を通して女神アナネムが話しかけてくる。


『まずいですわ! 上では魔王軍が総攻撃の気配を見せてますの!』

「と、いうと」

『全軍におランチの用意をしてますわ。腹ごなしの後、総攻撃でしてよっ』

「いよいよまずいね。エルベ、この先は行き止まりみたいだけど」


 川の水を引き込む取水口から入って、随分と走った。

 すぐに目の前に、複数の巨大水車が回る浄化装置が現れる。

 水ならば、この間を抜ける間に濾過ろかされ、飲料水として城の中に入れるだろう。

 だが、生身の肉体を持つサイジたちでは無理だった。

 そう思っていると、エルベが一歩踏み出す。


「隠し通路があります! こちらに!」


 エルベが壁の明かりに手を向けて、隠されたレバーを動かす。

 ガクン! と音がして、壁に小さな扉が出現した。

 どうやらここからは登り階段のようである。

 すぐにサイジは、アナネムに声をかける。


「女神様、交代しましょう」

『あらあら、最近わたくしに頼りっぱなしじゃなくて? 階段を登るくらいなら、男の子なんだし自分で』

「ここで脚は引っ張りたくないですしね。お願いしますよ、アナネムさん」

『フッ、しょうがないですわね……オーッポッホッホ、お頼りあそばせ! おログインですわっ!』


 あっという間に、サイジの体が女神の美貌に包まれる。

 早速剣を背負い直すと、サイジは全速力で隠し扉の奥へと飛び込んだ。

 やはりというか、ここから先は細い螺旋階段が続いている。


「ルル、エルベを頼むよ。エルベも、体力を消耗しないようルルを頼って」

「わかりました、サイジ!」

「えっへん! いざとなったら、わたしがエルベちゃんを背負って走るよー!」


 どこまでも無限に続くかのように、延々と螺旋階段は昇ってゆく。

 一気に駆け抜ければ、遂に再び小さな扉が現れた。

 ここまで、モンスターとのエンカウントはない。やはり、魔王軍は秘密の通路については知らないとみていいだろう。


「さて、問題はここからだけど」


 ガチャリ、とドアノブを回して外へと出る。

 そして、サイジは意外な光景に包まれた。

 濃密な湯気がたゆたう、真っ白な空間。

 水の音と女たちの声、そして歌……突然サイジは、大浴場の真ん中に出てしまった。振り向けば、湯を出す黄金の獣の、その下に隠し通路の出入り口がある。


「……これはまた、どうも。ふう、アナネムさんの姿でよかった」


 そう、そこでは十人以上の女性が沐浴もくよくしていた。

 どこか悲壮感に満ちて、誰もが暗い表情をしている。

 そして、悲しい決意に身を固めた女性というのは、裸を見てもあまり嬉しいものではないと初めて知った。それはそれとして、皆が美しい人ばかりである。

 あとから追いついてきたエルベが、そんなサイジの背中に覆い被さった。


「サイジ、いけませんっ! みんな、無事かしら! 私です、第三王女エルベリールです!」


 その言葉に、裸婦たちがどっとどよめき立つ。

 皆、湯船の中に棒立ちになったサイジに、我先にと押し寄せてきた。

 すかさずエルベが、背後からサイジの目を両手で覆う。


「姫様! よくぞ御無事ごぶじで……」

「もはや王城も持ちこたえること叶わず、こうして最後に身を清めておりました」

「魔王軍は女子供も容赦なく犯して殺すと。であれば、純潔を守るために私たちは」


 エルベの指と指の間から、サイジは見た。

 小さな女の子たちもいて、皆が震えている。

 なるほど、湯浴みをして死に支度の最中だったようだ。

 ならば、間に合った。

 死を覚悟するにはまだ早いし、その覚悟があればなんだってできる。

 だから、サイジはエルベの手をすり抜けると、背の大剣を湯に突き立てた。


「アナネムさん、なんか女神っぽいこと喋って」

『かーっ、やっぱりゲームには果実酒とチーズですわ!』

「……ちょっと、アナネムさん?」

『へっ? あ、ああ、サイジッ! え、えと、なにかしら、画面は……まあ。まあまあ、サイジ。ボーナスイベントですの? おスクショが止まりませんわぁ!』

「いいからアナネムさん、空気を読んで女神らしくみんなを勇気づけてくださいよ」


 その後も呆れるようなやり取りが少しあったが、アナネムはゴホン! と咳払いして語り出す。殺気まで果実酒がどうとか言ってた割には、その声はしっかりしたものだった。


『女たちよ、悲観する必要はありませんわ。108人の勇者の中でも、選りすぐりの勇者……栄えある救世主メシアの帰還ですの! さあ、魔王軍を追い返しますわよ!』


 自ら女神アナネムと名乗った聖剣の前に、全ての女性がひれ伏し膝を突いた。中には、感涙にむせび泣く者まで出る始末である。

 皆、自決して死ぬことを覚悟していた。

 そんな折に現れたサイジたちは、もはや救世主でしかなかった。


「すぐに王にお会いしたいのですが」

「王は負傷され、今は部屋に……城下町の民は大半を城内に避難させられましたが、既に兵は少なく」

「城に、僕と同じく召喚された勇者は残っていますか?」


 居並ぶ女たちは皆、黙って首を横に振る。

 やはり、もう既に100人近い勇者が倒されてしまったのだ。

 少し落胆していると、最後に出てきたルルが元気な声を張り上げた。


「大丈夫だよっ! サイジくん、強いんだから。わたしも頑張る、エルベも一緒だもの!」


 根拠のない自信だったが、その目は嘘を知らない輝きに透き通っている。

 いつだってルルは、無邪気で無垢で、そして正直だった。

 彼女なら本当に、サイジと一緒に最後まで戦ってくれるだろう。

 そして、この城をまくらに最後の戦いを挑むつもりは、サイジにはこれっぽっちもなかった。


「そういう訳で、皆さんはゆっくり入浴しててください。けど、自決は駄目です」


 それだけいうと、広い広い湯船を突っ切ってサイジは出口に向かう。

 窓の外を見て、その景色でここが王城の中だと確かに知れた。

 女湯から出てすぐに、アナネムの姿を解除する。

 すぐに気付いたのは、血の臭いだ。

 城内いたるところに鉄臭い空気が充満している。兵士たちは皆負傷して包帯まみれで、そこかしこで武器を抱いたまま俯いていた。籠城戦ろうじょうせんの疲労はピークに達していただろうし、既にもう反撃する力は残っていないようである。

 それでも、サイジは立っている兵士に声をかけた。


「どうも、至急王様に繋いでもらえますか?」

「むむ? 君は」

「108人目の勇者、従軍拒否のサイジです。今は、女神アナネムの加護を得た勇者……ゲームチェンジャーのサイジですよ」


 自分でも失笑モノだったが、あえてでかい口を叩いた。

 この暗く濁った空気、これは駄目だ。

 せめて少しでも、希望を植え付けて盛り上げなければいけない。よく耐えて守っているが、ここからは攻めに転じて城外のモンスターを駆逐せねばならないのだ。

 そして、勇者の声を聴くや避難民たちがよろよろと寄ってくる。


「勇者様、だって? まさか、だって勇者様は」

「そうだ、みんな勇敢に戦って……そして、死んじまったんだ」

「姫様が助けを呼びに出ていったっきりで……えっ? 姫様? エルベ様っ!」

「おいおい、そっちのデカいお嬢ちゃんも知ってるぞ。ゆ、勇者が」

「あ、ああ……勇者が、帰ってきた!? 王女様が勇者様を連れてきてくださったんだ!」


 これでいい。

 あとは、物量の差をどう覆すかで、王国側には質というアドバンテージがある。そう、サイジの持つ最強の聖剣エクスマキナーだ。エクスマキナーが1ならば、対峙する相手は全てが0なのである。ただ、問題はこちらが1を一つしか持っていないのに、相手の0は無数に存在する。

 そこでサイジは、策士としても頭を使うことにしたのだった。

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