第9話「新たなる力」

 街道かいどうを北へ。王都を目指す旅は続く。

 そして勿論もちろん、モンスターとの遭遇は避けられなかった。

 サイジは内心、エンカウント率が高いことも気になっている。つまり、それだけ敵意の密度が高いということだ。本来、国の首都である王都へ向かえば、治安の良さから自然とモンスターは減るはずだ。

 それがこうもはびこっているということは、やはり王国の滅亡は近い。


「ルル、そっちのオークたちを頼むよ。僕は中央を突っ切る」

「オッケー、サイジくんっ! 任せてっ!」


 サイジは既に、聖剣の力で少女の姿になっていた。

 だんだん胸の重みや肩のこりに慣れ始めている自分が少し悲しい。

 しかし、女神アナネムの力は絶大で、聖剣エクスマキナーの切れ味は今日も冴えわたる。触れる全てを灰燼かいじんす、絶対無敵の虹の刃……振るえば光が舞って生命が消し飛んだ。

 そして、戦闘に変化が起こっていた。


「エルベ、あとは魔法でお願いっ! わたし、サイジくんのフォローに回るからっ」

「わかりました、ルル! ――炎よ、ぜ乱れよ!」


 ルルが、凄く器用に戦闘をこなすようになっていた。

 とかく視野が広くて、サイジにとっても大助かりである。もともと、配色濃厚な戦争の中で勇者として生き延びてきた少女だ。賢さが上がったことで、急激にその身体能力が十全に活かされ始めたのである。

 ルルは長柄の槍斧ハルバードで鋭く突きを繰り出し、オークの気勢を削ぐ。

 そうして一箇所に敵をまとめたところで、エルベの攻撃魔法が炸裂した。


「へえ、やるもんだ。さて、じゃあ僕も」

『正面、来ましてよっ! この巨大なおトカゲ……バジリスクですわ!』


 必然的に、サイジは戦術の自由度が上がって戦いやすい。

 ルルが自発的に動いて、しかもこちらの考えに先回りしてくれるからだ。必定、阿吽の呼吸とでも言うべきコンビネーションが生まれ、前衛の立ち回りが安定したのだ。

 しかも、今は後衛から魔法で援護してくれるエルベもいてくれる。

 三人パーティのRPGロープレが多い理由が、サイジはなんとなく体感で知れるのだった。


「バジリスクといえば、石化攻撃かな……ちなみにアナネムさん、あなたの肉体って状態異常はどんな感じなんですか?」

『オーッホッホッホ! わたくし、ド一流の女神でしてよ?』

「つまり、全然効かないと?」

『……石化する時は、お美しいポーズでお願いしたいですわ』

「あらら、耐性は人並みってことか」


 だが、サイジの手には最強無敵の聖剣がある。

 巨大な刃を引きずるように走れば、切っ先が地面をひっかき土煙をあげた。そのままサイジは、バジリスクの正面で剣を振り上げる。

 発生した衝撃波が、伸びてきた舌を真っ二つに両断した。

 おぞましい悲鳴が空気を沸騰させる。


「コンボで手早く片付ける、としても……少し向こうも手堅いな」


 斬られた舌を引っ込めるや、バジリスクは防御に身を固めた。

 ぬらぬらと光沢を放つ巨体は、ちょっとしたトラックくらいの大きさがある。勿論、守りに入られてもエクスマキナーならばなんの問題もない。

 だが、問題は石化ガスである。

 一瞬で切り裂く、その刹那に向こうのガスがカウンターで放たれたら……無敵の聖剣使いサイジでも、美しい石像になってしまうのだ。

 だが、ゲーマーの知識と経験が脳裏に選択肢を浮かべる。

 そして、【先読み】のスキルが提示してきたのは、意外な可能性だった。


「サイジくんっ、わたしが崩すから続いてねっ! せー、のっ、おりゃあああっ!」


 周囲の雑魚を片付けたルルが、思いっきり片手で槍斧を振りかぶる。

 そのまま、槍投げの要領で彼女は全力を踏み締めた。強い一歩の踏み込みと同時に、空気を貫く刃が投擲とうてきされる。

 薙げられた槍斧は、バジリスクの巨体を穿つ一矢となった。

 脇腹に真っ直ぐ槍斧が突き立って、バジリスクの体勢が大きく乱れる。


「なるほど、今だね」


 その間隙にサイジは肉薄した。

 虹の大剣が軽々と振るわれる。

 同時に、頭上に現れたコンボカウンターが高速で回り始めた。

 Hit数がすぐに桁を更新して膨れ上がり、100Hitを超す。

 今回ばかりは、サイジは徹底的に全力で斬り続けた。半端に生き残られて、仲間が石化させられては厄介だからだ。


「という訳で、おしまい」


 トドメの一撃を振り下ろして、地面ごと叩き割る。

 バジリスクは絶命したあとも、石化ガスを撒き散らす余裕すらなく地面の染みになった。そして、ゆっくりと薄れて消えてゆく。

 残念ながら、宝箱などのドロップはないようだった。


「ふう。みんな、無事?」

「ええ。私は大丈夫です」

「ルルも平気! 元気、元気っ!」


 敵も強くなっているが、サイジたちもそれは同じだ。

 ただ、やはり一ヶ月のハンデは厳しく、生身のサイジはまだまだ弱い。戦闘を繰り返す中で少しずつステータスが伸びているが、ここ数日でいきなり強くなったりはしない。

 聖剣と女神の肉体がなければ、召喚されたてのひ弱な勇者でしかなかった。


「よし、先を急ごう。……ん、ちょっと待って」

「うん? あっ、わかった! えと、じゃあ、わたし、ストレッチします!」

「いやルル、まだなにも言ってないんだけど」

「乱数調整とかってのだよね? わかってるよ、うんうんっ!」


 突然、ルルがストレッチを始めた。

 それを止めつつ、サイジはルルのステータスを表示させる。

 そして、驚くべき項目を見つけた。


「スキルが……増えてる? そうか、そういうゲームの仕様か」


 戦士であるルルのスキルは【猪突猛進ちょとつもうしん】だ。防御を捨てて突撃に専念することで、攻撃力にボーナスが得られるスキルである。

 さらにその下に、【一騎当千いっきとうせん】というスキルが増えていた。


「うーん、ルル。君のスキルが増えたみたい。多分、一人で戦う局面に置いて、全てのステータスにボーナスが発生するって感じかな」

「うーん、難しいデス! 話が難しい!」

「人より頑張れば頑張るほど、強くなるスキルだよ」

「おおー! それってわたし向きかもっ!」


 ついでだから、エルベも確認してみる。

 こちらは大きく変わってはいないようだが、ほぼ全てののステータスが上がっているようだった。

 そして、今日のルルの活躍っぷりを見れば、それだけでキャラとしての成長は実感できる。本当に、育成したキャラがどんどん強くなるのもまたゲームの醍醐味だいごみなのだ。


「ルル、王都についたらなにか甘いものでも食べよう。エルベさんも。僕が御馳走ごちそうするよ」

「サイジ、それは……王都は恐らく、もう」

「甘いもの! わーいっ、わたしパフェ食べたい! チョコレートとバナナのやつ!」


 不安げに言葉を挟むエルベと、視線で言葉を交える。

 サイジにもわかっている……恐らくもう、王都は陥落しているだろう。

 ただ、少しでも希望が残されているなら、今ここでネガティブになる必要はない。まずは王都に行って、その時見た全てを受け止めればいいだけである。

 それに、今が伸び盛りのルルには、御褒美ごほうびも必要である。


「そうと決まったら、すぐ行こう! 今すぐ行こうっ!」


 槍斧を拾ったルルが、スキップで走り出す。

 苦笑を零しつつ、サイジもエルベと共にあとに続いた。

 そんな時、聖剣から女神の声が歌うように響く。


1UPエクステンドですわーっ! サイジ、ライフが一つ増えましたの! これで、残りライフは4ですわ!』

「あっ、例のスキルの……つまり、僕は4回死んでも大丈夫ってこと?」

『サイジだけHPが0になっても、ライフを1消費することで完全復活ですわ』

「さっき、バジリスクをザクザク斬ったからかな」


 聖剣エクスマキナーが持つ、七つの絶対的なスキル。

 その最たるものが、生命のストックを増やすというものである。いうなれば、サイジだけ死んでもコンテニューができるのである。

 これもそのうち試して、どういう状況で再現されるかを知っておかなければいけない。

 すぐにその場で、瞬時に再生するのか。

 それとも、少し時間が蒔き戻って再生するのか。

 ただ、試しに死んでみるというのも、ちょっと怖い気がする。

 そう、ゲーマーがゲーム感覚で戦っていても、この世界は現実だのだから。


「じゃ、急ごう。このまま北へ」

「王都はもうすぐです。この先の橋を超えれば」


 基本、中世から近代にかけての大都市は、大きな河川かせんの側に造られることがおおい。水は人間にとって、生活に欠かせないものだからだ。

 また、水の流れが物流を生み、同時に城塞に対しての堀となって防御力も上げてくれる。

 小走りに駆ければ、すぐに向かう先から涼しい風が吹いてきた。

 川があるなと思った時にはもう、巨大な橋の入口が見えてきた。検問所みたいな小屋が建っているが、生きた人の気配はない。


「サイジ、ルルも! あれを見てください!」


 到着した王都には、サイジも予想だにしなかった光景が広がっていた。

 川の向こうに、巨大な城塞都市が広がっている。

 ところどころから火の手が上がって、城下町は既にモンスターによって制圧されているようだった。そして、その中央に……大砲の攻撃を受けながらも、王家の旗を翻す王城だけが、まだ陥落を免れ抵抗を示しているのだった。

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