第6話「おバクチ上等ですわ!」

 ひづめの音と、馬のいななき。

 そして、強烈な殺気が近付いてくる。

 恐らく、エルベに差し向けられた追手だ。


「ルル、エルベさんを守って……敵が、来る」

「わわっ、またバトルだー。こ、こんどもかてるかなあ」


 ルルも感じているのだ。

 今までにない強敵の気配を。

 なにか言おうとしたエルベを肩越しに振り返り、サイジは黙ってうなずく。もう、この瞬間からエルベは旅の仲間だ。第三王女という肩書も、悪いけど忘れてもらう。

 そして、一騎の騎馬がサイジたちの前に現れた。


「おっ、いたいた! こりゃついてる、ラッキーだぜっ!」


 まだ大人の男の声だった。

 現れたのは、漆黒しっこく甲冑かっちゅうに身を固めた騎士。全身を刺々しい重武装で覆って、顔はフルヘルムのかぶとで見えない。血のように真っ赤なマントをなびかせ、その男は笑った。

 そう、嫌悪感をもようさずにはいられない笑いだった。


「……王国の騎士、ではなさそうですけど。失礼ですが、あなたは」

「ん? お前……どっかで見たツラだな」

「質問に答えてください」

「あっ! 思い出した! いつぞやの腰抜けじゃねえか! 生きてやがったとは……運の太い野郎だぜ」


 会話が成立していない。

 だが、サイジには黒騎士の言いたいことはよくわかった。

 同時に、とある疑念が胸中をよぎる。

 それは最悪の可能性で、できれば考えたくもない状況だった。

 すぐ背後で、エルベがそっとくちびるを耳に寄せてくる。


「サイジ、あのような者は城の騎士団にはいませんでした」

「やっぱりですか」

「やっぱり、とは?」

「この男、僕を腰抜けと呼んだんですよ。つまり、そういうことです」


 エルベは、ハッとした表情で青ざめた。

 逆に、ルルは状況が読み込めずに首を傾げている。

 この異世界には、サイジたち108人の勇者が召喚された。一同を集めて、国王は魔王討伐のために戦ってくれと懇願してきたのである。

 その時、唯一申し出を断ったのがサイジだ。

 腰抜けとは恐らく、そのことを言っているのだろう。


「つまり、僕が戦いを拒否したと知っている人物……あなた、?」


 最悪の事態、それは勇者の裏切りだ。

 既に王国の統治が崩壊しているなら、それも十分にあり得た。

 黒騎士はサイジの詰問に、小さく肩を震わせた。

 ガシャガシャとよろいが揺れて、最後には天を仰ぐ哄笑こうしょうが響き渡る。


「ハッハー! それがどうした! 俺は賭けに勝った、読み通り王国が滅びたからなあ!」


 そう言うと、男は黒い兜を脱ぐ。

 そこには、ギラついた目の凶暴な表情が笑っていた。

 冷たく燃える瞳は、ややくぼんでくまができている。

 顔色の悪い男のその目が、サイジの胸中をざわめかせた。


「……あの男と、同じ目だ」

「ああ? なんか言ったか、ボウズ」

「いえ。あと、賭けに勝った? 片腹痛いよね」

「なっ、手前てめぇ!」


 どうやら黒騎士は、感情の導火線が短いタイプらしい。

 しかし、サイジは背後で震えるエルベをかばいつつ言葉を選ぶ。


「僕たちが召喚された時点で、王国は滅亡寸前だった。あなたが言ってる賭けとは、ただ勝ち馬に乗っただけの裏切りでは?」

「……ハッ! その通りよ、けどなあ……逃げた手前ぇには言われたくねえな、サイジ! そうだ、サイジ! そういう名前だったな、ボウズ!」

「ええ、僕は従軍を拒否したサイジです。で、あなた誰なんです?」

「俺の名はバンザ! 裏切りの勇者、ギャンブラーのバンザだ!」


 ました顔はそのままに、サイジは小さく舌打ちをこぼした。

 ますますいらつくし、嫌悪感はもはや忌避きひの感情に燃えている。

 間違いなく、サイジの一番嫌いなタイプだった。

 人を裏切り、さもその裏切りが賢い選択だったかのように振る舞う。なにより、運だ賭けだと口にして、堂々とギャンブラーを名乗ったのが嫌だった。


「サイジ、もう戦争は終わった! 王国は滅んだ……その女を、第三王女を連れて俺の元に来い。仲間に入れてやるって言ってんだ!」

「お断りします」

「へへ、おいおい……即答かよ。少しは考えてみろってんだ、のいい賭けじゃねえか」

「僕は……ギャンブルは苦手です。それに」


 これでもオブラートに包んだつもりだ。

 本音を言えば、


「それに、バンザさん。僕たちこれから、魔王を倒しに行くんです。邪魔なんでどいてくれますか?」

「へえ、笑えるぜ……大穴狙いの一点買いってか。お前、友達いねぇだろ。ヒャハ!」

「ええ、まあ。それは否定しませんけど」


 その時だった。

 不意に、話についてこれてなかったルルが叫んだ。


「おじさん! サイジにともだちいるもん! わたし、マダブチだもん!」


 ルルは怖いもの知らずというか、恐れることを知らない一面がある。難しいことがわからないと本人は言うが、それほどまでに純真で無垢むくな一面を持っているのだ。

 そのルルに友達と言われて、ドクン! とサイジの心臓が跳ね上がる。


「あ、あれ? マダブチ? えと、マチブタだっけ? うん、とにかくそれ! しんゆーだもん!」

「このクソアマァ……吹かしてくれんじゃねえか。おいこら、そこのデカ女!」

「ルル、でっかくないもん! かわいいおんなのこだもん!」

「あぁ!? 乳やら尻やらそのデカさで、その脚の太さでかわいいだぁ!?」

「あし、ふとくないもん! おじさんこそ、まっくろで、ええと、クソダサ? ダサいもん!」

「手前ぇ! クソデカ痴女ちじょがなに言ってくれんだゴラァ!」


 見てられなかったし、聞くにえない。

 けど、ルルのお陰でサイジは冷静さを取り戻した。これ以上バンザと話していたら、いつもの発作を起こしていたかもしれない。

 それは、子供じみてあまりにも程度の低いサイジの悪癖あくへき

 だが、それを今は胸に沈めてなすべきをなす。

 そっと聖剣のスキルに朝日の色オレンジを念じた。


『サイジ、この男……強いですわ!』

「ええ、これは」


 エクスマキナーから響くアナネムの声も、どこか逼迫ひっぱくに凍っていた。

 目視で確認して、サイジも思わず身構える。


『攻撃力141、防御力120、HP666、筋力132、体力155、俊敏性79、知性89、幸運3! 固有スキルは【悪運】ですわ! ド強敵ですの!』

「【悪運】……成功率の低い行動を選ぶことで、成功時のプラスを何倍にも引き上げるスキルか」

『ピンチですわ……おみになっててよ? 今のサイジたちでは』

「いや、戦う。勇者をやめてる、勝負を捨ててるこいつは……ただの敵、モンスターだ」

『ああもうっ、わかりましてよ! おログインしますわっ!』


 眩い光をまとって、サイジは戦闘モードへ変身する。女神をかたどる姿は、可憐にして流麗。そして、最強の聖剣を完璧に使いこなす力があった。

 バンザは、突然乙女になったサイジを冷やかすように口笛を吹く。

 そんな馬上のバンザに、サイジは虹の切っ先を向ける。


「悪いけど、下手な博打ばくちに付き合うつもりはないよ。ルル、エルベさん。戦いましょう」

「おいおい、本気かあ? なんだあ、その目……本気と書いてマジぢゃねーか、ぎゃはは!」

「黙れ、イカサマ野郎っ!」


 思わずサイジは、声を荒らげた。

 その怒気どきに、驚いたルルがビクリ! と身を震わせる。

 だが、構わずサイジは一歩前に出た。


「僕はゲーマー、そして勇者だ。魔王にくみする者は、僕自身が強くなるためにも……倒す」

「ゲーマーだあ? けっ、オタクかよ。それとなあ、ボウズッ!」


 バンザもまた、その全身から強烈な殺気を解き放った。

 圧倒的な覇気が、周囲を覆ってゆく。

 間違いない、ただ運の良さだけでこうして生きている訳ではなさそうだ。運頼みではなく、本当に勇者として強いのだろう。

 いな、強かったのだろう。

 例えいくら強くても、それはただの力、暴力だ。

 強さと力は違うものなのだ。


「手前ぇ、今……俺をサマ師、イカサマつったか! あぁ!? 吠えるなよ、雑魚ざこが。俺ぁギャンブラーだ! イカサマなんざしたことねえんだよっ!」

「知った事か! お前との会話は、これ以上なんのフラグもなさそうだ。ここで倒すっ!」


 サイジは、いつになく自分が熱くなっているのが感じられた。

 アナネムの声が心配そうに響く中、ルルもエルベも身構える。

 しかし、バンザは心底嫌気がさしたようにわざとらしい溜息をついた。


「はぁ~、馬鹿臭ぇ……ガキがゲームごっこで勇者気取りかよ」

「気取ったつもりはない、僕は……僕たちは勇者をやってるんだ」

「ま、いるよなあ。現実とゲームの区別がつかねえ奴がよぉ……まあ、俺にとってもここは楽しいゲームだけどな!」

「ゲームとギャンブルを一緒にするなっ!」

「おいおい、なにを熱くなってるんだ? まあいい……王女はまだ預けといてやる。せいぜい気張りな、ボウズ。手前ぇがいかに分の悪い賭けにベットしてるか、思い知れや! ヒャハハハハ!」


 兜を被り直して、バンザは走り去った。

 それで、一気に緊張感が切れてふらりとサイジはよろける。もとの貧弱な少年の姿に戻るや、彼はエクスマキナーを支えに片膝を突いてしまうのだった。

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