第6話「おバクチ上等ですわ!」
そして、強烈な殺気が近付いてくる。
恐らく、エルベに差し向けられた追手だ。
「ルル、エルベさんを守って……敵が、来る」
「わわっ、またバトルだー。こ、こんどもかてるかなあ」
ルルも感じているのだ。
今までにない強敵の気配を。
なにか言おうとしたエルベを肩越しに振り返り、サイジは黙って
そして、一騎の騎馬がサイジたちの前に現れた。
「おっ、いたいた! こりゃついてる、ラッキーだぜっ!」
まだ大人の男の声だった。
現れたのは、
そう、嫌悪感をもようさずにはいられない笑いだった。
「……王国の騎士、ではなさそうですけど。失礼ですが、あなたは」
「ん? お前……どっかで見た
「質問に答えてください」
「あっ! 思い出した! いつぞやの腰抜けじゃねえか! 生きてやがったとは……運の太い野郎だぜ」
会話が成立していない。
だが、サイジには黒騎士の言いたいことはよくわかった。
同時に、とある疑念が胸中を
それは最悪の可能性で、できれば考えたくもない状況だった。
すぐ背後で、エルベがそっと
「サイジ、あのような者は城の騎士団にはいませんでした」
「やっぱりですか」
「やっぱり、とは?」
「この男、僕を腰抜けと呼んだんですよ。つまり、そういうことです」
エルベは、ハッとした表情で青ざめた。
逆に、ルルは状況が読み込めずに首を傾げている。
この異世界には、サイジたち108人の勇者が召喚された。一同を集めて、国王は魔王討伐のために戦ってくれと懇願してきたのである。
その時、唯一申し出を断ったのがサイジだ。
腰抜けとは恐らく、そのことを言っているのだろう。
「つまり、僕が戦いを拒否したと知っている人物……あなた、僕と同じ地球から召喚された勇者ですね?」
最悪の事態、それは勇者の裏切りだ。
既に王国の統治が崩壊しているなら、それも十分にあり得た。
黒騎士はサイジの詰問に、小さく肩を震わせた。
ガシャガシャと
「ハッハー! それがどうした! 俺は賭けに勝った、読み通り王国が滅びたからなあ!」
そう言うと、男は黒い兜を脱ぐ。
そこには、ギラついた目の凶暴な表情が笑っていた。
冷たく燃える瞳は、ややくぼんでくまができている。
顔色の悪い男のその目が、サイジの胸中をざわめかせた。
「……あの男と、同じ目だ」
「ああ? なんか言ったか、ボウズ」
「いえ。あと、賭けに勝った? 片腹痛いよね」
「なっ、
どうやら黒騎士は、感情の導火線が短いタイプらしい。
しかし、サイジは背後で震えるエルベを
「僕たちが召喚された時点で、王国は滅亡寸前だった。あなたが言ってる賭けとは、ただ勝ち馬に乗っただけの裏切りでは?」
「……ハッ! その通りよ、けどなあ……逃げた手前ぇには言われたくねえな、サイジ! そうだ、サイジ! そういう名前だったな、ボウズ!」
「ええ、僕は従軍を拒否したサイジです。で、あなた誰なんです?」
「俺の名はバンザ! 裏切りの勇者、ギャンブラーのバンザだ!」
ますますいらつくし、嫌悪感はもはや
間違いなく、サイジの一番嫌いなタイプだった。
人を裏切り、さもその裏切りが賢い選択だったかのように振る舞う。なにより、運だ賭けだと口にして、堂々とギャンブラーを名乗ったのが嫌だった。
「サイジ、もう戦争は終わった! 王国は滅んだ……その女を、第三王女を連れて俺の元に来い。仲間に入れてやるって言ってんだ!」
「お断りします」
「へへ、おいおい……即答かよ。少しは考えてみろってんだ、
「僕は……ギャンブルは苦手です。それに」
これでもオブラートに包んだつもりだ。
本音を言えば、ギャンブルは死ぬほど嫌いである。
「それに、バンザさん。僕たちこれから、魔王を倒しに行くんです。邪魔なんでどいてくれますか?」
「へえ、笑えるぜ……大穴狙いの一点買いってか。お前、友達いねぇだろ。ヒャハ!」
「ええ、まあ。それは否定しませんけど」
その時だった。
不意に、話についてこれてなかったルルが叫んだ。
「おじさん! サイジにともだちいるもん! わたし、マダブチだもん!」
ルルは怖いもの知らずというか、恐れることを知らない一面がある。難しいことがわからないと本人は言うが、それほどまでに純真で
そのルルに友達と言われて、ドクン! とサイジの心臓が跳ね上がる。
「あ、あれ? マダブチ? えと、マチブタだっけ? うん、とにかくそれ! しんゆーだもん!」
「このクソアマァ……吹かしてくれんじゃねえか。おいこら、そこのデカ女!」
「ルル、でっかくないもん! かわいいおんなのこだもん!」
「あぁ!? 乳やら尻やらそのデカさで、その脚の太さでかわいいだぁ!?」
「あし、ふとくないもん! おじさんこそ、まっくろで、ええと、クソダサ? ダサいもん!」
「手前ぇ! クソデカ
見てられなかったし、聞くに
けど、ルルのお陰でサイジは冷静さを取り戻した。これ以上バンザと話していたら、いつもの発作を起こしていたかもしれない。
それは、子供じみてあまりにも程度の低いサイジの
だが、それを今は胸に沈めてなすべきをなす。
そっと聖剣のスキルに
『サイジ、この男……強いですわ!』
「ええ、これは」
エクスマキナーから響くアナネムの声も、どこか
目視で確認して、サイジも思わず身構える。
『攻撃力141、防御力120、HP666、筋力132、体力155、俊敏性79、知性89、幸運3! 固有スキルは【悪運】ですわ! ド強敵ですの!』
「【悪運】……成功率の低い行動を選ぶことで、成功時のプラスを何倍にも引き上げるスキルか」
『ピンチですわ……お
「いや、戦う。勇者をやめてる、勝負を捨ててるこいつは……ただの敵、モンスターだ」
『ああもうっ、わかりましてよ! おログインしますわっ!』
眩い光をまとって、サイジは戦闘モードへ変身する。女神を
バンザは、突然乙女になったサイジを冷やかすように口笛を吹く。
そんな馬上のバンザに、サイジは虹の切っ先を向ける。
「悪いけど、下手な
「おいおい、本気かあ? なんだあ、その目……本気と書いてマジぢゃねーか、ぎゃはは!」
「黙れ、イカサマ野郎っ!」
思わずサイジは、声を荒らげた。
その
だが、構わずサイジは一歩前に出た。
「僕はゲーマー、そして勇者だ。魔王に
「ゲーマーだあ? けっ、オタクかよ。それとなあ、ボウズッ!」
バンザもまた、その全身から強烈な殺気を解き放った。
圧倒的な覇気が、周囲を覆ってゆく。
間違いない、ただ運の良さだけでこうして生きている訳ではなさそうだ。運頼みではなく、本当に勇者として強いのだろう。
例えいくら強くても、それはただの力、暴力だ。
強さと力は違うものなのだ。
「手前ぇ、今……俺をサマ師、イカサマつったか! あぁ!? 吠えるなよ、
「知った事か! お前との会話は、これ以上なんのフラグもなさそうだ。ここで倒すっ!」
サイジは、いつになく自分が熱くなっているのが感じられた。
アナネムの声が心配そうに響く中、ルルもエルベも身構える。
しかし、バンザは心底嫌気がさしたようにわざとらしい溜息をついた。
「はぁ~、馬鹿臭ぇ……ガキがゲームごっこで勇者気取りかよ」
「気取ったつもりはない、僕は……僕たちは勇者をやってるんだ」
「ま、いるよなあ。現実とゲームの区別がつかねえ奴がよぉ……まあ、俺にとってもここは楽しいゲームだけどな!」
「ゲームとギャンブルを一緒にするなっ!」
「おいおい、なにを熱くなってるんだ? まあいい……王女はまだ預けといてやる。せいぜい気張りな、ボウズ。手前ぇがいかに分の悪い賭けにベットしてるか、思い知れや! ヒャハハハハ!」
兜を被り直して、バンザは走り去った。
それで、一気に緊張感が切れてふらりとサイジはよろける。もとの貧弱な少年の姿に戻るや、彼はエクスマキナーを支えに片膝を突いてしまうのだった。
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