第7話「魔王軍の傷跡」

 丘を超えた先に待っていたのは、凄惨せいさんな光景だった。

 小さな宿場町は今、廃墟となって沈黙している。

 出迎える人もなく、そこかしこで黒煙がくすぶっていた。


「ひどい有様だね。ルル、生存者がいないか探して。エルベは僕から離れないで」


 ルルは「うんっ!」と元気に返事して、全力ダッシュで駆けてゆく。

 その背を見送りつつ、サイジも警戒心を尖らせた。

 同時に、一種の諦めが全身を這い上がってくる。

 見たところ、周囲に死体はない。つまり、この町の人たちは大半が連れ去られたと見ていいだろう。そして、町自体は徹底的に破壊の限りを尽くされている。

 言葉を失っているエルベが、思い出したように祈り出した。

 手と手の指を絡め合い、彼女はこの世界の神々に鎮魂ちんこんの祈りを捧げる。


「……酷いことを。私が訪れた時はまだ、活気に満ちていたのに」


 エルベの青い瞳が、悲しみの波濤はとうに揺れていた。

 だが、彼女は涙を零さずまぶたを拭う。

 サイジの背負う剣からも、いつになく神妙な声が響いた。


『やはり、こんなクソゲーは許しておけませんわ……無辜むこの民が傷付き町が焼かれるなど』

「やっぱり、アナネムさん。このゲーム、っていうか、この世界のことに詳しいですよね」

『サイジたちにもいつか話しますわ。わたくし、このゲームには避け難いド因縁がありますの』


 前から気になっていたが、えてサイジは詮索してこなかった。

 神々にとって、これはゲーム……滅びつつあるこの世界の救済は、一種のRPGロールプレイングゲームのようなものだ。

 そして、アナネムにとってはこのゲームを攻略する目的がある。

 今は、それで世界が救われると信じたいし、自分も勇者の責務を果たそうと思うサイジだった。

 ただ、後悔はある。

 祈り終えたエルベが、その傷口にそっと触れてきた。


「サイジ、非礼を承知でお聞きします」

「……何故なぜ僕が当初、従軍を拒んだか、ですか?」

「ええ。あなたの強さは、アナネム様のもたらした聖剣だけではありませんね? 卓越した頭脳と判断力、洞察力……」

「ただのゲーマー脳ですよ」

「ゲーマー、とは」

「こっちの世界にも面白いゲームが色々ありますよね。そういうのに傾倒した趣味人オタクの総称、かな」


 サイジが身振り手振りで、手札をやり取りしたりこまを動かす仕草を見せる。

 すぐにエルベには伝わったようだが、まだまだ疑問の答えにはなっていないらしい。なので、サイジは正直に当時のことを語った。


「正直、108人の勇者が召喚されて、玉座の間に集められた時……

「……は? そ、それは、どういう」

「こうした物語の定番は、召喚される勇者は1人、多くても5、6人です。それが、108人。勝ったと思ったんですよね。でも、読み間違えてしまいました」


 サイジはあの日、すでにゲームへの興味を失っていた。

 救世の物語は、108人の勇者によるオーバーキルが目に見えていたのである。どんなに魔王の軍勢が恐ろしかろうが、まさか数の暴力で王国が反撃に出るとは思ってもみなかっただろう。

 しかし、その読みは外れた。

 現実には、108人の勇者は負けてしまったのだ。


「僕は、結果の見えてるゲームが嫌だった。でも、今思えば楽観し過ぎでしたね。裏切り者まで出るようじゃ、恐らく勇者たちは思ったようには戦えなかったのかも」

「それは……そうかもしれません。彼らにとって、ここは異世界。王国の援助があるとはいえ、誰もが戦い慣れているようには見えませんでした」

「僕だってただの中学生ですからね。それと」


 もう一つ、利己的じぶんかってな都合があった。

 サイジは、王国が勝つと踏んだ上で……普段はできないことをしようと思ったのだ。


「それと、エルベ。僕は悠々自適ゆうゆうじてきのバカンス、まあ、休暇を選んだ訳で。その、すみません」


 日本にいた頃のサイジは、苦学生だった。

 毎日バイトに明け暮れ、趣味らしい趣味はゲームしかない。人と話すこともまれだし、学校にも友人はいなかった。

 家族のためには、働かなければいけなかった。

 学校も休みがちだったし、働くためにゲームで気力を補充していたのだ。

 家の貧しさが、必然的にゲーマーとしてのサイジを洗練していったのだ。ゲームセンターでも、勝てば長く遊べるし、買ったソフトは隅々までやり尽くすプレイが信条だった。


「バイトに追われる生活をちょっと休んで、のんびりしてたっていうのが真相です」

「まあ」

あきれました?」

「ふふ、少しね。でも、よかった。この国は素晴らしいところだったでしょう?」

「ええ。だから、まだ過去形にはしたくないですね。今はそう思います」


 気付けば日も傾き、夜の闇が迫っていた。

 そして、大荷物を抱えたルルが猛ダッシュで帰ってくる。

 見れば、どこから拝借してきたのか大量の防具を抱えていた。


「サイジー、いろいろあったよ! ほら、よろい!」

「ルル、それは」

「おみせ、バラバラにこわれてたの。だから、もってきちゃった!」


 そういえば、サイジは未だに防具を身に着けていない。最強すぎる聖剣エクスマキナーがあるので、防御という概念を失念していたのだ。

 だが、今後は戦いも激化するだろうし、自分の身の安全も考えなければいけない。

 スキルでHPと別にライフ、いわゆるSTGシューティングゲーム残機ざんきみたいなものがあっても同じだ。

 命のストックがあったって、死にたくはない。


「どれどれ。良さげなものがあるかな」

「んとねー、わたしはこれなんかいいとおもうなー」

「サイズは調節可能か。でも、あまり重いのは困るかも」


 あとは、アナネムの姿を借りた戦闘形態も考慮に入れねばならない。非力なサイジと違って、アナネムはかなりの高ステータスを誇る女神様だ。

 なので、胸元が苦しかったり、腰回りが窮屈きゅうくつなのは避けたい。

 それでサイジは、肩当てなどを選んで軽装に身を固めた。


「うん、これならアナネムさんのムチムチッぷりでも大丈夫かな」

『ちょっと! 誰が太ももムチムチの大根足だいこんあしですのっ!』

「や、そこまでは言ってないですけど。ただ、当たり判定大きそうだなーって」

『大きいことはいいことですわ! 子供のサイジにはわたくしのド魅力がわからないんですの!』


 アナネムがむくれてほおを膨らませるのが、容易に想像できた。

 それでルルもエルベも笑顔になる。

 落ち込んでばかりもいられないし、今夜の寝床もどうにかしなければいけない。幸い、壊滅したことで重要拠点とはみなされていないらしく、周囲にモンスターの気配はなかった。

 それでサイジは、どこか雨露あまつゆをしのげそうな廃墟で一夜を過ごすことを提案する。


「んじゃ、わたしはこんどは、ごはんさがしてくるねっ!」

「私も参りましょう。サイジは」

「僕は寝られる場所を探してみる。宿屋のベッドがまだ使えればいいんだけど」


 危険はないと判断して、再び二手に分かれる。

 サイジは一応、スキルでこの町に関するフラグの一覧を確認した。残念ながら、いくつかのイベントが達成不可能な状態で残ってしまった。

 町で一番の美人への、ラブレターの配達。

 町長の探しものに、武器屋のバーゲンセール。

 取り逃したアイテムもあるし、得られた筈の助力も沢山あった。

 その全てが、失われてしまったのだ。


「まあ、しょうがないね。さてと」

『町の広場の方に、きっと宿屋がありますわ。サイジ、参りましょう』

「ええ」


 そこかしこで、人々の営みが打ち捨てられていた。

 その中を町の中央に向かえば、すぐに宿屋らしき建物が見えてきた。

 それはもう、かつて宿屋だった建造物である。

 半壊して天井が抜け、二階建ての建屋は焦げた臭いをくゆらせていた。


「……ダメそうですね」

『酷い、あまりにもお残酷ですの! ちょっとやり過ぎじゃなくて?』

「それだけ魔王軍は徹底してるってことでしょう」


 一応、なにか使えるものはないかと宿屋に入ってみる。

 一階は酒場になっているようで、略奪のあとがそこかしこに見られた。酒も食料もあらかた奪われたあとで、椅子やテーブルはひっくり返って散乱している。

 そんな中、ふとサイジはカウンターに歩み寄った。

 酒瓶さかびんとグラスが二つ、そしてゲーム盤があった。

 あの村で、老人と毎日遊んだあのゲームだ。


「……あと三手で詰む、かな」


 そっとサイジは、駒を手に取り勝負を動かす。

 一方的な暴力で奪われた、ゲームの結末を再現してみて、そして小さく溜息ためいき

 本来ここには、勝者と敗者がいたのだ。そして、その両方がゲームを楽しみ、次のゲームまで交流は続いたはずである。

 そんな日常の平和が、奪われた。

 一瞬で、永遠に。


『サイジ……わたくしたちのゲームは、絶対に勝ちますわよ。クリアして、この世界を救いますの! よくて?』

「わかってますよ、アナネムさん。……さて、ここにはなにもなさそうだな」


 二階への階段は崩れてしまっているし、建物自体が既に危険なレベルだった。

 残念ながら今夜は野宿……そう思いつつ、サイジは最後に酒場をぐるりと見渡して使えるものを探すのだった。

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