第5話「亡国の姫君」

 その後もサイジとルルは、順調に旅路を進んだ。

 モンスターとの戦闘も多々あったが、苦戦はしない。

 時折宝箱が回収できることもあって、その都度つどルルが腹筋や腕立て伏せで乱数調整をしてくれた。勿論もちろん、それをスキルで行っているのはサイジである。

 だが、もうすぐ次の町が近いと思った、その時に異変は起こった。


「サイジくんっ、おんなのひとのこえ!」

「悲鳴だね。ルル、先に行って。君の方が脚が早い」

「まっかせてー! うおおっ、おたすけ、だああああっ!」


 猛ダッシュでルルが走り出す。

 躍動するしなやかな肢体……まるでギリシャ彫刻の女神像だ。

 そして、その健脚に追いつくためには、サイジはどうしても本物の女神様の姿を借りなければいけない。

 すぐに変身しようとしたが、


「……あれ? アナネムさん? おかしいな、寝落ちかな……」


 アナネムからの声が突然、途絶えた。

 なので、サイジは初期ステータスのままの自力で走り出す。

 あっという間にルルの姿は見えなくなって、あとを追えばモンスターのえる声が無数に連鎖してくる。どうやら、悲鳴の主は襲われているようだ。

 急いで全力疾走すれば、すぐに息があがってしまった。


「勇者って、いって、も……サボってたからな。普通の村人Aよりは強いって、だけだし」


 それでもサイジは、非力な自分にむちを打って走る。

 タイミングが悪いことに、小高い丘への上り坂である。

 そして、頂上付近で刃が閃く光が無数にまたたいていた。あれは多分、力任せに振るわれるルルの槍斧ハルバードだ。そう思ったら、サイジはさらに急いで走る。

 背のエクスマキナーを、抜刀。

 同時に、最初にこちらを振り向いたモンスターへ斬りかかった。


「こいつは、ウェアウルフ! 獣人系ライカンスロープがこんな場所に?」


 そう、狼人間おおかみおとこである。

 筋骨隆々きんこつりゅうりゅうたる大男たちが、手に剣や槍を持っている。

 数は十人程度で、その一人が虹の刃で今しがた息絶えた。あまりの切れ味に、自分が両断されたことも気付かず数歩歩いて、左右に割れて血柱を拭き上げる。

 獰猛どうもうなウェアウルフたちの中心に、ルルがいた。

 旅装の女性を背にかばってる。


「ルル、その人を守って。周囲の雑魚は僕が」

「うんっ!」


 ルルは素直ないい子だ。

 ゆっくりと女性を守りながら後ずさる。

 その間合いを侵食するように迫るウェアウルフの、その背後を遠慮なくサイジは襲った。卑怯だとは思わない。相手の隙は見逃さない、チャンスは最大限にかす。それがゲーマーとしてのサイジの流儀なのだ。

 そして、思った以上に楽勝だった。

 僅かに勇者として強くもなっていたし、なにより最強武器を装備しているのである。

 しかも、初期ステータス状態でも、自身のスキル【先読み】がある。理路整然りろせいぜんと、頭の中にウェアウルフたちの行動予測が広がり、精査され、自動的にn択nパターンに絞られていった。


「よし、こんなとこかな」


 五、六人斬ったら、残りは逃げていった。

 今回もまた、手応えというほどのことはない。エクスマキナーのスキル各種を使うまでもなかった。丁寧に、そして確実にエクスマキナーで触れるだけで敵は死ぬのだ。


「ルル、平気? だよね。あと、そちらの方は」

「んと、へーき! このひと、もまもれたよぅ」


 どうやら安全を察したのか、くだんの麗人がほっと溜息をつくのが感じられた。

 そう、どこか高貴な雰囲気の女性だった。

 マント姿で、目深めぶかくケープを被っていても立ち振舞でそう感じられた。

 そして、彼女は周囲を一度見渡してから顔を見せた。


「礼を言います、冒険者の方々。本当に助かりました」


 ケープを脱げば、たおやかな金髪が風に舞う。白磁はくじのような小顔には、とても深い青の双眸そうぼうが輝いていた。名乗らず黙っていても、自然と生まれや育ちを察することができる。サイジはルルの横に並ぶと、静かに片膝をついた。


「ほら、ルルも」

「ほへ? どしたの、サイジくん。え、えと、こう?」

「うん、OK。で……もしや王家の方ですか? 僕はサイジ、王国に召喚された勇者です」

「わたし、ルル! よろしくねっ! はいっ、あくしゅ、あくしゅ!」

「駄目だよ、ルル。もう少しこうしていよう」


 だが、立ち上がりかけたルルの手を、微笑ほほえみながらその貴人きじんは握った。

 長身のルルと並ぶので、いやがおうにも小柄で華奢きゃしゃなイメージが強調されてしまう。所作しょさも流麗で、動きの全てが洗練された伝統芸能のようだった。

 そして、再度響く声は通りが良くて耳に心地よい。


「そんなにかしこまらないでください。そう、勇者……サイジ? 確かそう言いましたね」

「はい」

「サイジ……聞いたことがあります。召喚された108人の中に、唯一従軍を辞退した者がいたと」

「それが僕です。先日まで、この奥の村で隠遁生活スローライフをしていました。それは、まあ、その、すみません……」

「謝らないでください、サイジ。それと、あなたがルルネ? よろしく、勇敢な勇者様。私は第三王女エルベリール。どうかエルベとお呼びください」


 とても優しく優雅な笑みだった。

 ルルは勇敢だと褒められたのが嬉しいのか、パアアと子供みたいに顔をくしゃくしゃにして笑う。握手の手にさらに手を重ね、ブンブンと何度も上下させていた。

 その姿を微笑ましく思いつつ、さてとサイジは思案を巡らせる。

 王国の第三王女、つまりはエルベはお姫様だ。

 それが護衛の騎士もなく、徒歩でこんな場所まで……少し気になる。もしかすると、この異世界の滅びは、思っていたよりもずっと近くまで差し迫っているのかもしれない。


「事情を聞いてもよろしいですか? エルベリール殿下」

「ですから、エルベでよいと……ああでも、そうですね。無理を言ってもあなたを困らせてしまいます。では、命令します。以後、エルベと呼ぶこと。よろしい?」

「わかりました、ではエルベさん。なにがあったのですか?」


 予想はしていたが、一応聞いてみた。

 そして、悪い予感が現実として真実味を増してゆく。

 エルベは残酷な現状を丁寧に説明してくれた。


「つまり、王都は陥落したんですね」

「ええ。異世界より招いた勇者たちも、その大半が……残った者たちも、私を逃がすために」

「そうでしたか」


 エルベの口元が小さく震えていた。

 薔薇ばらつぼみみたいなそのくちびるが、血の気を失い青くなっている。

 なにか声をかけようとした時、ルルが握手の手を放した。

 次の瞬間には、彼女は豊満な胸へとエルベの顔を抱き埋めた。


「こわかったね、エルベちゃん! でも、がんばったんだねえ。よしよし、よしよし」

「ルルさん……」

「だいじょーぶだよ、わたしとサイジくんで、まおーはやっつけるから!」


 王城で謁見えっけんしててこんなことしたら、即座に罰せられるだろう。

 だが、それももう過去の話だ。

 とがめる近衛兵このえへいも、カンカンに怒る大臣も、もういない。初めてこの異世界に召喚された日のことが、サイジには随分と遠い過去のように思えた。

 実際には一ヶ月かそこらしか経過していないのに、だ。


「エルベさん、ルルの言う通りです。倒しますよ、魔王……僕たちで」

「ええ、よしなに……なんて言い方はよくありませんね、仲間に対して」

「仲間? とは?」

「私にも多少は魔法の心得があります。共に参りましょう……王家の人間として、高貴なる義務ノブレス・オブリージュを果たさせてほしいのです」


 すぐにサイジは、無礼かと思ったがエルベのステータスを確認した。

 攻撃力27、防御力66、HP170、筋力21、体力30、俊敏性48、知性108、幸運114。

 固有スキルは【全魔法】……複数の系統にわかれた各種魔法を、全て習得可能な素質を持っているということだ。ゲーム風に言えば、賢者とか大魔導師である。

 普通にそこそこ強い。

 っていうか、今のサイジよりも全然強い。

 少しへこんでいると、突然声が響いた。


『王女殿下、その意気やヨシ、ですわっ! ド高貴なその意思、共に参りましょう!』


 不意にアナネムの声が響いた。

 しかも、肉声である。

 今までサイジにしか聴こえなかった、あのキンキンと響く高飛車たかびしゃな声。


「あれ、どうしたんですか? ああ、紹介します。女神アナネムさんです」

『実は、ゲーム機に……二人プレイ用2Pのもう一つのコントローラーに、。これを使えば、ゲーム内の皆様にわたくしの言葉を届けられますわ!』


 ルルはぽかんとまばたきを繰り返していた。

 エルベはエルベで、女神アナネムの名を聞くや跪いた。まるで先程のサイジやルルのようである。

 アナネムの声は、サイジの持つエクスマキナーから響いていた。

 そして、サイジはサイジでどうでもいいことに驚いてしまった。


「この神ゲー、レゲーレトロゲームだったんだ? え、ちょっと待って、アナネムさんって8bitビットマシンでこれを遊んでるの? それ、僕の母さんが子供の頃に売ってたやつじゃ」

『難しいことはわかりませんわ! けど、改めてルル、エルベ、そしてサイジ。わたくしは女神アナネムです。打倒魔王の旅、この世界の未来を三人にたくしますの!』


 やばい真実を知ってしまった。

 もしかしたら、天界なりなんなりにいるアナネムからは、サイジたちはドット絵のキャラクターに見えているのかもしれない。BGMだって、FM音源以下のピコペコ音な可能性がある。

 だが、そんなことは瞬時にどうでもよくなった。

 突如、背筋を走る悪寒おかん

 ガチ対戦の時に感じる緊張感が、殺意をともない飛来してくるのがサイジには見えたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る