第4話「草、草 お薬草ですわ!」

 村を出てみて、サイジは驚いた。

 以前はこんなに、街道かいどう沿いにモンスターなんて出なかったのである。

 今、北へと伸びる道を王都へ向かっている。

 そして、すでに三度目のエンカウントを迎えていた。

 岩陰や茂み、森の中……時には空から、モンスターが襲ってくるのだ。


「辺境の片田舎かたいなかでのんびりなんて、ついこの間までの話ってことか」

「サイジくーん、そっちにいったよー!」

「ああ、任せて」


 前衛ではルルが文字通り身体を張ってくれている。

 肉食獣のようにしなやかな筋肉美が躍動していた。

 扱いの難しい、重くて長い槍斧ハルバードがまるで小枝のようだ。ルルはそれを両手で振るって、突けば牽制、げば一網打尽と大活躍だ。

 今も、オークの群がまとめて谷底へと叩き落された。

 その間隙を縫って、小柄なコボルトたちが攻めてくる。


「小物は僕が……なるほど、見えてきたぞ。課題山積ってことか」


 サイジは背負った大剣をヒュン! と振り抜く。

 聖剣エクスマキナーは、まるで羽毛のように軽い。それでいてカミソリのような切れ味が敵意を両断した。恐るべきにじの切れ味は、熱したバターを切るような感触だ。

 コボルトたちがバタバタと倒れる中、サイジは少し疲れていた。


「……参ったな、召喚された勇者としてのデフォな体力しかないぞ、僕は」

『サイジ、大きいのが来ますわ! ルルでも手こずりそうですの!』

「そういえば、アナネムさん。このゲーム、レベルや経験値の表示がなかったけど」


 今のサイジは、出遅れの勇者だ。

 皆がラスボスと戦ってる時に、最初の村をノコノコ出てきたような感じである。そして、その手には女神アナネムがリセマラしまくって手に入れた、最強の聖剣があった。

 虹閃こうせんの聖剣エクスマキナー……まさに、御都合主義デウス・エクス・マキナ権化ごんげみたいな剣である。

 最強の武器と最弱の勇者。

 冒険者として最低限の運動能力はあるものの、サイジ自身は弱いのだ。


『戦いまくれば、そのバトルで使った要素が上がるみたいですわね』

「つまり、脚を活かして立ち回れば俊敏性が、腕っぷしを意識して戦えば筋力が上がる訳か」

『ですです、ですのっ! つまり、道中の戦闘はキッチリこなしませんとね』

「もとより、キャラ育成に手を抜いたことはないけどね」

『では、そろそろよろしくて?』

「ん、ああ。本腰入れて僕も戦うよ」


 正直、コボルト程度なら戦いにすらならない。

 エクスマキナーで触れられただけで蒸発するんじゃないだろうか。

 けど、戦うならアナネムとの協力が不可欠だ。

 頭上を巨大な影が通過して、一瞬遅れた風圧が叩きつけられる。

 突風の中で、サイジはエクスマキナーを両手で握って掲げた。


『さあ、おログインの時間ですわよ! 変身あそばせっ!』

「はあ、おじいさんのあの防具、もらってこなくて本当によかった」


 光が集ってふわりと広がる。

 その中で、あっという間にサイジの肉体は可憐な美少女へと変身を遂げた。防御力ほぼゼロの普段着、チュニックにズボンだけという姿でも、自分のまばゆさがわかる。

 変身の光が収まっても、サイジは女体化した自分が輝いてるような気がした。


「でも、ちょっと胸が重い。肩がる。それに、お腹周りとかどうなのこれ」

『ちょっと、サイジ! いいから戦ってくださいな! それとも……わたくしがマニュアルで動かしてもよくてよ?』

「これは失礼、女神様。僕に全てお任せを」


 丁度、少し下がったルルの目の前に翼が舞い降りる。

 激しい羽撃はばたきを広げながら、巨大な竜が舞い降りた。ドラゴン系の下位モンスター、ワイバーンである。下位といっても、その力は竜の眷属けんぞくそのものだ。

 絶叫ですさぶ、その咆哮ほうこうだけでビリビリと全身が痺れた。


「ルル、僕に任せて」

「あっ、サイジくん! また、おんなのこになってる!?」


 ルルの横に並ぶと、やっぱりアナネムは小柄な女の子だった。

 だが、この状態では女神の能力をフルで使うことができる。しかも、あのレバガチャしてるだけみたいな操作じゃなく、サイジ自身が操るゲームキャラとしてだ。

 両手でエクスマキナーを構えるや、サイジは地を蹴った。


「スキルを試す、藍色あいいろのっ」

『【藍なす夢幻連成コスモ・チェインアーツ】ですわっ! おコスモ、燃やしなさって!』

「それ、知らない世代です。すみません」

『あらやだ、オホホホ! わ、わたくしもジャンプ黄金世代じゃなくてよ』


 などと軽口を叩き合いつつ、サイジはワイバーンのふところに飛び込む。

 ワイバーンは天地に裂けた大きな口から、火球を連続で吐き出してきた。

 しかし、当たらない。普段の姿ならいざしらず、このアナネムの肉体を操るサイジは無敵だ。そして、その手には至高にして究極の聖剣が握られている。


「コンボで決める。まあ、初撃で死ぬんだけどね」

『なら、手加減でしてよ!』

「そゆこと。アナネムさんの怪力を抑えて」

『わたくし、そんなに筋肉ダルマじゃありませんわ! ド訂正あそばせ!』


 右に左にと、火球を避ける。

 背後でルルの悲鳴が響いたが、そのままサイジは加速して駆け抜けた。

 ワイバーンの爪と牙が降ってくる。

 その内側に肉薄するや、脇をすり抜けるようにして剣を薙いだ。払い抜けて、ワイバーンの出血を待たずに振り向き様の斬撃、そしてフィニッシュの打ち上げ。

 怪獣かよ、という巨体が宙に浮いて、断末魔だんまつまの叫びが鳴り響いた。


「わっ、すごーい! サイジくん、つよいつよいっ!」

「ふう……3Hitヒットコンボってとこか」


 実際、光の文字でコンボ数とスコアが浮かんでいた。

 激震とともに大地に落ちて、ワイバーンの死体がゆっくりと消えてゆく。

 なるほど、ここが神々のゲームなんだと思い知らされる演出だった。

 そして、頭の中でアナネムがくちびるを尖らせる。


『もっと全力で叩き込めば、20や30くらいは稼げたのではなくて?』

「いや、三発目を叩き込んだ時には死んでましたよ。まあ、浮いたんで……執拗に空中コンボで斬りつければヒット数は稼げるんでしょうけど」

『サイジ、【紫だちたる創生昇華ノーブル・ジェネシス】のスキルをお忘れかしら?』

「スコアを稼げばエクステンド、1UPワンアップするってやつですよね。ま、それはおいおい」


 サイジはあくまで、勇者である前にゲーマーでありたいと思っている。それだけが、現実の日本で生きていた自分を支えてくれたからだ。

 笑わば笑えとも思うし、笑われても気にしない。

 最後にはみんなで笑顔になれるような、そんなゲーマーを目指しているのだ。

 ゲーマーであることは、サイジには生き方、生き甲斐。

 だから、俗に言う『死体蹴り』はやらない。

 もう死んだキャラを執拗に殴る蹴るするような戦いはつつしんでいるのだ。


「……少し、強くなった気がしますね。あとでステータスを確認しないと」

『まあ、元が元ですもの。こういうの、よくある特訓のおシチュですわ。強い敵と戦う程、そして苦戦して瀕死になる程、能力がパワーアップしますもの!』

「結構それ、古い概念っぽく感じますけど。さて、と」


 変身が解けて、いつもの姿に戻った。

 元のこの肉体も、今のバトルの結果をちゃんと受け止めてくれてる気がした。

 だから、いつかこの恥ずかしい変身をしなくても戦えるかもしれない。

 そもそも、エクスマキナーがあれば鎧袖一触がいしゅういっしょく、触れる全ては細切こまぎれになる。でも、常に自分が先手を取れる訳ではないし、スピードや手数の勝負になることだってあるだろう。

 そんなことを考えていると、背後からルルが抱き着いてくる。


「みてみてっ、サイジくんっ! いまのワイバーン、たからばこおとしたよー」

「そりゃ、ついてるな。僕だって幸運はありがたい。……ドロップ率とか気になるけどね」

「なんだろー、あけてみるねっ! ちょっとまってて」


 すかさずサイジは、セーブのスキルを使って今の状況を保存する。

 そして、ルルは小脇に抱えてた宝箱を置くと、正座して向き合い蓋を開いた。


「わわっ、これは、えっとー、くさ! やくそう、だねっ」


 すぐにサイジは、再びエクスマキナーのスキルでロードした。一瞬前に戻すと、まるでワープしたみたいにセーブした瞬間が再生された。

 やっぱり、先程と同じポーズでルルが宝箱を開封する。


「わわっ、これは、えっとー、くさ!」


 ロード。


「わわっ、これは、えっとー、くさ!」


 またロード。


「わわっ、これは、えっとー」


 ロード、ロード、ロード。

 そして、思った。

 宝箱の中身、もしやランダムの可能性も微レ存ちょいアリなのでは?

 ならば、初めて試す緑のスキルだ。

 脳裏に新緑のイメージを広げて、調

 すると突然、宝箱を開ける前のルルがピン! と立ち上がった。


「あ、あれれ? わたし、身体が勝手に」


 そして、何故なぜかその場でスクワット。これ以上身体を鍛えたら、健康優良児けんこうゆうりょうじが本当にメスゴリラになってしまうのでは、そう思ったがサイジは黙って見てた。


「もういいよ、ルル。宝箱、開けてみて」

「う、うん。なんだろ、いまの……」

「乱数調整。一見して無意味な行動が、何らかの乱数と連動してることがあるんだ」

「むー、なんだかむつかしーはなし。でもっ、あけるねっ!」


 宝箱から今度は、小さな薬瓶くすりびんが出てきた。少なくとも、先程の薬草よりはレアリティの高いアイテムに見える。それを嬉しそうにルルが両手で持ってくるので、彼女にプレゼントすることにした。

 ステータスをUPアップさせるタイプのポーションだと、頭の中でアナネムが教えてくれるのだった。

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