第26話 エピローグ編⑥ 急いだ方がよい

--------------カウントダウン 残り8日--------------


【AM 7:00】



目が覚めてキッチンへ行くと大人組5人はもう起きていた。


「華ちゃん、お風呂入っちゃいなさい」

「次いつ入れるかわからないから、頭のてっぺんかた足の先まで念入りに洗った方がいいぞ」


お父さんがニヤニヤしながら言った。


「お父さんセクハラー」

「え?これセクハラか?」

「言い方がセクハラね」

「ええ」


お母さんと真由香おばさんに責められるお父さんを横目にお風呂場に向かった。

言い方(と顔)はともかく、確かにもっともだ。

車で移動し始めたらお風呂に入るのは厳しいかも。

白い穴に飛び込んで異世界に行ったらもっと厳しいかも。

そう思い、今までにないくらい本当に真剣に全身を洗い、バスタブにゆっくりと浸かった。



「おぉ〜い、華ぁ、まだかー?」


お姉ちゃんに急かされるまで浸かってた。

ちょっとふやけた。


私と入れ替わりにお姉ちゃんがお風呂に入った。

私はキッチンへ行きカルピルを作る。

『風呂上がりは冷えたカルピル』派だ。


ゴクゴク…「プッハァァ」とカルピルを飲みながらふと思う。

あっちの世界にカルピルあるかな…。

瓶に貼られた紙の賞味期限を見るとあと半年か。


「華ちゃん、カルピルは開封したら2ヶ月くらいよ。持ってくなら未開封のにしなさい。1年くらいは持つはずだから」


お母さんに心を読まれた。

お母さんがキッチンの床下収納からカルピルを2本出して持ってきた。

カノちゃんとこのバスに積んでもらう荷物が洋間にあるから、そのバッグに入れるように言われた。

洋間に行くと空気を吸われてペタンコになった元羽毛布団の包みや毛布、膨らんだお父さんの大きなボストンバッグがあった。

ボストンバッグを開けてカルピルの瓶を入れた。

ちなみに瓶と言ってが最近はプラスチック容器なので、割れる心配はない。



お姉ちゃんがお風呂に入ってる間に京子おばあちゃんや俊くん達も起きて来た。

持って行けない食材を使い切る勢いで今朝のご飯も豪華バージョンだった。



ティラララーンティラララーン

リーンリーン シャララタララララ〜

ピロリロピロリロ トゥルルルルトゥルルルル

ピピピピピ ブルルブルルブルル


ご飯を食べていたら皆んなのスマホが同時に鳴った。

さっそく昨夜お姉ちゃんが作ったグループLAINEにメッセージが入った。

開くとカノちゃんとこのおじさんからで、「今から荷物取りに行くけどいいか?」との確認だった。

まだうちに居る事と、先にうちの布団を積んで欲しいとお母さんが入力した。


程なくしてカノちゃんちの大型バスがうちの横の空き地に到着した。

洋間に置いてあった布団と荷物をバスの2階に運び込んで、健人叔父さんと真由香さんはそのバスに一緒に乗り込んで帰っていった。

京子おばあちゃんと俊くん達はうちでお留守番だ。


少しして、健人叔父さん達は自分ちの大型ワゴン車で戻ってきた。

叔父さんちがいくらうちから近いとは言え、一緒いた方が何かと良いのではと、さっきLAINEで話がまとまったのだ。

そのまま出発まで叔父さん一家はうちにいる事になった。

真由香おばさんちの冷蔵庫の食材も持って来たので、出発まではずっと豪華メシが続くと思える。


カノちゃんちのおじさんは次にリノちゃんちに行くと言って去ったそうだ。

空き地に並べた2台の大型ワゴン車。

左側のうちの方は後部座席にパンパンに荷物が入ってる。

右側の健人叔父さんの車は後部が車椅子が入るように改造された車だ。

車椅子とベビーカーが積んである。隙間に荷物だ。


「花音ちゃんちのバスに荷物積んでもらえて本当に助かったわぁ」


真由香おばさんがワゴン車の後部を除きながら言った。


「子供達の荷物も多かったけどそれも全部積んでもらえて良かったぁ」


「2歳と5歳じゃ減らせない物ばかりよね」


なんて話しながら家に入った。

お姉ちゃんは相変わらずパソコンとタブレットとスマホを叩いている。

お姉ちゃんの腕が2本以上あるように見える…。


「みんな、LAINEは常に開いておいて。それからスマホは出来るだけ常に充電しながら使うようにして。今ならまだ電気来てるから」


高速で手を動かしながら私達に指示も出す。

お姉ちゃんがいてくれて良かった。

リビングのテレビは付けっぱなしだが同じような内容のニュースが流れ続けていた。

昨日俊くん達が泊まった客間にもテレビがあるから、真由香おばさんは家から持ってきたふたりのお気に入りのDVDをかけてあげた。

京子おばあちゃんはその客間でスマホを充電しながら子守をしていた。


お母さんと真由香おばさんはキッチンで(また豪華な食事か?を)作りながら、空いてるコンセントにスマホを繋げて充電していた。



リノちゃんのお母さんからLAINEに書き込みがあった。


【リ母】おはよう 千紗稀ちゃん 穴情報はどんな感じ?


【チサ】この近辺はまだだな

【チサ】日本全国は相変わらずチラホラ出現してる

【チサ】正確な情報かわかんけど

【チサ】穴の滞在時間がかなり短くなってる


「どう言う事だ」


お父さんが思わずお姉ちゃんに聞いた。


「お父さん、面倒でもちゃんと書き込んで。他の人がわからないじゃない」

「あ、ごめんごめん」


【父 】それはどういう事ですか


お父さん…何で丁寧語なの…LAINE初心者じゃあるまいに。


【チサ】ちょっと前までは

【チサ】穴が消えるまでの時間[穴の滞在時間]は

【チサ】最短で1時間から最長で2週間かな ランダムだけど結構長いのが多かった

【チサ】それが昨日から上がってくる穴情報がほぼ1時間以内で消えてる


【リノ】短か!

【リ母】1時間なんて、発見される前に消えちゃうじゃない


【チサ】そう だから穴情報が上がり辛くなってる

【チサ】本当はもっと穴が出現してるのかもだけど


【カ父】それは厳しいな

【ソウ】お父さん何で厳しいの?


【チサ】たどり着く前に穴が消える


【カ父】かなり近場で見つからない限り穴までたどり着けないぞ


【チサ】そう だから県内と市内にも穴情報サイトを増やした

【チサ】だから見つかったら即出発になる

【チサ】出発準備万全にしてて


【カ母】わかったわ

【リ母】はい

【カ父】おう 不要の外出は禁止だな


【マユ】うちは今華ちゃんとこに合流してるわ

【カ母】莉乃ちゃんとお母さん、うちに合流しない?

【カノ】そうだよ リノちゃんうちに来なよ

【カ父】そうだな、一緒に行動してた方がいいな

【リ母】ありがとうございます そうさせてください

【リ母】やはりふたりだとちょっと不安だし

【リノ】カノちゃんありがとう!行く行く


【父 】それがいいな

【リ母】じゃ今から車で伺いますね

【カノ】リノちゃんリノママ 待ってるね



それにしても穴の時間がそんなに短くなってたなんて!

テレビでは何も言ってないのに。


お父さん、お母さん、健人叔父さんがパソコンを開く。

3人は仕事でパソコンを使ってたからマイパソコンを持っていた。

テレビで流れない情報を調べているようだ。


「なるほど、朝見つけた穴が数時間後にはもう無くなってたって書き込みが目立つな」

「SNSでも画像が上がってるわ」

「トウイッターやユートーブも穴系がやたら多いな」

「日本人ってヒマなの? もうすぐ終末なのに?」


真由香おばさんはちょっと変な顔をした。

お姉ちゃんが真由香おばさんの方を向いてニヒルな笑い方をした。

いや、一歩間違えば「イヒヒ」って感じだが。


「いや、日本人はある意味凄いよ。もうすぐ世界が崩壊するのに相変わらずな日常を続ける人が多い。海外は酷い状態だよ。彗星で崩壊する前に人間によって国が崩壊しかけてる。某国とか隣国とかC国とか荒れに荒れまくり」


「そうなの? でもどうしょうもないんだから仕方ないじゃない?」

「そうよね、暴れても世界は終わるんだし、ね?」

「そうだよな。まぁ俺たちは穴に行くけどな」



ティロロン

スマホ見るとカノちゃんのお父さんからLAINEに書き込みがあった。


【カ父】国道や高速が渋滞を始めたみたいだ

【カ父】テレビで家族で最後を迎えようって流れてるだろ


【父 】帰省する人が増えているのか


【カ父】ああ 都心から地方へ向かう道路はかなりの渋滞らしい

【カ父】穴へ移動する時は出来るだけ下の道を通ろう


【チサ】なるほど だから国道や県道沿いの穴情報がポチポチ出てる

【チサ】市内の穴情報を掴んだらすぐ移動開始するけど

【チサ】間に合わない時は移動しながら穴情報を待つ事になる


【母 】あらじゃあお弁当作っておいた方がいいわね

【カ母】そうね 作っておくわ





【PM 7:00】



お母さんと真由香おばさんの作ったお弁当を皆んなで食べる。

お姉ちゃんは相変わらずパソコンに掛かりっきりだ。

左手に持ったおにぎりを頬張りつつ右手で鬼連打してる。

おにぎりの具が梅干しだったのか、顔をしかめた。


「まずいな、これ…」


お弁当を食べていた皆んなの手が止まる。

おにぎり不味かったの?


お姉ちゃんはパソコンからスマホにスライドして書き込み始めた。


【チサ】まずい事が発覚した

【チサ】ちょっと文字打つより口で説明するから

【チサ】LAINEのビデオチャットタップして


そう言うとお姉ちゃんはスマホ持って話し始めた。


「カノ家、チノ家、皆んな聞いてるかな」


スマホから『ハイ』とか『おう』とか音声が聞こえた。


「ちょっとマズイ事になりそう。穴情報を集計してわかったんだけど、国内の穴は複数が同時には起きなくなったみたい」


『え…?』『どう言う事?』


「穴は常に国内で1箇所のみ、1時間毎に日本のどこか1箇所に出現してるみたい。つまり、24時間で24箇所。日本は47都道府県あるから、もし夜間にうちの県に出現したら次は48時間後になる」


『なんだって!』

『マズイな』

『彗星衝突まであと3回県内に出れば良い方って事か!』

『いや、最後の1回は移動は難しいかも知れない』

『じゃあ、あと2回しかチャンスがないって事ぉ?』

『しかも県で1箇所って、ここ県北だから県南に出ちゃったら1時間じゃ行けないじゃない』


大人達の慌てようは凄かった。

もちろん私も内心かなり焦っていた。

このままお兄ちゃんに会えないなんて嫌だよ。

絶対、白い穴の先の世界に行くんだから!

私はお姉ちゃんを見た。

お姉ちゃんは苦い薬を噛んじゃった顔をしてた。



「穴情報の全てを入手してるわけじゃないから確実な情報ではないけど、概ねそんなとこ。あと2回を逃さないよ」


『けど次どこかはわからないのよね』

『しかもどの市に出るかも不明でしょ?』


「それがねぇ 今ある情報だけで出した結果なんで確実とは言えないんだけど、ちょっと面白い事もわかった。穴が出現したのって各県で人口が多い市だった。だからこの県で次に出る市は解る。ここは県内では結構田舎だから、早めに出発してその市内で待ち伏せよう」


『人口順?』『そうなの?』


「穴が出現する県も人口の多い県順のようだ」


お父さんがパソコンで何かを検索している。

お母さん、健人叔父さん、真由香おばさんが覗き込んでいた。


『うちの県の人口は全国で29位』

『そうなの?』

『本当だ』


リノちゃんママも調べてたみたいだ。


『さっき徳島で穴情報が上がってた』


『徳島…徳島…38位だわ』

『ってことは次にうちの県が回ってくるのに…』


『38時間ってとこかな』


ええ…てぇと次にうつの県回ってくるのは…えと、今19:28で、それに38足すと…えと、えとえと、


『明後日の9時過ぎか』

「絶対じゃないけどね、おそらくって話」

『良かった、とりあえず移動に1日は猶予が貰えるな』


『県内では次はどこなんだ?』


「いつからその法則が始まったのか不明だけど、県内で一番新しい穴情報は鈴鹿市なのよ。だから次に賭けるとしたら松坂市、だと思う」


『なるほど』

『じゃあ松坂市に向けて出発しよう』


『道が混んでるとしても松坂市なら明日の早朝に出ても十分間に合うか』

『そうね、荷物の最終チェックもしたいしお風呂も入っちゃいましょう』

『そうだな。千紗稀ちゃん、それでも大丈夫か?』


「うん、そうしよう。明日6:00に合流しよう」


『わかった』『おう』『お疲れさま』『みんな忘れ物しないようにね』『そうね、取りに帰れないからね』『はーい』



口々に挨拶をしてLAINEのビデオチャットから抜けて行く。

お母さんと真由香おばさんは明日のお弁当の仕込みにキッチンへ行った。

お父さん達は交代でお風呂だ。

昨日は寝ちゃってお風呂に入らなかった俊くんと美優ちゃんも健人叔父さんが一緒にお風呂に入れていた。

京子おばあちゃんはそのあと真由香さんと一緒に入っていた。


「明日の朝は入れないんだから今夜入りなさいよ」


とお母さんに言われて私もお姉ちゃんもお風呂に入った。

今朝入ったから、1日2回入った事になる。

磨きすぎてちょっとヒリヒリするよ。


お母さんがお風呂に入る頃には日を跨いでいた。





--------------地球滅亡まであと7日 【AM 2:00】--------------

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