最終章《4》


高橋さんと別れて再び走り出した時にはもう時間はだいぶ押していた。


「あれ?佐藤じゃん。


何してんの?」


と、そこでそう声をかけてきたのは小城だ。


「あ……小城、沢辺を見なかったか?」


「え?あー………最初ら辺に水木と一緒に居るのは見たんだけど…。」


「そっか…ならやっぱ二人で屋上に行ったんだろうな。」


本当は分かっていたのだ。


何処かで体育祭の時のようになる事を恐れてその選択肢を消していたのだ。


偶然会えたらな、なんて期待してたんだ。


「どうするか、決めたのか?」


「あぁ、やっぱりちゃんと自分の気持ちを伝えるよ。」


でもそれじゃ駄目だ。


今度こそ覚悟を決めないと。


「そっか、じゃあ一応聞くけどそれって誰の為だ?」


聞かれて一呼吸空けてから、自信を持って答える。


「あいつの為に。


ちゃんとケジメをつけてくる。」


「…おう!行ってこい!もう逃げんなよ!」


そう言って笑顔で大きく手を振ってくれる。


「ありがとう!」


そのまま慌てて走り出す。



「さて、行ったか。」


走り去る佐藤を見送りながら、何処か複雑な心境に陥ってる自分に気付く。


あぁ、だから自分は勝てなかったんだな、と。


上手くいってほしいと思う。


でも同時にいかないでほしいとも。


そんな気持ちに蓋をして、無理矢理笑って送り出した事を後悔しそうにもなる。


…いや。


だからこそ、ちゃんと見届けよう。


これで良かったんだと思えるように。


さて、俺は俺に出来る事をするか。


「小城…ちょっと良い?」


そう思い階段を登りかけたところで、急に背後から呼び止められる。


振り向くと藤枝が立っていた。


「ちょっと、相談があるんだけど…。」


「そっか、行く場所は多分一緒だろ?


歩きながら聞くよ。」


「ありがとう。」


そのまま並んで歩き出す。



屋上に差し掛かった時、見知った顔が屋上から出てくるのが見えた。


「お前…何しに来たんじゃ?」


そう言ってあの日のように明らかな敵意で俺を睨むのは水木。


「お前と…その。


戦いに来た。」


それに一瞬気圧されそうにもなるが、落ち着いてそう告げる。


「…は?何を言うとるんじゃ…?」


いかにも拍子抜けしたと言う感じの表情だ。


「俺も、あいつに自分の気持ちを伝えるよ。」


「なっ…!勝手な事言いやがって!お前のせいでどれだけあいつが苦しんだと思うとるんじゃ!?」


一転してそれが剣幕の表情に変わる。


「分かってるよ…。


自分がどんなに優柔不断で見栄っ張りで、おまけに臆病で…自分勝手で。


相手の事をどう思ってるのかも自分で分からないような馬鹿だって事くらい。


でもそのせいで傷付けたからこそ、ちゃんと伝えたいんだ。


じゃないと美波が苦しんだ事だって全部無駄になる。


だからお前と戦う。」


「いや……そもそも…お前なんかがワシに勝てると本気で思うとるんか!?ニ年ちょっとの付き合いのお前が、十年以上の付き合いのワシに!」


胸ぐらを掴まれる。


でもそれで怯んでなんかいられない。


「正直言えばさ、自信は無いよ。


実際お前の方が美波に相応しいんじゃないかって思ったりもした。


だからお前が告白したのを見て、その方があいつは幸せだろうからって諦めようとも思った。」


「なら…なんで?」


「でも…本当はさ、勝ち負けじゃなかったんだよな。


どんな結果に終わっても俺はあいつにちゃんと言わなきゃいけない。


これは俺自身があいつの為にしてやれる唯一のケジメだって思うから。


だからその先に選ばれるのがお前でも別に良い。


その時は二人の幸せを願う。」


結局そこなのだ。


勝ち負けにこだわるのは負けたくないから。


負けたくないのはそれで傷付くのが怖いから。


そうじゃないんだ。


本当の意味であいつの幸せを願うのなら、ちゃんとあいつの幸せはあいつに決めさせてやるべきだ。


その為に必要なら背中だって押す。


それが、これまで傷付けてきた彼女に対して俺が出来る唯一のケジメだと思ったのだ。


「な…なんじゃそれ…?好きにせぇや!」


そう言って突き離される。


「あぁ、行ってくる。」


そっぽを向く水木に一声かけて、屋上の扉を開いた。



戦いに来た…か。


ワシはあいつを絶対に認めんつもりじゃった。


今さっきだって本当は絶対に行かせたるもんかと思うとったのに。


だって認められる筈がないじゃないか。


ワシはずっと…あいつよりもずっと長い期間、美波の事だけを見てきとったのに。


そんなワシに出来ない事をたった数ヶ月で成し遂げてしまうような存在。


そんなの認められる訳ないじゃないか。


しかもそれが出来たと言うのに、たった一年で終わらせてしまいやがって。


美波を悲しませやがって。


そんなの許せる訳がないじゃないか。


なんなんじゃ……?ワシとあいつの間にあるこの差は。


分からん。


どうして自分があいつには勝てんかったのか。


ワシには何が足らんかったんか。


苛立ちながら思い返す。


数十分程前の事。


俺は美波と二人で屋上に居ったのだ。


あの日の返事を聞く為に。


文化祭を一緒に回って、その後の花火を一緒に見よう。


ジンクスの事は知っとったし、そのタイミングを狙って答えを聞こうと思うたから美波を屋上に連れ出した。


「なぁ、美波。」


「…うん。」


「そろそろ、告白の返事を聞かせてくれんか?」


美波も、こうなる事を何となく察しとったらしい。


少し考え込んでから、ゆっくりと語りだす。


「えっと…稔から告白されてまずびっくりした。


今までそんな風に想うてくれとったなんて思わんかったし、じゃけぇあんな風に想いを伝えてくれた事がすごく嬉しかった。」


少なくとも嫌がっとらんと言うのが分かり、ひとまず安堵する。


「でも!」


と、そう思っていられたのは束の間だった。


「沢山考えたけど…ごめん。


稔とは付き合えん。


そうする自分をウチが許せんの…。」


「なんじゃそれ…?」


「ウチね、体育祭の日に告白されて一緒に帰っとる時からずっと申し訳ないなって思うとった。


無意識の内に稔の事をあいつの代わりにしとったんじゃなぁって。


そんな自分が許せんかったの。


稔は…ウチにとって大事な幼馴染なのに。」


「美波…俺はそれでも…!」


叫ぶと、美波は小さく首を横に振った。


「稔は優しいから…それでもえぇって言うてくれるんよね…?」


「っ…!?」


「でも、いけんのんよ…。


やっぱりウチはそんな自分を許せんから。


あのね、ほんまは知っとったんじゃ。


稔があいつを転けさせた事。」


「…気付いとったんか…。」


「ごめん、怖くてあの時は言い出せんかった。


でもそれをずっと後悔しとった。


告白される前から稔があいつの事を良く思うてなかったんは知っとったし、だからウチの為にしたんかもって思うと責める気になれんかった…。」


「…ごめん。」


「稔がそれだけウチの事を思うてくれとったんは最初に言った通り嬉しいんよ。


これはほんま。


じゃけどそのせいで稔にそんなを事させてしもうた。


じゃけぇ…ごめん。」


「なんで謝るんじゃ…!?それは別にお前のせいじゃないじゃろうが!」


「ありがとう。


でもやっぱウチが稔の気持ちに自分で気付いてちゃんと向き合うとったら多分こんな風にはならんかったと思うんよ。」


「っ…!?」


「それにね、結局ウチはまだあいつとの事を完全に忘れられとらんの。


じゃけぇ稔をあいつの代わりにしてしもうとったんじゃと思う。


いくら稔がそれを許してくれても、やっぱり駄目なんよ。


こんな気持ちで…稔の気持ちに応えるなんてウチには出来ん!」


そう叫ぶ声の力強さから、その意思の強さが嫌でも伝わってくる。


それに俺は何も返せんかった。


「ありがとう…。


それとごめんなさい…。」


そう言って深々と頭を下げてくる。


「…分かった。」


そう返してから、一人で屋上を出た。


直後に扉の向こうから、泣き声が聞こえてくる。


全く…強がりなんは相変わらずじゃ。


本当は涙脆い癖に、いつも悲しい時は人前では絶対に泣こうとせん。


本当ならこんな時にこそ、一緒に泣いてやりたかった。


隣で元気付けてやりたかった。


そう思うと俺まで泣きとうなる。


ははは…強がりなんはワシも一緒か……。


でも、佐藤の姿が見えたから堪えた。


そして佐藤が屋上に入って行った後。


一人階段を降りとると、珍しい組み合わせの二人が待っとった。


小城と藤枝じゃった。





稔が待っとる屋上に着く。


泣いちゃ駄目じゃ。


稔に涙は見せられん。


無理に笑顔を作ってから扉を開いた。


「ごめん!遅くなった!」


努めて明るく言うと、稔がこちらに気付く。


「おう、ちゃんと来てくれたんじゃな。」


「…うん。」


「そろそろ告白の返事を聞かせてくれんか?」


そう言う表情は真剣じゃった。


「うん…。」


多分稔は優しいから。


きっと大事にしてくれる。


きっとこんなめんどくさいウチでも受け入れてくれるんじゃろうなと思う。


でも稔がウチの全部を受け入れてくれたとしても、ウチが稔の気持ちを受け入れる事が出来ん。


「ごめんなさい、それとありがとう。」


じゃけぇ答えはもう決まっとった。


それから稔が去った後。


一人で泣いた。


声も出して思いっ切り泣いた。


稔の気持ちに応えられん辛さ。


きっと報われんじゃろう、自分の気持ちに気付いてしまった辛さ。


とっさに一人になったような寂しさが止めどなく押し寄せてきて、涙になって溢れ出る。


今年は一人で花火を見よう。


そうして今度こそ全部忘れよう。


いつか精一杯心から笑えるまでその思い出を大切に胸にしまっとこう。


そう誓ってぼんやりと空を見上げた。




「…なんじゃ? 珍しいなお前ら。」


「あいつは行ったんだろ?」


俺の質問に答えんと小城はそう聞いてくる。


「あぁ…ワシと戦いに来たんじゃ言うとったな。」


「そっか。


なぁ、お前が負けた理由ってなんだと思う?」


「なっ…!?」


「俺もさ、フラれて相手に自分より好きな奴がいるからって言われた時は悔しくてたまらなかった。


その為にした努力を全部否定されたみたいで。


でもさ、今ならなんとなく分かるんだ。


気持ちが伝わらなかった理由が。


結局あの時の俺はさ、勝ちにこだわり過ぎてたから負けたんじゃないかって。」


「なんじゃそれ…。


意味分からんわ。」


「考えてもみろよ。


お前が沢辺を好きだからした事は、全部が全部沢辺の為にした事じゃないだろ?


そりゃ好きだからした事ではあるんだろうけど。」


言われて何も言い返せなかった。


確かにあいつを傷付けたのはワシだって同じだ。


彼氏が出来た美波を強引に突き放したのは、自分が辛いからで美波の意思じゃない。


佐藤を転ばせた事だって美波の為じゃなくてワシの個人的な怒りだ。


だからあいつのせいじゃない。


なのにワシは美波に自分のせいだと思わせてしまった。


「美波、水木と話せなくなって本当に春樹と付き合うて良かったんかなってずっと悩んでたんだよ?


だから私は好きになったんだし自信持ちなよって励ましてたんだけど…。


でもやっぱり稔と話せんくなるなんて嫌じゃって、辛そうにしてたの。


勿論、水木の気持ちも分かるよ…。


二人の事、中学の時からずっと見てきたし…。


分かってたからこそ、今まで美波のそんな気持ちをどうしても水木には伝えられなかった。


でも…もしちゃんと伝えられてたら、少しでも美波の悲しみを減らしてあげられてたのかなって…ずっと後悔してた。」


そう言う藤枝の表情はとても心苦しそうで、説得力と共にどれだけ後悔していたのかがありありと伝わってくる。


「なぁ、沢辺にとって一番辛いのは、お前と話せなくなる事なんじゃないのか?


お前と佐藤が張り合う事なんて望んでないし、むしろ仲良くしてほしかったんだと思うぞ?


お前も、そして俺も。


結局相手の事よりも自分の事しか考えてなかった。


相手が出した答えを受け入れようともしないで、一方的に自分の答えを押し付けようとしてただけだった。


恋愛って自己満足じゃないんだよ。


二人でするからこそ初めて成り立つ物なんだ。


あの時の俺はそんな単純な事にさえ気付けなかった。


だから負けたんだよ。」


「じゃけど!ならあいつも…!」


「…確かに道を間違えたのはあいつも同じだけどさ、遠回りしてもあいつはちゃんとその答えを見付けたぞ。


今のあいつは、どんな結果でも沢辺の答えを受け入れるつもりでいる。


心から沢辺の為に、沢辺の幸せを願ってる。


お前はどうするんだ?」


そう小城に聞かれてさっき堪えとった涙が溢れた。


「くそ…!」


あまりにも自分が情けない。


結局最初から最後まで負けっぱなしじゃないか。


この悔しさは絶対に忘れん。


強く胸に刻み込んだ。



「美波!」


屋上の扉を開けて中に入ると、一年前のあの場所、入って突き当たりにあるフェンス前で美波は一人空を見上げていた。


「…なんで来たん。」


声に気付くと、美波は顔だけこちらに向けてそう言ってくる。


あの日のように問いかけるのではなく、吐き捨てるかのように。


「せいせいするって言うとった癖に。」


「それは…ごめん。」


あの時と同じだ。


そうして謝ると、ため息を吐かれる。


「この際じゃけぇ言うけど…ウチは別に謝ってほしい訳じゃないんよ。


あなたは別にウチじゃなくてもえぇんじゃろ?それなら…」


確かにあの時はそうだったのかもしれない。


でも今は違う。


だから自信を持ってこの言葉だって言えるんだ。


「そんな事ない!!」


そうはっきり言い切ってみせると、美波は黙って一度肩を震わせる。


「ほら、今度はちゃんと断言出来ただろ?」


そのまま笑って見せると、そっぽを向かれた。


「意味分からんし…。」


「俺さ、別れてから感じてるこの気持ちの名前をこれまでずっと考えてたんだ。」


返事はない。


聞いてるかどうかは分からないけど、構わず続ける。


「でも、どれだけ考えても結局答えは分からなかった。」


「なんそれ…結局分からんかったんじゃん。」


「いや、違うって。


本当は分からなかったんじゃないんだ。


素直にそうだって認められなかっただけなんだよ。


一緒に居る事を無意識の内に勝手に当たり前だなんて思ってた。


でも別れてみて、俺の毎日がどれだけ美波のおかげで幸せになっていたのかを深く思い知らされた。


毎日当たり前のように二人で食べてた弁当も、隣を歩いていた日々も、一緒にゲームしたり、ライブに行ったりして過ごした時間も、全部美波が傍に居てくれたから出来たんだって。


それを、こうして別れた後になってすごく思い知らされた。


それが幸せだったって思える理由も今なら分かる。


そんなの、どんなに考えたって答えが分かる筈なかったんだよ。


だって答えはいつでも自分の中にあったんだから。


今なら自信を持って言える。


すごく遠回りしたけど。


俺は美波の事が好きだ。」


「何言うとるんよ…馬鹿!」


そう言って再び振り向いた美波は泣いていた。


「うん。」


「そんな大事な事…気付くのにどんだけ時間かけとるんよ…!?


このアホ!のろま!グズ!…………………馬鹿ぁ……。」


「うん、うん。」


ぽかぽかと何度も肩を叩かれる。


そんな美波を、ただじっと見ていた。


よそ見をせず、今度こそ真っ直ぐに。


「馬鹿みたいじゃって思うてた…。


ウチだけこんなに考えて…こんなに苦しんで…。


だからウチだって本当に好きだったんか分からんくなった!


こんなの、ウチがそうじゃって思うとった恋愛と全然違うんじゃもん。


でも…そう思うてみても気持ちは簡単には変えられんかった。


じゃけぇ、最初は期待もしたんよ。


もし謝ってきたら、もう一度好きって言うてくれたらって。


それなのに…せっかく謝りにきたと思うたら今みたいにそんな事ないって言ってくれんかった…。


じゃけぇもう無理矢理にでも諦めようって思うとったのに!


他の女子と仲良さそうにしとる所を見てモヤモヤしたし!


合宿の時にあんな事されてドキドキが止まらんかったし!


それにその…さっきだって…告白されてる所を見て耐えられんくなって逃げてきたんよ…。」


「見てたのか…。」


「うん…じゃけぇてっきりその告白を受けるんかと思うてた。


ここにはどうせ来んじゃろうし、花火も一人で見ようと思うとったんよ。


それで今度こそちゃんと諦めようって思いよったのに…。」


「…断ったんだ。


俺にも気持ちを伝えたい人がいるからってさ。」


「ふーん、もったいない。」


またそっぽを向いて、今度は皮肉を言ってくる。


思わず笑ってしまう。


「ははは、そうかもな。」


「そこは認めるんじゃ…。」


そっぽを向いたままため息を吐かれた。


「いや、でもどっちにしろその気持ちに応える事はやっぱり出来なかったよ。


だって俺にはこうしてちゃんと気持ちを伝えたい人がいる。


幸せを願いたいし、幸せにしてあげたい人がいる。


大事にしたい人がいる。


もちろんその人だって大事だけどさ、でも心から本気でそうしたいなって思えたのは美波、お前だけなんだよ。」


これだって、本当なら付き合ってた時に気付けていた事なのだ。


誕生日プレゼントを渡した時の笑顔を見て、また見たいしさせたいと思った気持ちもその一つなんだろうなと今なら分かる。


「だからもし美波が水木を選ぶんなら俺は止めない。


それがお前にとっての幸せだって言うんなら精一杯応援する。


だから俺からの告白を聞いてどうするかはお前に任せる。」


そこまで言いきると、真面目に言ったのにまた思いっきりため息を吐かれた。


「そっちこそ稔との事知っとったんじゃね…。」


「悪い、覗くつもりはなかったんだけど……美波が水木に告白されてる所、俺も見てたんだ。」


「ふーん…じゃけぇ稔はあのタイミングで言ってきたんか…。


昔から負けず嫌いじゃったしね。」


「まぁ確かに…。」


「実はウチもさっき断ったんよ。」


「え!?」


じゃあさっきの水木はフラれた後だったのか…。


「ウチにとって稔は大事な幼馴染じゃし、誰かさんの代わりになんてしたくないしね。」


そう言って睨んでくる。


「うっ…。」


「それにしてもずるいなぁ…。


こないだはせいせいするとか言うとった癖に…。」


「いやだからそれはごめんって…。」


うぅ…やっぱり気にしてるんだな…。


反応から思ってる事を察したのかため息を吐かれる。


「しつこいって思う?でもそう言われてすごく悲しかったんよ。」


「うっ…。」


「付き合うとるんよね?って聞いたら当たり前だろって言われたのもショックじゃった。


少なくともウチはそうじゃなかったんじゃけどなぁ…。」


「うぅっ…!」


淡々と、無表情で心を抉ってくる…。


どう思ってそう言ってるのか、表情からは全く分からない。


だからちゃんと聞く事にした。


「でもね、もしどうでもえぇと思うとる人にそんな事言われとってもこんなに悲しくはならんかった。


今だってそう言うてもらえてこんなに嬉しくなんてならんかったなと思う。


ウチもね、今までずっと勘違いじゃって自分に言い聞かせとった。


もしどうでもえぇって思われとるんなら自分もそう思うて諦めようって。


でも…やっとそんな事ないって言うてくれた。


ちゃんと好きって言うてくれた。


そんな風に言われたらさ、こんなの違うなんて今更もう思える訳ないじゃん…。


ウチだってずっと春樹の事が好きなのに…。」


やっと、また名前で呼んでくれた。


あの日のように他人行儀じゃないちゃんとした呼び方で。


それは彼女が改めて俺の事を認めてくれた証なんだろうなと感じた。


と、ここで文化祭終了合図の花火が上がる。


こうしてまた俺達は、一緒に同じ場所に並んで花火を見上げたのだ。


思えば、ここまでとても長い道のりだった。


お互いそれぞれ遠回りしたけど、今はちゃんと自分の気持ちに自信を持って名前を付けられたのだ。


だからこうして、あの日の約束を守る事が出来た。


「あの時の約束、ちゃんと覚えとるんじゃろうね…?


まさか忘れたなんて言わんよね?」


鼻声のままで聞いてくる。


「勿論、来年もまたここで花火を見よう。」


「うん…約束したけぇ…。


今更やっぱ今の無し!なんて言うたらもう絶対許さんけぇね…。」


「言うもんか。」


「ふーん…じゃあ、許す。」


「ははは、ありがとう。」


そう言って、俺達は本当に久しぶりに手を繋いだ。


まるで、あの日この場所で始まり、そして終わった時間を再び繋ぎ直すかのように。

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