最終章《3》


文化祭が始まり、俺は廊下で自分のクラスの前に立って看板片手に宣伝していた。


「パンケーキイカガッスカー。」


「ちょっと!真面目にやりなさいよ!


セリフが棒読み!」


まぁ…とは言え小池さんの怒号も耳に入らないくらいに集中出来てない訳だが。


「イカースカー。」


「略すな!!」


徐々に宣伝も適当になり、小池さんにひっぱたかれる。


でもそこまでされても全くやる気が出そうにない。


「小池さーん!これどうすんのー?」


と、ここで教室内に設えられたカウンターからクラスの女子の声がする。


「あ、ちょっと待って!良い!?真面目にやってよね!?


売れ残りが出たら責任持ってあんたが全部買い取りなさいよ!?」


うん…財布の中身的にもお腹の中身的にもとりあえずそれだけは防ぎたい…。


「パンケーキいかがですかー!美味しいですよー!」


仕方ない、もう少しだけ真面目にやろう。


まぁ、実際何もしてないよりかは全然気楽な訳だが。


「なーにサボってんだ。」


「お前にだけは絶対言われたくない…。」


同じく絶賛サボり中のヤスが看板片手に声をかけてきて、それに皮肉で返す。


「ま、サボりたくなる気持ちも分かるがな。」


「あぁ…。」


「なぁ、文化祭の後花火があるじゃん。」


「あー…あるね。」


「それに、沢辺を誘ってみれば?」


「うーん…………はへ!?」


いくらなんでも突拍子無さ過ぎるだろう…。


そのせいで思わずマヌケな声が出る。


「あれから色々考えたんだが、やっぱりお前は自分の気持ちを伝えた方が良い。」


恨めしく睨んでやると、真剣な表情でそう言ってくる。


「だから…無理だよ。


あんな奴に勝てる訳ないんだって。」


「戦ってもねぇ奴が勝ち負けをどうのこうの言ってんじゃねぇよ。」


「っ…!?」


「水木はちゃんと、伝えたんだろうが。


なのにお前は戦おうともしないで勝手に結果を決め付けてんじゃねーよ。」


何も言い返せなかった。


確かに俺は戦ってない。


でも俺には土俵に上がる勇気も資格も無いのだ。


「あのさ、お前はこれまで一体誰の為に答えを探してきたんだよ?」


誰の為…か。


言われて考える。


結局は自分を保つ為だろう。


自分に言い聞かせる何かが無ければ、そもそも現実を受け入れる事さえ出来ないのだから。


まぁ…それで実際に受け入れられていたのかと言われると、ちっともな訳だが。


もし受け入れられていたのなら、こんなにも思い悩み、苦しむ事も無かったのだろう。


結局それが出来なかったのは、最初にそうだと言い聞かせた勘違いと言う名前以上の何かが自分の中に確かにあったと気付いたからだ。


だからこんなにもほっとけない。


美里さんに言われて気付いたように別れた後になっても無意識に心配したり、別れた後の彼女の些細な変化でさえ気になったり。


そんな風に手離しがたいと思うこの気持ちの名前に、あの日やっと気付けたのだ。


だから伝えようとした。


でも結局それが出来なかった。


「その見付けた答えはさ、勝とうが負けようが沢辺にちゃんと伝えるべきもんなんじゃねぇの?」


「そりゃ…そうだけどさ…。」


「ずっとそうして何もせずにウジウジしてんなら言ってこい。


見ててイライラすんだよ。」


「ヤ、ヤス…。」


言い方は相変わらずきつい。


でも嫌じゃない。


いつも通りな気がして、安心感すらある。


「せめてその見付けた答えを無駄にすんな。


それはこれまで積み重ねてきたもんをお前自信が否定するって事だぞ。」


「だよな…。」


結局俺は自分がこれ以上傷付くのが怖いだけだ。


だから負けた時の事ばかり考えてしまう。


ヤスは言う。


これは勝ち負けじゃないのだと。


勝ち負け関係なく伝えるべき事なのだと。


なら何故伝えるのか?


そう考えた時に一瞬別れた日に初めて見たあいつの泣き顔が浮かぶ。


このまま終わって良いのだろうか?


その方が幸せだと言うのなら、あいつはあの日、何の為に泣いたのか?


他でもない、俺の為だったんじゃないのか?


なのに俺は結局自分の事ばかりだ。


自分があまりにも情けなく思える。


このままじゃ駄目だ。


勝ち負けじゃない。


あいつが俺にしてくれたように、あいつの涙が無駄にならないように。


だから気付けた事を伝えなくちゃいけないんじゃないか。


「まぁ、それでもしフラれたらカラオケぐらいなら付き合ってやるから。」


「…おう!約束だぞ!?」


「あぁ。」


そのまま返事も聞かずに走り出す。


そうして走り出した頃には、もう文化祭が終わる一時間前になっていた。


美波を探して校舎内を当ても無くあちこち探し回る。


あいつ、何処に居るんだろう?また水木と一緒に回ってるんだろうか?


だとしたらやっぱり…。


「いや、駄目だ駄目だ!もう逃げないって決めたばかりじゃないか!」


自分に鞭を打つ意味も込めて走るペースを上げる。


三組の教室。


他の露店。


注意深く見ても何処にも居ない。


「何処に居るんだよ…?」


途方に暮れ、そのまま校舎入り口前の段差に腰掛けて項垂れる。


まさか、もう二人で屋上に?いやいやいや…悪いように考えたら駄目だ。


頬を叩き、再び立ち上がる。


と、そこで。


「佐藤君!」


背後から急に名前を呼ばれる。


「…え?」


振り返ると、背後に高橋さんが立っていた。


急いで来たらしく、息切れしている。


「高橋さん、どうしたの?大丈夫?」


正直最近分かり易く避けられていたから、こんな風に彼女の方から話しかけてきた事が俺からすれば意外な事だった。


「えっと…あの…。」


かと思えば真っ赤な顔で俯きながら、小さな声でぶつぶつ何かを言っている高橋さん。


「…ごめん!今ちょっと急いでて…。」


せっかくまた自分から話しかけてくれたのだから嬉しい気持ちは勿論ある。


聞きたい気持ちも、話したい気持ちも。


でも今はそれどころじゃない。


申し訳ないと思いながらもそう一声かけてから立ち上がってまた走り出そうとすると、急に文化祭Tシャツの袖を掴まれた。


「…待って!」


「た…高橋さん?」


その力は思ったより強く、思わず足を止める。


「えっと……す…好きなの!


……その…佐藤君の…事が!」![1b289479-ae8a-4971-9852-f89d7e47acff](https://img.estar.jp/public/user_upload/1b289479-ae8a-4971-9852-f89d7e47acff.jpg)



「………え?………えぇぇぇぇぇぇぇ!?」


驚き過ぎて思わず声が裏返ってしまった。


え、今なんて言った…?俺の事、好きって言ったのか?高橋さんが…?


言われた事に実感が湧かず、言葉を失う。


そんな俺の反応を見てか見ずか、高橋さんはそのまま言葉を続ける。


「私ね、佐藤君に出逢わなかったらずっと一人のままだった。


今こうして摩耶ちゃんと中川君と友達になれてるのだって佐藤君と友達になったから。


だからこうして私が毎日楽しく過ごしていられるのは、佐藤君のおかげだと思う。


本当にありがとう。」


「そ…そんな、俺は別に…。」


「でも私、これまで気付かなかった。


自分が佐藤君の事を本当はどう思っていたのか。


体育祭の時にね、たまたま佐藤君が他の女の子に手当てをしてもらってるのを見てモヤモヤして涙が止まらなかったの。」


「え…!?」


あの時言いかけてたのはそれだったのか…。


「いつも気が付いたら、佐藤君の事を考えてる自分がいた。


だから何かあったら一番に聞いてもらいたいと思った。


肝試しの時だって本当はもっと一緒に居たいと思ってた。


繋いでくれた手を離してほしくないって思った。


今だって早く会いたいと思ってずっと探してた。


そんな風に思うのは今までずっと大切な友達だからなんだと思ってた。


でも今は、こう言う気持ちがその人の事が好きだからなんだなって、やっと気付けたの。


だ、だから…その…わ…私と、付き合ってください!」


そう言って頭を下げてくる。


情けない事に、告白された今になって始めて高橋さんの気持ちに気付いた。


あんな風に目も合わせてくれなかったのも、避けられてるように感じたのも意識してくれてたからだったんだと。


それは確かに、小池さんに言われて気付くべき事じゃなかった。


そっか、だから蹴られたんだ…。


高橋さんの気持ちは純粋に嬉しい。


そんな風に大事に思ってくれたんだと分かって迷惑だなんて絶対に思わないし、勇気を出して伝えてくれた事だって本当に嬉しかった。


だからもし今美波と出会ってなかったら一瞬でオッケーを出していたかもしれない。


あの日のように、責任も気持ちも無く軽い気持ちで。


でも、今は違う。


だから、俺の答えは一つだった。


「ごめん!」


「っ…!!?」


辛い。


純粋に嬉しかったからこそ、その気持ちに応えられない事が…ただ…余計に。


でもそうして高橋さんが全力で想いを届けてくれたように、俺にも全力で想いを届けたい人がいる。


こうして自分の本当の想いを伝える事が、高橋さんに対して俺が出来る唯一の礼儀だと信じて、一息吐いてから切り出す。


「俺にもさ…ちゃんと気持ちを伝えたい人がいるんだ。」


「…うん…。」


それに対して、高橋さんは無理に笑顔を作って短く返してくる。


そんな笑顔を見る事がこんなにも苦しいなんて思いもしなかった。


「ありがとう。


ちゃんと伝えてくれて。


その…大事に思ってくれて。


本当にありがとう。


すごく嬉しかった。」


気休めにもならないかもしれない。


でもこれだってちゃんと俺自身の素直な気持ちなのだ。


ここまで言い切って初めて、本当の自分の気持ちを伝えきったと言えるんだと思う。


「うん…。」


「ごめん、高橋さん。


だから俺、もう行かなきゃ。」


「うん、ありがとう。」


高橋さんには見せたくなかった。


だから足早にその場を離れ、走りながら泣いた。



佐藤君が走り去った後、私はそのままその場にへたれ込んだ。


すると、自然と涙が溢れてくる。


私、頑張った。


今までで一番頑張った…。


頭の中で必死に自分に言い聞かせる。


そうしないと自分を保てなくなりそうだったから。


もっとも、それで本当に保てているのならそもそも涙なんて出ないのだろうけど。


佐藤君に涙を見せたくなくて無理矢理笑った。


でもその姿が見えなくなると、そんな強がりも長くは続かなかった。


フラれるのってこんなに辛いんだ。


張り裂けそうなほどに胸が苦しい。


何となくだけど、こうなる事は分かっていた。


だから覚悟もして来たつもりだった。


けど…困ったなぁ…。


涙、止まらないや。


しばらくそのまま泣いていると、不意に頭上からハンカチが差し出される。


顔を上げると、目の前に中川君が立っていた。


「あ…あはは。


フラれちゃった…。」


涙を手で拭い、また無理矢理に笑顔を作る。


「そう…だな。」


それを見て気まずそうに頭を掻く中川君。


「ねぇ、中川君。


もし、私がもっと早くこの気持ちの名前に気付けてたら。


好きだって、もっと早く言えてたら。


佐藤君は私に振り向いてくれてたのかなぁ…?」


「…さぁな。」


「嘘付き。」


「は…?」


「無理だったって知ってる癖に。」


それに対して中川君は何も言わない。


「でも、良いの。


私はちゃんと気付く事が出来たし、そうして伝える事が出来たんだから。


…フラれちゃったけどね。」


「ふーん…。」


「もし気付かずに、ずっと伝えずにいたら…いつか絶対に後悔してたと思うもん。


だから…これで良かったんだよね?」


「まぁ…高橋がそれで良いなら良いんだろうな。」


「もぉ…ちょっとは優しい言葉の一つでもかけてくれれば良いのに。」


相変わらずちょっと冷たいなぁ…。


なのにハンカチを差し出してくれる優しさはちゃんとあるんだから。


そう思っていると、ため息を吐かれる。


「なら…今は泣いてな。」


それだけ言って、行ってしまう。


それから程無くして、摩耶ちゃんがエプロン姿のまま大慌てでやってきた。


多分中川君が呼んでくれたのだろう。


本当に不器用なんだから。


「静!!あんた大丈夫!?」


私に気付くと、慌てて歩み寄ってくる。


「摩耶ちゃん、私頑張ったんだよ。」


「うん…。」


それを聞いた摩耶ちゃんは、気持ちに気付いた時のように強く抱き締めてくれる。


「静ぁ…あんたすごいよ…偉いよ!」


そう言って一緒に泣いてくれた。


「うん…ありがとう…。」


その温かい腕のぬくもりが、今の私にはとても頼もしく思えた。



稔の姿が見えんくなってから、またため息。


最近ほんまにため息が増えたなぁ……。


一人でブラブラ歩いとると、あいつが近くを走り回っとるんが見えた。


思わず近くに隠れる。


何しとるんじゃろう?誰かを探しとる…?


もしかしてウチを…?いやいやいや…あり得ん…。


ウチは一体何を考えとるんか…。


外に出てからその場で立ち止まり、呼吸を整えながら辺りを見回しとる。


やっぱ誰かを探しとるんは間違いなさそうじゃけど…。


でも…じゃけぇって…。


と、そこであいつの名前を呼ぶあのクラスメートの女子の姿が見えた。


先を急いでいるからと再び走り出そうとしとるあいつを、彼女は無理矢理引き留める。


「す…好きなの!その…佐藤君の…事が!」


「っ…!?」


それを聞いて、ウチの頭の中は真っ白になった。


居ても立っても居れんくなって、足早にその場を離れる。


ウチ以外にあいつを好きになる人がおるなんて当然と言えば当然の事なのに、付き合うとった時はそんな事を全然考えもせんかった。


今だって何処かで期待してしもうとる自分が確かにおった。


そんな訳ないけど、春樹が探しとるんが自分だったらなって。


仮にそうだとして、どうしたいのか。


どうしたらえぇんかも分からんのに。


でも…嫌じゃ…。


問題の答えは何一つ分からんのに、その思いだけは容赦なく頭の中で溢れ出す。


嫌じゃ!嫌じゃ!!嫌じゃ!!!


頭の中のでそう連呼しながら、屋上に向けて階段を駆け上がった。


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