第二章《5》
山を降り、美波のクラスの担任に事情を話す。
そこからは大騒ぎだ。
俺に対してのお礼もそこそこに、何人かの教師達が山の方に慌ただしく向かっていった。
とりあえずやるべき事はやったし、俺は俺でそのまま川原の方に向かう事にする。
「あー!やっと戻ってきた!」
戻ってきて早速気付いた小池さんに文句を言われた。
「どうしたの?佐藤君。
汗だくだよ?」
一方の高橋さんは心配そうにそう言って駆け寄ってくる。
「いやまぁ…ちょっと。」
「てっきりカレーの支度をサボるつもりで逃げたのかと思ったじゃない。」
説明出来ずに口ごもっていると、高橋さんの後ろからついてきた小池さんに思いっきり皮肉を言われた。
「いや…そんなんじゃないって…。」
流れる汗を腕で拭う。
喉がカラカラだ…。
「どうしたの?お茶は?」
そんな俺を見て、高橋さんが聞いてくる。
「あー…いや、実はもう全部飲んじゃってさ。」
流石にさっきまでの経緯は二人に言わない方が良いだろう。
とりあえず飲んだ事にしとこう…。
「は!?あんた馬鹿じゃないの!?」
死角から思いっきり怒鳴られた。
視点的に姿は見えないのに充分過ぎるほど存在感を認識させる大声は流石だ。
思わず耳を塞ぐ。
「へいへい…。」
全く…さっきも大声に耳を塞いだばっかりなのに。
キンキンとなる耳を塞ぎながら頭の中だけでボヤく。
「宿舎に行けば自動販売機があるんじゃないかな?
待ってて、私が買ってきてあげる。」
見かねてか、高橋さんがそう提案してくれる。
「あ、ごめん…お金…!」
「ふふ、良いの。
こないだのお礼ね。」
「あ、うん。」
多分公園で会った時の事だろう。
ここはお言葉に甘える事にする。
相変わらず高橋さんは優しいなぁ…。
誰かさんと違って…。
「ふん、ありがたく思いなさいよね。」
下を向いてそう思われてる当の本人を見ると、腕を組んでさも得意げな表情でふんぞり返っていた。
「うん、高橋さんありがとう。」
…とりあえず小池さんはほっとこう。
「ちょ!?私は!?」
言いながら不満げに足元を何度か蹴ってくる。
「痛い痛い!いや、小池さん何もしてないじゃん…。」
身長差的に痛いとこにストレートで入れてくるからマジで痛いんだけど!?
てかわざと狙ってるよね!?
「佐藤君、摩耶ちゃんも心配してくれてたんだよ?
さっきまであいつどこ行ったのよってずっと言ってたもん。」
高橋さんがそう言ってフォローする。
「べ、別に心配なんかしてないし!
それはさっき言ったでしょ!?カレー作りをサボる為に逃げたと思ったからだって!」
言いながら照れくさそうにそっぽを向く。
ま、高橋さんにそう言われたらなぁ…。
「ふーん…じゃあ、一応ありがとう。」
「ふ、ふん…一応どういたしまして。」
宿舎の方に走っていく二人を目で見送りながらため息。
ついさっきの出来事が全部嘘だったように思えるのは、普通じゃないからだろうか?
そしてそう感じるくらいには、今の日常が当たり前になってきてるんだなと思う。
何が本当で何が嘘で、どうしたくて、どうしなくちゃいけないのか。
分からない事だらけだ。
「佐藤君?」
しばらくそのままぼーっとしていると、不意に声をかけられる。
戻ってきた高橋さんは、冷たいスポーツドリンクのペットボトルを差し出しながら心配そうに俺の顔色を伺っていた。
「あ、ごめん。
ありがとう。」
それを受け取り、しばしペットボトルを眺める。
「あ、ごめんね…。
もしかしてそれ嫌いだった…?」
その反応で勘違いさせてしまったらしい。
申し訳なさそうに謝ってくる。
「あ、いや…そう言う訳じゃないんだけど…。」
「なら何ボーッとしてんのよ?」
高橋さんの後ろから小池さんが聞いてくる。
「いや…別に。」
やっぱりあいつの事となると、考えなくても良い事まで考えてしまうなぁ…。
それから、美波を助けに向かった教師達が戻ってくるのを待ってから、実行委員は次の仕事に取り掛かった。
まず夕飯の食材が入った段ボールを車から運び出すのは実行委員の男子の仕事だ。
それを用意された入れ物に決まった分量振り分けてそれぞれの班に配るのが女子の仕事。
箱に入った野菜とか肉とかの食材は持ってみると結構重い。
モヤシな俺には中々堪える仕事だった。
それに今日は委員会の仕事以外でも二人の荷物運びとか美波をおぶったりとか力仕事がいっぱいあったんだっけ…。
こりゃ明日は筋肉痛だなぁ…。
「なんだ、根性ない奴め。
きびきび働けよー。」
橋本に呆れ顔で小突かれる。
「へーい…。」
半ば強制的に使命した癖に…と恨めしく睨み付けながら、渋々仕事を進める。
「高橋、楽しそうじゃないか。」
そんな恨みの視線になどお構いなしに、今も準備中の高橋さんに目を向ける橋本。
「まぁ、確かに。」
「お前には感謝してるよ。
あれから高橋はよく笑うようになったし、クラスに友達も出来たみたいだしな。」
「いや、まぁそれは高橋さんが頑張ったからっすよ。」
実際彼女が今こうしてこの合宿を楽しもうとしてるのも、その為に実行委員に立候補したのも他ならぬ本人の意思だ。
俺が直接何かをしたからじゃない。
「まぁ、そう言うな。
実際こうしているのは確かに高橋本人の意思ではあるがな、それをずっと一人で続けられた訳じゃない。
誰かがいる、ってだけで頑張れる物なんだよ。
人間ってのは。
これからも仲良くしてやってくれ。
宜しく頼むぞ。」
「へーい。」
それだけ言うと、橋本はさっさと行ってしまう。
誰かがいるってだけで、か。
確かに高橋さん、友達が増えてからは本当に楽しそうだよなぁ。
以前より明るくなったし、話してる時も前ほど緊張を感じなくなった気がする。
それはこうして友達を作って少しずつ慣れていったからだろう。
確かにそれ自体は高橋さん一人の力じゃない。
もしそこに他人がいなければ、高橋さん自身の決意もただの自己満足で終わってしまっていたからだ。
もしかしたら自己満足にすらなってなかったかもしれない。
そう考えると自分も少しは役に立ててるのかなぁ…。
実際俺だっていつもヤス含め色々な人に助けてもらったんだ。
橋本が言う誰か、の存在がいかに大事なのかは俺自身もよく分かる。
などと思っていると、さっきまで寝ていたヤスが高橋さんに食材を貰いにいくのが見えた。
一応こう言う時にはちゃんと仕事する辺りは流石だなと思う。
もしまだ寝ていたら空のペットボトルをぶつけていたところだが…。
と、ここで一瞬ヤスがこちらを見て不適に笑った気がした。
何も企んでないよな…?
各班ごとに食材の配分が終わると、さっそくそれぞれが調理を始めた。
「キャー!」
開始早々、相変わらず小城の周りには女子が集まって黄色い歓声が飛び交っている。
それに対して、当の本人は困り顔。
班の女子を盗られた男子達は仕事しろと盛大にしかめっ面だ。
そんな中、小林と林田コンビの班は、と言うと…。
「私、頑張る!」
「うむ!一緒に頑張ろうじゃないか!」
完璧に二人だけの世界が出来上がっていて、他の二人がげんなりしていた…。
その光景があまりにも不憫に思えてきたので目を反らす。
そもそもなんでこんな物を見ようと思ったんだ俺…。
そう言えば美波の姿が見えないな…。
なんとなく本来美波が居るであろう班の調理場に目を向けると、藤枝さんが率先して料理を進めていた。
あの後どうなったのだろう?まぁ…先生達に任せたし大丈夫か。
目線を自分の班に戻すと、こっちはこっちで料理経験者の小池さんとヤスが率先して料理を進めていた。
「小池、人参はこんくらいで良いのか?」
切った人参を見せながら、ヤスが小池さんに聞く。
「あー、良いんじゃない?
あ、そっちは私がやるから。」
普段自分で弁当を作ってる(まぁほぼ冷凍食品だが…。)ヤスは相変わらず手際が良い。
小池さんに至っては普段から家で色々作っているらしく、すっかりこの場での料理長だ。
「しっかし…。
プークス…。」
調理場の机に背が届かない小池さんは、足元に空の木箱を置いて踏み台にしている。
だから料理長と言うよりはお母さんのお手伝いと言う方がしっくり来る…。
いや…この場合ヤスとだからお父さんになるのか。
「殴るわよ!?」
などと思っていると唐突に小池さんから拳骨が入る。
普段なら身長差的に出来ない拳骨も木箱に乗ったら出来るらしい。
「殴ってから言うなよ…。」
頭を擦りながらぼやく。
「うるさい!二十回殴ってやるから二十センチ縮め!」
「絶対嫌だ!」
「二十回殴ったら逆にたんこぶで二十センチ伸びるかもな。」
「ムキー!」
流石、料理をしながらでもヤスの毒舌ツッコミはちっともぶれない。
「ふん、まぁ良いわ…。
今はせいぜい吠えてなさい。
後であんたのカレーに玉ねぎを大量に入れてやるんだから!」
「いや、小学生の悪戯かよ!? 何だよ!?その地味な嫌がらせ!!」
「ふふん、悶え苦しむと良いわ!」
などと言いながらさも勝ち誇ったような表情を浮かべている。
ってもなぁ…。
「…いや…まぁ別に良いけど?玉ネギ別に嫌いじゃないし。」
まぁ…かと言って好きな訳でもないし大量に食べたい訳でもないのだが…。
「は…?あ、あんたマジで言ってんの…?」
それに明らかに動揺する小池さん。
「え、そっちこそマジで言ってたのかよ…?」
「何だよ、お前玉ねぎが嫌いなのか?」
ヤスが玉ねぎを切りながら小池さんに聞く。
「嫌いって言うか、敵よ!敵!」
うーん…そう言えばさっきから玉ねぎ切るのヤスに全部任せてたな。
だからだったのか。
「いや…言い回しが幼稚い。」
「だまらっしゃい!」
素直な感想を言うと、即座に却下された。
それにしてもだまらっしゃいって…。
「だってそうじゃない!?切ったらツーンってなるし!その、食べたら辛いし…。」
「ほれ、終わったぞ。」
言いながらヤスに切った玉ねぎを渡されて、小池さん号泣。
「あーあ、泣かした。」
それを見たヤスは、そう言って軽蔑の眼差しを向けてくる。
「いや、半分以上はお前が原因だからな…?」
「良いから手伝えよ。
お前でも米炊くくらい出来んだろ?」
くそ、さりげなく流しやがった。
「へいへい…。」
まぁ…実際二人に全部任せる訳にもいかないか、と素直に従う。
「あ、私も手伝うよ!」
すると、それに高橋さんもついてくる。
「あ、うん。
あれ?そう言えば高橋さんってあんまり料理とかしないんだ?」
そう言えば高橋さんはさっきから会話にも入らずにずっとヤスと小池さんを見ておろおろしてたな…。
「え!?…あ、うん…。
手伝おうとはするんだけど…。
いつも片付けとか簡単な事ばっかりで…。」
「へー!なんか意外!」
「お父さんが心配性だから…。
包丁とか火は危ないって…。」
「あ、でも言われてみればなんかそんな気がする…。」
その話を聞いてると今日娘を送り出した父親の心中を察してホロリと目から熱い物が込み上げてきた…。
「や…やっぱり変だよね…?」
「い、いやいや!変じゃない!!」
どうやら墓穴を掘ってしまったらしい。
見るからに高橋さんの雰囲気は沈んでいて、慌てて否定する。
「あ…ありがとう。」
「俺だって出来ないしさ、一緒だよ。」
「うん。」
笑顔で言うと笑い返してくれる。
とりあえず火を起こしたりご飯を炊いたりみたいな危なそうな事は俺がやって、お米を研ぐのは高橋さんに任せる事にする。
それから少しして…。
「おーし、こっちは出来たぞー。」
ヤスのその声と共に、カレーの良い匂いが漂ってくる。
「ご飯も良い感じに炊き上がったぞ!」
飯盒の蓋を開けて中を確認してから返事の代わりにそう返す。
「あ、ちなみにこのカレー中辛だからな。」
上手く炊けたからちょっと達成感に浸っていると、ヤスが唐突に信じられない事を口にした。
「「っ…!?」」
それに俺と小池さんが同時に肩を震わせる。
「あれ?二人共辛いの苦手なの?」
それを見て高橋さんが心配そうに聞いてくる。
「聞いてないぞ!」
「右に同じ!」
「まぁ、お前は辛いのが超苦手だからな。
小池は、まぁ…玉ねぎが辛いからとか言ってたぐらいだしそうなんだろうな。」
「「分かっててやりやがったのか…!」」
同時にぼやく。
さっきの不適な笑いはだからか…。
くぅ…ヤスに任せたばかりに…!
…ちなみにヤスは辛党だ。
一緒にラーメンを食べに行けば俺が豚骨でヤスが坦々麺だし、カレーを食べに行けば俺が甘口でヤスが五辛と言えば互いの辛さ耐性の差は歴然だろう。
しかもヤスはそれを涼しい顔であっさり片付けてしまうのだからなおさら敵わない。
そんなヤスからすれば、中辛でもまだ妥協した方なのだろう。
「良いから食うぞ。」
未だに納得出来ずにいる俺と小池さんに、ヤスが言ってくる。
「あ、私ご飯よそうね!」
それを聞いて高橋さんはしゃもじを手に取った。
「なら俺はルーをかけてやるよ。」
お玉を掴んでヤスが言う。
「わ…私のはせめて、玉ねぎ少なめにしてよね。」
それを見て小池さんがおずおずとそう言うと、ヤスは少しの間お玉を見つめる。
「はい、ドボーン。」
そのまま有無を言わさずお玉を鍋に沈めた。
「ギャー!」
小池さん大絶叫。
「あーあ、御愁傷様…。」
結果的にさっき言ってた嫌がらせを自分で受ける形になった訳だもんなぁ…。
今ならちょっとだけ不憫にならなくもない。
「嫌い!こいつ嫌い!」
あぁあ…涙目で高橋さんに抱き付いてるし。
「お前、本当にぶれないな…。」
「お前には特別に大盛りにしてやるよ。」
こいつ…やっぱり鬼だ…。
そして食事タイム。
口のヒリヒリ感に耐えながらも、合間に水を飲みながら少しずつカレーを食べ進めていく。
実際、料理慣れした二人のお陰でカレーの出来映え自体は良好だった。
まぁこの辛さを除けば…だが。
小池さんは小池さんで、渋々玉ねぎがゴロゴロ入ったカレーを食べている。
「意外と美味しいじゃない…。」
食べながらそう呟く小池さん。
「ま、玉ねぎは生だと辛いけど煮込めば味も変わる。
一度食べてみて良かったんじゃねぇのか?」
「ま…まぁね。」
ヤスもあれで面倒見は良いのだ。
表面上はSっ毛が強くて毒舌だが、理由もなく相手を虐めるような事は絶対にしない。
…筈だ。
くそぅ…本当に大盛りにしやがって…。
いや、食べるけど。
高橋さんもそれに合わせて多めに入れてくれたし頑張るけど…!
「はふぅ…。
静…あんたは辛くない訳…?」
チビチビと辛さに耐えながら食べていた小池さんが、ふと気になって隣に座る高橋さんに声をかける。
「え?あ、うん。
私の家はいつも中辛だから。
もう慣れちゃった。」
そう返す高橋さんも確かに辛さを気にせず食べている様子だ。
「何この子大人。」
そんな高橋さんの反応に、小池さんは言葉でだけじゃなく顔まで信じられないと主張していた。
「待て待て、大人の定義おかしいだろ…。」
それに余裕の…いやむしろ物足りなさそうな表情でカレーを食べていたヤスがツッコむ。
「ふふふ、でもやっぱり皆で食べると楽しいね!」
そう言う高橋さんはなんだか嬉しそうだ。
「そうだね。
皆で作ったカレーだし、いつものより美味しく感じる!」
それを見ていると、なんだか俺まで嬉しくなる。
「作ったのはほとんど俺と小池だがな。」
「まぁ確かにね。」
「「あ、はい…!調子に乗りました!
すいませんでした!!」」
言われて二人して頭を下げる。
なんだか、改めて仲間になった感覚。
大袈裟かもしれないけど、こんな風に協力し合って何かをなし遂げ、達成したその喜びを分かち合う。
そんな感じがあって、心が温かくなった気がした。
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