第二章《4》
春樹目線。
それは去年の誕生日。
朝、美波と一緒に通学路を歩いてる時の事だ。
「…はい、その…誕生日おめでとう。」
そう言って照れ臭そうにプレゼントを差し出してきた。
「え、マジで!?
ありがとー!!」
渡されたプレゼントを受け取り、素直にお礼を言う。
美波と付き合い始めてから少しして、お互いにお互いの誕生日を教え合った。
ちなみにこんな名前だが俺の誕生日は八月の十三日だ。
教えた時に笑われたっけ。
なんで春樹なのに誕生日は夏なん?と。
その理由は両親の結婚記念日が春で、その日に見た桜が満開で綺麗だったから…らしい。
だから男の子が産まれたら春樹、女の子が産まれたら桜にしようと決めたのだとか。
そのせいでこんな風に教えた人に笑われるのにはもう慣れている。
そしてこの説明も何度した事やら。
でも美波は笑いながらも良い名前だね、と言ってくれたっけ。
「え、開けてみて良い?」
綺麗にラッピングされた袋を一度まじまじと見つめた後に聞いてみた。
「う…うん、あ…あんまり大した物じゃないんじゃけどね…。」
「いやいや嬉しいって!」
そう返しながら、包みを開く。
中から出てきたのは、俺が好きな色である青色のオシャレな大きめのハンカチ。
そして一緒に桜形のクッキーが入っていた。
「おー!かっこいいハンカチだな!」
「いや…それハンカチじゃなくてバンダナじゃけぇ…。」
広げて眺めながら言うと、呆れられた。
「え…?あぁ…。」
これハンカチじゃないんだ…。
「で、でもハンカチにも使えそうじゃない?
実際バンダナってハンカチのデカイやつってイメージなんだけど…。」
「いや…違うけぇ…。」
そう言って笑われた。
「笑うなって!」
ムッとなって言い返すと余計に笑われた。
「でも春樹がそう思うんじゃったらそれでもえぇよ。
いつもハンカチ持っとらんみたいじゃし。」
うげ、そんな事まで気付かれてたのか…。
本当、よく見てるんだなぁ…。
最初に弁当を食べた時もそうだけど、だから愛されてるんだなって言うのがよく伝わってくる。
「あ、あとそれだけじゃ少ないかなって思ったから春樹じゃし桜型のクッキーにしてみたんじゃけど。
ほら、前に名前の話で満開の桜が由来になったって言うとったじゃん?」
「ははは、覚えてたんだ。」
「当たり前じゃん。
あんなに
今にも吹き出しそうな顔で言ってる。
「別にそれは忘れても良かったのに…。」
「あはは、ごめんって。
でも忘れんよ?
だって春樹の事じゃもん。
ずっと覚えとるよ。」
「嬉しいような嬉しくないような…。」
「あははは。」
ちょっと?この子当然のように笑ってごまかしましたよ?
でもまぁ、嬉しいのは確かな訳で。
「ありがとな、大切に使うよ。
クッキーも大切に食べる。」
「うん!」
そう返して美波は今度は嬉しそうに笑った。
それからは洗う日を除けば欠かさずそのハンカチを持ってくるようになった。
使ってるのを見て美波はその都度嬉しそうにしてたっけ。
だからこそ、今も手離せずにいる。
捨てられずに今も。
それから、約一ヶ月後の九月十四日の朝、ホームルームが始まる前の教室での事。
「なぁ、ヤス。」
この時は俺の後ろの席だったヤスにそう言って声をかける。
「あ?」
「もうすぐ彼女の誕生日なんだけどさ。」
「…知らねぇぞ?」
「いや…まだ何も言ってないだろ…。」
「どうせ何を渡せば良いだろうとか聞いてくるんだろ?」
「うっ…。」
実際その通りだ。
彼女の誕生日は九月二十一日。
それまで丁度一週間に差し掛かり、どうしようか本気で迷っていた。
だから一応ヤスに相談してみた訳だが…。
結果は…まぁご覧の通りだ。
「俺はお前の彼女じゃねぇし、そもそも彼女なんていた事もねぇのに何を渡せば良いのかなんて知る訳ねぇだろうが。」
「ま、まぁそうだよな。
いや分かってはいたけどさ!
なんとかはヤスにもすがるって言うだろう?
つまりはそう言う事なんだって。」
「…なんとかに入るのは馬鹿だろ?
あとそれ本当は溺れる者は藁にもすがるだからな?」
本来の言葉が分かってるのに言いやがったのか…!
「あ、あとついでに言っとくけど貸さねぇからな。」
「うぐっ…!そ、それも分かってるって。」
おまけにしれっと追い討ちまでかけてくるんだもんなぁ…。
「つかそんな事俺に聞かねぇで最初から直接本人に聞けよな。」
「いやいや、それは駄目だって!」
言ってる事はもっともだが、今回はそうもいかないのだ。
「は?なんでだよ?」
「だってそれだとサプライズ感ないじゃん!
つまんないだろ!?」
そう熱弁するも、思いっきりため息を吐かれた。
「めんどくさい。」
そしてバッサリと切り捨ててくる。
「ぬがっ!?」
「何を渡すかも自分で決められねぇような奴が、サプライズどうのこうの言ってる場合かよ?」
「ぬぐぐっ…そ、そうだけど。
で…でもさ!折角彼女が俺の誕生日を祝ってくれたんだぜ!?
だから俺もなんかお返しにすごい事したいんだよー!」
そう言うとまた、今度はわざとらしいほど盛大にため息を吐かれた。
「じゃあ共通の知り合いにでも聞いてみれば良いじゃねぇか。」
「そっかぁ…うん、そうだな。
行ってくるわ!」
「おう。」
「え?美波の好きな物?」
早速、来たばかりの藤枝さんに聞いてみた。
実際美波の親友だし、本人以外なら彼女に聞くのが一番だと思ったのだ。
「そう!美波の誕生日にすごいの渡したいんだよー!」
「あぁ、そっかー。
もうすぐだもんね。
全く、こう言うのはちゃんと前もってリサーチしとかなきゃだよ。」
呆れ顔で正論をぶつけられた。
「うぐっ…!おっしゃる通りです…。」
「でもまぁ、美波の為にそれだけ何かしたいって気持ちは認めてあげる。
私としても美波の事でこう言う風に頼られるのは嬉しいしね。
ただ、今回だけだからね?
次からはちゃんと自分で選ぶように!」
「あ、ありがとう!
本当に助かるよ!」
「いいえ、うーんとね…。
美波は猫のグッズが好きなんだよ。」
「猫?」
そう言えば美波は家で猫を飼っているし、家に行った時に見た事がある。
「そうそう、だからそう言うのを渡したら喜ぶんじゃないかな?」
「なるほど!参考になるよ!」
「ちなみに予算は?」
「あー…えっと。」
ポケットから財布を取り出して開く。
そしてそのまま閉じる。
「無言で閉じた!」
「…大丈夫、小遣い前借りするから。」
「なんか、不憫になって来たわ…。」
「いや、良いんだよ。
それぐらいしなくちゃ気が済まないし。」
「ふーん…あ、じゃあさ。
それだけやる気があるんならもう一つ教えてあげる。」
「え?」
そう言うと、スマホを見ながらメモに何かを書いて渡してきた。
そこには、店の名前とホームページのURLが書かれていた。
「そこ、私のオススメの雑貨屋。
可愛いグッズが色々あって、猫のグッズとかも結構豊富だから行ってみたら?
場所はそのURL調べたら出てくるから。」
「うぉー!ありがとう!
帰りに早速行ってみるよ!
いやー!本当に相談してみて良かった!」
「うん、良いのが見つかると良いね。」
「うん!本当に助かった!」
「あれ?二人でなんの話しとるんー?」
「「わ!」」
突然背後からかけられた声に、俺と藤枝さんは同時に驚く。
恐る恐る振り向くと、俺達の背後に美波が立っていた。
「み、美波、おはよー…。」
そのまま黙っている訳にもいかず、とりあえず挨拶をする。
「今朝言ったじゃん…。」
ですよねー…。
実際今朝も一緒に学校に来たんだから当然か…。
「あ、そ、そうだっけ!?
あれー?」
ヤバイ…いくらなんでも不自然過ぎるだろ…。
「どしたん?二人してそんな驚いて。」
それぞれの顔を見比べながら不審げに聞いてくる。
「い、いや別に驚いてなんかないよ!?
な、なぁ?藤枝さん。」
「え、あぁ…うん。」
ちらりと顔を見ると、私に振るなと目で訴えてきていた。
「二人共…ほんまどしたん?
なんか怪しいよ…?」
一層強い疑いの眼差しが向けられる。
「え、いやいや!
本当に何もないってば!」
必死に弁明していると、藤枝さんが美波に見えないように背中を小突いてきた。
「ちょっとどうすんのよ!?
良心が痛むんだけど…。」
そちらに目を向けると、小声でそう言ってくる。
「うー…ごめん!でもまだバラしちゃダメだから…。」
それに俺も小声で返す。
「そんな事言ってもこのままじゃ…!?」
「ねぇ…もしかしてウチ邪魔じゃった?」
そんな俺達の様子を見て、美波が聞いてくる。
「え!?い、いやいや!そんな事ない!」
「そ、そうだよ美波。
美波の事邪魔だなんて思う訳ないじゃん!」
慌てて言い返すと、藤枝さんもそれに続く。
「ふーん…じゃあなんの話をしとったんかぐらい教えてくれてもえぇじゃん。」
「いやー…それは…ちょっと…ねー。」
視線が泳ぐ。
「ふーん、じゃあもうえぇ…。」
あ…拗ねた。
口を尖らせて頬を膨らませながら、そっぽを向いてしまう。
「う、ごめん…。」
「えぇもん、どうせウチは邪魔者ですよーだ。」
そう返してこちらを一切見ようとはしない。
うーん…すっかり機嫌を損ねてしまったらしい。
やろうとしている事自体は喜ばせる為にやっている事なのに…。
うぅ…なんでこんな事に…。
なんとかサプライズの事は黙ったまま機嫌を直せないものか…。
そう考えてる間に、一方の藤枝さんはダラダラと冷や汗をかいていた。
うーん…なんだか悪い事したなー…。
協力してくれた藤枝さんには絶対迷惑をかけられないし…。
ここは俺がなんとかしないと…。
そう強く決意してから、迎えた昼休み。
「み、美波!昼飯食べに…行こうぜ。」
いつも通り中庭に弁当を食べに誘うも、相変わらず美波は拗ねていた。
とは言え、それでも一応断る気はないらしい。
まぁそもそも俺の弁当は美波が持っているのだから、ここで断られたら昼飯が無くなってしまうと言う新たな問題が生まれる訳だが…。
不機嫌そうに荷物を持つと、そっぽを向いたまま無言でついてくる。
うーん授業中もそうだったけど…気まずいなぁ…。
「あ、あのー、美波さん…?」
沈黙に耐えられず、おずおずと声をかけてみる。
「…何?」
め…目付きが怖い!
「いやぁ…その、ごめん。」
どうしていいか分からずにとりあえず謝ると、思いっきりため息を吐かれた。
「謝られても困るし…。
別にやましい事じゃないんなら言ってほしかっただけ。
理沙にまで隠し事されてさ、なんか悲しかったんじゃもん。」
そう言う表情は、確かに少し寂しそうだった。
どうして良いかは分からないながら、実際美波の気持ちが分からない訳じゃないのだ。
結果的に言えば仲間外れにした形になる訳だし、おまけにその理由を言ってくれないのだから拗ねたくもなるだろう。
「その、なんて言うか…。」
うーん…なんて言おう。
ここではっきり企んでた事を全部バラしてしまえば分かってもらえると思う。
でもやっぱり…。
「…ごめん、今は言えないんだ。」
そう、言えない。
確かに今ここで言ってしまうのは簡単だけど、ここで諦めてしまいたくないし、その分まで喜ばせたいと言う気持ちの方が強かった。
「なんそれ…?」
そう返しながら美波は顔をしかめる。
「でも!ちゃんとその時が来たら言うから。
それまで信じて待っててほしい。」
真意は言えなくても、精一杯気持ちを伝える事が、今出来る一番の解決策だと思ってそう伝える。
でも、思いっきりため息を吐かれてしまう。
「意味分らん…。」
「ははは…だよな…。」
うーん…やっぱり駄目かぁ…。
ならやっぱり言うしかないか…。
「笑ってごまかさない!」
「は!はひっ!」
思わずそれに気圧されて、なんかの式とかでやる礼の前の気を付けみたいな体制でかしこまってしまう。
「…まぁでも、信じる。」
そっぽを向いたまま、急にそう言ってくる。
「え?」
「ものすごーく怪しいけど。」
こちらに顔を向けると、言いながら鋭い目つきで睨んでくる。
「うっ…み…美波。」
「春樹が何も考えないでそんな事言うとは思えんもん。」
「あ、ありがとう…。」
「でも約束じゃけぇね。
いつかちゃんと話してよ?
もし浮気とかじゃったら許さんけぇね?」
「それは絶対ないから!」
「ふーん、そう。」
まだ相変わらずしかめっ面のままだが、とりあえず信じてもらえたみたいだ。
学校帰りに、とも考えたが不自然な事をしてまた変な疑いをかけたくない。
とりあえずお金も無いし、一度美波と二人で帰る。
その間は昼前のような気まずさはなく、ひとまず普通に会話も出来ていた。
ちゃんと信じてくれてるんだなと思う。
だからこそ、その信用を裏切らないように頑張らないと。
家に帰ってから早速母さんに小遣い前借りの催促をすると、最初こそ渋られはしたものの彼女の誕生日と言うとすんなりくれた。
何だかんだこの人彼女には甘いんだよなぁ…。
多分そうじゃないなら絶対くれてないだろうと内心でぼやきつつも有難くそれを受け取り、再び家を出る。
藤枝さんから貰ったメモに書いてあったURLを検索してから場所を調べてみると、家から割りと近くて分かりやすい場所にある事が分かった。
「ここだな。」
Town Catと言うそのお店は、藤枝さんが気に入るのも頷ける外装からオシャレな雑貨屋だった。
黒猫があしらわれた大きな電光看板がなんとも可愛らしい。
「いらっしゃいませー!」
店内に入ると、店員の挨拶と落ち着いたピアノBGMに出迎えられる。
奥行きはそれほど広くはないものの、言われた通り沢山の雑貨が並べられていた。
その中には藤枝さんが言う通り美波が好きそうな猫のグッズもある。
それにしても雑貨屋ってこんな感じなんだ…。
大型ショッピングモールとかの中にあるチェーン店ならたまに寄ったりはするが、こう言う個人経営の穴場的な雑貨屋には初めて足を運ぶ。
なんだろう雰囲気が違う。
店で買い物をしてる客は女性客の方が多く、男性客と言えばカップルくらい。
なんと言うか場違い感がすごい。
うーん…早く買って帰ろう…。
それにしても…こう言う店に来るのも初めてだけど、当然彼女のプレゼントを買いに来るなんて事も初めてなんだよなぁ。
そう考えるとなんだか照れくさくなってきた。
駄目だ駄目だ…。
やっぱり早く帰ろう…。
「あ、あの。」
とりあえず近くで棚の整理をしていた女性店員に声をかけてみる。
何が良いのかよく分からないし、送り相手と同性である女性店員にアドバイスをもらおうと思ったのだ。
「はい?」
「えっと…か、彼女の誕生日プレゼントを探してるんですけど…。」
ヤバイ!これ結構恥ずかしい…!
「あ、なるほどですねー。
彼女さんは何が好きなんですか?」
真っ赤になっているであろう俺の顔を見て女性店員はニマニマしながら聞いてくる。
「あ、えっと…猫のグッズが好きみたいで。」
くそう…穴があったら入りたい…!!
その言葉の意味を改めて痛感して内心で噛み締めながらも、なんとか要望を伝えた。
「そうなんですね!ならこれなんかどうですか?」
そんな反応で余計にニマニマされたが、そう言って腕時計を渡してくる。
恨めしく睨みつけながらもそれを受け取る。
「こ、これ!すごく良い!」
大変憎たらしいながらも商品選びのセンスは俺なんかよりよっぽど良いらしい。
一目で気に入り、思わず興奮から声が大きくなる。
「あ、良かった!じゃあお買い上げですか?」
「あ、はい!」
「ふふ、ありがとうございます!」
ちなみにその時計は思っていたより高額で…前借りした小遣いをほとんど使う事になって来月からの生活が思いやられる事になる訳だが…。
でも、まぁ。
喜んでくれると良いな…。
そして誕生日当日。
朝、いつもの集合場所である公園前で合流した。
「おはよー。」
ここで変化を見せてしまえば、せっかくの計画がバレてしまう。
だから今は出来るだけ普段と変わない感じで挨拶をした。
「お、おはよー…。」
そう返す美波は、なんだかそわそわしている。
「ねぇ、春樹…今日…。」
言いながら照れくさそうにチラチラとこちらを見てくる。
「ん?あぁ、今日も良い天気だな。」
言いながら空に視線を向ける。
「……むぅ。」
あ、拗ねた。
ちょっと悪い気もするけど、もう少し我慢してもらおう。
とりあえずまずは下準備だ。
「あ、そうだ。
今日の帰り二人でカラオケ行かない?」
「行く!」
拗ねた感じも弾き飛ばすような即答。
流石、切り替えが早い。
「よーし!じゃあ今日も頑張るかー!」
「う、うん。」
そしてその日の帰り道。
美波は盛大に拗ねていた。
「あのー…美波さん?」
「春樹の馬鹿…。」
まぁ…でもそりゃ当然か…。
今日一日美波が出していた誕生日に気付いてオーラを散々スルーしてたんだから…。
「まぁまぁ、カラオケカラオケー!」
「意味分からんし…。」
とりあえず少しでも空気を変えようと無駄にテンションを上げてみたのだが、結果は一目瞭然だ。
うーん…とりあえず歌い始めたらちょっとは変わるかなぁ…。
通学路にあるカラオケ店に入って受付を済ませてから、部屋に入る。
「ごめん、ちょっとジュース取って来てくんない?」
作戦開始の前準備として、まずは自然な流れで美波を部屋から出す。
「…別にえぇけど…。
何がえぇん?」
「うーん…じゃあコーラ。」
「…はいはい。」
うぉ、露骨にため息を吐かれた。
うーん…ちょっといじめ過ぎたかしら…。
美波が部屋を出て行ったのを見計らって、プレゼントを美波の鞄に隠す。
そしてその後すぐに某アイドルグループのサプライズ曲を入れる。
それから少しして、コーラとアイスティーの入ったコップを持った美波が肩でドアを開けながら入ってくる。
「あ、もう歌っとるし…。
珍しい、アイドルの曲とか歌うんじゃ。」
そのまま美波がコーラとアイスティーを机に置いた瞬間。
「鳴らす、クラッカー!」
タイミングは狙ったように完璧!サビに入るタイミングで、隠し持っていたクラッカーを鳴らす。
「わ!?」
それに大袈裟なくらいびっくりしている。
「え、ちょ、な!?」
そこで曲を止める。
「美波!誕生日おめでとう!」
「ば…馬鹿!春樹の馬鹿!」
そのままマイクで言うと、本当に驚いたらしく、そう言って怒る声は上ずっていた。
「ごめんごめん、せっかくだから驚かせたくてさ!」
「も、もぉ!忘れとるんじゃないかと思ったじゃん!!」
「だからごめんって!忘れてないよ。」
「うん…嬉しい。」
「その言葉は鞄の中を見てから言ってほしいなぁ…なんて。」
ニヤニヤしながら鞄に目を向ける。
「え!?」
それを聞いて、慌てて鞄を開ける美波。
「こ、これ!」
「俺からの誕生日プレゼント!実は藤枝さんにオススメの店を教えてもらってたんだ。
ちゃんとした物をあげたかったから相談に乗ってもらっててさ。」
「それであの時…。」
「そ、だから藤枝さんは悪くないんだ。
ごめん、仲間外れにする形になっちゃって…。」
「ふ、ふーん…そ、そうなんじゃ…。」
慌てて中身を取り出す美波。
そしてその中身を確認するやいなや、すぐにそれを自分の腕に付けた。
「可愛い!」
あの憎たらしい女性店員さんいわく、あの店で一番の人気商品である黒猫模様のオシャレな腕時計。
「そうだろう、小遣い前借りして買ったんだぜ。」
そう笑いながら言うと、美波は急に泣き出した。
「え!ちょ、美波!?」
「ありがとう…すごく嬉しい…。」
「うん。」
「大事に使うね…。」
言いながら涙を拭った美波は、その後に精一杯笑ってみせた。
その時の笑顔はすごく眩しくて、今でもよく覚えている。
彼女の笑顔なら、これまで何度も見てきた筈なのに。
何故この時、こんなにも目が離せなかったのか?
その笑顔を見る度に引き込まれていく自分が確かにいる。
特徴的な喋り方だって最初は変わってるなと思ったけど、何度も聞いてる内に癒されてる自分がいる。
どれも付き合う時間が続くにつれて感じるようになった事だ。
またその声を聞きたい。
彼女の笑顔がまた見たい。
笑顔にさせたいと思う自分が確かにいる。
今回もこうしてその笑顔が見れたんだ。
サプライズは大成功だろう。
それから、美波はその腕時計を毎日付けて来てくれた。
多分、別れた今までもずっと大事に持っていてくれたのだろう。
あの時俺が彼女の為に何かをしたいと言う思いは、単にプレゼントのお返しがしたかったからだけの義理でしかなかったのだろうか?
そこに愛はあったのだろうか?
それを愛と呼んで良かったのだろうか?
今となっては…もう分からない。
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