第二章 《1》




合宿前日の夜。


今は自分の部屋でその準備の為に持って行く物を鞄に片っ端から詰め込んでいた。


「やっぱりトランプは王道だよなぁ。


あとは人生ゲームとか。」


こう言う時にやるゲームが好きだ。


鞄が気が付くとゲームで埋め付くされていく。


「あ、やべ…これくらいにしよう…。」


流石にこれ以上入れたら他の物が入らないし、ただでさえしんどい登山が更に重労働になる。


入れた物を幾つか取り出しながら、ふとポケットに手を入れて入っている物を取り出す。


それは一年間ずっと使ってて、所々ほつれてしまっていた。


何度も捨てようと思ったのだが、今も結局捨てられずにいる大事な物。


やっぱりこれは持っていこう。


ポケットにそれを戻す。


準備のついでに部屋の片付けもしていると、前まで好きだったアーティストのCDが出てくる。


オススメしたら美波も好きになって、だから一緒にライブにも行ったっけ。


あの時はすごく好きだったのに今はなんとなく聴かなくなった。


そう言えば美波の影響で始めたパズルゲームも、つまらなくなってやめてしまったんだっけ。


その理由くらいは分かってる。


それが失った過去の一部になってしまったからだ。


それにすがる自分があまりにも惨めに思えてしまうから。


「…やめよう。」


そんな事より今は明日からの合宿を楽しむ事だけを考えよう。


再び準備に戻る。


「とりあえず…ゲーム…どれを置いてくかだな…。」


取り出した物を並べて見回す。


思えばここにあるゲームも一緒にやったんだっけ。


まだまだ俺の周りには捨てられずに残った物で溢れてる。


それは記憶も一緒だ。


考えないようにすればするほど考えてしまう。


忘れようとすればするほど思い出してしまう。


捨てようとすればするほど集めてしまう。


「こんなんじゃ、駄目だよなぁ…。」


環境が変わって、友達も増えて。


考える事は最初より減った筈なのに。


一人になるとすぐこれだ。


楽しい事は思い出も今から起こる事でさえも、一瞬で虚しさに変わってしまう。


こんな気分じゃ駄目だ。


結局準備は全く進まない。


「もう寝よう…。」


明日の朝適当にすれば良い。


少し乱暴にベッドに倒れこんだ。

そして翌日、真夏の日照りが容赦なく襲ってくる朝のグラウンドに、二年生全員は朝早くから集められていた。


「大体なんでこんな真夏に登山合宿なんてやるんだよ…?」


「知らねぇよ…。」


たまらずぼやくと、ヤスがいつものように適当に返してくる。


「しかもこのくっそ暑い中でジャージって…。」


そう…今でこそ各々が上着を脱いで腰に結び付けたりしてるが、今回の合宿での基本的な服装はジャージなのだ。


その主な理由は険しい山道を歩くのに半袖は危ないから…なのだが…。


熱中症の方が危なくね?とはツッコんじゃいけないのか…。


「なんでも校長先生が元山岳部の部長だから、ちょっとこだわりがあるみたいだよ。」


横に居た高橋さんが教えてくれた。


「いや、経歴詐称だろ…。


あのひょろ爺のどこが…。」


実際俺達が通う桜乃木高校の校長は見た目からしてそんな経歴が似合うとはお世辞にも言えないのだ。


小池さんと大して変わらない程の低身長に、歳のせいで曲がった腰。


筋肉質だったとは思えない骨と皮の手足に、今帽子を取られたら真夏の日差しを容赦なく反射しそうな寂しい頭皮。


年相応のひょろ爺と言うのが俺の印象だからだ。


「そ、そんな事言われても…。」


俺の素直な感想に、高橋さんは困った表情でそう返した。


「えー、二年生の皆さん。


今日から皆さんが楽しみにしていた二日間の登山合宿が始まります!」


確かにそう俺達に話す校長は、テレビで山を登る人が着ているような服装だ。


気合い充分、暑苦しい事この上ないハイテンション。


ただでさえ暑いのに熱意まで伝えてくるとか児童虐待ですか、そうですか。


「誰だよ、楽しみにしてた奴は…。」


実際そんなハイテンションに乗れる筈もなく、ただぼやく。


「だから知らねぇよ…。」


それにヤスがまためんどくさそうに返す。


「わ、私は結構楽しみだったけどなー…。」


ここで高橋さんが横から遠慮がちに口を挟んできた。


「高橋さんは暑くないの…?」


「いや、暑いけど…。


でも恵美ちゃん以外の友達がいる泊まりがけの行事って初めてだから。


楽しみだなって。


そう思ってたらなんだか緊張して昨日はあんまりよく眠れなくて…。」


言いながら小さく欠伸をする高橋さん。


「あぁ…高橋さんそう言うキャラっぽい。」


いるいる、遠足とかで前日に楽しみ過ぎて寝られない奴。


で、当日に熱出したりするんだよな。


それが俺。


で、大体その翌日には治ってるんだ。


ちなみにそれも俺な。


「だからその翌日に散々愚痴を聞かされたっけな。」


めんどくさそうにヤスが言う。


「それは悪かったよ…。」


と言うかまた考えてた事読まれてるんだけど!?


まぁ実際昨日寝られなかったのはそれが理由じゃない訳だが…。


思わず欠伸が出る。


「そこ!私語は慎むように!」


「はーい。」


「えー、私も現役の頃はそこに山があるからと各地を回ったものです。


山は良い。


自然を全身に感じながら登る開放感、そして登りきった時の達成感とそこから見る絶景は言葉で言い表せる物ではありません。


皆さんにも是非それを知ってもらいたい。


そもそも私がどうして山岳部に入ったのかと言うと、私の父親もまた大の登山好きだったからで…」


長い…。


あまりにも長過ぎたから、ここから先のセリフは耳にも頭にも入らなかったと言う事で割愛させてほしい。


そしてその長話が終わると、ようやくクラスごとにそれぞれのバスに乗り込んだ。


「絶対ほらだろあれ…。」


席に座り、早々にぼやく。


「まぁな。」


それに隣のヤスが同意する。


「なのに熱が入っててもはやホラー…。」


「しょーもな…。」


前の席の小池さんがため息を吐きながら言ってきた。


うーん…上手い事言ったつもりだったんだがなぁ…。


バスの座席は、班で固まって座る事になり、窓側にヤス、前の席の窓側には高橋さんとその隣に小池さんが座っている。


「それにしても本当…。


熱中症にでもなったらどうしてくれるのかしら…?」


「まぁまぁ。」


ぼやく小池さんを宥める高橋さん。


ちなみに、こないだ睨み付けて来た件はあの後、まぁ…一応悪かったわよと言われてとりあえず収まった。


多分ヤスが何か言ってくれたのだろう。


実際今日もあの状態のままだったら流石に気まずくて耐えられなかった…。


それはさておき、ここで今回の登山合宿の日程を簡単に説明しておこう。


まず今乗ってるバスで目的地である桜乃木山おうのぎさんに向かう。


校長曰く、緩やかで初心者にも登りやすい山なのだそうだ。


現地に着いたら簡単な説明があり、その後に班でまとまってからそれぞれのペースで登山する。


山頂に着いたらそこで景色を眺めながらの昼食。


その後は来た道と反対側から下り、その先の川原でしばしの自由時間だ。


夕方になったら近くのキャンプ場で班ごとにカレーを作って食べ、キャンプファイヤーをした後に宿泊施設に泊まる。


ざっくり言うとこんな感じだ。


まぁ…俺と高橋さんは実行委員だから、それに加えて昼の弁当配りにゴミの回収、カレーの食材の準備、配り、キャンプファイヤーの支度、などなど…他にもやる事は沢山あるのだが…。


主に高橋さんが作った可愛らしいリスのデフォルメイラストが描かれた表紙のしおりを見て思わず深いため息を吐く。


「佐藤君、今日は頑張ろうね!」


そんな俺を見て、高橋さんは前の席からそう声をかけてくる。


「男のあんたがこれなのに静の方がよっぽど元気じゃない。」


と、ため息を吐きながら皮肉を言ってくるのは小池さん。


「分かってるよー…。」


それにしても本当、高橋さん変わったな。


なんと言うか、ちゃんと楽しもうとしてる。


もちろん、俺も楽しもうと言う気が全くないと言う訳じゃないけど、暑さと仕事の多さで気が滅入っているだけだ。


まぁ…実際それは高橋さんも同じな訳だが。


「ちなみに実行委員の仕事を静に全部任せっきりにしたら正拳突きをお見舞いするから。」


身長差的に丁度鳩尾に入るからそれだけは本気で勘弁願いたい。


と言うか怖くない?


見えない所から急に鳩尾狙われるとか。


と、そこで小池さんが一瞬不敵に笑った気がした。


…本当にやらないよね?


程無くして、バスは目的地にたどり着く。


これから登る山を目の当たりにした俺達には、只でさえそれだけでも絶望的だと言うのに更なる拷問が待っていた。


「えー!皆さん!ここが今から登る山であり、私がこの登山人生で初めて登った記念すべき山でもあります。」


そんなの別に記念にしなくて良いだろ…。


そう、校長の自慢話の続きだ…。


せっかくバスのエアコンで少しは体力が回復したと言うのに、この無駄話のせいで早速それも容赦なく奪われていく。


と言うか今朝も散々自慢してたのにまだ足りないのか…。


その後に簡単な説明があり、早速俺達は登山を開始する。


まぁもっとも…自慢話のせいで語ってた校長以外(教師含む)皆げんなりしてたし、朝同様大体の人が説明なんか頭に全く入ってないんだろうが…。


先導する教師は自分達もげんなりしてただろうにお構いなしだ。


仕方なく先々歩く教師陣を後ろから恨めしく睨みつけながらそれに続く。


小城のように運動神経がある奴はさっさと前を歩いていくが、俺とヤスは終始のんびりだ。


班で固まって動いてるから、その横を高橋さんと小池さんも歩いている。


二人もそこまで体力がある方ではないから、歩くペースはゆっくりだ。


まして小池さんに至っては足が短いから、足場の悪い山道に随分難儀している様子で、


「登山なんか企画した校長いくない…。」


と、早々にぼやいていた。


「まぁ、ペースは自由なんだ。


気長にやるしかねぇだろ。」


そう言うヤスは、汗をかいてはいるものの四人の中で一番余裕の表情だ。


「お前…人間かよ。」


「は?当たり前だろ。」


そう言えばあいつも運動は苦手だったよなぁと、なんとなく辺りを見回す。


俺達から少し離れた所を歩く美波は、藤枝さんと男子二人と一緒だった。


その内一人は前に一緒に帰ってるのを見かけた男子だ。


「なーに見てんのよ。」


「うひゃい!?」


不意に後ろから小池さんに声をかけられ、思わず変な声が出てしまう。


「あ…いや…。」


「んー?」


一方の小池さんは、さっきまで俺が見ていた方に目を向けて何かを察したように顔を顰めた。


「…あぁ…あの人なんだ。


あんたの元カノ。」


「え…?は?え?」


予想外な小池さんの反応に、思わず拍子抜けする。


「なんとなく分かるわよ。


藤枝と一緒だし。」


「うっ…。」


す、鋭い…。


「うわ、あの人。」


言いながら小池さんが控えめに指を刺したのは、美波が一緒に帰っていたクラスメイト。


「あいつ、水木稔みずきみのるよ。


確かサッカー部のキャプテンで、オマケに絵に書いたようなイケメンだし?


他のクラスの女子がサッカー部の練習見て騒いでるのを見た事あるわ。


まぁ私は別に興味無いけどね。」


うんざりしたような表情でそう言って教えてくれる。


「へ、へぇー…。」


何だって美波がそんな奴と…?


一体どう言う関係なんだ…?


思わず気になって水木と言われたその男子に目を向ける。


「え…何?あんたもしかして嫉妬してる訳?」


そんな俺を見て、小池さんはそう言って顔を顰めてきた。


「し、してない!


絶対してない!」


する筈ないし、そもそもして良い筈もない。


前に見た時だってそう自分に言い聞かせたじゃないか。


「見た感じ結構仲良さそうよねー。


ただのクラスメイトなのかしら?」


こちらをジロジロ見ながら、当て付けたように言ってくる。


「お、俺には関係ないし…。」


「ふーん。」


そう返す口調はいかにも納得いかないと言った感じだ。


「な、なんだよ?」


「じゃあさ、元カノが水木と付き合ったとしてもなんとも思わないんだ?


素直におめでとうって言えるんだ?」


言われて一瞬口ごもるも、すぐに言葉を繋げる。


「…仕方ないだろ?


もう終わった事なんだから。」


「仕方ない…ね。」


素直におめでとうと言えるか。


本意がどうあれ、言わなきゃいけないんだろう。


いや、実際にはそもそも祝う権利すらないのだ。


引き留める権利も、もう一度隣に居る資格も、今の俺にはもう無い。

「と言うか…今更のように今更の質問なんですが。」


「何よ?」


「なんで俺はさも当然のように高橋さんと小池さんの荷物を持たされてんの…?」


そう…今俺は背中に自分のリュック、両肩には二人のそれぞれのリュックのがかけられ、班のメンバーの後ろからフラフラとついてく形になっている。


「ふん!自業自得よ!」


「ごめんね、佐藤君。」


そう口では謝りつつもけして自分の荷物引き取ろうとはしない高橋さんって実はSなんじゃ…。


「やれやれ…。


良いように使われてんな。」


などと思っていると、涼しい顔で前を歩いていたヤスが呆れ顔でため息を吐きながら言ってくる。


「お前はせめて同情しろ…。


そして手伝え。」


「断る。」


後ろから恨めしく睨み付けながら皮肉を言ってやるも、あっさり切り捨てられた。


「いや即答かよ!」


「ま、せっかく与えられた使命なんだ。


四の五の言わずに働いてな。」


「こいつは…!」


とは言え一番余裕そうにしてるこいつを除けば、足場の悪さに難儀している小池さんとその手を引く高橋さんはどちらも荷物を持てるような感じではない。


くそ、こいつも持ってくれてればまだ仕方ないって納得出来たのに…。


引き続き思いっきり睨み付けてやるも、知らん顔でさっさと前を歩いていく。


「喉乾いたー。


佐藤ーお茶出すー。」


と、小池さん。


くそう…本当に良いように使いやがって…。


「なんなら俺の荷物も持たせてやろうか?」


「それはマジでいらない!」




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