第一章《8》

8


そして翌日。


高橋さんは普通通り学校にやって来た。


「お…おはよう。」


とは言えまだ少し気まずいのか、挨拶はぎこちなかったが一先ず安心だ。


「お前まで気まずいオーラを出さねぇようにしろよ。」


ヤスが小声で言ってくる。


「分かってるよ。」


それに俺も小声で返す。


「へぇー、今日は来たのね。」


その時、突然背後から声がした。


…なのに振り返ってみても誰も居ない。


「え、何これ怖い。


幻聴…?いやまさか心霊現象?」


「だから下よ下!


あんた毎回わざとやってんでしょ!?」


言われて下を見る。


すると声の主が大変不機嫌そうにこちらを睨み付けていた。


「あー…えっと。


どちら様でしたっけ?」


「忘れるとかいくない!


酷くない!?


小池摩耶!同じ班のメンバーでしょうが!?


あんたそれでも班長な訳!? 」


「あぁ、そうかそうか。」


ここ最近他の事で頭が一杯だったから正直すっかり忘れていた。


「せっかく私が班のメンバーになってあげたのに!」


不機嫌さを惜しみなく出しているが、言いながらまた地団駄を踏んでいる姿はさしずめワガママを言って駄々をこねている小学生のようだ。


「…えーと。


ダレダッケ。」


「今名乗ったわ!喧嘩売ってんのか!?」


「あー、はいはい。」


「…それで、あんたもう大丈夫な訳?」


「え?」


まだ文句を言い足りなさそうだが、一度深くため息を吐いてから今度は高橋さんの方に目を向ける小池さん。


一方の高橋さんは突然声をかけられた事に驚いている様子だった。


「だから…一日休んでたじゃない。」


「あ、はい…ごめんなさい…。」


「なんで謝るのよ…。


ま、元気になったんなら良かったじゃない。」


「は、はい?ありがとうございます。」


「こいつなりに心配してくれてたんじゃねぇの?」


言われている意味がよく分かっていない高橋さんにヤスが説明する。


「べっ…別にそんなんじゃないわよ。


これから合宿で一緒に行動する予定の人が居なくなったら困るだけ。」


言いながらそっぽを向く。


「うん、ありがとうございます。」


意味が分かった高橋さんはそう素直に頭を下げた。


「だ…だってあんたがいないと私が一人でこいつらの面倒を見ないといけないじゃない?」


照れくさそうな顔をしながらこちらを一瞥して、さも当て付けたように言ってくる。


「「いや、間に合ってます。」」


それに俺とヤスが見事にハモって返事する。


「ハモるのいくない!…それと!」


そう言って今度は高橋さんに向き直る。


「え?」


「敬語とか、その…いらないから。」


「あ…うん!」


「二人さ、今日一緒に帰れば?」


その日の放課後。


そう俺が提案したのは合宿までそんなに日にちもないし、これを機にちょっとでも仲良くなっておいてほしいと言う思いからだ。


今日は実行委員会の集まりもないし、いい機会だろう。


「ま、私は別に良いけど。」


それに対して、特に嫌がる素振りを見せずに小池さんは頷く。


「えっと…その…よろ…しく。」


一方の高橋さんもぎこちないながらにそれに応じた。


それはやっぱりこう言う事にはまだ慣れてないからなのもあるが、昨日の一件の恐怖からと言うのもあるのかもしれない。


心配ではあったが、高橋さん自身がそれを受け入れたんだ。


そのまま見守ろうと思う。


どっちみち二人の関係を良くするには何かのきっかけが必要だし、関係が良くなったか良くならなかったかで合宿の楽しさは全然違う筈だ。


この機会がその為のきっかけになる事を願おうと思う。


「良かったな、あいつ。」


そのまま並び立って去っていく二人を目で見送りながら、ヤスが呟く。


「そうだな。」


その隣で俺も同じく段々遠くなっていく背中を感慨深く目で見送っていた。


「何、ちょっと寂しいとか思ってんのか?」


「べ、別にそんなんじゃないって!」


「分かりやすっ。」


「うるさいな…。」


高橋さんには感謝しているつもりだ。


あいつにふられてから沈んでた気持ちも、一緒に帰ったり話したりするようになってから少しは楽になった気がする。


………あれ?


でもそれって結局高橋さんをあいつの代わりだと思ってるって事になるのだろうか?


だとしたら高橋さんと友達でいるのは失礼なんじゃないか…?


「あだっ!」


などと深く考えこんでいると、いきなり頭を殴られた。


「お前、本当に一度考え出すと人の話を聞かねぇよな。」


「え、ごめんなんか言った?」


「お前が寂しいって思うのは勝手だろうが、高橋は元カノの代わりじゃねぇからな?」


「何…?お前人の心が読めんの…?」


「お前の考えてる事なんてすぐ分かる。」


「何それ怖い。」


「実際お前、明らかに高橋と関わるようになってから変わったしな。」


「うっ…まぁ…そう…かもな。」


「ついこないだまで魂抜けてた奴がよ。


今は割と普通にやれてんじゃん。」


「やれてる…のかな?」


「やれてんだろ。」


「高橋さんには感謝してるよ。


でもさ、確かにヤスの言う通りだ。


俺、無意識の内に高橋さんの事をあいつの代わりにしてたのかもしれない。」


「そうだろうな。」


「高橋さんを見てるとさ、髪型とか仕草とか似てるし…眼鏡はずした時とかたまに美波と重なって見える事があるんだ。


だからってのもあるのかもしれない。


でもそれってやっぱり高橋さんに失礼だよな。」


「そう思うんならちゃんと言え。


そんでちゃんと謝れ。」


「え!?せっかく仲直りしたのに!?


そ、それでもし…。」


「それでもしなんだよ?


事情を知ったからって平気で突き放すような奴だと思って友達をやってんのか?」


「うっ…。」


「俺とお前は長い付き合いだが、こうして言いたい事をはっきり言い合っても変わらず続いてんだろうが。


そう言うのが本当の意味での友達ってやつなんじゃねぇの?」


「ヤス…お前やっぱり良い奴!」


「気持ちわりぃよ…。」



今は小池さんと二人でいつもの通学路を歩いている。


「せっかくだしさ、どこか寄り道して帰らない?」


「え!?…うん。」


こうして恵美ちゃん以外の同年代の女の子と二人で帰るのは、初めての事だからなんだかとても緊張する。


一方の小池さんは、あまり緊張してないように見えた。


やっぱりこう言うのにも慣れてるのかなぁ…。


結局、さっきまで私は自分からどうして良いかも分からずにただ隣を歩いてるだけだった。


こうして話せたのも小池さんが今自分から話しかけてくれたからだ。


それに寄り道して行かないかと提案してくれた。


すごいなぁ…。


「甘い物とか好き?」


「あ、うん。」


「そ、じゃあカフェ行こっか。」


「カフェ!?」


唐突に聞き慣れない単語が出て来て、思わず聞き返す。


「え…?何?駄目なの?」


「いや…私カフェって行った事無くて…。」


そう、休日恵美ちゃんに誘われる以外は図書館や本屋さんに行くぐらいしか家を出ない私は、カフェなんて行った事どころか近付いた事すら無かった。


「へぇ…そうなんだ。


なら良い機会じゃない。」


「う…うん。」


だから友達とカフェに行けるなんて夢みたいだ。


思わず顔がにやけそうに…


「は!?」


なって頭をブンブンと振る。


「…何やってんの…?」


呆れ顔をされてしまった。


「あ、えっと…。


こうして友達とカフェに行くのって初めてだから…その…嬉しくて。」


「…ふーん。」


それを聞いて、なんだか顔が赤い小池さん。


「私、まだあんたと友達になるなんて一言も言ってないんだけど。」


かと思ったら、一度ため息を吐いてそんな事を言って来た。


「え、わ、ごめんなさい!


そ…そう…だよね…急にごめんなさい…。」


やっぱり急に友達、だなんて言ったら駄目だったのかな…。


慌てて謝る。


「べ、別に…嫌だなんて言ってないじゃない。


その…あんたがどうしてもって言うならなってあげなくもないけど…。」


そんな私の反応に、彼女も慌てた感じで返してくる。


そしてそう言う表情は照れくさそうだった。


「ふふふ…。」


なんだ、そう言う事か。


思わず笑ってしまう。


「な…な…何笑ってんのよ!?」


確かに、言ってないと言われた時はショックだった。


でもそれが単に嫌いだからじゃないと分かると、安心からか不意に気が緩んだのだ。


「はい、宜しくお願いします。」


笑顔でお辞儀する。


「…まぁ…カフェくらいならいつでも付き合ってあげるわよ。」


照れくさそうにそっぽを向いてから摩耶ちゃんはそう言ってくれた。


結局なると口では言ってくれなかったけど、かと言ってはっきりと否定もしなかった。


それは彼女なりのオッケーサインなんだろうなとなんとなく悟った。


「ありがとう。」


だから改めて感謝の気持ちを伝えた。


「ふ…ふん。」


それにそう返す彼女は、なんとなく嬉しそうな気がした。


「ここだよー。」


そう言って連れてこられたのは、落ち着いた雰囲気のシンプルな内装と、インテリアで統一されたオシャレなカフェ。


上にレジが置かれた棚には、美味しそうなパンケーキのサンプルが沢山の種類並べられている。


「わー…沢山あるね!」


「ここ、パンケーキが有名で種類も割と豊富なのよ。


卒業までに全制覇目指してる。」


思わず純粋な感想を口にすると、小池さんがそう教えてくれた。


「す、すごいね。」


小池さんが店員に人数を告げ、案内された入口から近い窓際の席に着く。


「ねぇ、あんたってさ。」


お互い向かい合って座った所で、不意に小池さんが口を開いた。


「え?」


「下の名前、なんて言うの?」


「あ、えっと、静だよ。」


質問の意図は読めなかったが、聞かれたから素直に答える。


「ふーん…じゃあさ、静って呼んでも良い?」


「ふ…!ふぇっ!?」


突然の名前呼び。


呼ばれ慣れてなくてちょっとびっくりしたから変な声が出てしまった。


「え…何?駄目なの?」


「い…いやそんな事ないよ?


ただ呼ばれ慣れてないからちょっとびっくりしただけで…。」


「そっ、じゃあ静って呼ぶからさ、静も私の事摩耶って呼んでよ。」


「え…?あ…ま、摩耶…ちゃん!」


うぅ…やっぱり慣れてないから呼び捨てなんて無理だった。


実際幼なじみの恵美ちゃんですら呼び捨てした事は一度も無いのだ。


「ちゃんって…。


まぁ…良いけどさ。」


申し訳なさからアワアワしていると呆れられてしまった。


「ご、ごめん…。


でもなんで急に?」


「私さ、友達が出来たらしたかったんだ。


名前呼び。」


「え…?」


気になって聞いて返ってきた答えが意外な物で思わず拍子抜けする。


「何よ?」


そんな私の反応を見て摩耶ちゃんは顔を顰めながら聞いてくる。


「あの…摩耶ちゃんも?」


それにまた少し申し訳ないと思いつつおずおずと聞き返す。


「う、うるさい!


そうよ!!私も友達がいなかったわよ!!!


悪い!?」


そう叫ぶ顔はいかにもやけくそ気味で、真っ赤だった。


「あ…いや、悪くないけど気になって…。」


「あ…あんた達のメンバーに入ったのだってメンバーが足りてなかったみたいだからってのもあるし…。」


「えっと…でもあるし?」


「それに…私と同じで最初友達いなさそうだったあんたとさ、前々から話してみたいなって思ってたのよ…。」


「そう…だったんだ。」


まさか私なんかと話したいと思ってくれてる人がいたなんて…。


ずっと一人で高校生活を過ごして来て、自分が周りに興味を持っていても、周りが自分に興味を持ってないと思っていた。


人付き合いは得意じゃないし、自信がなかったから卑屈になっていた、と言うのもあるけど。


でもそんな風に思ってくれる人が一人でもいてくれた事が素直に嬉しかった。


「そ…その、ちょっとこのクラスの人とは馴染めないって言うか?


私チビだし…相手にされてないって言うか…。」


言いながら静かに泣きだしてしまう。


多分私がそうだったように、彼女も友達が出来なくて寂しかったのだろう。


だから今私と友達になれて嬉しいんだと思う。


「な、泣かないで!!


私、嬉しいよ?友達になれてすごく嬉しい!」


だから慌てて私も素直にその気持ちを伝える。


「うん、ありがとう…。」


今も泣いている摩耶ちゃんにハンカチを差し出していると、私達の座ってる席の方に見知った顔の人が歩いてきた。


思わず身震いする。


その人はこないだ校舎裏で話した人だった。


「何?私達になんか用?」


それが分かって身震いしてる私の代わりに、まだ鼻声だが摩耶ちゃんが聞いてくれる。


「別に、あんたに用はないわよ。」


その人はそう言うと私の方に目を向けた。


「この子、あんたの妹…?


あんまり似てないみたいだけど…。」


かと思えば、こないだのように敵意に満ちた表情ではなく呆れた表情でそう言ってきた。


「誰がよ!? 静と同い年よ!!


と言うか同じ制服着てんだから言わなくても分かってんでしょうが!」


それには摩耶ちゃんも黙っておらず、そう言って牙を向く。


「あーはいはい分かった分かった…。


キャンディーあげるから。」


それをめんどくさそうに手を振ってあしらいながら、その人はポケットからキャンディーを取り出して差し出す。


「馬鹿にすんな!!


……まぁでもそこまで言うなら仕方ないから貰っておいてあげるわ。」


あ、そこは貰うんだ。


「で、でも私の友達に何かするつもりなら許さないから!」


うーん…貰ったキャンディーを口の中に放り込んでから満足そうな顔で言われてもあんまり説得力無いんだけどなぁ…。


まぁ、でも言葉自体は素直に嬉しかった。


「別に何もしないわよ…。


ただ、その……。」


頭を掻いてこちらをチラチラ見ながら、言い辛そうに口ごもるその人。


「え?」


さっきと言い今と言いその姿にこないだのような刺々しさは一切無く、むしろどこか丸みを帯びていて、だから不思議と先日ほど怖くはなかった。


落ち着いて次の言葉を待ってみる。


「こないだは…その…悪かったわね。」


一度深呼吸して、その人はそう言って頭を下げた。


「…あ。」


それに一瞬私は言葉を失う。


「親友の事だからさ、頭に血が上ってたの。


中川に言われて目が覚めたわ。」


拍子抜けしていた私に、その人はまた頭を掻きながらそう付け加える。


「そう…なんですね。」


それに私はそんな素っ気ない返事を返すのがやっとだった。


「さっき、あんた達の姿が見えたから、一応それを謝っておこうと思っただけよ。」


「そ…そっか。」


「うん、それじゃ。」


そう言って店を出ようとするその人。


モヤモヤする。


このままお別れで良いのだろうか?


「ま、待って!」


そう思った時には、慌てて呼び止めていた。


今度は彼女が拍子抜けした顔で振り向く。


「その、良かったら一緒に食べませんか?」


「…は?あんた何言って…」


正直まだ怖い。


そう返されるのも普通の反応なのかもしれない


でもいくら中川君に言われたからとは言え、わざわざ素直に謝りに来たこの人がどうしても悪い人のようには思えなかったのだ。


「こないだの事は…その、もう気にしないで?


私も今は友達大切なんだって分かったから。


友達を悲しませる人の事、許せないって考えると思うもん。


だから、もし私も悪かったんならごめんなさい。」


自分も悪かったのなら、謝らずにそのまま帰らせてはいけないと思ったのだ。


何より本当に悪い人かどうか分からない彼女の事をちゃんと知りたいと思ったのだ。


そのまま頭を下げる。


「ちょ、頭を上げてよ…。


あんたは別に悪くないって…。」


それには流石に見かねてか戻ってくるその人。


「ううん、きっと私も悪かったと思う。


だからその…まだちょっと怖いけど…話してみたいなって…。


駄目…かな…?」


「いや…でも…。」


勇気を出しておずおずとそう提案すると、彼女は迷ってるようで気まずそうに視線をさまよわせていた。


「あ、店員さん、この人も注文良い?」


と、そこで一度ため息を吐いてから摩耶ちゃんが近くに居た店員を呼び止める。


「ちょ…私は!」


それにその人は慌てて言い返す。


「なんだか知らないけどさ、静が良いって言ってんだから素直に座れば良いじゃない。


そのまま突っ立たれても他の客の迷惑なんだけど。」


言いながら少し乱暴にメニュー表をその人に差し出す。


「い、いや…だ、だから帰るって…。」


そのまま去ろうとするその人の腕を掴み、自分の隣に無理矢理座らせる摩耶ちゃん。


「ちょっ…まっ…!」


一瞬の事で、その人は抵抗する間も無いまま座らされてそう声を漏らすのがやっとだった。


「本当に謝る気があるんなら、言いたい事だけ言って逃げないでちゃんと相手の話しも聞いていきなさいよ。」


そう言う表情は真剣その物だった。


「っ…!?わ、分かったわよ…。」


言われて一度口ごもった後、その人は諦めたのか頭を抱えながらため息を吐いて、渋々メニューを開く。


「アイスミルクティーを一つ……。」


そして、やってきた店員さんにそう注文する。


でもそれでメニュー表を閉じて注文を終えようとしたから摩耶ちゃんに露骨に睨まれた。


「…あとこのブルーベリージャムのやつ。」


それにその人はまたため息を吐いてからそう付け加える。


「かしこまりました。」


そうにこやかに返し、店員は奥に戻っていく。


「てか、いい加減名乗ったら?」


「…藤枝理沙。


あんたは…?高橋さんの妹?」


聞かれて渋々と言った表情だったが、藤枝さんは無理矢理座らされた恨みからか皮肉を付け加えて名乗る。


「だからさっき違うって言ったでしょうが!!わざとやってんでしょ!?


私は小池摩耶!静の…その…友達よ。」


一方の摩耶ちゃんはそれに最初は牙を向けたものの、最後には照れくさそうにそう言ってくれた。


「…そ、高橋さん、あんた良い友達がいるじゃない。」


「え、あ…はい。」


実際そう思う。


きっとこうして、藤枝さんと話せるのは摩耶ちゃんがこの場に居たからだ。


いくらこないだより丸くなっているにせよ、居なかったらその場からすぐに逃げ出していたかもしれない。


「ありがとう、摩耶ちゃん。」


だからこそ、私はその感謝の気持ちを何度でも素直に伝える。 


「ふ、ふん。」


そう返して照れくさそうにそっぽを向く摩耶ちゃんは、なんだか嬉しそうだった。


「そ、それよりあんたらなんか話したい事があるんじゃないの?」


その顔を見られるのが恥ずかしいからか、そう言いながら手で追い払う動作をしてあしらってくる。


「あ、えっと…。」


どうしよう。


確かに話したい事があるのは事実だ。


だから呼び止めた訳だし、そうしたのは本来の彼女の事を知りたいと思ったからだ。


でもいざ話せと言われるとどうして良いか分からない。


きちんと話を聞くのが一番なんだろうけど…。


こうして謝りに来るのもすごく勇気がいる事だったんだろうし…。


「あぁ…えっと…。」


藤枝さんも言われて困っているようだった。


もう謝ってもらったし、私も気にしないでって言った訳だし…。


これ以上無理に聞き出すのもなんだか申し訳ない気がするなぁ…。


お互いどうして良いのか分からずに言葉を探していると、摩耶ちゃんは盛大にため息を吐いた。


「やめやめ、このままじゃラチがあかないわ。


今話せないんなら無理に話さなくてもまた話せる時に話せば良いじゃない。


そうよ、あんたら普段暇な時何してんの?」


そう言って話題を振ってくる。


「いや…あの…。」


藤枝さんの方はまだ何か言いたそうにしている。


「えっと…私は本読んだり、漫画もたまに…かな。


藤枝さんは?」


そう言って微笑む。


「え…?あ…えっと…ごめん。」


「ううん、謝らないで。


せっかくこうして遊びに来たんだもん。


楽しい話、しよ?」


「…分かった。」


まだ納得行かないと言う表情ではあるものの、とりあえずそう返事を返してくれた。


「私は…そうね、カラオケとか行ったり携帯小説読んだり?こう言うカフェもたまに来るよ。」


そして少し考え込んでからそう言ってきた。


「え、あんたもカラオケ好きなの!?」


それに食い付いたのは摩耶ちゃんだ。


「え、まぁ…。」


一方の藤枝さんはそれに戸惑っているようだった。


「何歌うの!?機種はどれ派!?」


どうやらカラオケは摩耶ちゃんの興味を一番引くワードだったらしい。


一方の私は話題についていけずオロオロしていた。


「あの、えっと…カラオケって…何?」


「は?」


そもそも私はそれが何かすら知らなかった。


そんな私の反応に摩耶ちゃんは驚愕で言葉も無いようで。


「ぷっ…あははは!」


一方の藤枝さんは、急にお腹を抱えて笑い出した。


「わ、笑わないでよ!」


それに私はムッとなって言い返す。


「はは…ごめんごめん!


カラオケも知らないなんて、高橋さん、あんたどんだけインドアなのよ。」


そう謝りつつも、藤枝さんは更に笑っていた。


そうやって笑う姿は無邪気と言うか、この間の藤枝さんとは別人のようだった。


「うぅ…。」


「え、カラオケ知らない人なんていたんだ…。」


一方の摩耶ちゃんは未だに言葉も無い様子だ。


「カラオケって言うのは、まぁ歌を歌う為の遊び場…って言えば分かる?」


一呼吸置いてから藤枝さんがそう言って説明してくれる。


「あ、何となくは…。」


「ちっがぁぁぁう!


そんな単純な物じゃないわ!


もっとこう、行けばテンション上がって、歌えば更に上がって、ストレスがこう、ぐわってぶっ飛んで!」


摩耶ちゃんが言いながら体を使ってアピールしてくるも、そのすごさは今ひとつ伝わってこない。


「なんと言うかもっと語彙力どうにかならないの…?」


だから真顔で藤枝さんにも突っ込まれていた。


「うるさいうるさぁぁい!


静、今度一緒に行くわよ!」


「え、うん。」


また誘って貰えた!


そう思うと、ちょっとだけ知らなくて良かったなと思った。


カラオケはよく分からないし人前で歌うのも恥ずかしいけど、楽しそうだなぁと思う。


「あのぉ…お客様、申し訳ありませんが他のお客様のご迷惑になりますのでもう少しお静かにお願いします。」


パンケーキを運んで来た店員に注意される。


「あ、はい…。」


それには摩耶ちゃんも素直に従っていた。


そんな風に色々あったものの、私達はそれぞれ運ばれてきたパンケーキを食べる事にした。


そして、その後の帰り道。


「パンケーキ美味しかったね!」


私が食べたのは、初めてだからと摩耶ちゃんにおすすめされたイチゴと生クリームが乗ったパンケーキだ。


ふわふわな生地に、そのどちらもよく合っていて、生クリームの甘さも程良くて私好みだった。


ちなみに摩耶ちゃんはチョコバナナ。


それぞれ違うのにしたから、ちょっとずつ食べ比べたりもした。


最初こそ素っ気なかった藤枝さんも、ケーキが運ばれて来るとそれを食べながらその後の会話にも普通に

参加してくれた。


さっき笑ってた時にも感じた事だが、やっぱり根は悪い人じゃないように思う。


「それじゃ。


まぁ、今日は…その一応ありがとう。」


帰りがけもそう言って私達の帰る方向とは逆の方向に去っていった。


だから今は再び摩耶ちゃんと二人で歩いている。


「ねぇ、」


最初ほどの緊張ももう無くなり幾分か楽になった帰り道で、隣を歩いていた摩耶ちゃんが思い出したように聞いてきた。


「ん?」


「静は佐藤の事どう思ってんの?」


そのあまりに唐突過ぎる質問に、顔が真っ赤になる。


「ま、摩耶ちゃん!?


わわ、眼鏡が…。」


思わずそう聞き返す声も大きくなる。


「うっわ、面白い反応。」


そんな私を見て、分かりやすく顔をニヤつかせる摩耶ちゃん。


「も、もう…からかわないでよ。


その…佐藤君は大事な友達だよ。」


くもった眼鏡を拭きながら、一度気持ちを落ち着かせて素直に答える。


「ふーん、今日の事は誰かに話したりするの?」


その答えにさも興味なさそうに次の質問をしてくる。


「うん!お母さんにも、あと…」


「佐藤にも?」


言いかけたところで、摩耶ちゃんが唐突に口を挟む?


「っ…!?摩耶ちゃん!?」


確かに佐藤君にも話したいと思ってる自分がいる事に気付く。


「あ、これ図星なやつだ。」


「ち、違うよ!


…違わないけど…。」


せっかく拭いたばかりなのにまた眼鏡がくもってしまう


「落ち着きなさいよ。


意味分かんないから。」


また拭きながら必死に否定するも、そう言って笑われてしまった。


「でもやっぱり話したいのね。」


「あ、うん…。


佐藤君とはよくメールするし、高校で初めて出来た友達だから。」


「ふーん。」


「私、こんな風に友達に話を聞いてもらえるのが嬉しいの。


今までは幼馴染の恵美ちゃんと、お母さんだけだったけど。」


「へぇ、あんた幼馴染がいたんだ。」


「え…?あ、うん。


高校は別なんだけどね。」


「ふーん。


今度紹介しなさいよね。」


「うん、勿論!」


今まで自分が過ごして来た時間は、毎日ほとんど変わらない物だった。


だから人に話したい事なんてそんなになかったし、あっても読んだ本の感想とか勉強の話しぐらいだった。


どちらかと言うと私が恵美ちゃんの話を聞く事の方が多かったし、私もそれが楽しかったからそれで満足していた。


でも今は、毎日こうしてだれかに話したいと思える事が増えていく。


佐藤君と友達になって、摩耶ちゃんとも友達になれて。


嬉しかった事、悲しかった事、沢山あった。


そのどれもが、大切な思い出に変わっていく。


こんな風に私が変わるきっかけをくれた佐藤君には本当に感謝してる。


だから一番に話を聞いてもらいたくなるのかなぁ…。


「あ、私ん家ここだから。


また明日。」


そう言って摩耶ちゃんは青い屋根の一階建て一軒家に目を向け、小さく手を振ってくる。


「あ、うん。


今日はありがとう。」


私もそう言って手を振り返す。


「こっちこそ、どうも。」


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