第一章《9》
9
春樹目線。
一緒に帰っていたヤスと別れた後小腹が空いたから家の近くにあるコンビニに立ち寄る。
店内の自動ドアをくぐると同時に、クーラーが涼しい風を運んで来た。
流れているBGMは今チェックしている話題のアーティストの夏らしさ全開の最新曲だ。
それもあり、なんだかちょっと気分が良くなる。
そのまま中に踏み込み、辺りを見回す。
好きな漫画雑誌の最新号が出ている。
新商品のおにぎりやスイーツ、パンにお菓子にドリンク。
何を買おうかと歩きながら眺めていると、店の奥に見知った後ろ姿が見えて思わず手近な場所に隠れる。
(うわ、やべ…あれ美波の母さんだ。)
ちょうど俺に背を向ける形で商品棚を見ているその人、美波の母さんこと美里さんは、家に行く度に歓迎してくれて晩御飯もよくご馳走になってたっけ。
性格は基本明るくて優しい。
よく喋る人で、でもたまに意地が悪く、よくからかわれたりもした。
美波より少し長いパーマのかかった髪に、俺ら世代の母親とは思えないほど若々しくて端正な顔立ちは、遠巻きで久しぶりに見ても見間違える筈がなかった。
付き合った時はとても話しやすくてすぐに親しくなれたのだが…流石に今は気まずいよなぁ…。
「あら、春樹君じゃない。」
「うぉう!?」
やっぱり早く帰ろうと思って出入口に向かうも、普通に見つかってしまって思わず変な声が出てしまった。
「久しぶりじゃねー。
元気しとった?」
「あ…えっと… はい。」
前に会った時と全く変わらない雰囲気で話かけてくる。
そのあまりに普段通りな振る舞いに、まさか…俺達が別れている事に気付いてないのでは?とさえ思うほどだ。
「ほうかぁ、あの子と別れてからもう一ヶ月くらい経つんじゃねー。
やっぱ変わっとらん。」
やっぱり気付いてる!?
クスクスと笑うこの人は、一体どう言う気持ちで俺に声をかけ、今こうして笑っているのだろう?
「あ、あの…その、ごめんなさい。」
とりあえずなんと言って良いのかも分からなくて、ひとまず謝る。
「あらあら…ふふふ、仕方ないわ。
難しい年頃じゃけぇ。
遊びたい盛りじゃろうし気持ちのすれ違いとかもあるじゃろうし。」
「あ、ありがとうございます。」
返ってきた返事が優しい物でひとまず安心する。
まぁこの場ですぐに怒りを露わにする程嫌っているのなら最初から気さくに話しかけてきたりはしないのだろうが。
「でも、まぁ…仕方ない事だとは思うけど残念ではあるわね。」
などと、思っていた矢先に唐突に心を抉られた。
「う…ご、ごめんなさい!」
「大変じゃったんよ?
家に帰るなりわーわー泣きだして。」
「うぐっ…!?」
「あの子ね、いつもほんまに楽しそうにあなたの事話とったんよ?
毎日毎日名前を聞かんかった日が無いくらい。
それだけあなたの事をよく見とったんじゃろうね。
だから聞いててすごく好きなんじゃろうなと思うたし、幸せが伝わってきた。」
「うぅ…。」
実際美波がどう思って俺と付き合っていたかなんて最初から分かっていた事だ。
それは彼女が精一杯想いを伝えてくれたからこそだし、付き合い始めてからだってずっと大切に思ってくれていた筈なのに。
「まぁ、別れたって聞く数週間くらい前にはなんだか元気が無さそうじゃったし、その頃からあなたの話も全然聞かんくなったけぇ、なんかあったんかなとは思うとったけど。」
「ほ、本当に…ごめんなさい。」
それに気付いていた筈なのに、俺はその気持ちを大事にする事が出来なかった。
だからただ謝る事しか出来なかった。
「あら、ちょっといじめ過ぎたかしら?」
そうして俯く俺を見て、美里さんはまるで悪戯をした後の子供のようにニヤニヤと笑う。
どうやらからかわれただけらしい。
こう言う所は本当相変わらずだよなぁ…。
「か、勘弁してくださいよ…。
いや、俺が悪いんですけど…。」
「あなたは別に悪くないじゃろう。
まぁ、じゃけぇあの子が全部悪いと言う訳でもないとは思うけどね。」
「恐縮です…。」
「ここで立ち話もなんじゃし、少し歩かん?
ついでに荷物も近くまで持ってもらえると助かるんじゃけどなぁ。」
いやそれ、どっちが本当の目的なんだ…?
とは言え俺の中で断ると言う選択肢はなかった。
別にそんな事で許されるなんて思ってない。
でも何もしないよりは全然良い気がしたのだ。
それから、結局俺は美里さんとその家の近くの公園に来ていた。
まだ美波と付き合ってた頃は、登校の時もデートの時もこの公園前で待ち合わせしてたし、帰り道で話し足りない時はそこにあるベンチに座って、暗くなるまでよく話していたのを覚えている。
ひとまず二人してそのベンチまで歩いた。
隣を歩く美里さんは手ぶらだ。
一方の俺は両手に荷物を持っていたからか、ちょっと手が痛い。
まぁ頼んだけれど全部は流石に悪いとは言われたのだが、気にしないでくださいと自分から引き受けたのだ。
二人でベンチに腰かける。
「ごめんなさいねー。
ほんまに助かったわー。」
「いやいや、とんでもないです。
あ、あの。」
「ん?」
「最近、その…美波…さんはどうですか?」
この質問自体には深い意味は無いつもりだった。
なんとなくだが、こうして美里さんとまた会えて話せたのだから聞いておこうと思ったのだ。
「まぁ、美波さんだなんて。」
笑われた。
ちょっと気まずくて気を使ったつもりだったのだが…。
「うーん…そうじゃねー。
まだちょっと元気無い時もあるけど基本は元気そうじゃね。
でもこないだはちょっと大変じゃったみたいよ?」
「え、こないだ?」
「頭が痛い言うて道端に座り込んどったみたいでね、友達に連れて帰ってもろうとったんよ。」
「だ、大丈夫なんですか!?」
思わず慌てて聞く。
「大丈夫、一日休んだら落ち着いたみたいじゃし。」
「そうですか…。」
「ふふふ、まだちゃんとあの子の事心配してくれとるんじゃね。」
「あ…。」
無意識だった。
最近まで出来る限り考えないようにしてたし、もう終わったんだから仕方ないと無理矢理にでも思うようにしてたのに。
それでも、無意識に美波の事を心配している自分がいる。
だから別れた後の事が気になった。
今だって大丈夫と言われて安心してる自分が確かにいるのだ。
「私ね、実はあなたとはまた会いたいなって思うとったんよ?」
一人でしばし沈思していると、突然美里さんはそう声をかけてくる。
「…え?」
その意外な言葉に、思わず聞き返す。
「結果としては残念じゃったかもしれん。
でも、ちゃんとお礼を言うときたかったんよ。
一年間も、あの子と付き合うてくれてありがとう。」
一方の美里さんは、そう言ってお辞儀してくる。
「そんな、俺は…!美波の事全く知らなくて…正直本当に好きだったのかも今となってはよく分からなくて…。」
そんな言葉を言われても、今は嬉しさより申し訳なさの方が圧倒的に強いのだ。
出来ればこんな形でそんな言葉を聞きたくなんかなかった。
今それを受け入れてしまえば、そんな中途半端な自分を許してしまうように思えて。
だから言うべきかを迷っていた言葉が、言い訳のように口を衝く。
「懐かしいわねー。
私にもそんな時期があったわ。」
美里さんは、それに対して怒るでもなくそう言って何処か遠い目で空を眺めている。
「え、そうなんですか?」
意外だった。
だから思わず聞き返す。
「いつかはちゃんと答えが出せるとえぇね。」
それに美里さんは笑顔を作ってそれだけ返した。
「は、はい。」
言われて考える。
答え、か。
もう関わる事も無いのに。
お互い忘れて行く存在との関係に、答えなんてもはや必要ないじゃないか。
そして見付かる筈もなければ、もう見付ける必要もないのに。
その時の俺には、頷きつつも美里さんの言う言葉の意味がよく分からなかった。
「それじゃあ私はそろそろ帰るけぇ。
体には気を付けるんよ。」
立ち上がって俺から荷物を受け取ると、美里さんは小さく手を振ってから歩きだす。
「あ、はい!さ、さようなら!
本当にお世話になりました!」
言いながら深々と頭を下げると、美里さんは一度少し寂しそうな顔を見せてから去って行った。
その姿が完全に見えなくなるまで見送り、深くため息。
申し訳なさと感謝がごちゃ混ぜな気持ち。
でもこうなってしまった原因は他でもない自分自身なのだ。
だから個人的にはもっと怒ってほしかった。
中途半端で無責任な気持ちのまま彼女と付き合っていた事を。
でも美波の母さんは、あの時と変わらずに話してくれた。
笑って許してくれた。
その笑顔を思い出してまた胸が痛む。
本当にどうしてこうなってしまったのだろう?
美波と過ごした日々は確かに幸せだった筈なのに。
それは今なら、今更だが自信を持って言える筈なのに。
何気ない事で笑い合ったり、笑顔や仕草に癒されたり、そんなかけがえのない時間を確かに一緒に過ごしていた筈なのに。
それなのになんであの日、はっきりとそんな事ないって言えなかったんだろう?
いや、それは当たり前だ。
最初は別に好きじゃなかったんだ。
でも一緒にいて幸せを感じるようになって、それが徐々に当たり前に変わっていって。
それを好きだと思おうとしていただけなのだから。
ならなんでこんなにも忘れられないのだろう。
通り過ぎていった美里さんの背中を思い出し、それにあの日の美波の背中が重なる。
せいせいするって言った癖に。
「やめよう。」
そう口にまた自分を無理矢理に抑えつける。
と、ここでメールの着信音が鳴った。
高橋さんからだ。
「お疲れ様。
今日ね、摩耶ちゃんと帰りにパンケーキを食べに行ったんだよ。」
「へぇ、良いなー。」
「新しい友達も出来たの。
パンケーキは美味しかったし、色んなお話が出来て楽しかったよ!」
相変わらず顔文字や絵文字も無くシンプルな文面だが、その嬉しさはなんとなく伝わってきた。
「おー良かったね。
新しい友達も出来たんだー。」
こうして友達とメールをしてても、寂しくなるのは何故だろう?
「うん、藤枝さんって言う違うクラスの人なんだけど。」
「…え?」
聞き覚えのあり過ぎるその名前を聞いて、思わず聞き返さずにはいられなかった。
「藤枝って…もしかして藤枝理沙?」
「え?あ、うん。
そうだよ。」
やっぱりか。
藤枝理沙は、中学からの付き合いである美波の親友だ。
付き合い始めてからその間は彼女の事を相談したりもした相手だし、今もよく覚えている。
でも今は当然ながら話してない。
はっきりとふられてから数日後に、たまたま鉢合わせてもの凄い形相で睨まれた事があ
ったのだ。
そして彼女は吐き捨てるようにこう言った。
「あんたの事、信じてたのに。
裏切り者。」
友達思いの藤枝さんの事だ。
俺に対して恨みの一つぐらいあって当然だろう。
正直俺自身にとっては美里さんのように優しくされるより、こうしてはっきりと言ってくれた方がまだ良かったのかもしれない。
このまま何事もなく許されて良い筈ないし、そんな自分を自分が許せないからだ。
だから美里さんにお礼を言われて素直に受け入れる事が出来なかった。
だからこそ、俺がそんな風に言われるのは構わない。
でもなんで高橋さんと?
「ごめん高橋さん、今からちょっと出てこれる?
桜乃木公園に居るんだけど、大事な話があるんだ。」
詳しい話を聞きかない訳にはいかないし、明日まで待てない。
そう思った時にはもうそうメールを送っていた。
「分かった、すぐに行くね。」
ベンチに再び腰かけ、高橋さんをゆっくり待つ。
ヤスに言われた事もそうだ。
ちゃんと自分の口から言わなければ。
メールではなく、自分の口で伝えないと。
伝えたいと思った。
しばらくしてから、高橋さんが小走りで公園にやってきた。
「遅くなって…ごめんね。」
「いや、大丈夫。」
隣に腰かけた彼女は、急いで来たらしく息切れして汗をかいていた。
「ちょっと待ってて。」
立ち上がり、近くの自販機でジュースを二つ買って一つを差し出す。
「これで良かった?」
高橋さんの好みは分からないが、ひとまず当たり障りのない麦茶にしておいた。
「あ、うん…ありがとう…。
えっと…お金…。」
「良いよ、来てもらったし。」
言いながら慌てて財布を取り出そうとしてる高橋さんをそう言って止める。
「う、うん、ありがとう。」
「いえいえ、あのさ、俺高橋さんに言わなきゃいけない事と聞かなきゃいけない事がある。
一つずつゆっくり話すから聞いてほしい。」
「うん。」
「まず、藤枝さんとはどうやって知り合ったの?」
高橋さんが麦茶を飲んで一息ついたのを確認してから、とりあえず一番気になった事を聞いてみる。
「えっと…実は私、前に彼女に呼び出されたの。」
「え!?それってもしかしてこないだ言ってた?」
「うん。」
予想外だった。
一瞬美波を疑ってしまった自分だが、美波じゃないにしろ、まさかその親友だったなんて。
でも…ならなんで藤枝さんが迷惑する人がいるなんて言ったんだろう?
そう考えたところで、また一瞬美波の顔が脳裏を過る。
いやいや…そんな訳ないだろう?
あいつがもう俺に嫉妬なんかする訳ないじゃないか。
あいつとはもう別れてるし…嫌われてる訳だし…。
「佐藤君…?」
「あ、ごめん…。
藤枝さんはさ、俺の元カノの親友なんだ。」
「え、そう…なんだ。
じゃあ…あの時私が呼び出されたのも…?」
「分からない…。
元カノにはもうフラれてるし、他の人の事かもしれない。」
もっとも、そうは言っても他に心当たりは全く無い訳だが。
「そっか…。」
「改めてごめん、高橋さん。
俺のせいでそんな思いをさせちゃって…。」
言いながら頭を下げる。
「そ、そんな。
それはもう…」
それに高橋さんは慌ててフォローしようとしてくれるのだが、ここで言葉を止める訳にはいかない。
「それにさ、俺これまで高橋さんの事を元カノと重ねてるとこがあったんだ。
フラれて寂しかった時、話せるようになったおかげで本当に助けられてるような気がして。
一緒にいると仕草とか眼鏡外した時の雰囲気とかたまに元カノと重なる時があって。
そんな自分も、それを言わずに友達でいる自分も、許せなくて。
でもだから、ちゃんと伝えておきたくて。」
「…そうだったんだ。」
「ごめん。
俺自分勝手だった。
高橋さんの気持ち、全然考えてなかった。」
「そんな…気にしなくても良いよ。」
そう言う高橋さんの表情は、無理に笑顔を作っているようにも見えた。
何を考えているのかは全く分からない。
「佐藤君の気持ち、ちゃんと聞けて良かった。
ありがとう。」
「うん…。」
静目線。
佐藤君から呼び出しのメールが来た後、制服のまま足早に家を出て公園に向かった。
入り口前に着くと、ベンチに座って待っている佐藤君を見つける。
待たせた事を謝って隣に座ると、佐藤君がジュースを買ってきてくれた。
本題に入る。
藤枝さんが佐藤君の元カノの親友だと言うのを聞いてまず驚いた。
こないだだってその辺りの話をする事を本人は躊躇っていてしようとしなかったし、私も無理に聞かなかった。
だからあの日はお互いこうして集まるのが初めてと言うのもあってパンケーキの話しとか、趣味の話とかをしてる内に解散の流れになったのだ。
そして、佐藤君が私を元カノに重ねてたと聞いた時は、どう反応して良いか分からなかったと言うのが正直なところだ。
私、元カノさんと似てるのか。
そう言われても佐藤君には感謝してるし、許さないなんて選択肢はない。
役に立てるならそれでも良いかなと思う自分さえいる。
でも同時に何故かモヤモヤしてる自分も。
なんだか自分がよく分からない。
このまま一緒に居たら、なんだか自分を抑えられなくなりそうで怖い。
だから帰りがけに送ると言ってくれたけど断った。
携帯を取り出す。
まだ恵美ちゃんに今日の事を連絡してないなと思ったからだ。
電話をかけると、相変わらず待ち時間はほぼなく繋がった。
「もしもしーどうしたのー?」
「あ、今日ね、新しい友達二人とパンケーキを食べに行ったんだよ。」
「おー!そうなんだ!」
「うん、すごく美味しかったよ。」
「良いなー!今度お店教えてよ!」
「うん、実は友達の摩耶ちゃんに今度恵美ちゃんを紹介してって言われてて。」
「え!行きたい行きたい!」
「良かった、言っておくね。」
「やった!ねぇ、友達ってどんな人なのー?」
「えっと…摩耶ちゃんは同じクラスの人で、今度の合宿で同じ班になったの。
私と一緒でクラスに友達がいなかったみたいだから。
話してみたかったって言ってくれたんだよ。」
「そっかー!良い人そうじゃん。」
「あ、でもその人背が低いからもう一人の友達に妹だと思われちゃって…。」
「何それ面白い。」
一方その頃。
「へっくち!………?」
「会うの楽しみ!
で?もう一人は?」
「あ、えっと。」
来た。
正直どう説明して良いのか分からず、一瞬言葉を失う。
「ん?何?どしたの?」
心配そうに聞いてくれる。
言いづらいのはあるけど、やっぱり恵美ちゃんには言わないと…。
「えっと…その…藤枝さんは他のクラスの人で、初めて出来た友達の…佐藤君の、その…。」
「何々?てか静なんか元気なくない?」
「え、そうかな?」
「してる話は楽しそうなのになんか最初からそんなテンション高くないと言うか。
なんかあったの?」
無意識だった。
さっきは確かに上手く言えずに口ごもってしまったからだが、実際は最初からそうだったらしい。
それを最初から恵美ちゃんは察していたみたいだ。
「やっぱり恵美ちゃんに隠し事は出来ないね。」
心からそう思った。
「何年の付き合いだと思ってんのよ?」
言いながらため息を吐かれる。
「うん、そうだよね。」
「それで?」
「あ、あのね。
藤枝さんは佐藤君の元カノさんの親友らしくて。」
「…は?何それ。」
私の説明を聞いた瞬間、恵美ちゃんの声のトーンはそれまでと比べて分かりやすく変化する。
「で、前に呼び出されて佐藤とは関わるなって言われて。」
「え、え…?」
「でも今日謝ってきて…。」
「ま…待って、状況が掴めない。
意味分かんない。」
「あ、ごめん。」
出来るだけ分かりやすく、ゆっくり説明する。
「甘い!パンケーキよりも甘い!
甘過ぎる!」
…したのだが、説明が終わると恵美ちゃんは思わず耳に当てたスマホを落としそうになるくらいの大声で言ってきた。
「あ、えっと…今パンケーキは関係無いような…。」
慌ててスマホを持ち直しながらなんとかそう返す。
「急に謝ってきたその人もだけど、それを素直に許すあんたも甘い!」
「え、だって最初に思ってたより悪い人じゃなさそうだったし…。」
「いやいやいや…!良い人は呼び出してシメたりとかしないから…。」
一緒に時間を過ごしてみて楽しかったし、それなりに自信を持って言ったつもりだったのだが呆れられてしまった。
「でも、それが本心からじゃない気がするんだよね…。
そうやって呼び出したのも友達の事で頭に血が上ってたからだって言ってたし…。
それに…」
何とか分かってもらおうと言葉を探す。
「そんなの分かんないから!」
でもそんな言葉を断ち切るように恵美ちゃんはそう強い口調で言った。
「そんなの油断させる為の罠かもしれないじゃん。
そう言う奴らはあんたの反応を見て裏で笑ってたりとかするんだよ?」
「うーん…そうかなぁ…?」
確かにそう言う人もいるのは確かだろう。
でも彼女がそうだとはどうも思えないのだ。
今日見た優しい笑顔が、どうも嘘とは思えない。
だからどうしても彼女もそう言う人だとは思えないでいる。
「その人にも会わせなさい。
ちょっと怪しいし。」
そんな風に迷ってるのがバレたのか、恵美ちゃんはため息を吐きながらそう言ってきた。
「う、うん…分かった。」
勇気を出して謝りに来た藤枝さんにはちょっと悪い気がするけど、これは流石に断れないだろう。
「まぁでも、本来ならシメられた時すぐに電話してほしかったんだけどね。」
そう言う口調は少し怒っているようだった。
「ご、ごめんね。
その時は本当に辛くて。
誰とも話したくなかったの。」
恵美ちゃんが怒ってる理由は分かってるつもりだ。
こうして会わせなさいと言ってくる理由も、それを断らせない理由も。
心配をかけてしまった事は申し訳ないと思ってる。
でもそんな風に心配してくれるのを知ってるからこそ、言いづらかったと言うのもあるのだ。
「…まぁ、分かるけど…。
なら尚更簡単に許しちゃ駄目だよ!」
それだけ心配をかけて来た事に気付いているからこそ、これ以上心配をかけるのが申し訳なく思えるのだ。
「うっ…うん。」
だからそう返しつつも申し訳なくなる。
「それで?まだ何かあるんでしょ?」
「あ、えっと…この事は佐藤君にも話したんだけど…。」
「え、そしたら?」
「公園に来るように言われて、その時に藤枝さんが佐藤君の元カノさんの友達だって教えてもらったんだ。」
「ふーん…なるほど。」
「そこから、私が藤枝さんに呼び出された理由が分からないって言う話になったの。
元カノさんは佐藤君をフッてるから迷惑する筈ないのにって。」
「うーん、よく分からないわね。
その辺りもやっぱり直接聞いてみた方が良いんじゃない?
あんたは巻き込まれたんだからそれぐらい聞く権利があるんだよ?
と言うかむしろ何で今日聞かなかったのかって話よ…?」
「う…うん…ごめんね…。
その、そうして謝りに来るのもすごく勇気がいる事だったと思ったからちょっと聞きづらくて…。」
「静優し過ぎ…。
まぁ良いわ…それで?」
「ご、ごめんね。
えっと…佐藤君は私を元カノと重ねてるところがあったって言ってたの。」
「え、何それ…?
そんなの静に失礼じゃん。」
「うん、でも佐藤君には感謝してるし、役に立てるならそれでも良いかなーって思ってて…。」
「いや…だから…静甘過ぎ!
それは流石にないって…。
そんなの良いように利用されるだけだよ?」
「そう…なのかな?」
「そうだよ!
下手に付いたらとことん利用されるんだからもっと強く出ないと!」
「う、うーん。」
佐藤君がそうだとは思わないけど…。
私の考えが甘すぎなのかなぁ…。
でも佐藤君は落ち込んでいて酷い事も言った私を許して、友達になれて良かったと言って笑ってくれた。
そんな人だからこそもう一度信じてみようと思ったのだ。
「とにかく!
嫌な事があったら嫌って言う事も大事なんだからね!」
「そ、そうだね。」
そんな風に思う相手だから言いづらいのはあるけど、確かに嫌な事にはちゃんと嫌だって言えないと駄目かなぁ…。
「本当、一日だけでそんなに色んな事があったなんてね…。」
盛大にため息を吐かれた。
「あ、それとね。
これで良いと思ってたのに、なんだかモヤモヤするの。
これってなんなのかな?」
そう言えばさっき気になった事を聞いてみようと思い、話が一段落ついたところで聞いてみる。
「え、それって…。
ふーん、なるほど…。」
すると、なんだかニヤニヤしてるであろう口調と言い方で一人で納得している恵美ちゃん。
「え、恵美ちゃん?」
「まぁ、とにかく藤枝って子には出来るだけ早く会わせて。」
「わ、分かった。」
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