第一章《6》




翌日の学校。


「高橋さん、おはよう!」


自分の席に座り、先に来ていた高橋さんに挨拶をする。


「お、おはよう。」


「今日も、暑いよねー。」


「そ、そうだね。」


相変わらずまだぎこちない。


でもまぁ、せっかく友達になったんだ。


最初と比べれば全然ましだし、ゆっくりやっていけば良いだろう。


「わ…私ね。


こうして友達に挨拶出来るのがなんだかすごく嬉しいの。」


「あはは、そんな大袈裟な…。」


「そりゃ、お前にとっては当たり前なんだろうけどな。」


今来たばかりのヤスが、自分の机に鞄を置きながらそう言って話しに入ってくる。


「お、おはよう。


あ、こいつ俺の幼馴染なんだ。


だから俺はヤスって呼んでる。」


「あ、おはようございます。」


俺の紹介を受けて、高橋さんはそう言って小さくお辞儀する


「どうも。」


「ど、どうも。」


「幸せとか喜びってのは、案外そう言うのの中にあるもんなのかもな。


当たり前は甘えだろ。」


「うっ…。」


確かにそうだ。


きっと高橋さんも、今の生活に慣れればそれが当たり前になる日が来るのかもしれない。


こうして今を喜んだ事さえも忘れてしまうのかもしれない。


実際俺もそうして忘れていたんだ。


初めての喜びも、幸せな時間のありがたみも。


それを失う事で初めて気付かされた。


甘えてたんだ。


大丈夫だなんて勝手に思い込んで。


根拠もない癖に、当たり前だって。


そうして後悔して。


それをこれから、何度繰り返していくのだろうか?


「なぁ、ヤス。」


「あ?」


「友達って普段どんな会話をするんだろう?」


「は?急になんだよ?」


「いや、せっかく友達になれたんだしさ。


なんか話してみたいなぁって。」


考えてみれば高橋さんは人付き合いにまだ慣れてないし、自分から話題を振るのは無理だろう。


ここは自分から積極的に振っていきたいところだが、いざ自分から振るとなると何を話そうか迷ってしまう。


「そんなの俺が知るかよ…。」


だからヤスに相談してみたのだが、結果は見ての通りだ。


「ヤス冷たい!」


すかさずぼやくと思いっきりため息を吐かれた。


「…なんでもあるだろ。


昨日なんのテレビ観たか、とか。」


頭を抱えながら渋々そう答えてくれる。


「なんか観た?」


言われて早速高橋さんに聞いてみる。


「あ、えっと……私、あんまりテレビは観ないかなぁ…。


せっかく話題を考えてくれたのにごめんね……」


事の顛末を見ていた高橋さんは、そう聞かれて申し訳なさそうにそう答えた。


「知らねぇよ…。」


それを聞いてジト目で睨む俺に、ヤスがめんどくさそうに言う。


「じゃあ趣味とか共通の話題を探してみろよ。」


再び頭を抱えながら渋々教えてくれる。


「お、それなら!高橋さん、なんか趣味はある?」


「あ……えっと、それもあんまりかな……。


本を読んだり、たまに漫画も少しだけ。」


「お!漫画!俺も好き!どんなの読むの?」


初めて話が合った気がして思わず声が弾む。


「あ、えっと…幼馴染の恵美ちゃんに借りてちょっと読むくらいで…それも少女漫画だから…。」


と思ってたら少女漫画かぁ……。


再びヤスを睨む。


「本当にめんどくせぇな…お前。」


そう言ってさっきよりも露骨に深いため息を吐かれる。


「あ!なぁ、小城!お前ならどうする?」


と、ここで丁度今来たばかりの小城に話を振ってみた。


「あー、えっとなんの話だっけ?」


それに小城はいつものように気さくに笑顔で返してくれた。


「友達ってどんな会話をするんだろうって話しをしててさ!


小城そう言うの得意そうだし参考にしたいなって!」


「そっか、なるほど。


うーん、そうだな…。


俺だったらまずは相手がしたい話題を見つける為に好きな事を聞くかな。」


「な、なるほど。」


「好きな事の話題って、結構皆聞いてもらいたいじゃん?


だから熱を持って話してくれるし、聞いてて楽しいんだよね 。」


「ほー、小城は聞き手なのか。」


それにヤスが口を挟む。


「まぁ、勿論話す側にもなるよ?


そこは相手によるかなー。」


「なんか大人だよな…。」


ヤスと小城のやり取りを見て思わず素直な感想が口を衝く。


こないだ一緒に帰った時にも感じたが、さりげなく相手に合わせられる辺り大人って言うか紳士だよなぁ…。


「いや、お前が子供なだけだろ。」


などと思っていると、ヤスに呆れ顔で毒吐かれた。


「うぐっ…!や、ヤス…。」


「と言うかやり方なんて人に聞いて決めるもんじゃねぇだろ。


参考にはしても、基本は自分のやりてぇようにすれば良いんだよ。


それで良い奴、悪い奴はいるんだろうが、そんなのは合う合わないでしかねぇと思うがな。」


「そうそう、難しく考える必要ないって。」


ヤスの意見に小城も同意する。


そんな二人を見て思った。


ヤスは毒舌ながらも、思ってる事をいつもはっきりと言う。


一方の小城は自分の意見をしっかり持ってるだけじゃなく相手に合わせる事も出来て、何処となく大人びてるような気がする。


対して俺はどうだろう?


自分の考えですら自分でまとめられずに、いつも人に頼ってばかりだ。


「二人とも、なんだかすごいね…。」


横で聞いていた高橋さんも、呆気に取られたように二人の会話を聞いていた。


「俺の場合は思った事をただはっきり言ってるだけだがな。」


「いつもお世話になっておりまーす…。」


俺もいつか、ちゃんと自分の考えを上手く言えるようになるのかなぁ。


そして、その日の帰りのホームルーム。


今は昨日の委員会で橋本から聞いた説明を今度は俺がクラスメイトに話している。


「えっと…合宿では登山と食事の支度は男女四人の班行動でする、と言う事になりました。


で、その四人の中から一人班長を決めてください。」


ちなみに、まだ人前で喋る事には慣れていないだろう高橋さんには記録係を任せている。


実際しおり作りの大半を高橋さんにやらせていると言う負い目もあったし、これぐらいはやらなければ流石にまずい気がしたのだ。


俺の先導で、クラスメートはそれぞれ思い思いに好きな者同士のペアを作り始める。


そして当然のように小城の机の周りには既に二人でペアを決めた女子が群がっていった。


これは班決めにひと悶着ありそうだ…。


「高橋さんは勿論俺らと組むよね?」


とりあえず俺も決めないとなと思い、隣でメモを取っている高橋さんに声をかける。


「ひゅぇっ!?あ…うん!」


最近少しは話すのにも慣れてきたのかなと思っていたのだが、不意討ちだと変な声を出すのはまだまだ相変わらずらしい。


「俺らとって…俺は確定かよ…。」


その後ろから、めんどくさそうに頭を掻きながらヤスが声をかけてくる。


「なんだ嫌なのか?」


「別に良いけどよ、他にいねぇし。


それよりあと一人はどうすんだよ。


男女それぞれ二人だろ?」


「あ、そう言えばそうだ。


あと一人女子を決めないと。」


と言ってもなぁ。


ほとんどの女子が小城の所に行ってるし、選ばれずに落胆してる女子を無理に巻き込むのもなぁ…。


「ふふふ…。」


恐らく小城以外の全員の男子が思っているであろう事を考えながら、どうしたものかと考えていると、なんだか何処かから不適な笑みが聞こえてきた。


「ん?」


…筈なのに目の前には誰も居ない。


「下よ!下!」


言われて下を見ると、その声の主がいかにも不機嫌そうな顔ふんぞり返っていた。


「私があんた達の班に入ってあげても良いわよ?」


「うーん…。


ドウスッカナー…。」


「聞こえないふりいくない!」


![bb35aad6-74a4-4ead-a4b2-d97aa10e1f1e](https://img.estar.jp/public/user_upload/bb35aad6-74a4-4ead-a4b2-d97aa10e1f1e.jpg)


「あ、いたの。」


彼女の名前は小池摩耶。


クラスメイトの中で一番身長が低く、席は大体前の方。


元々童顔なのもあり、よく小学生に間違われている。


身長の割に長い髪は腰ぐらいまで、前髪は真ん中で分けている。


とりあえずクラスでは比較的背が高い部類に入る俺とヤスは目線が合わないから、これは別に聞こえないフリをしてた訳じゃなくて普通に気付かなかっただけなんだと言う事にしておこう。


「それ絶対に気付いてるわよね!?」


そう言えば小池さんも小城の所に行ってなかったんだなぁ。


未だに女子に囲まれている小城の机に目を向けながらそんな事を思う。


「全く…せっかく私が組んであげるって言ってるのに!」


俺の背後でそうぼやきながら地団駄を踏む姿はまんま小学生のそれだ。


「あ、ねぇねぇ!そこの君ー!」


諦めたのか渋々小城の席から離れようとする女子に声をかける。


「無視とかいくない!!


せめて話ぐらい聞いてよ!!」


すると涙目で文句を言ってきた。


うーん、ちょっといじめ過ぎたかしら…。


「ま、良いんじゃね?


後の女子は大体チーム決まってるみたいだしな。」


見かねたのかヤスがそう言って話をまとめる。


「仕方ないかぁ。」


それには俺も一応同意する。


「仕方ないとか酷くない!?」


「佐藤君…そんな風に言ったら小池さんが可哀想だよ…?


入れてあげようよ。」


「か、可哀想だから入れてあげるって言われるのも逆に傷付くんだけど…。」


「え、あ、ごめんなさい…。」


本人は無意識なんだろうけど多分高橋さんがトドメをさしたな…。


てな訳で、俺とヤス、高橋さんと小池さんの四人班が出来たのだった。


「あ、ちなみにお前が班長な。」


「デスヨネー…。」



そしてその日の帰り道。


今日も自然な流れで、高橋さんと二人で帰っていた。


「佐藤君のお友達、すごいね。」


「あぁ、ヤスと小城か。」


「うん。


二人は大人だなって思った。」


「まぁ確かにそうだよねー。


でもさ、小城だっていきなり天才だった訳じゃないみたいだよ?


その為にものすごく努力したって言ってた。」


「そうなんだ。」


「それにヤスは片親だからさ。


一人でもしっかりやってる。


そもそも俺らとは違うんだよなー。」


今日改めて改めて思った自分自身の小ささ。


でもそれはそうした経験の差による物だ。


ヤスは片親だから、小城は好きな人に振り向いてもらいたいから。


一方の俺にはそう言う大きなきっかけや理由は何もない。


これまでだってただなんとなく適当に生きていたんだ。


そこまで考えて、少しの劣等感が湧き始め、思わずそれが口に出てしまっていた。


「…私は 佐藤君もすごいと思うけどなー。」


すると、不意に高橋さんがそんな事を呟く。


「…ほへ?」


まさかそんな事を言われると思っていなくて、思わず間抜けな声が出てしまった。


「…は!?私ったら何を…!」


本人も無意識だったらしく、自分が言った事に気付いて顔を真っ赤にする。


「い、いやいや…。


全然すごくないよ、普通だよ。」


でもそれを聞いて素直に喜ぶ事は出来ず、否定の言葉も弱々しくなる。


「そ、そんな事ないよ!


皆の前であんな風に話すなんて、私にはまだ出来ないもん…。


だから気を遣って引き受けてくれたんでしょ?


初めて話した時も優しくしてくれたし、私なんかとこうして友達になってくれたり…本当にすごいと思う!」


それは元々の緊張もあってか、必死ささえ感じる言い方だった。


多分高橋さんなりに励まそうとしてくれたのかもしれない。


「ありがとう、でも…本当普通だよ。」


そう返しながら思う。


高橋さんが言うように、本当にすごい奴なら、もっと器用に色んな事が出来たのだろうか?と。


「それなら俺は高橋さんもすごいと思うけどなー。」


素直に認める事さえ出来ないものの、実際高橋さんの気持ちは嬉しかったし、自分も素直に感じた事を言ってみた。


「ふぇ!?私!?」


「苦手を克服する為に色々頑張ってんじゃん。」


「いや、そんな…。」


「じゃ、お互い様って事で。」


「うん…。」


とりあえずはこれがこの流れで一番無難な落とし所だろう。


話がそこで一度落ち着くと、また二人でゆっくりと歩き始める。


その時、俺は全然気付いてなかった。


遠くから俺達の後ろ姿を見て立ち止まる、美波の姿に。



最近、友達と居る時間と同じぐらい一人で居る時間も増えた気がする。


春樹と別れてから数ヶ月が過ぎ、ウチも今の生活にはだいぶ慣れてきた。


これも励ましてくれとった理沙や、新しく出来たクラスの友達ら皆のおかげじゃなと思う。


付き合うとった時は何処か居心地が悪かった教室も、別れてから二組の教室に行かんくなった分居る時間が増えて段々慣れてきた。


理沙も友達を紹介してくれたし、今はそれなりに楽しくやれとるなと思う。


今日はなんだか一人で帰りたい気分で、今は空を見上げながらゆっくり歩いて帰っとるところ。


そのまましばらく歩いとると、少し離れた前方で春樹とクラスメートらしき女子が二人で歩いとる姿が見えた。


思わず立ち止まる。


去年ぐらいまでウチの場所だったあの場所には、もう他の誰かがおるんか。


これでもう、あんな風に謝りに来る事もないじゃろう。


もう何も気にする必要はない。


それが嬉しい筈なのに。


どうしてこんなにも胸が痛むんか。


モヤモヤするんか。


付き合い始めたばかりの時、理沙に言われた言葉を思い出す。


あいつを誰かに捕られても良いの?


そう考えると、さっきまで以上にモヤモヤが増す。


この感情の名前をウチは知っとる。


もう感じんと思うとったこの感情を無理矢理に振り払う。


気のせいじゃ。


もう終わった事じゃし。


もうウチには関係ない。


捕られたって別にえぇ。


全部勘違いなんじゃし。


もうウチらは他人なんじゃし勝手にすればえぇ。


頭の中で込み上げる物を無理矢理に抑え込んどると、突然耐えられん程頭が痛くなる。


「っ…!」


そのまま思わずその場にしゃがみこむ。


「美波!?」


それからすぐに声がして、なんとか振り返ると後方から理沙が走り寄ってきた。


多分ウチが一人で帰るのを心配してつけとったんじゃろう。


「どうしたの!?大丈夫?」


慌てて自分もしゃがみこんで、心配そうに聞いてくる。


「う、うん…平気。」


「そっか…。」


そう小さく返すと、理沙は遠くを歩く春樹とそのクラスメートをじっと睨んどった。


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