第一章《5》
それから時は流れ。
七月になり、季節は本格的な夏に入る。
暑さで授業が頭に入らないのはもちろんだが、かと言って堂々と眠る気にもなれない。
これから始まる授業に憂鬱な気分になっていると、いつものように橋本が教室に入ってきてホームルームが始まる。
「よーし、もうすぐ夏の登山合宿がある。
今日は、その実行委員を決めるぞー!」
俺達が通う桜乃木高校では、二年の夏休み前に一泊二日の登山合宿がある。
簡単に言えば中学校とか小学校の野外活動のような物で、この学校に入ってから初めての泊まりがけの行事と言う事になるだろう。
「えー!」
…なのだが。
クラスの全員からは一斉に大ブーイングが起きる。
実際、ただでさえクーラーの効いた快適な空間から一歩も出たくないような暑さなのだ。
そんな中での山登りと言うのは、そんな泊まりがけの行事としての楽しみが少なからずあれど気が滅入ると言うのがここに居る奴ら(俺含む)の総意だろう。
「そんじゃ小林、後は頼むぞ。」
「はい。」
そう言って立ち上がるのは学級委員の
毎日一切の手抜きなくきっちりと整えられた七三分けの髪に、シンプルな黒縁眼鏡。
それをわざとらしくくいっと上げ、教卓へと歩いていく姿は正しく絵に描いたような優等生のそれ。
そしてその後ろから同じく副委員長の
腰ぐらいの長さの黒髪ツインテール。
小林とは色違いの赤縁眼鏡でペアルックな彼女は、基本小林とセットだ。
こう言う場面以外でもよく一緒に居るのを俺含め色んな生徒が見かけている。
「えーっと先程先生から説明があった通り、これから実行委員を決めるぞ!」
小林がそうクラスメートに語りかけ、林田さんが黒板にゆっくりと字を書き始める。
ただ、林田さんはクラスでは背が低い部類に入る女子で、書くのに随分難儀しているように見えた。
「林田さん、そこは手が届かないよね?
僕が書くから!」
「あ、ありがとう。」
照れくさそうに俯きながらお礼を言う林田さん。
「これぐらい当然さ!」
それに白い歯を輝かせて爽やかに笑って返す小林。
そのまま見つめ合う二人。
纏うピンクのオーラ。
なんだよ…?朝から目の前で展開されるこのクサい茶番は…。
こう言うのは映画とかでイケメンとか美人俳優がやるから良いのであって、普通に現実でそれをやられるとマジでゾワゾワするんだが…。
そう思ったのは多分俺だけじゃない筈で、前の席のヤスに関しては露骨にため息を吐いている。
とは言え、実際いつも一緒に居る分このコンビは基本相性が良いらしい。
だからなのか仕事ぶりに関しては学級委員の間で定評がある…らしいのだが…。
こんな感じをほぼ毎日のように見せ付られているといまいちそのすごさが伝わってこないんだよなぁ…。
「あー…居ないとは思うが一応立候補したい奴は手を上げろよー。」
見かねた橋本が声をかけるが、当然ながら誰も手を上げない。
実際…山登りだけでも充分気が滅入ると言うのに、更に実行委員までやらされるなんて事になったら考えただけでゾッとする。
この流れだと、結局立候補が出なくて最終的にくじ引きとかで決める事になるんだろうなぁ…。
と、そう思っていたのだが。
「あ、あ、あの私。」
なんと、隣の席の高橋さんが顔を真っ赤にしながら勢い良くその手を上げたのだ。
「おー、高橋立候補か!」
「あ、えっと…はい。」
か細い声で返事をする高橋さんを見て、俺は一瞬呆気にとられていた。
実際他のクラスメイトも予想外だったらしい。
「え?高橋さんが?」
「意外…。
出来るのかしら。」
けして大きな声じゃないにしろ、そんな感じの驚きや不安の思いをそれぞれが吐露していた。
それに高橋さんは一度肩を震わせる。
こうして立候補するのはすごく勇気が必要だっただろうし、今もこの周りの反応を受けてすごく怖がってるんだろうなと思う。
とは言え実際失礼かもしれないが、俺もそれに驚いたのは高橋さんが率先してこう言うのに立候補するタイプじゃないと思っていたからだ。
確かに真面目だし、仕事はばっちりやってくれそうだけど…。
でも人付き合いが苦手な分、その辺りで苦労しないかが心配だ。
「そんじゃ…もう一人は隣のお前がやってやれ、佐藤。」
などと思っていると、橋本からとんでもない宣告が告げられた。
「は!?」
思わず驚きと抗議の意味合いで叫ぶと、橋本が目配せしてくる。
つまりはそう言う事なのだろう。
と言うかおっさんのウインクって誰得だよ、さっきの小林林田コンビのイチャラブなんかよりよっぽどゾワゾワして鳥肌が立ったぞ…。
まぁとりあえず…。
実際心配なのは確かだ。
あまり気が進まないものの、やってみようと思った。
静目線。
「あちゃー、結局お礼言えなかったんだ。」
「うん…。」
委員会を決める前日の帰り道。
この日もまた恵美ちゃんと帰り道で合流し、事の顛末を話していた。
「うーん…。
困ったもんね。」
そう言って頭を抱えながら隣を歩く恵美ちゃんに、私は何も言い返せずに眉尻を下げる。
「あ、そう言えば静の所ってもう少しで合宿がなかったっけ?」
そんな私を見かねてか、はたまたただの気まぐれか、恵美ちゃんは急に話題を変えてきた。
「え…あ、うん。
あるけど急にどうしたの?」
「静さ、その実行委員に立候補しなよ!」
「え……?
えぇぇぇぇ!?
無理無理無理!!
絶対無理!!」
あまりに突拍子のない提案で盛大に動揺してしまう。
そんな私の態度に、恵美ちゃんは一切怯まず顔色一つ変えないでこう切り出す。
「静はさ、普段からそう言うのを全くしようとしないから目立たないんだって。
真面目だししっかりしてるんだから、そう言うのにも積極的に挑戦してみたら良いのに。」
「うー…で、でも…。」
そう言われても正直不安しかない。
今だってちゃんと人にお礼さえ言えないのに実行委員なんて務まるのだろうか?
そんな私の不安を振り払うように恵美ちゃんは厳しい表情で言葉を続ける。
「静はこのままで良いの?
せっかくの高校生活が全く人と関わらないままで終わって!
合宿なんて友達が居なくちゃつまんないよ?
あんなのは皆で楽しむ為の行事だし。」
「いや…でも…流石にそれは…。」
「良い?私達他人があんたの為にしてあげられる事なんてきっかけを与えるぐらいしかないんだよ?
そりゃさ、時には意見を提案したりもするし?
ちょっと背中を押したり、ちょっと手を貸したりもするよ。
でもそのきっかけで最終的にどうするのかは静、あんたが決めんのよ!」
「う、うん。」
その時の恵美ちゃんの言葉を聞いてちょっと頑張ってみようかなと思った。
私だって出来ればもっと学校生活を楽しみたい。
色んな人と話してみたい。
そう思ったからこそ立候補してみたけど…。
やっぱり皆私が立候補する事が意外だったらしく、不安の声も聞こえてくる。
怖くて肩が震えたものの、頑張ると決めたから。
必死に自分に言い聞かせていると、橋本先生が隣の席だからと言う理由で佐藤君を指名した。
まさか一緒にやる事になるとは全く思ってなかったし、まだあの時のお礼もちゃんと言えてないのに…。
これから一緒に実行委員をやるんだ…。
再び不安になり、でも同時に何処かで一緒にやれる事を喜んでいる自分にも気付く。
今度はちゃんと話せるかなぁ…。
春樹目線。
委員に任命された俺と高橋さんは、早速その日の放課後から委員会に行く事になった。
その場では担当の橋本から大体の合宿の流れとその際にする俺達がする仕事の内容や、明日のホームルームでクラスメイトに伝達する事などの説明がある。
仕事の説明を聞いて、実行委員には配り物からゴミ集め、準備から片付けまでやる事は一杯あると聞いた時は気が滅入ったが…まぁでも一応やると言った手前やるしかない訳で…。
その後に残った最終下校時刻までの時間は、それぞれのクラスごとに合宿のしおりを作る事になった。
机をくっ付けて向かい合うと、高橋さんは照れくさそうにうつ向いている。
「あー…えっと、じゃあ始めようか。」
なんとなく気まずい空気が続いて、仕方なく俺からそう切り出す。
「ひゃ…ひゃい!」
あ、噛んだ。
そのせいで余計に顔が赤くなる高橋さん。
そう言えばあいつも前に緊張して噛んでたんだっけ。
だからこんな風に嫌いじゃない気まずい感じも知ってる。
「わ、笑わないでよ!」
微笑ましくて思わず笑ってしまうと怒られた。
うん、これも同じ反応だなぁ…。
まぁこれは同じって言うか普通の反応か…。
「ごめんごめん。
と、とりあえず書いていこうか!」
作成の為に用意された紙を机の上に並べる。
ここに、注意点や持参品、二日分の日程などを書いていく訳だが…。
これ…大丈夫かぁ…?
相変わらず真っ赤な顔の高橋さんは、うつ向きながらずっとぶつぶつ言ってるし…。
ここは俺がリードしなきゃいけない!
と思いつつも…うーん…参ったなぁ…。
「こ、これまずは印刷する用のを自分で書かないとだね。
でも俺字が汚いしなぁ…。」
「あ…じゃあ私が…。」
そう言って高橋さんが紙を取ろうとする際に、一瞬お互いの手が重なる。
「「…っ!?」」
お互いさっと手を引き、目線を反らす。
うわ…高橋さんの手柔らか…って違う違う!
そんな照れられるとこっちまで照れくさくなってくるじゃないか…。
「あぁわわわ…。」
今にも頭から煙を出しそうな程に真っ赤になってる高橋さん。
気が付くと体温の上昇からか、眼鏡もくもってしまっている。
「め、眼鏡が…。」
慌てて眼鏡を外し、拭き始める。
最初に会った時、一瞬髪型とか雰囲気から美波と重なって見えたりもしたが、こうして目の前でよく見てみると、全く違う人だと言うのがよく分かる。
やっぱり気にし過ぎなんだよな、、。
そう思い始めていた所で、思いの外彼女の事を見過ぎていた事に気付く。
「え、あ、あの、さ、さ、佐藤君?」
「あ、あぁ!ごめん!」
とりあえず視線は反らしつつ、すーっと紙を差し出す。
「あ…う、うん。」
それを受け取ると、高橋さんはし過ぎなくらいに深呼吸してからゆっくりと書き始める。
「わ、高橋さん字綺麗!」
「え…いや…そんな…。」
実際習い事でもしているのだろうかと思う程綺麗で俺なんかよりよっぽどこの仕事に関しては適任だった。
とりあえずこれはこのまま任せるとして…。
…ん?なら俺する事なくね?
などと思っていると、最終下校時刻のチャイムが鳴る。
うーむ…結局ほとんど進まなかったなぁ…。
「おーし、今日はそのくらいにして全員早く帰れよー。」
橋本がそう声をかけると、全員各々帰り支度を始める。
「俺らも帰ろうか。」
「う、うん…。」
そう声をかけた後で、お互いに帰るタイミングが一緒だったのもありそこからは高橋さんとなんとなく並んで歩いていた。
まぁ並んでと言っても横幅の距離は離れ過ぎなくらい離れてる訳だが…。
何もそんなに離れなくても…とちょっと泣きそうになったが、まぁ悪意は無いのだろうからと堪えた。
隣を歩く高橋さんはさっき同様に照れくさそうに下を向いて何かぶつぶつ言っている。
「なんか珍しいよね。」
気まずさは相変わらずあるものの、この機会に気になった事を聞いてみる事にした。
「ひゅえ!?」
…のだが。
一方の高橋さんはそれを聞いて変な声を出しながら大袈裟なほどビックリしてはね上がった。
「あ、いやごめん…。
なんか高橋さんってこう言うの積極的に引き受けそうにないイメージだったから。」
俺の中で、どうにも腑に落ちない部分はそこだった。
無理して立候補したんじゃないかとも思ったし、この機会に高橋さん自身の真意を聞いておきたかったのだ。
「え…?あ、あぁ…うん。」
「何か理由とかあるの?」
「え、えっと。」
聞かれて困ったような顔をしている。
「あー良いよ、別に言いたくないなら無理に言わなくても。」
気さくに笑って言うと、高橋さんは少し申し訳なさそうにうつ向いた。
「ごめんなさい。
私…あんまり人と話すのが得意じゃなくて…。
こう言うのを引き受けたら、もう少し人と話せるようになるかなって思ったから…。」
「へぇー!そっか、すごいじゃん。」
「え、すごい?」
「うん、だってそれって自分を変えたいから立候補したって事でしょ?
それってすごいじゃん!
中々出来る事じゃないって!」
素直な感想を述べただけなのだが、それを聞いてこれまで以上に顔が真っ赤になる高橋さん。
「あ、えっとあの…!あ、あり、がとう!」
「うん、どういたしまして。」
「こないだもその…ちゃんと言えなくてずっと後悔してて…。」
「そんな、気にしなくて良いのにー。」
「う、うん。」
「でも今回はちゃんと言えて良かったね。」
「うん…すごく緊張した。」
小刻みに手が震えているのを見ると、本当に緊張していたんだとよく分かる。
それだけ必死に勇気を出して言ってくれたんだと思うと、より気持ちがこもって伝わった気がした。
「ははは…こんな事で委員なんて出来るのかなー…?」
「俺も一緒だって。
説明とかよく分かんないし、こう言うの基本やりたくない人だし。」
「え…?でも、佐藤君…それでも嫌だって言わなかったよね?」
「まぁねー。
橋本の強制だから仕方なくってのもある。」
「そうだったんだ…。」
「でもさ。
実際それは建前…って言うか。
本音を言うと、ほとんど人と話してる所を見ない高橋さんが全く面識無い人と委員やるのも不安だろうなってちょっと心配になったから。
って言っても…俺もそんな面識無いか。」
笑いながら頭を掻くと、大袈裟なくらいにブンブンと首を横に振る高橋さん。
「私なんかの為にそこまで考えてくれていたなんて…。」
言いながら泣きだしてしまう。
「え、ちょ!大丈夫!?」
慌てて歩み寄る。
「ご、ごめんなさい…。
私、涙脆くて…。」
言いながらブレザーの袖でぐしぐしと涙をぬぐっている。
え、えっと確か、ポケットにハンカチが…。
慌ててポケットに手を入れてまさぐり、ハンカチを掴むも、出そうとするその手を止める。
いや…これは駄目だ。
そうこうしている内に、彼女は自分のハンカチを取り出した。
「その…私、嬉しくて。」
「え?嬉しい?」
返ってきた言葉が意外だったから思わず聞き返す。
「高校に入ってからこんな風に人に優しくしてもらった事、あんまりなくて…。
だから、ちょっと勇気を出してみて良かったなって…。」
「そうだったんだ。」
実際、嬉し泣きと言う行為自体を見たのはこれが初めてじゃない。
本当は涙脆い癖に人前ではけして泣こうとしない誰かさんも、それを一度俺に見せてきたからだ。
でもだからそれに慣れたりとか、戸惑わなかったりするとかでもない訳で。
「びっくりした…。」
素直な感想と、安心が思わず口を衝く。
「ご、ごめんね。」
それに申し訳なさそうにうつ向く高橋さん。
「良いって。
でもさ、まだ良かったって言うのは早いと思うよ?」
「…え?」
「だってまだ始まったばかりじゃん。
これからきっと忙しくなるよー?」
そう、俺と高橋さんの実行委員の仕事はまだ始まったばかりなのだ。
もちろん俺自身これからの忙しさで気が滅入る気持ちがない訳じゃない。
でもそれ以上にせっかく自分から立候補した高橋さんが楽しんでくれたらなと思うのだ。
最終的にやって良かったのかを決めるのはその時で良い。
「そ、そうだよね。
うん、頑張らなくちゃ。」
高橋さんもそれを聞いて本格的にやる気を出したみたいだ。
それを見て気が滅入る仕事もちょっと楽しみになってきた気がした。
「と言うか高橋さんさ、最初の頃と比べると随分話せるようになったんじゃない?
きっとこんな感じでゆっくりやっていけば良いんじゃないかな?」
実際最初は挨拶すらままならなかった訳だし、それを思えば幾分か最初の頃のような気まずさは無くなったように思える。
「え?あ…そうだね。
最初より緊張しなくなったかも…。」
本人は言われて自覚したらしい。
小さく驚きの表情を見せた。
「すごいじゃん!一歩前進だ!」
それを見ていたら、なんだか俺まで嬉しくなってきた。
「う、うん!」
そんな風に、頑張ってる人を見ているとこれからも応援したくなる。
その成功を一緒に喜びたくなる。
「あ、あの!」
などと思っていると、不意に高橋さんが大きな声でそう切り出してくる。
それは普段の彼女からは想像出来ないくらいの大きさで、出した本人でさえそれに気付いてあわあわしている。
それに思わずかしこまる。
「わ、私と、その…と、と、友達になって、く、ください!」
「え?」
何を言われるのだろうとドキドキしたが、それを聞いて思わず拍子抜けする。
「あ、わ、わわ…私何言ってるんだろ…。
ご、ご、ごめんなさい。
その…嫌なら、全然…!」
そんな俺の反応を見て、高橋さんは真っ赤な顔で慌てて弁明を始めている。
「ぷっ…。」
「え?」
「あははは!」
それを見て思わず笑ってしまった。
「も、もぉ!ま、また笑う!」
怒られた。
「ごめんごめん!だってさ、友達になってくださいなんて普通口で直接言わないよ。」
「う、うー…。」
言われて高橋さんは恥ずかしそうに顔を隠している。
「良いよ良いよ、大歓迎!
こっちこそよろしくね!」
「…え?あ…うん!!」
そっか。
何も難しい事じゃない。
そう言う風に助け合ったり喜びを分かち合ったりする、色んな時間を重ねていく内に、きっと人って友達になるんだ。
静目線。
「あ、あの私、こっちだから。」
通学路の途中にあるT字路に差し掛かった所で、隣に居る佐藤君にそう声をかける。
「あ、そうなんだ。
それじゃまた明日。」
すると佐藤君は笑顔を向けてそう返してくれた。
「う、うん。
また明日。」
やっぱりまだちょっと慣れないなぁ。
でも徐々に湧き始める友達が出来たと言う実感は、照れ臭さと一緒に喜びも運んでくれる。
佐藤君にはまだ早いと言われたけど、やっぱり立候補して良かったと思う。
慣れないのはまだ相変わらずだけど、これからやっていく不安が安心に変わった気がしてだんだん楽しみになってきた。
「あ、そうだ!
メアド教えてよ、友達だし。」
私の中では友達になって貰えただけで嬉しかったし、だからぼんやりとそんな事を考えていたのだが唐突に佐藤君がそんな事を言ってくる。
「え、えぇぇ!?
…は、はい。」
それに戸惑いはしたものの、そう言ってもらえた事は素直に嬉しかった。
慣れない手つきで自分の連絡先を表示させて、赤外線を使ってお互いの連絡先を交換し合う。
「よし、これでオッケー。
ありがとう!後でまた連絡するね。」
「あ、うん。」
私のスマホに家族と恵美ちゃん以外の人の連絡先が登録されたのはこれが初めての事だ。
自分が勢い余ってしてしまった事とは言え、こんなにとんとん拍子に物事が進むとは思ってなかった。
背を向けて去っていく佐藤君を目で見送りながら、スマホを握り締めて胸に当てる。
改めて思う。
友達って、出来たらこんなに嬉しい物なんだなと。
佐藤君の姿が見えなくなったのを確認してからスマホの電話帳を開く。
そのまま恵美ちゃんに電話をかけると、待ち時間はほぼ無くすぐに繋がった。
「もしもしー、どうしたのー?」
聞き慣れた声がスマホから聞こえてくる。
「恵美ちゃん、私、頑張ったんだよ。」
こうして私が今頑張れたのは背中を押してくれた恵美ちゃんのおかげだ。
だから一番に言葉でそれを伝えたかったのだ。
「…そっか。」
それに短くそう返す恵美ちゃんの口調はなんだか嬉しそうだった。
「詳しく説明してよ?だから電話してきたんでしょ!」
「うん!」
そう返してから、いつものように事の顛末を説明する。
それは普段からする近況報告とは全然違う物で、話している内に何だか楽しくなってきた。
「えぇ!?すごいじゃん!!
静めっちゃ頑張ったじゃん!!!」
そしてそれを聞いて恵美ちゃんは大袈裟なくらいに驚きながらそう言って褒めてくれた。
「うん!」
「メアドも交換出来たなんて、大収穫だよ!
帰ったらちゃんと連絡してみるんだよ?」
確かに交換した、と言う事はそう言う事だと思う。
「うん…でもなんて送れば良いのかな…?」
でもそれが分かっていても実際に話すのと同様何を話せば良いのか全然分からないのだ。
「うーん、そうねー。
とりあえずまずはちゃんとお礼をしないと。
別に顔を見ながら話す訳じゃないんだから、まだ普通に話すよりは言いやすいでしょ?」
「う、うん。
そうだね。」
確かにそう考えると直接話すより気楽ではあるのかもしれない。
「後は…こっそり好きなタイプを聞いてみたり?」
「え、恵美ちゃん!?」
と素直に関心していたら唐突に聞き捨てならない事を言われて思わず真っ赤になり、聞き返す。
「あわわ…眼鏡が…。」
「あはは、ごめんごめん!冗談だって!
でもまぁ、そんなに難しく考えなくても良いんじゃない?
お互い考えてメールするんだから自分が思ったようにすれば良いんだよ。」
「そ、そうだよね。」
思ったように、か。
確かにそうかもしれない。
「まぁ、またどうなったか教えてね!
あ、もし付き合うってなったら1番に紹介してよ?」
「え、恵美ちゃん!違うってば!」
拭いた端からまた眼鏡がくもる程顔が真っ赤になる。
恵美ちゃんの場合、長く一緒に居るからそうなる事が分かっててやってるんだろうなぁ…。
「あははは!じゃあね!」
それを誤魔化すかのように、恵美ちゃんは笑いながら電話を切り上げようとする。
「もぉ…。」
そのまま電話を切ってため息。
そんなのじゃないのに…。
でも、早くメールをしてみたい。
家までの足取りが、なんだかいつもより軽い気がした。
「ただいま!」
「あら、おかえり。」
お母さんがキッチンから顔を出す。
後でお母さんにも話そう。
「どうしたの?今日はなんだか機嫌が良さそうね。」
「ふふ、後でゆっくり話すね。」
「そ、楽しみにしておくわ。」
そう返す顔は嬉しそう。
自分の部屋に入って、早速スマホを手に取る。
すると、既にメールが届いていた。
「試しに送ってみたよー。
今日はお疲れ様!
佐藤」
あまり慣れない体験に、ちょっとドキドキする。
「お疲れ様でした。
今日はありがとうございました。」
と、とりあえず返信してみた。
またドキドキ。
それから時間があんまり経たない内に返事が来た事を知らせるバイブ音が鳴り、心臓が跳ね上がりそうになる。
「高橋さん堅くない?笑
せっかく友達になったんだしさ、ゆるく行こうよ!」
え、堅かったかなぁ…。
文章がおかしかったのかな…?
「ごめんなさい…。
何かおかしかったですか?」
「敬語!
同い年なのにー(・ε・` )」
あ、なるほど。
確かに私は幼馴染の恵美ちゃんにさえ最初は敬語だったのだ。
だからその時も同じようにツッコミを入れられた記憶がある。
「ご、ごめんね。
こう言うのあんまり慣れてなくて。」
「良いよ良いよ!
そうだろうと思ったし。笑」
「ありがとう。」
ありがとうってちゃんと言える事。
そんな相手がいる事って、幸せだなぁ。
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