第一章《4》
翌日の学校。
「あー…。」
机に突っ伏して唸っていると、ヤスに叩かれた。
「またお前はナメクジみたいに。
塩撒くぞ。」
やめろ、溶けるから!もしくは成仏するから!!
「だってよぉ…。
慣れないんだよ。
色々変わり過ぎて。」
「ふーん、だから?」
「寂しいです…。」
素直な気持ちだった。
なんだか恥ずかしくて考えないようにしていた事だが、実際失恋をしてみて結局それが一番に感じている事だ。
喪失感とか虚無感とかそう言うもの足りなさを度々感じるようになったのは、確実に美波と別れてからだ。
「…今更だが、お前って結構女々しいよな。」
と、そう言う風に結構真面目に自分の心境を口にしたつもりだったのだが、この幼馴染は本当に容赦と言う物が全く無い…。
「そう言う事言っちゃう!?」
だから思いっ切り机から身を乗り出して全力で抗議する。
「何?じゃあお前は常に誰かしら隣に居ないと生きていけねぇ訳?」
そんな俺の抗議も虚しく、ヤスはさもめんどくさそうにため息を吐いてからそう切り捨てる。
「うっ…いや、まぁ常にじゃないけど…。
毎日メールが来たり毎日誰かと一緒に居なきゃいけないってなったらたまにはほっといてほしくもなるけど。
でもやっぱ一人は辛いし…。
あー!どっちなんだー!」
苦悩のままに叫ぶと、またため息を吐かれた。
「やっぱり女々しいな。」
そしてそんな俺の苦悩を、ヤスはまたあっさりと切り捨てる。
「うぐっ……!?」
「…別にどっちでもねぇだろ、それがお前じゃねぇか。
女々しいのも、ヘタレなのも。」
「お、お前は俺をフォローしたいの?
それともバカにしたいの…?」
「…両方。」
「うぉい!」
「要するには相手と適度な距離感を持った付き合いがしたいって事だろ?
ならそう言う付き合いが出来る相手を探せば良いじゃねぇか。」
「なるほど!
さっすがヤス!頼りになる!」
「俺は出来ればもう少しほっといてほしいんだがな…。」
頭を搔き、欠伸をしながらそんな事を言ってくる。
「せっかく褒めたのにそう言う事言っちゃう!?」
「あ、あの。」
「ん?」
と、ここで突然後ろから声をかけられる。
振り返ると、背後に声の主である高橋さんが立っていた。
「ん?あぁ、高橋さんおはよう。」
「お、おお…おはようございます!」
おぉう、むっちゃ動揺してる…。
真っ赤な顔と声の震え具合から緊張がとても伝わってくる。
本人には悪いが、ちょっとその様子が可愛いなと思ったのは内緒だ。
「き、昨日は、その。」
「え?あぁ、気にしなくて良いよー。」
多分昨日のお礼をする為に声をかけてくれたんだと言うのはすぐに分かった。
実際昨日は早くその場を離れたかったからこそお礼を言わせる間も無くその場を離れたし、高橋さんは真面目だからそれをずっと気にしていたのかもしれない。
「え、えっとあの…。」
真っ赤な顔で次の言葉を言い辛そうに口ごもる高橋さん。
「ん?」
…まぁ…それだけ勇気を出して言おうとしてくれているのだ。
落ち着いて待ってみる事にする。
「あ、あり…。」
「あり?」
「ご、ごめんなさい!」
一度頭を下げると、高橋さんはそう叫んでそのまま慌てて走り去ってしまう。
「ありー……?」
「いや…ありーじゃねぇよ…。」
近くで見ていたヤスに呆れられた。
うーん……橋本が心配する理由が何となく分かった気がする。
きっと人見知りだから上手く話せないだけで、彼女も本当は寂しいし友達だって欲しいと言う願いが少なからずあるのではないだろうか。
だから緊張しても頑張ってお礼を言おうとしてくれたんじゃないか。
すぐには無理だとしても、いつかは普通に話せると良いんだけどなぁ…。
静目線。
「言えなかった…。」
屋上まで走って、小声でぼやく。
小さな頃からずっと人見知りで人付き合いが苦手だった私は、いつも初対面の人が相手だと顔を見て挨拶するだけで緊張してしまっていた。
今だってお礼を言おうとしただけでこの通り逃げてきてしまったのだ。
ごめんなさいは普通に言えるのに…。
私の馬鹿馬鹿…。
くもった眼鏡を拭きながら、頭の中でボヤく。
ただでさえ人と話すのが苦手なのに、これまで同年代の男子と話す事なんてほとんど無かったのだ。
だから同性と話すのよりも余計に緊張してしまう。
ちゃんとお礼を言いたいのに。
だから昨日…。
「え、お礼を言えなかったの?」
「う、うん。」
私が家族以外で唯一親しく話せる存在である幼馴染の
私よりも黒髪ショートカットがとてもよく似合うボーイッシュな女の子だ。
家が近所だし親同士で仲が良いのもあって、幼稚園ぐらいからの付き合いを今も続けている。
引っ込み思案な私とは正反対で、明るくて活発。
誰とでもすぐに仲良くなれる彼女には、子供の頃からよく色々な所へ引っ張り回された。
男勝りで、子供の頃はよく男の子と喧嘩して泣かせてたっけ…。
あの頃はいつもいじめられそうになった時に守ってくれていたから、私にとっての恵美ちゃんはヒーローのような存在だった。
そんな恵美ちゃんとは、通っている高校が別だから帰り道で合流してよく一緒に帰っている。
昨日はその時に、恵美ちゃんにその事を相談したのだ。
「駄目だよー?お世話になったんならちゃんとお礼ぐらい言わなきゃ。」
経緯を説明すると、早速そうたしなめられる。
「いや…でも…。」
なんとか言い返そうとすると、ため息を吐かれた。
「静もそろそろ本気で勇気を出してクラスメートとかに話しかけていかないとー。
このままじゃこれからもずっと一人のままだよー?
私だってずっと一緒には居られないんだからね?」
「う、うーん…。
でもその…。」
「頑張るって言ったじゃん。
だから私も安心してデザイン科の学校に進学出来たんだよ?」
「うぅっ…」
それを言われると弱い。
最初私は、恵美ちゃんは第一志望からデザイン科に進学するんだと思っていた。
と言うのも恵美ちゃんは絵を描くのが好きでコンクールで賞を貰った事もあるのだ。
だからてっきり高校もそう言う分野の専門学校を受けるのかと思っていた。
でもある日恵美ちゃんに進路を聞くと、別々になったら心配だから私と同じ学校に通うと言いだしたのだ。
だからそれが原因で喧嘩になった。
思えばそれが恵美ちゃんとの初めての喧嘩だった。
それを期に自分と真逆で、私を庇う為に友達が減ったりする事もあった恵美ちゃんとはもう関わらない方が良いのかもと思ったりもした。
そんな風に高校に入るまでの間に色々あったけど、なんだかんだ恵美ちゃんとは仲直りする事が出来た。
それを期に恵美ちゃんはデザイン科の学校を目指す事を約束した訳だが、でもそれは私が高校からは頑張ると言う約束をしたからで…。
なのに今実際その約束をちゃんと守れているのかと聞かれると、その結果は見ての通りだ。
「ごめんね…。
だってその…相手の人が……男の人だし…。
やっぱりハードルが……その…。」
「え、何?男子なんだ。」
「う、うん。」
「まさか惚れた?」
言いながら意地の悪い笑みを浮かべる恵美ちゃん。
言われて多分顔が真っ赤になってる。
頭から煙が出てる。
「いや…あの、その…!」
「ははは!静分かりやすい。」
くもった眼鏡を拭きながら慌てて言い返す言葉を探していると、大笑いされてしまう。
別にそんなのじゃないのに…。
ただ、ちゃんとありがとうって言いたかっただけなのに。
「とにかく、明日ちゃんと話してみなよ?」
「う、うん。」
と、言う感じで背中を押されたものの。
結局言えなかった。
どうしてちゃんと言えないんだろう?
もし私がちゃんと勇気を出せていれば、もっと自然に言えたのだろうか?
普通に話が出来るようになっていたのだろうか?
恵美ちゃんとの約束もあるし、このままじゃいけないと言うのは自分でも分かっているつもりだ。
でもそう何度自分に言い聞かせても、結局上手く人と話せずにいる。
ここまで考えてまたため息。
恵美ちゃんにまた怒られちゃうなぁ…。
春樹目線。
放課後の帰り道。
今日はヤスと帰っている。
「なぁ、一応言っとくけど。」
二人で並んで通学路を歩いていると、ヤスが思い付いたように呟く。
「ん?」
「可愛いイコール好きじゃねぇからな?」
「そ…そんなの分かってるよ!!
そ…そりゃ確かにさっき高橋さんを見て可愛いなぁって思ったけど…でもそう言うのじゃないって!」
「ふーん。
なら良いけど。」
「…ってもさぁ…。
何て言うか、よく分からないよな。
結局好きってなんなんだろうな?
そうだと思い込んでみようとしても、たまに面倒になったり、喧嘩したりもする。」
「そう言うのも含めて好きって事なんじゃねぇの?」
「そう…なのかな?」
「だってそうだろ?
もしそうじゃねぇんならお前は下道って事じゃねぇか。」
「うぐっ…!?
ほ、本当にお前って容赦ないよな…。」
「結果がどうあれ…好きでもねぇのに付き合ってたって言うより好きだから付き合ってたって言った方が聞こえは良いと思うがな。」
「まぁ…それは…そうだけど…。」
言われても何処か腑に落ちないのだ。
それもそうだと素直に頷けない。
素直に認めて良いのかも分からない。
「俺がお前の事を下道だのチャラいだの、女々しいだの。
言うのは自由なんだろうがな。」
「言い過ぎじゃね…?」
次々に飛んでくる罵声に何度も心を抉られながらもなんとか声を絞り出す。
「でも人にどうこう言われたからって、お前自身がそれは違うんだって否定しちまってんならやっぱ間違いでしかないんじゃねぇの?」
「そう、なのかな?」
「自分がした事が良かったか悪かったかなんて結局まずは自分で決める事だろうが。
良かったんなら喜べば良いんだろうし、悪かったんなら悪かったで反省すれば良い。」
「そうかー…。
そうだよなー。」
俺達が選んだこの選択は、正しかったのだろうか?
それとも間違いだったのだろうか。
結果として彼女を悲しませてしまったのにそれが正しかったと言えるのか。
結局それが好きだったのかを素直に認められないのはそう言う後ろめたさとか不安とか、そう言うマイナスの感情が邪魔するからに他ならない。
なら間違いだったのか?
でも別れたからこそ、知れた事だって沢山あったのも事実だ。
後になってもっと大事にしていれば良かったかなと思えるのは失ったからだし、一人でいる事がこんなにも寂しくなるのは、いつも一緒にいてくれる人がいたからだ。
だからひとりごとが増えた。
失った後に気付いたのは、当たり前だと思っていた物の大切さばかりだ…。
いつかそれに気付けた事でさえ、忘れて当たり前に変わっていくのだろうか?
こうして考えた事でさえ、なかった事のように思う日が来るのだろうか?
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