私たちは訪問者

草村 悠真

私たちは訪問者

 ドアの前で突っ立っている女性が邪魔で入れない。その女性は斜め上に視線を向けて、何をするでもなくそこにいた。

「あのー」邪魔なんですけど、と続けたいところだが、この女性にも何か事情があるのかもしれない。「どうかされましたか?」

 女性は体をこちらに向けると、不思議そうに首を傾げた。

「ドアが開かないの。故障かしら」そう言うと、女性は再びドアに体を向け、視線を斜め上へ。

 どうやらその視線が向いているのは、ドアの上部に設置されたセンサーらしい。

「故障? 困りましたね……」なんて言いながら、本当に故障なのか自分自身で確かめたくてドアに近づく。

 ドアは開いた。

「えっと……」あまりにもあっさりと、普段と何ら変わりなく開いたドアにむしろ困惑。「開きましたけど……」

「あら、おかしいわね」

 女性は頬に片手を当てて、不思議そうにセンサーを見上げている。そしてそのまま動こうとしない。

「あの、入らないんですか?」

「少し離れて」

「え? ああ、はい」訳がわからないまま、女性の言う通りドアから離れる。

 数秒すると、ドアが閉まった。それから女性はドアの前で上半身を揺らしたり前後左右に数歩動いたりしていたが、ドアが再び開くことはなかった。

「やっぱり、私には反応しないみたい」

「まあ、いいじゃないですか」言いながら、再びドアに近づく。自動ドアが反応して開く。「とりあえず開いたんだから、入りましょう」

「私が開けたドアじゃないわ」

「誰が開けても同じですよ」

「私たちは訪問者なの。主人の許可なしに入れないわ」

「許可って……。ただセンサーが検知してるだけじゃないですか。ちょっとした誤作動ですよ」

「それじゃあ、あなたには反応して私には反応しないことの説明ができないでしょう?」

「えっと、じゃあ、この自動ドアはドアの前に立った人を判別して、ドアを開けるかどうか決めてるって言うんですか?」

「ドアとは本来、そういうものではなくて?」ゆったりとした口調で女性は続ける。「誰でも入れるのなら、そもそもドアなんて不要なの。あなたが近づいてドアが開いたのなら、あなたには入る資格があるということ。でも私だと開かない。きっと私には入る資格がないのね」

「うーん……」ドア上部のセンサーを見上げる。コンビニなどと同じ、普通のセンサーに見えるが。それともカメラが搭載されていて、どこかでその映像を見ながら誰かがドアを開けるかどうか決めているのだろうか。

「私たちは訪問者なの」女性は変わらずドアのセンサーを見上げている。「あなたにドアは開いたわ」

 女性に近づく。それはつまりドアに近づくことでもある。そして、近づけばドアは自動で開く。

「私たちは訪問者なの。あなたにドアは開いたわ」

 女性の言葉を聞きながら、横を通り抜けて中に入る。振り返ってみたが、やはり女性はその場を動こうとしない。

 やがてドアは自動で閉まる。

 女性の口が動く。ドア越しなので声は聞こえない。それでも何を言っているのかはわかった。

「私たちは訪問者なの。あなたにドアは開いたわ」

 もう一度ドアに近づく。ドアのガラス越しに女性と向き合う形になる。しかしドアは開かない。女性の口が動く。

「私たちは訪問者なの。主人の許可なしに入れないわ」

 少し前に女性がしていたのと同じように、ドアの前で上半身を揺らしたり、前後左右に数歩動いたりしてみる。しかしドアは開かない。

「私たちは訪問者なの。主人の許可なしに入れないわ」

 ドアに手を触れる。それはただのガラスだった。開く気配が全くない。

「私たちは訪問者なの。主人の許可なしに入れないわ」

 ドアなのかガラスなのかわからないものを叩く。拳を振動が伝わる。しかしそれは開かない。

「私たちは訪問者なの。主人の許可なしに入れないわ」

「おい! 開けてくれ!」という声は、果たして向こう側の女性に届いているのかわからない。

「私たちは訪問者なの。主人の許可なしに入れないわ」

 私たちとは誰だ。

 訪問者とは誰だ。

 主人とは誰だ。

 誰から何の許可を貰えばいいのだ。

「ああ……」ドアに体重を預けるようにして、地面に膝をつく。

「私たちは訪問者なの。主人の許可なしに入れないわ」

 そう、いつだって訪問者なのだ。

 ドアのどちら側にいようとも、招き入れられる立場は変わらない。入口も出口もなく、ただそこには境界があるだけだ。境界を越えても、訪問者は主人にはなれない。訪問者はいつまでも訪問者で、主人は初めからからずっと主人なのだ。

「私たちは訪問者なの。主人の許可なしに入れないわ」

 何度境界を越えようと、いくつ境界を越えようと、主人の許可がないと動けない。

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私たちは訪問者 草村 悠真 @yuma_kusamura

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