第46話 伝説の剣

「最初から決闘に命と魂を賭けているだろ!いい加減にしろ!!」


「いいや、おっちゃんは次の自分の攻撃に全てを賭けろと言ってんだよ」


 おっさんに対して命を賭ける話にムドは激昂している。深淵祭までの訓練期間から共に同じ下宿先で過ごしてチームとしてやって来たからか、マーディンはムドの言葉を否定して自分の考えを察してくれている。

 自分にだって考えはあるのだ。決闘前にゲンガンが吸い込まれたダンジョンのコアをどう破壊するか考えた時に、破壊出来るだろう他の強い人間に任せることも考えたが、自分が自爆しないで破壊する方法は無いのか考えていたのだ。


「作戦は私の背中を見てくれ。一緒に途中まで前衛で突撃するスタインは盾の裏を見てくれ。もし作戦が失敗したとしても、代表者の私が責任を持って多重圧縮熱魔法で相手の首無し騎士を道連れにして、勝負は最低でも引き分けに持ち込んでみせる」


 熟練の回復特化した専門の魔法師がいない状況で、近接戦専門の元ゴールドランクの高位魔物である首無し騎士に至近距離から自爆攻撃に巻き込もうとしても、命がけの攻撃すら初動を潰される可能性はあって無駄かもしれないし、制御出来ない魔法を相手まで離れた安全な距離から放って、命中させる自信は無い。最悪、足元に落ちて近くにいる仲間を巻き込む可能性だってある。


「なるほど、おっちゃんの作戦は3段階あるのか…」


 作戦の意図を読み取っているマーディンを見ながら思う。チームメンバーのマーディンの器用さは一度に多種類の魔法を使いこなし、必要な分を必要なだけ視野の広さを活かして行使出来る。それに比べて同じように、効果は少ないが色々と魔法を使えるようになった、同じ無属性の無色透明の魔力の膜を持つ自分は何が得意に器用に出来るのだろうか。

 そんなことを考えた時に漠然とした答えと、深淵祭の実践の場で多重圧縮熱魔法を使うことを思い付いた時に一つの壁を超えた気がしていたのだ。ステータス上では何も体力と魔力の数値が変化をしていないが、単純な気づきが自分の力になっている。自分が出来る事ならばきっとダンジョンのコアを破壊出来ると、高位の首無し騎士を滅することが出来ると自信と確信が何故かあったのだ。


「それに私にはビキンのダンジョンで勇者がサブダンジョンのコアを破壊するのに使用した、伝説の剣と同じ合金製の剣がある。…勝ったぞ」


「ああぁあ、もう。これで失敗したら、死んでも魂になっても恨んで呪ってやるぞ」


 明確な根拠の存在し無い意味の無い自信かもしれないが、サブダンジョンではあるが一度でもコアを破壊したことがある剣なら、伝説をもう一度起こすのは可能だと、おっさんは自身の背中をスタイン以外の人間に見せながら語る。

 それに、いくら魔力の自然回復を高めるアメやチョコレート等の駄菓子があっても、敵の攻撃の前には魔力の消費の方が多く、回復は追い付かずにジリ貧であるのはムドたちも気が付いているのだろう。多分実践の場で見たような、魔法の連射か氷像の部隊がムドたちの奥の手なのだろうが、発動体と高位の装備無しでは魔力の効率が悪く使用出来ないのだろうな。彼らも他にこの状況を打破出来る方法が無いため、こうなったら詐欺師のようなおっさんの適当な作戦にも従うしか無いだろうと考えている。

 マーディンとスタインとビビは、作戦を知る前からそれに従ってくれる前提であったが、自分の背中とスタイン用には盾の裏に魔力の色を変えて浮かび上がらせた文字で作戦を伝えている。それを見るとチームの3人は、頷き一つで魔力を高めて準備してくれている。

 そんな姿を見て、ムドたちは己に奥の手は無いから深淵祭の実践の場の第3戦のおっさんの自爆攻撃しかり、現状を打破する何かがあるのならそれに頼ることしか無いと覚悟を決める。


「こっちはまだ休憩したいが、もういいのか?」


「我に秘策あり、さ。行こう、みんな!!」


 首無し騎士も飛ぶ斬撃の連発で負担を感じていたのだろう、周囲の骨の兵士たちはこちらの仕切り直しには応じて攻撃を行うことなく半包囲する陣形のまま距離を置いて立っている。

 待っていてくれていたのかもしれない相手に、これから最後のラウンドで勝負を仕掛けることを決意する。チーム4人で、壇上にあった氷像が溶けて出来た水はビビの熱魔法と飛ぶ斬撃で相殺で蒸発して消えている床を蹴り、前に向かって走り出す。


「お、休憩は終わりで来るのか?」


「おう、注文の品だ」「「「「「出でよ、アイスゴーレム」」」」」


 自分の商品というか、武器というか唯一の強みは交換魔法のスキルしか無いだろう。商人としても冒険者としても、魔法師としても大したことが無いのは誰よりも分かっているが、他の人間が寝ている間も魔力を消費して交換して用意した物量はかなりの物のはずだ。

 そんな待機空間に大量にストックのある壺に入った水を、壺が空間を埋めるように壇上の床の上に出す。その壺の水を消費して、ムドたちは最初の攻撃と同様に巨大な氷像を1体作り出し、立ち上がった氷像はそれ以上に使用しなかった壺を倒して床は、瞬間的に生まれた水流で敵味方共に足元が水浸しの範囲内になる。


「まずは、氷のゴーレムからやるか。……火剣」


「作戦2だ!!」


 自分たちが接近を始める開始地点よりも、首無し騎士に近い位置に水の入った壺を置いて、ちょうど中間距離くらいに氷像が生まれたのならば相手もそれを優先するだろう。

 そして、氷像を向こう側の魔物たちが対処しようとするのらば、こちらの4人を止めようとしても氷像との間に飛ぶ斬撃の射線には入れないからその分かなり接近は出来る。氷像が首無し騎士から、最初の時と同様に攻撃されて上半身を砕かれて、下半身も溶け始めるのを見てマーディンは作戦1を完了して、次の作戦2の段階に移ったことを宣言する。

 首無し騎士も短い距離に出現した氷像に、それほど溜めの時間も得られずに放った斬撃だったため、こちら側も少なく減った衝撃が来るのを覚悟しているのならば、体勢を崩さずに前に進み始めることが出来る。


「持ってけぇ、魔力を限界まで全開だぁああああああ」


「「「「「我は願う、氷精の加護よ!!」」」」」


「お、おっ…」


「スタイン、俺と一緒にビビの熱魔法を高めるぞ!!」「おう」「了解」


 ムドたちの軍団の魔力が高まったその瞬間、水浸しだった壇上の床は凍り付く。氷像へと飛ぶ斬撃がぶつかる衝撃で、こちらよりも近い位置にいた体重の軽い骨の兵士たちは床に転んだまま、起き上がる前に体を凍らされて床に固定されてすぐには動けなくなる。

 当然、その凍り付く現象は敵味方全体を巻き込むが、自分はスタインの強化魔法とマーディンの支援魔法で高まったビビの熱魔法で、即座に足元の固定された氷を溶かされて脱出し、首無し騎士の前に向かって走るように凍った床を滑る。


「はっ、間抜け。それじゃ無理だぜ」


「作戦3だ!!」


 ぶっつけ本番で小学生以来くらいにスケート場で経験した、アイススケートの要領で履いている革靴を覆うように合金でコーティングして固定し、靴底の裏には合金製のエッジを出して滑っている。同じような要領で、小中学生くらいの頃にはローラースケートだとかインラインスケートが流行った記憶もあるが、武器を持たずに両手を振って必死にバランスを崩さないようになんとか前進するおっさんは、傍から見たら勝負を捨てているようには見えるだろう。

 敵の首無し騎士は近づこうとするおっさんに慌てることなく、自身の足元を拘束する氷を飛ぶ斬撃を放つ時のように剣に力を集めることで溶かして、拘束から抜け出している。彼の剣を振るう間合いの外まで、5mくらいまでは熱で床の氷も溶けてしまっている。

 そうして出来た踏ん張りに問題の無い床で首無し騎士は、4人のチームから1人だけ突出して近付く、おっさんに向かって悠々と背中の後ろ側まで両手剣を回して、腰を捻って振るうタイミングを窺っている。

 それでもここまで来たら、自分はマーディンの声を合図に後は待機空間から出して、滑る力の慣性に従ったまま伝説のレプリカの合金製の剣に、ここまで高めていた自分の魔力を通して構えるだけだ。


「…終わりだ、火剣」


「「「「「「我は放つ、風の波動」」」」」


「邪剣降臨」


 自分の言葉とは裏腹に純白に輝く光を放つ合金製の剣は、ビキンのダンジョンの中でのあの時に降臨した真に迫った聖剣を模倣しようと、おっさんの汚れた欲まみれの心とは正反対の色の光だけを放っている。合金製の偽物の剣でも聖剣の力を勇者は降臨させていたから、アレックスのスキルは聖剣を降臨させているので間違いないのだろう。

 だが、自分の手の中の剣を覆う光は、疑似だとかもどきと付けようと聖剣と名乗るのは恥ずかしいし、猿真似の質を真似ることが出来ているか怪しいただの白い光は、邪剣で十分だろう。目を焼くような輝く光の奔流を、手の中で暴れ出すのを必死に抑えて背中から受けた風の波動の衝撃をそのまま推力に変えて首無し騎士に飛び掛かる。


「「うぉおおおおおおお」」


「行け、おっちゃん」


 瞬きするよりも短い時間で、相手の飛ぶ斬撃の初動すら押し潰すように、瞬間的な豪風を受けた自分は飛ぶように相手に近付いて、ただ頭上に構えた合金製の剣を力任せに素振りのように振るった。

 豪風を受けて腰痛持ちにはきつい衝撃だったが、なんとか相手に近付いて剣を振り切ることが出来たが、両手剣と合金製の片手剣がぶつかりあった衝撃を殺すことは出来ずに、無様に氷で覆われた床に転倒する。咄嗟に高校の柔道の授業以来の受け身を取ろうとするが、目のくらむような光で床への距離感覚も無く、大して効果も無く吹っ飛んだ姿勢のまま凍った床に転んでしまう。

 そんなことよりも、敵は、あの首無し騎士はどうなったのだろうか…




「魔剣もどきを使う悪の魔物は、聖剣もどきの邪剣に滅ぼされる、か…」


「「「やったぁああああああ!!!!」」」


 ぶつかり合いの衝撃にさらされながらも、隙があれば援護をしようと見ていたマーディンとスタインとビビは、状況に気が付いて喜びの声を挙げている。ムドたちは発動体無しに大量の魔力を一気に使用する魔法を行使して、声を出す気力を無くしてしまっているが、右手だけ挙げて見せている。

 無駄に上がったステータス上の体力の高さであちこち痛む程度で済んだ体を起こして、自分の周囲の床を熱魔法で温めて氷を溶かしながら、敵の大将である首無し騎士に近付く。


「他に遺言があるのなら聞きますよ?」


 ダンジョンコアを破壊するための手段を考えた際に、振り返って気が付いた自分の得意なものは魔力の色を変えて変装した時のように、それくらいしか器用だとタタールの街の魔法師ギルドの受付の女性に褒められたことは無い。だが、変な自信と確信を持って自分の魔力の色を変えて、あの時に見たアレックスの聖剣の光を模倣出来るのでは無いかと考えたのだ。

 とんでもなく魔力を消費したが、待機空間に使わないがひたすら量産していた1円硬貨を再度魔力として吸収することで対応した。だが、その一瞬での魔力の枯渇と補充を繰り返した、光の奔流は相手を浄化させる聖属性の一撃ともなったが、あまりの出力に剣を握っていた柄すら消えてしまった光の剣として兜割のように振り切ることになった。

 当然ながら、無理な魔力消費と過大な力の奔流を振り切ったことで、自分の両腕は存在はしているが、肩から指先までの感覚は無くなってしまっている。


「ああ、俺たちからは1つだけあるな」


 対面していた魔物の騎士は、体を縦に中心線を極光の線が通り過ぎ、修復を超える浄化の力で半分に別れた体は渇いた砂のように砕け、壇上の床に徐々に崩れていく。右手に抱えていた直撃を避けた頭部は無事ではあるが、このダメージを受けた様子から核は砕けたか勝負は付いただろうから短時間で消えるか契約の魔道具に魂を徴収されるのだろうか。

 そんな相手に、元人間の元は冒険者である先輩に同情心からか言葉を掛けてしまう。既に人間としても冒険者としても終わっていた彼に、本当の終わりを届けたのは自分だからその責任はあるだろう、と思っている。


「ゴールドランクまで登り詰めたが、死んだ後も最期まで気に入らねぇ奴に使われたな。…俺たちはここまでで立ち止まっちまったが、お前らは止まるんじゃねーぞ」


「…聞きたいのだが、私たちに手加減してくれてましたよね?」


「………」


 首無し騎士の男は、指先と頭部以外の体のほとんどを失いながらも、頭部を抱えていた右手で上を指さして、自分たちの立ち止まったゴールドランク以上を目指せと言っているのだろうか。こちらの問いかけには答えることなく無言で、代表者を失ったことで同じように骨の体が崩れて消え始めている骨の兵士たちと一緒に壇上から崩れた砂自体も無くなって、存在が全て消えてしまう。

 後に残ったのは首から下げていた、冒険者ギルドの身分証が9個と彼らの武器と防具が床の上に転がっている。手加減をしていた理由として思ったのは、彼は大事な頭部を抱える腕は右腕だったし、両手剣を片手で振るう際は左手だったが、利き手を使っていなかったのではないかと考えたのだ。

 自分たちが魔法を重ね掛けしていたとしても、ビキンのダンジョンの波で指揮官の魔物と戦っていたゴールドクラスはもっと凄かったし、そのランクに相応しい真にその実力を発揮されていたら自分たちが勝負を成立させることは出来なかったと思う。

 それに、骨の兵士たちにしても、ムドたちが大きな怪我を負っていないのは不思議に思っていたのだ。命のやり取りをしたことが無い、魔法師学校の学生たちが緊張や命の不安を感じずに戦うことが出来ていた。

 低ランクの魔物のゴブリンでさえ、殺気をむき出しに襲い掛かって来るのに、それを感じなかったし、元ゴールドランクパーティの3体で連携するのが一番強いはずなのにそれをしていなかった。

 そんなことを考えていると、どうやら彼らは契約かカルミアに縛られている範囲内での最低限の戦いを行い、模擬戦のような戦いの結果で魔物になった己を終わらせたかったのかもしれないと考えてしまう。賭けに追加した己たちの冒険者ギルドの身分証も、ギルドに届けることで自分たちの冒険者としての終わりを伝えることになるし、そんなことを考えると結果的に彼らの自己消滅に付き合わされたのかもしれない。


「…せっかく決闘に勝ったのに、賭けの清算はそんな身分証でいいんですか?」


「いいや、これだけで十分だし、9個でいい。………だが、アンタは何でそのまま存在している?」


 リアルでハックアンドスラッシュをしたり、羅生門しかりで倒した相手の物や死者の持ち物を剥いで自分の物とするのは感じる罪悪感と念が籠ってそうで嫌だと思う。魔法師学校の学生たちも含めて近接戦をする人間たちはいないし、彼らの生きた証でもある武器と防具を換金するのも申し訳ないと思っていると、勝負の結果が出たはずなのに平然としているカルミアの存在に気が付く。

 何故、この若作り詐欺骨女は魂とその存在を賭けていたはずなのに、契約の魔道具の影響を受けていないのだろうか。決闘開始以降は、壇上外の様子を気にする余裕が無かったため、観客席の特別席のように設けられた席に座って、離れた場所から声だけを届けているカルミアの姿に驚く。

 彼女の席の近くに置いてある同じく賭け金だったダンジョンコアは徴収が始まっているのに、契約の穴を突いたのか契約に抗っているのか、どうなっているんだろうか。同じく賭けの対象になっていたこの屋敷であった闘技場の環境にも変化が無いことから、彼女は何らかの契約を無視して賭けの清算を逃れている術があるのだろうか。

 元々話す気力を失ってしまったムドたちを別に、決闘に勝って無事に帰れると思っていたマーディンとスタインとビビも、絶望感に言葉を発せずにいる。


「闇の遊戯として互いに生命と魂と存在を賭けた決闘として実戦の場を設けて、その勝負はたしかに付きました。…でも、私自身は負けてませんよね?」


「それは、個人の屁理屈ですよね。なんだろう、契約を守らなくてもいい理由とかあるのなら言ってもらってもいいですか?」


「私自身は賭けはしましたが、勝負の戦いに参加はしていないので直接的には負けてはいません。負けていないと強く信じて想うのなら、絶対に賭けも負けてはいないのです」


「…………」


 魂から心底己の負けを信じて認めていない、魔道具の契約すら歪める狂人を見て、何を言っても考えを改めないと感じてしまう。こう、なんと言ったらいいのだろうか、魔法師として能力を高めたりしていったら、契約を守らなかったりするのは当然になってしまうのだろうか。そっちが契約を守らないのだったら、こっちもケツ持ちを出すしか無いだろう。


「そっちが契約を守らないのなら、こっちにも考えがありますよ」


「フフフ、どうするのか教えてくださいよ」


「契約の不履行として、魔法師ギルドに対応を頼むのさ」


「魔法師ギルドの誰が助けてくれるんでしょうか。それでもいいですが、あなた方はここから出られませんし、ギルドからの助けとあなた方が死んでしまうのとどっちが早いでしょうか?」


 その言葉を合図に、さっきまで存在していた観客席は無くなり、観客だった骨の兵士と骨の騎士は次の対戦相手として、巨大な壇上の円周の範囲を縮めるようにこちらに走り寄って来ている。その中には、最初にダンジョンコアの守護者として姿を見せた、人骨で出来た巨大なゴーレムと骨の竜も混ざっており、決闘も成立しない戦力差を目にして、これから始まってしまうのはただの処刑だと確信してしまう。

 圧倒的な戦力差の前に、待っている確実な死の未来に絶望した魔法師学校の生徒たちを守るために、いよいよ自分が効果があるかも分からない相手に自爆攻撃を仕掛けるしかないのか…



「それでは、わたくしがギルド職員として契約不履行に対応しますね」

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