第39話 冬の終わりに春を待つ
『さあ、始まりました第3戦目。設定された環境は雪原ということですが、まずはお互いに離れ離れになってしまった味方との合流を目指す様子です。この環境と勝利条件の規則はどちらかと言えば、最強魔法師軍団側に大有利ですがいかがでしょうか?』
『雪原の吹雪はお互いに視界が悪くなっていて、体力を奪う寒さにも対策が必要だからその分で使用する魔力も消費が多くなる。魔力の最大量と使用効率の差から軍団側が有利だが、代表者1人を倒すのに苦労していた火ネズミの吐息側が、雪原の寒さに温める熱魔法の効果も落ちる環境で5人全員を倒すのは圧倒的に不利だろうね』
『これは誰がどう見ても運営側が調整したのは確定的に明らかです!!汚いな、流石運営側が汚いと思う調整に、魔法師ギルド所属の実況でありながらこれはあまりにも不利過ぎるでしょうと驚きを隠せないーーー!!!』
「ビビはあっちか」
時折感じる振動に、ムド側の魔法師たちは索敵や仲間たちとの合流のために空間内を把握する魔法を使用しているのだろうか。だが、こちらはそんなものを使用しなくても、自分の魔力で作った合金製の発動体もどきを持っている仲間の位置を把握して1人ずつ拾い上げていくのだ。
『おおっとー!火ネズミ側は4人がその場を動かずに待機し、タナカ1人だけが仲間の位置へ移動している様子が見られるぞー!!』
『斥候役の魔法師が使うような魔法を特に使っていないはずだがな。この吹雪の中だと鼻も利かないだろうし、目と耳も頼りにならないはずだが、何らかのスキルを用いているのかもな』
『最初の合流は火ネズミ側が、攻撃役の魔法師のビビとタナカが合流に成功しています。迷いなく仲間の下に辿り着く姿は、実はこの男はメインの斥候役でもあったのかー!?』
『2戦目の草原が小さな街なら、雪原は小さな村の範囲だけどよく迷わずに辿り着いたね。軍団側もさっきのように風を使った空間把握は難しいだろうから、合流には時間がかかるだろうね』
ビビを背負って、次のマーディンがいる位置まで走る。視界が悪い時の合流方法として、自分が他の仲間の位置を把握出来るため1人ずつ拾っていく方法を予め決めておいたのだ。拾い上げる順番も最大火力と、無属性の魔法師が2人揃ったらある程度はカバーできるため優先順位付けに従った行動だ。
それにしても、雪の積もった中を走るのは大変だ。もう記憶に残っていないが小学生の時に冬のシーズンにスキーを滑りに行ったことがあるはずだが、アウトドア派ではないためその1回切りの経験は何も活かせれていない。わざわざ寒い季節に人の多い場所に、温かい家から出て寒い思いをして時間も消費するのは無駄だと思っていたが、人生は何が役に立つかは分からない。
「おっちゃん、こっちだ」
「これはどうしようか?」
「温める熱魔法の維持も難しいので、短期に勝負を決めるしかないと思います」
自分たちに気が付くと手を振るマーディンに合流をする。自分の魔力が自然回復で維持できる程度に、寒さから身を守るように3人で固まって熱魔法で温まりながら移動を開始する。ビビからの意見では、この寒さに熱を奪われる環境では、熱魔法を待機させて威力を上げるのにも消費する魔力から長期戦は現実的ではないと伝えられる。
吐く吐息で眼鏡を曇らせる状態のマーディンと、具体的な作戦プランが思いつかないまま、次のポッシュのいる地点まで急ぐ。
『軍団側の合流状況も確認して見ましょうか。現在は、どうやったのかムドと2人が合流を済ませ、その地点まで残り2人も近づいている様子が確認出来ます』
『風魔法は効果が薄いにぶ無駄に多く魔力を使うし、水と熱と火の魔法で仲間の位置を把握するのも吹雪が邪魔して範囲が狭くなるだろうから、別の魔法だろうな』
『それは…、ここで軍団側の合流を可能とした魔法を知りたかったですが、いつの間にか画面上に巨大なゴーレムの様な氷像が4体作られているーー!!これは攻防一体のムド側の作戦なのかーー!!』
『氷魔法での単独か、水も混ぜて作ったのだろうけど、上手くやったね』
『見た所は環境に合わせた様子ですが、この魔法は如何に有利な点を作り出すのでしょうか?』
『雪原の寒さから氷像の維持に必要な魔力は限りなく減るだろうが、動かす分で消費はあるだろうね。ただ、軍団側は寒さをある程度防ぐ衣服を着ているから、あの氷像に入ったら吹雪を直接浴びずに済んで余分に熱魔法を使用する必要も無くなるのさ』
『これは、残りの仲間を待つ間に勝負を決める準備を既に整えたと言うのだろうかーーー!!』
「みんなー、こっちだよー!!」
4人目のポッシュと合流を果たすと、残りのスタインはそれほど離れていないからすぐに合流可能なはずだ。補助魔法の有用性からポッシュを優先させたが、雪山の遭難時の救助を想定したら脂肪の多いポッシュを後回しにして、瘦せ細ったスタインを優先させた方が良かっただろうか。
「1人で先に空間から出ようかと思っていたぞ」
真っ赤になった鼻で鼻水をするような様子が見え、なんとなく恨みに聞こえるようなスタインの言葉を聞きつつ、5人で一塊になるように集まって自分の熱魔法で温める。なんとか無事に合流したが、熱魔法を使わないと凍死しそうな環境に移動と索敵も大変な状況でどう勝つための作戦を考えたらいいのだろうか。
「みんな、作戦1・2・3の全部で短期決戦だ」
「「えっ」」
マーディンからの提案にポッシュとスタインの2人は驚いているが、ビビと自分は納得している。雪原に潜んで双方の魔力切れで全員離脱の引き分けを狙って、第4戦目での戦いの決着をつけることも考えたが、向こうの方が魔力量が多いから耐久戦は魔力の回復する自分を除いては難しい。
何よりも、ムドの性格ならば敗北した後の2戦目は確実な勝利を優先させたが、自らが代表者の1戦目でやられた借りをここで返さないと気が済まないはずだ。
それにしても、寒い雪原という環境は温める熱魔法に不利だが、冷やす方の熱魔法も訓練して来た方が良かったのだろうか。風呂目当てで訓練していたわけではないのだが、昔どこかで冷やす温度には限界があるが温める熱はかなりの高温があると知ったことがあり、強化に強化を重ねた温める熱魔法ならば格上の魔法師に通じるのではないかと考えて訓練していたのだ。だが、熱を寒さで奪われる環境でどう熱魔法を保つのか、…そうだあの方法を試してみるか。
「ムドの性格ならば、私たちを全員叩きのめしに来ようとするはずだ」
「それに俺たちが小細工が出来ないように、向こうも速攻で来ると思う」
「何かさっきから揺れを感じない?」
マーディンと話し合っていたら、自分も斥候役の魔法と思っていた振動は全員感じていたようで、今更ながら気になってしまう。もしここが、雪山の環境でこの地点が麓の平らな所であったら、雪崩を起こされたらひとたまりもないと思ってしまう。
「いや、自分が知る限りは雪原の環境だと思う」
「おいらもそう思います」
実践の場の環境にある程度詳しいスタインとビビの話では、雪山の環境だったらもっと険しい斜面の範囲に設定され、山の形も目視出来るような程度の吹雪らしい。それではこれは、強めの風魔法を斥候役が地面に放って、こちらにも振動が伝わっているのだろうか。
『さあここで、両組の全員が合流を果たし、既に相手側の位置が分かっている軍団側が移動を始めるようです!!』
『ただ吹雪の中で長時間耐えるだけで勝てそうではあるが、1戦目の敗北の屈辱は2戦目では晴らせていないだろうから、3戦目のこの場で相手を直接倒して勝ちたいんだろうね』
『そして、会場の画面も吹雪で視界が悪いですが、4体の氷像にそれぞれ5人全員が入っているのでしょうか?1体だけ2人が一緒に入ると温まりそうですが、彼らの体格では大きな氷像でも中は狭そうですね』
『あえて4体の氷像を見せることで、1人はどこかに潜んでいると見せるのかもしれないね』
『その場合はどんな魔法を使うのでしょうか?』
『氷魔法を使用して積もっている雪に潜るか、自分の色を周囲の雪と同じ白にするか、あるいは光魔法で光の屈折率を変えて周囲の風景に同化するかだけど、氷魔法以外は吹雪の影響で見破られやすいね』
『なるほどー、と言ったところで意外と雪原は狭い環境ながら、お互いの距離はそれほど離れていないはずですが、雪のせいで氷像は中々歩く速度が上がらないですね。会場の観客の皆様は、今のうちにトイレを済ませたり、売り子からお酒と軽食を買っておくのが賢いですね』
「何かデカいのが見えるぞ!!」
スタインの言葉に、吹雪で姿が薄れて見えるが振動音の正体と思われる姿に気が付く。発見を知らせたスタインよりも大きな背は数メートル以上ありそうで、横幅も遠目からであるが過去に見たゴブリンの王子のような体格に見える氷の像であった。これは俗に言う、ゴーレムと言う奴なのだろうか。
「どうするの?走って来るよ!!」
「スタインに最初は防御魔法を使うけど、一番に倒されてくれ。俺が真ん中の奴に攻撃してみるから、それを待ってビビとおっちゃんは動いてくれ」
雪でクッションになっているはずだが、氷の巨像の走る音で振動が伝わって来る。ポッシュは恐怖しているが、それなりの時間をかけて補助魔法で魔力を使い切ったので、ここで勝負を決めるしかないからスタインとポッシュは離脱しても何とかなる。
「ごめん、1体は空だった」
「じゃあ、残り3体も狙うのか?」
「おっちゃん、待ってくれ」
マーディンの放った熱魔法は氷の巨像の胴体を大きく溶かして倒すが、中には人は誰もいなかった。その修復と制御に回す魔力すら惜しいのか、残りの3体は倒れた1体の像を気にせずにそのまま直進して来る。
『魔力が関与しない物理攻撃の直接攻撃は禁止されていますが、魔法によって作られた氷像の拳はありですので、受けたら一撃で離脱もあり得ますね』
『軍団側の索敵の方法が分かったぞ!!』
「下だ!!」
「「「「えっ!?」」」」
マーディンの声を聞くが反応が遅れて防御魔法を使う暇もなく、5人が固まっている真下の地面から土で出来た槍が伸びて来る。自分は咄嗟にビビを抱えて横に避けるが、マーディンとポッシュとスタインは躱し切れずに太ももを貫通しており、腕の魔道具もスタインが黄色でポッシュとマーディンは赤色になっている。
『こ、れ、は、地中からムド側の3人が現れて奇襲を成功させているーーー!!』
『軍団側は土魔法で起こした振動で空間内を把握して索敵と合流を行い、氷像の4体を見せて土魔法で潜って移動して地面の中から奇襲をしたんだな。氷像の移動する振動で地中を移動する振動も直前まで上手く誤魔化せていたが、全員は攻撃出来なかったか』
「ビビ、目の前の3人を狙え!!」
マーディンの判断は、どの氷像の中身に敵がいるか当てるよりも地中から現れた3人を優先させるようで、ビビの魔法に相手はここまでの索敵と移動と攻撃に魔力を使用していたようで、防御魔法も専門ではないのかムドを庇うように攻撃を受けて離脱している。
「スタインとポッシュはビビを庇え」
「無駄だ!!」
マーディンは2人に指示をするが、ムドの追加の攻撃は熱魔法を放ったビビを一撃で離脱させ、庇おうと動こうとしたスタインとポッシュは氷像に殴られて吹き飛ばされて離脱となった。
「…おっちゃん、頼む」
既に腕の魔道具が赤色になっていたマーディンは太ももからの出血からか離脱となり、最後にこちらに託して消える。こちらを睨むムドは、いつでも氷像に攻撃を指示出来る距離にいるが、あえてそうさせないのは散々煽って来たおっさんに対しての復讐で嬲るつもりがあるのだろうかと予想する。
3体の氷像に少なくとも入っているのは2名か、もしかしたら地面の中にまだいるのだろうか。こちらはたった1人だけであるが、この状況をどう挽回したら良いのだろうか。
『な、ん、とーー!!奇襲成功からの攻防で、互いに相手を離脱させ合う展開になったが、3対1と火ネズミ側が不利な状況だーーー!!ここから逆転はあるのかーー!!』
『見た感じ、熱魔法は準備していないし自己完結の強化を重ねて準備するのも間に合いそうにないし、決まったかもね』
「お前らそれでいいのか?」
「何を話し掛けて来てるわけなんだ?…時間稼ぎは意味ねーぞ」
「もう止めにしないか?…そっちが負けを認めて離脱するなら私はもう攻撃しない」
「1人しか残っていない奴に、絶対に勝てる状況で負けを認める魔法師はいねーんだよ!!」
「…残念だよ、お互いにね」
魔法師が入っているだろう氷像が拳を振りかぶって近付き、ムドも魔力を高めて魔法を行使しようとするが、こちらの方が早い。ね・つ・ま・ほ・うと呟くように右手の手のひらを上に向けて5つの指のそれぞれの先に、強化して完成した熱魔法を交換魔法スキルの待機空間から出す。雪原の寒さの環境に左右されないように、自分の魔力で作ったものを仕舞えるのなら、魔法だってそうだろうと試して成功していたのだ。
ここでさらに、以前のビキンで見た炎熱のローザがやっていた魔法のように、小さく固めるようにするのは貫通力が上がるのではと素人ながら思いついてしまう。
その思いつきに従うままに、5つの熱魔法を集めて圧縮するように固める。余りの熱量に既に自分の右手の指の先は、火傷を通り越して黒く炭のようになっているが、もう何も気にはしない。
この土壇場で、思いついた圧縮作業で固めて1つになった熱魔法はこちらの制御が効かずに今すぐ暴れ出して暴発しそうだが、敵は至近距離にいるから関係ない。
「おい、止めろ馬鹿。それは反則だぞ」
「いいや限界だよ。もう遅い、じゃあな」
お互いに生きていたら、お前らがこの戦いで改心したら薄い水のような酒を出す、料理は芋しかない場末の酒場で奢ってやるよと考えながら、ムドたちのいる前方の空間へ半ば制御を手放していた最大強化した5回分の熱魔法を放つ。
「ぐっ!!」
『なんかタナカが右手に熱魔法を出したら、映像が光に溢れて見えなくなっているーー!!結果はどうなっているか分かりませんが、苦情は魔法師ギルドと深淵祭の運営にお願いしますーーー!!』
『うぉっ、眩しっ』
瞬間耐え消えれない程の熱と光に顔を両腕で庇う様な体勢を取り、ひたすらにこの身全てを焼き尽くすような熱の波動にさらされる。そんな永遠にも感じるような苦痛の時間を耐えて過ごす。
《3戦目勝者:火ネズミの吐息》
『雪原の吹雪も晴らす魔法を使って勝ったのはこの男!!自爆覚悟の最大火力の魔法に耐えきる姿は、やはりメイン防御役だったのかーーー!!!』
『土壇場で魔法を圧縮させることを試すのは面白いが、最後には装備と防御魔法や魔力の膜での魔法耐性よりも、現役冒険者としての身一つの耐久力で乗り切ったのは流石だよ』
「…勝った、のか」
立っているのがやっとの状態で壇上の上で、チームメンバーは周囲に存在しないで自分だけがいる。自分にも少年漫画補正があったのか、下半身の服は無事だったが上半身は魔法師装備のマントも含めて全て燃え尽きている。両腕の感覚とその存在が物理的に無い状態で、何とか待機空間から出した久しぶりの黒スウェットの上着を着るが、回復専門の魔法師たちが壇上に駆けつけて来てすぐに脱がされてしまう。
アラフォーのおっさんの訓練しても落とし切れていない腹と腰と背中に余分な肉がついた姿を観衆に露出されるが、下半身の毛すら燃え尽きていた可能性があったと思ったらまだマシなのだろう。自分でも使っていたけれど回復魔法の原理は分からないが、皮膚が再生されたなら毛根から毛も生えた状態で回復されるのだろうか。
「殺傷する可能性のある魔法を使ったのにおかしいだろ!!」
『おおっとー!!どうやら直撃前に離脱宣言で攻撃から逃げていたムドが、異議申し立てを行っています。このままでは賭けていた大金を失いますし、彼らが勝つ方に賭けていた観客たちから袋叩きに合いそうなので必死ですねー』
『あくまで可能性があっただけで、殺傷級の熱魔法を放った側の魔法師のタナカも生きていたから審判も判定を覆さないだろうな。抗議する前にお前が死ねば組が勝ったのに、何を言ってんだい』
『解説役の厳しいお言葉に、会場の観客からも死ね・殺す・金返せの連呼が聞こえています。…気を取り直して、今回の3戦目を通してどう感じましたか?』
『空間にいるだけで移動するだけで魔力を消費する環境で、お互いに短期決戦の作戦を選択したのは悪い考えではなかったね。』
『途中までは軍団側が奇襲を成功させて先手を取れていた印象がありましたが、勝敗を分けた点はあるのでしょうか?』
『軍団側は足元からやられた借りを返す作戦に、環境に適応した氷像はいい考えだと思ったが、火ネズミ側の奥の手を超えられなかったし覚悟が足りなかったよ』
『その覚悟とはどんなものなのでしょうか?是非、教えててください』
『実践の場では命のやり取りをしないという規則でやっているが、勝つためには相手を殺して自分も死んでもいいという覚悟が勝敗を分けたのさ』
『おおーう!!でも、本当に殺してしまったり死んでしまったら不味いのでは?』
『本物の魔法師と冒険者ならあそこで退かないし、勝負に人生を賭けたなら商人だって逃げないよ。ビビッて逃げた偽物の魔法師がいただけさ』
先に離脱したチームメンバーはどうやら壇上の外で治療を受けているようで、壇上の上には自分と審判と、その審判に抗議をしているムドだけがいる。
作戦1のビビの熱魔法、作戦2のマーディンの熱魔法が無理なら、作戦3のおっさんの熱魔法を披露するしか無いと思っていたが、土壇場で思いついたアドリブで自身の体は酷いことになっている。後先考えていない青春を追いかける若者に、影響され過ぎてしまっていたのだな。
そうこうしていたら、審判への抗議を諦めたのかやけになったのか、ムドがこちらに近づいて来ている。負けて失う未来を思ってか、ムドのその目に湛えた光は、凶行に及ぼうとする意思を感じ取れる。
「はい、そこまでですね」
「おっ、死霊の使うような精気を吸う魔法は珍しいな。」
「本物には負けますが、加減がしやすいので重宝しています」
「でも良かったのかい、実況が参加者を攻撃して」
「ローザさんに間引かれる前に、魔法師ギルドに所属している者はギルドで裁きますので、あしからずご了承くださいませ」
「アタシも深淵祭まで出禁になったら困るからそっちに任せるよ」
「……えっ?」
気が付いたらムドは床に倒れており、入場時以来聞こえていなかった実況と解説の声が聞こえて来る。どうやら実況を行っている専属受付嬢の彼女が、自身を守るために魔法を使ってくれたようだが、床に転がっているムドの姿は様変わりしていた。
肉の塊のように肥えていた体は、さながら本部ギルド長のように骨と皮の姿になり、全体的にこちらで最も瘦せているスタインよりも細くなってしまっている。そんな抵抗する力が無くなったムドと、その姿を見て抵抗する気も起きていない軍団の仲間たちはギルドの職員たちに拘束されて連れて行かれている。
「はい、と言ったところで敗者が先に肉の塊として出荷されるように退場して行きますが、本日の第1回戦第1試合は火ネズミの吐息の勝利となり、彼らの研究発表の役割理論の証明完了となります。相手の最強魔法師軍団を倒したので、もう火ネズミ側が最強魔法師軍団と名乗っても過言では無いと言っても良いですよね?」
「過言だよ」
「おっちゃん流石だよーー!!」「「「やったーーー」」」
壇上に瓶底眼鏡がずれたマーディン、鼻が赤いままのスタイン、喜びに涙と鼻水を流しているポッシュ、帽子が地面に落ちたままのビビが、こちらに駆け寄ろうとする仲間たちが見える。治療が終わっていないのだろう、回復専門の魔法師たちに止められてその場を動けずにいるのを見て思う。たまたま自爆で生き残っただけだし、思い付きで行動するのはやはり危険だと思う。だから自分への評価は…
「…それほどでもない」
◇
2回戦の場は、魔法師ギルドも流石に王族の組に失礼があってはと考えたのか、実況と解説は置かれていなかった。ムドたちの組の攻略と自分たちの訓練しか考えていなかったため、他の組のことなんて考えてもいなかったが、こうやって本人たちを目の前にすると既に勝負がついていることを感じてしまう。
「キミたちの研究発表は面白かったし、1回戦目も参考になった。この戦いは楽しみだったから、良い勝負にしよう」
爽やかな笑顔で相手から握手を求められるのは久しぶりな気がするが、目の前の第4王子は下々にも優しいんだなと感心する。金髪の腰まである長さの長髪に碧眼の美丈夫を見ていると、彼は結婚相手に困らないし働かなくても一生困らないだろうから、羨ましいと感じてしまう。
同様に挨拶を交わす相手を見ると、公爵家らしい紫色のおかっぱ眼鏡は節くれだった学生には珍しい長い木の杖を持っている。その隣の人は侯爵家らしく、青髪を逆立てた青年は金属製の剣と盾を持っているが、直接攻撃が禁止されている実践の場に発動体として持ち込むのは、普段使いしているのだろうかと考える。伯爵家らしい羊のような茶髪の癖毛は兄弟のようで、2人とも似た顔立ちをしたいた。
「それでは、両組空間に入ってください」
◇
1回戦目の指名試合が嘘のように自分たちのチームは、あっけなく負けてしまった。予定通りと思えばそうかもしれないが、王子たちの組は我々なんかの戦いもしっかりと分析していたのだろう。1戦目はこちらの魔法の準備が整う前に最速で近づいて来て、高火力で高速度の誘導性能もある攻撃魔法を集中的に受けて壁役が続けて落ちて、立て直す暇もなく後は順番にやられてしまった。
2戦目もこちらの理論を研究発表で聞いていただけあって、リスペクトなのか同じ戦法を取られて負けた。彼らの魔力の最大値の方が多いし、時間をかけるだけ彼らに有利となっていったが、作戦3の自己完結型の自爆魔法で特攻して何とか紫色のおかっぱ眼鏡だけは倒すことが出来たがそれまでだ。これで自分たちの実践の場と、深淵祭は終わってしまった。
「では、お疲れ様」
「お前たち良かったぞ!!俺は感動した」
「「「「…………」」」」
自分1人だけ木製のジョッキを持ちあげるが、残り4人は俯いて反応していない。実践の場にも応援に来てくれていたマスターが声を掛けるが、全員俯いたままだ。その姿勢で見える目から溢れる光と、しゃくり上げるように上下する肩が見える。
「……俺、俺やっぱり悔しいよ」
「…ぐ、自分もだ…」
「ぼくも、もうちょっと何か出来ていたはずだよ」
「………」
流れる涙をそのままにマーディンとスタイン、ポッシュは心情を吐露し、攻撃役としてエースに据えていたビビは唇を噛むように悔しさを出していた。やっぱり終わってから気付くことになるが、もっと色々出来ていたのかと考えてしまう。2回戦にあたる相手が違ったらどうだったのだろうか、チームメンバーの彼らと出会うのがもう1年早ければどうだったろうか、その時は実際にそうなってみないと分からないし、彼らのカルミア嬢への身分違いの恋が無ければ、深淵祭に我々は参加していなかったと思う。それでも、やっぱり悔しいな。
「2回戦で負けたけれども、私たちの頑張りが報われたからムドたちには勝てたし、そのおかげで賭けの分の金で発動体も買えるようになる。それに、派閥内でもムドたちよりは上になるはずだからカルミア嬢に少しは近づけるようにもなるだろう、今は悔しさを忘れて喜ぼう」
「お前らはよくやったぞー」「頑張ってたぞー」
店の常連で他にも実践の場の応援に来てくれていた客がいたようで、温かい労いの言葉を掛けてくれる。その言葉をきっかけにしてか、マーディンたち全員は腕で目元を隠すようにして、嗚咽を出して本格的に泣き始める。こちらも涙腺が弱くなっているので、若者たちの頑張りにやられそうだが、それよりもどうにか1勝でも出来たことでほっとしている。
次回の深淵祭に彼らは参加するか分からないが、自分は本部ギルド長と約束した貢献を満たす研究に専念してそれを達成した後の予定は考えていないが、どうなるのだろうか。ただ、彼らは今回の挑戦で魔法師個人の力量も上げたし、恋の行方は知らないが発動体も手に入るから、もうこれで4人は幸せな卒業をして物語は終了だな。
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