第40話 孤独な無職のグルメ

 深淵祭の実践の場で2回戦に敗北して、お疲れ会を行きつけの場末の酒場の火ネズミの吐息で行った自分たちは、まだ酒が残っているはずなのに翌日も早朝に下宿先の庭に集まっていた。


「ポッシュは来ていないのか?」


「寝てるんじゃないでしょうか」


「なぁなぁ、それより昨日のおっちゃんの奥の手を教えてくれよ」


 元々のポッシュの生活だったら、深淵祭が終わって朝早くから訓練には起きて来ないだろうと納得してしまう。マーディンからは奥の手と思われているが、別に自分の秘奥でもないし、ビビとスタインも同様に知りたがっているため隠すことなく教える。


「あれは3戦目の最中に思いついただけで、自分の収納スキルに熱魔法を仕舞っておくことで、維持の負担を減らして相手に攻撃する時に5つの熱魔法を圧縮してみようと思ったのさ。魔法を圧縮する発想は前にビキンのダンジョンの波で、試合の解説にいた炎熱のローザさんがあんな感じでもっと小さくした魔法でワイバーンの頭だけを溶かしてたから、…でも真似しようとして出来てなかったけどね」


「圧縮か…自分の場合は強化魔法の効果か肉体自体に圧縮してみようか」


「勉強になります」


「でもさー、すげぇ威力だったじゃん」


 土壇場の思い付きのアドリブで、凄腕の回復魔法師がいる状況じゃないと死んでいた方法を取るのは良くないと思う。それに、そう考えて反省していたはずなのに1度で懲りずに、死にかけておいてすぐに2回戦目でも、勝って当然と思っている顔をした紫色のおかっぱ眼鏡にむかついて自爆特攻をしかけているので、いつの間にか命を大事にする作戦が誰かに変更されたのかもしれない。


「スタインとビビとマーディンも、近くに熟練の回復役魔法師がいない時は、魔法を圧縮するのは止めた方がいいぞ」


 たまたま、自分の魔力で出来た物が仕舞えるから待機空間にストックが成功して、1回の魔法行使で多重の熱魔法と魔法を圧縮する技術が合わさって最強に見えたかもしれないが、腹にダイナマイトを巻いて特攻したようなものだ。待機空間に魔法がいくつも仕舞えると言っても、使いこなせてはいない。さながら、冷凍食品を冷凍庫に保管出来る様になったが、客に提供するには解凍して客の下まで運んで食べさせる必要があるようなもので、扱いきれない魔法を同時に出して自分も重傷を負う前提の運用は魔法師とは言えないだろう。


「それより、発動体だけで良かったのか?」


「まぁ、俺らも色々考えてね…」


 マーディンの言葉に頷くスタインとビビを見て、男たちが決めたことだからこれ以上は聞かないし、何回も考えを改めるように説得するつもりもない。昨日のお疲れ会の途中で、本来ならば格上のはずのムドたちに勝てたから、以前奢った歓楽街の高級娼館にまた奢りで連れて行くと言ったのだが断られたのだ。

 彼らなりに悩んだようで、発動体が手に入るだけで嬉しいし、高級娼館の代わりに発動体を作る職人に、今まで使っていた合金を材料に予備用の物でいいから作って欲しいと頼みたいと考えているようだ。材料とする合金ならば必要な量は交換魔法で用意出来るし、そんなこととも思うが彼らなりに愛着があるのだろう。

 それに、彼らはこれからはオーダーメイドの発動体を手に入れるし、自分たちで稼いで高級娼館に行くことも将来的には不可能では無いだろう。タダ飯とタダ酒と自分で稼いだ金で味わう物とは別だろうし、同じでは無いだろうがフリー指名と本指名で入る娼館はまた違ったものだろうと考えてしまう。そこには、金を払ったことでしか味わうことが出来ない、喜びと怒りと哀しみと楽しみがあるはずなのだ。

 同様の感情になるかは分からないが、学生時代に部活動を見学してどこに入部するのがいいのか悩んで考えている時が一番楽しいように、彼らも発動体の仕様を考えたり、仕事でより稼げるようになる金で何をしようかと考える時が楽しいのだろうと思ってしまう。



「おっちゃん、今日も昼にあの酒場に行くけど大丈夫なのか?」


「ああ、我に秘策はありさ」


 昨日のお疲れ会の途中で、マスターとあることを約束したのだ。どうやら彼は実践の場の第1試合の賭けで我々のチームが勝つ方に銀貨を賭けていたことで、まとまった金が手に入る予定のため、魔道具製の調理器具を購入する設備投資を予定しているようだ。

 それに、会場内で何度も店の名前由来のチーム名が連呼されたことが宣伝になったり、過去に兵士学校と騎士学校や魔法師学校に通っていた元生徒で火ネズミの吐息にお世話になっていた当時の貧乏学生たちが懐かしさに店へ顔を出してくれたようだ。その際、それなりに年齢を重ねていた元学生たちには現在の芋料理が重過ぎたため、新メニューを検討しているらしい。

 その時のことを思い出すと…




「うちさぁ、新メニュー考えてんだけど食べてかない?」


「ああ、いいっすね」


 マスターから試食を頼まれて、体育会系の返事をするスタインを見ながら思うのは、自分にはこの店の芋料理は重過ぎると思ってしまう。若いだけあってマーディンとビビも、美味い美味いと言って食べ、周囲の客層もそう感じているようだ。


「おっちゃん、食べてないけど」


「自分は美味いと思うぞ」


「ぼくもドレッシングがかかっていて食べやすいと思うよ」


「おいらは芋のパイも気に入ってます」


 彼らは試作料理の中年用に考案されたらしい、マスター自家製のドレッシング以外は100%の芋で出来たサラダと、芋だけで造られたパイ生地に切った芋を包んで焼いた物を美味いと言っている。自分は貧乏舌だし、自炊経験も大してないし馬鹿舌だとも疑っているが、これは新作メニューとしてはどうなのだろうか。


「マスターさん、少しいいだろうか?」


「何だよ、食べてもないのにこれが悪いってのか!!」


「明日もう一度この店に来させてください。私が本当の新作料理ってのを全員に食べさせますよ」


「…昼で良けりゃいいぜ。その頃には魔道具製の窯やらが用意出来ているからな」


「「「「おおぉおおおおおおぉお」」」」


 周囲の客たちの騒ぐ様子に、何故かコック帽を被ったマスターと自分が料理対決をしそうな雰囲気であるが、自炊経験が少ない自分はあくまでも材料を用意して彼に調理を頼むつもりだ。

 過去の経験を思い出すと、新卒で内定切りにあった自分はその後何とか仕事に就くことが出来たが、時期外れにも募集しているような企業は条件が悪くて人が集まらなかったり、就職した人も定着しないような職場が多いのだと思う。

 社会人1年目の自分は大卒なのに手取りが15万を切るような給料だったため、自炊をしないと生きていけない状況だった。それでも新生活を始める時は、アパートの近くのホームセンターでフライパンや包丁を買ってみたり、100円均一の店で食器等を揃えて期待に胸を膨らませる部活動を見学するような気分であった。

 その時は、賃貸のアパートで買っても仕方が無い、ホームセンターにあるガーデニング用のレンガを見ても欲しくなるような浮かれた気分であった。


 実際に新生活を始めてからは、包丁も使用するのが面倒になってササミか鶏のレバーを冷凍のブロック野菜と炒めて焼肉のたれをかけて食べるような生活であった。その職場の末期の頃は朝は液体しか受け付けず、昼も炭酸飲料とブロック型の栄養補助食品で、夜は休みにまとめて炊いた米を冷凍保存した物を解凍し、出来合いのおかずを購入した物を食べていた。

 次に転職したブラックな職場では、最初から自炊を捨てて時間を買っていたが、無職になってからは節約のために自炊を再開した。だが、激安スーパーで買っていた乾燥パスタを鍋で調理はせずに、耐熱容器に入れてレンジで調理していた。転職後に引っ越したアパートは都市ガスではなく、プロパンガスでガス代が高くついていたのだ。

 ガスの管理会社は、毎年のように消費税増税のためだとか、材料調達費高騰のためだとかの理由で基本料金が高くなり続けていた。ブラックな職場時代は自炊をしないためガスコンロを使用せず、お湯を沸かす給湯のみで使用してかつシャワー派であったのに1人暮らしのガス代の月の料金が6000円を超えることがあったのだ。

 いずれ材料調達費が安くなってもガス代はそのまま据え置きだろうと予想していたが、それはまるで袋の中身は減るのに値段が上がって据え置きになるポテトチップスのように思えていた。




「おっちゃん、市場に買い物に行かなくてもいいのか?」


「収納スキルにあるから今日はそれで何とかするよ」


 マーディンの問いかけに、下宿先の庭での前日からの回想を終える。待機空間にはビキンで餞別にもらった食品があり、小麦粉なんかは今回じゃなければ使用しないだろうと思っていたのだ。せっかく人から貰ったものだし、いつか遭難する時があったら非常食になると思って、食べることが出来ずに大事に取っておいたのだ。

 それは、RPGで貴重な消費アイテムを使えない考えだし、日本での自分ならば使わなくとも余裕で敵を倒せるようにレベル上げを頑張るやり方だと思う。そんな考えは、市販の完全な義理チョコでも人から貰うと、何故か食べられずに消費期限も過ぎてしまった学生時代を思い出すようで微妙な気持ちになって来るが、待機空間の中の物は劣化しないので今回はセーフだ。

 また、市場には2連続で自爆特攻して服が減ってしまって急いで買いに行ったが、賭けで手に入る金が振り込まれたらゆっくりと見てみたいと思っている。賭け金の清算は膨大な金額と多くの人たちが不幸になったため時間がかかっているが、聖金貨の50倍くらいの勝ち金をチームで得ることになる予定だ。現金だけではなく他の物の可能性もあるが、全員の発動体くらいはオーダーメイドで買えるだろうと考えている。



「さあ、見せてもらおうか!!」


「私が用意した物はこちらです」


「芋以外にもあるようだが?」


「私の記憶が確かならば、この野菜には旨味成分が入っている!!」


「「「「な、なんだってーー!!!!」」」」


 自分が待機空間から箱に入れて保管していた食材を出すが、マスターが事前に用意していた芋以外は、小麦粉と激安スーパーの乾燥パスタ、ガルの肉とチーズ、最後にとある野菜だ。その用意した野菜を手に取って見せて1口齧り、周囲に宣言する。

 ところで、人間誰しも好物があるはずだが、死ぬ前に最後の晩餐として食べたいものは何だろうか。その時になってみないと分からないが、一般的な日本人の好物となると何だろうか。寿司、天ぷら、カレーライス、ステーキ、焼肉、うどん、そば、ラーメン、牛丼、みそ汁、豚汁、かつ丼、すき焼き、肉じゃが等選択肢は広くなるだろうし、単純に銀シャリを好む人もいるだろう。

 自分にとっては、梅干しやレモンの酸味を想像して自然に唾液が出るように、その味を思い浮かべると思わず唾液が出る食べ物が好物に値するのかと思っている。その好物を中には日常的に食べ慣れたインスタントラーメンを挙げる人もいるかもしれないが、過去に交換魔法のおすすめに出て来て、その時には交換を行わなかった激安スーパーのパスタを用意するくらい自分にとっては食べたくなる物だ。

 今でも無職であるが日本にいた頃の節約では、3食パスタをレンジで調理して、マヨネーズと絡ませて食べるだけで、精々たまに冷凍保存したもやしを一緒に載せて調理するくらいだけだった。3食が激安スーパーのパスタは、時期的に親の顔より見ていて嫌になっていたがそれでも食べ続けてしまっていた。その記憶を思い出してなお求めるのは…




「私の提案する新作料理は、ミートスパゲッティとそのソースと絡めた芋、さらにピザだ!!」


「「「「……ごくり」」」」


 火ネズミの吐息のマスターと常連客と、マーディンたちはよく分かっていない料理名に、とりあえず喉を鳴らして反応してくれている。結論としては、自分にとってはトマトソースが何よりも無性に食べたくなるもので、自分の記憶ではそれは芋にも合うと思ったのだ。


「まずは、トマトを鍋で煮詰めたらいいのか?」


「そのソースが基本となるのでお願いします」


 正直、自炊も経験が少ないし、トマトソースやミートソースもレトルトの物を購入していた人間なので料理については何も分かっていない。火魔法を専門として、火加減については詳しいマスターに調理から全てをお願いしている。


「芋以外も使うのは材料費がかかるな」


「パスタが問題なら使わなくてもいいですよ。ガルの肉もひき肉にして使うので、安い部位でも何とかなりますし、芋と絡めて炒めるだけで美味いです。それに小麦粉を使って作るピザも芋を生地に混ぜたら、かさ増しになると思いますので検討だけでもしてみてください」


 火ネズミの吐息のマスターは単に芋料理が好きなだけなのかもしれないが、いつでも貧乏学生の懐具合を気にして、非常に安価な料理と酒を提供してくれているのだろう。だが、この場は単純に自分がミートスパゲッティと100%小麦粉のピザを食べたいと考えているだけで、原価は気にしていなかった。そう考えると、小麦粉は税収の手段としても考えられるし、主食として広く食べられているから一定の原価はかかってきそうだと思ってしまう。

 さらに、自炊をしない人間がひき肉にする大変さも分かっていないし、ピザトーストで満足するような舌の人間がピザを語るのも原理主義者に怒られてしまうかもしれない。何よりも、ピザの生地の作り方が分からないから小麦粉を水で溶いた生地に芋を混ぜるような物は、もはやお好み焼きではないかと考えるが他に地球産の料理を知っている人間がいないのはありがたい。

 むしろ新作料理を提案する際に、気取ってピザのことをピッツァと言わなかっただけマシなのだろうと思ってしまう。




「試作の新作料理がこれで全部出来たぜ。おあがりよ!!」


「「「「「「「うぉおおおおおおおお」」」」」」」」


「ビビ、このテーブルの上の新作料理たちを見てどう思う?」


「すごく…美味しそうです…」


 マスターの声に男たちはテーブルに釘付けになるが、こちらの問いかけに聡明なビビならば味の組み合わせが頭の中に浮かんでいるのだろう、トマトの酸味とガルのひき肉の組み合わせ、トマトと溶けたチーズの組み合わせが匂いと共に味を強烈に意識させて来る。

 テーブルの上にはお試しで作ってくれたミートスパゲッティに普通のピザ、かさ増しの芋ピザ、芋とミートソースを炒めた料理が大皿に載せられて並べられている。似たような味付けや調理方法はもう存在しているかもしれないが、地球風の名前で押し通す。


「うんめぇえええ」「毎日これでいいぞ」「もうこれでいいだろ」


「芋を混ぜた方のピザも美味いな」


「チーズがあったら一番美味いですが、最悪トマトソースだけでもいけると思いますよ」


 マスターに任せたらピザには結局、芋を混ぜた生地に芋が具に載ることになりそうだが、他の客たちも味には満足しているようだ。口の周りをトマトソースで汚しているが、全員成人しているはずがどこか幼く見えてしまう様子にこちらも嬉しくなる。自分はピザやミートスパゲッティも食べたかったが、ミートソースとジャガイモを絡めて炒めた料理は名前を知らないが、大昔の小学生時代の記憶で給食の献立に出て来て食べて好きだったことを思い出して食べたくなったのだ。

 こういった時に、負け惜しみかもしれないが貧乏舌や馬鹿舌疑いで良かったなと思ってしまう。高級な食材と最高の料理人に調理された料理じゃないと満足出来なかったり、不満を持ってしまったらそれだけで毎食ストレスを感じてしまって大変だろう。自分にとっては何となくの地球風の料理で良いし、元々高級な物を食べて来ていないので、こういうのでいいんだよこういうのでと思う。


「自分もこれらの新作料理は全部気に入った」


「ポッシュも食べに来れば良かったのによー」


「おいらもそう思います」


「彼にも実家を通して付き合いがあるだろうし、今までは訓練でろくに好きなものを食べれていなかったと思うし、食にはこだわりがありそうだから、金が入りそうなら好きな物を食べに行っているのかもね」


 昨日はポッシュも新作料理の話を聞いていたはずだが、朝は遅くまで寝ていると思っていたのに、昼にいざ火ネズミの吐息に全員で揃って行こうとしたら部屋はノックしても反応が無くて留守だったのだ。

 また今度に機会があれば、全員で正式に追加されたメニューを食べに来ればいいし、その時に彼の感想を聞いてみればいいはずだ。新作の試食を逃したポッシュは、先にマーディンとスタインやビビの食べた感想を聞いたら悔しがりそうだが、それも楽しみではある。

 それに、今まで考えていなかったが、まとまった金が入りそうではあるし、王都内かどこかの街に飲食店を作ってプロデュースするのもありなのかと考えてしまう。これはいけると、この世界でティラミス・ナタデココ・タピオカ・食べるラー油・パンケーキ等、提供出来る可能性があるのかも分からないのに勝手にブームを作れると思い込んでしまうが、気にしない。

 日本では孤独だった無職のおっさんが学友たちに囲まれ、グルメを分かった気でいるが、自分も深淵祭明けで開放的になっていてもいいだろうと思う。年齢は離れているがこんな風に学友と楽しみを共有出来るだけで、学生時代のあの頃のように自分は深い喜びに包まれたと感じている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る