第38話 計画通り

『おおっと火ネズミ側が圧倒的に不利な状況でありながら、全員が軍団側からの攻撃を耐えているぞーー!!』


『速射の魔法を躱しながらも魔法行使と魔力の集中を切らせていないから、火ネズミ側はかなりの訓練を行って来たのだろうね』


 ムドたち4人は部屋の中央付近に扇形の弧を描くように布陣し、壁役にスイッチしたマーディンと自分だけでなく角度を付けた攻撃でポッシュとビビを直接攻撃しようとするが、訓練の成果で攻撃を防ぐことが出来ている。相手はこちらの攻撃の準備が整う前に、防御も捨てて誘導系の魔法ではない速度重視の魔法を数多く放って来ているが、この程度の攻撃ならば自分たちが4人でも耐えられる。


「くそっ、仕留め切れない。お前らもよく狙え!!」」


『火ネズミ側は全員が腕の魔道具が黄色になりながらも踏ん張っているぞー!!特に、戦闘開始時から防御役の位置に立っているタナカは未だに落ちていない。…これはもしやこちらがメインの防御役だったのかーーー!?』


『タナカと指示役のマーディンが回復・防御・強化・支援と魔法を相互に行使し合い、ポッシュは自身とビビへの防御魔法と支援魔法に集中しているな。マーディンは無属性に特化しているとしても、瞬間魔力の制限はあるわけだから回復魔法1つでも、最低限の戦力維持を見極めて行使しているから器用だな』


 こちらのチームの仲間たちが発動体もどきの合金製の杖を持っているから、待機空間への逆転送の応用でその魔力の位置を把握することが可能で、後ろを振り返らえらなくても仲間の位置は感じ取れる。そうして位置関係を把握して、後ろの仲間が避けられないタイミングで迫る魔法を壁役のこちらが中心的に受ける。

 だが同じ位置にいるマーディンはそんなことをしなくても、俯瞰視点でも持っているかのように戦いの状況を判断し、おっさんの防御魔法が持ちそうになかったら前衛の位置を交代して同時に回復・強化・支援・防御の魔法を己と仲間に必要な分を適宜振り分けて行使している。

 さらに、ポッシュとビビも訓練の成果で誘導性の無い速射程度の魔法ならば十分に避けることが出来ている。ゲンガンと道場の人たちは、5対5の実践の場の訓練と説明していたのに、平気で何十人も集めて合金製のボールを投げて来たり、こっちが油断していると訓練用だとしても木刀や木槍等を背後から投げたり、最後の方には接近戦まで仕掛けて来てくれた。そんな訓練に比べたらムドたちの魔法は止まったように遅く見えるし、理不尽と思える攻撃を躱しながら魔法を集中して行使する経験を積んで来たので問題ない。


「予定通り、作戦1から2。ビビの準備が出来たから、おっちゃんを先頭に全員で突っ込むぞ」


「「「了解!!」」」


『ここで主戦力の熱魔法の準備が出来たのか、耐えていた火ネズミ側が攻撃に転ずるぞーーー!!来た!防御役が来た!メイン防御役が来た!これで勝てるのかー!?』


『縦一列に並ぶことで被弾面積を減らし、また相手の防御魔法の抵抗を超えやすい位置まで近づいて熱魔法の効力を最大限まで引き上げるのだろう』


「お前らあいつらを止めろー!!」


 こちらの狙いを読んでムドが指示して攻撃をさらに行おうとするが、相手も熱魔法に対して防御魔法を重ねるのか迷いが見られる。もうこの時点では防御魔法を自分だけが使用して、その背後にポッシュとマーディン、ビビと縦一列に並んでムドに向かって突撃していく。

 突撃中の最初の攻撃として、マーディンは熱魔法を自身の両手に浮かべ、ムドの体の左右から体には中らず防御魔法に触れないような弧を描くラインで攻撃を行うが、ムドは牽制攻撃に反応せずに防御魔法を偏らせることなく立っている。


「ぼくの魔力は限界だから、ただの肉の壁と思ってね」


 自分の背後を走っているポッシュは仲間たちへの補助魔法で魔力を使い切り、今はビビとマーディンへの攻撃を代わりに受ける肉壁と宣言している。


「有効射程距離に入ったから、おいらの魔法で決めます」


 攻撃役のエースとして強化と支援の重ね掛けを受けたビビは、敵の代表者と思われるムドへ先程の防御役を倒した時と同様に、足裏と地面との接地面からの熱魔法での攻撃を仕掛ける。


「はっ、読めているから意味ねーぞ。俺に防御魔法を集めろ」


『マーディンが両手で行使した熱魔法は誘いと読まれて放置され、ムドには仲間からの防御魔法が重ねられているーーー!!こーれーはー防がれたかーーー!!!』


『足裏付近からの攻撃とは分かっていなくとも、軍団側4人全員の防御魔法を集められたらいくら薄い部分でも流石に超えられないな』


「よし、もうお前らの魔力も切れるし、今度の俺たちの攻撃は防ぎきれないだろう…なにぃ!!」




 ムドが反応しなかった弧を描く2つの魔法、マーディンの放った牽制魔法はムドの背後で1つになり、主戦力と思っていたビビの熱魔法を防いで安心していたムドの背中から襲い掛かった。

 1回目のビビの熱魔法の行使ではムドから距離もあって相手の防御役を狙って落とし、その時のマーディンと自身の熱魔法は牽制として見せた。次のビビの熱魔法の準備をする間、マーディンに対しても重ね掛けの強化魔法と支援魔法を仲間たちで行い、作戦2として2段階の攻撃を準備して仕掛けていたのだ。


『牽制と思われたマーディンの熱魔法がムドに直撃したーーー!!こ、れ、は、決まったのかーーー!!!』


『本命を防いだと思って、防御魔法を解いて攻撃に移ろうとした隙を狙われたね。マーディンが無属性の魔法師で専門特化してないとしても、あれだけ仲間の力を結集したらいくら背中の肉が厚くとも中まで通っているね。最初に牽制を見せておいて、本命のビビの熱魔法よりも2つに分けることで籠った魔力を低く見せて誤魔化し、相手が完全に油断したところを狙ったのは上手いな』


『無防備に攻撃を受けた軍団側のムドが耐えることなく一撃で戦闘続行不可能となり、空間からの離脱となりましたーーーー!!なーんーとーしーた大番狂わせーー。火ネズミの吐息は実は竜の吐息だったんだーーーー!!』


《1戦目勝者:火ネズミの吐息》


「「「「やったーーーー!!!」」」」


 気が付いたら元の壇上に戻っており、先に離脱して既に回復専門の魔法師から治療を受け終わっていたスタインも合流して、全員で抱き着くように喜びを爆発させる。そんな5人が喜びを嚙みしめる間もなく、壇上に上がって来た回復専門の魔法師たちに1人ずつ離されて治療を行われていく。

 それなりの重傷を負ったと思われるムドも、背中に穴の開いた代わりの服を軍団の1人から剝ぎ取って2戦目に備えようとしている。空間に入ると戦闘開始までの時間は限られており、次の戦いまでの間にインターバルとして確認をしておく。


「おっちゃんが言ってた通り、やっぱり本番は違うな」


「でも全員が訓練通りに動けていたぞ」


「ぼくは緊張で魔力の配分を少し間違えたよ」


「…おいらが2回目の攻撃も成功させるべきだったのに、ごめんなさい」


「私たちは5人で1人前の組だから、誰かの魔法で勝てたらそれが全員の勝利なんだから気にすることはないよ」


 自分たちもずっと訓練をしてきたし、全ての攻撃をビビの熱魔法で成功させる自信はあったが、魔法師としての力量以外にもやはり発動体や身に着ける装備の差は大きいのかもしれない。

 自分はビキンでの経験があるからまだ余裕が残っているが、彼らはどうだろうか。王都にダンジョンがあったら、彼らをパワーレベリングみたいに自分が先頭に立って魔物を倒させて経験やステータスの向上を行わせることも出来たのだろうかと考えてしまう。

 だが、自分はたまたまダンジョンの波に巻き込まれて、自分だけでは到達出来ない階層の魔物が外にやって来てくれてそれを倒せる人たちがいて、そこにコバンザメしておこぼれをもらって棚ぼたで成長出来たのだ。自分の身を守ることも出来ないのに男子生徒たちを引率してダンジョンに入るのは危険だし、彼らが味を占めて学生だけでダンジョンに入るような危険もあるだろうから、安易な方法として考えるのは難しいと思う。



『さあ、選手の治療中のため先程の戦いを振り返りましょうか。解説役のローザさんとしてはどう感じましたか?』


『ムド側は順当に勝つ準備をして戦いに臨んでいるが、1対1では勝つことが出来ても5対5の総合的な勝敗は火ネズミの吐息側に傾いたな』


『なるほどですね。会場の観客にも最強魔法師軍団に賭けた人が多いのか、次も負けたら殺すぞだとか家を燃やすぞとか早速金を返せという声が聞こえますが、5対5でも軍団側が有利だと評価されていましたがそれはどうなのですか?』


『今でも魔法師個人としての魔力量、発動体をはじめとした装備は軍団側が有利だから評価は変わらないよ。ただ、集団戦となった時に純粋な魔法師としての力量ではなく、相手の隙を突いたり組の構成員の団結した戦力をどうやって活かすかの作戦で差が出たね』


『面白い戦い方を行っていましたが、作戦面も含めて特にどなたが活躍したと思いますか?』


『それぞれがそれぞれの役割を最大限に発揮したと思うが、特に活躍したのはマーディンだね。仲間を支える魔法を多重に行使しながら戦場全体の把握をして指示をし、それでいて最後に決めた魔法も準備していたから器用だけでは収まらない無属性に専門特化した魔法師の一つの到達点を見た気分だよ』


『2戦目はマーディンさんの攻撃も警戒されると思いますが、次も総合力や作戦で火ネズミの吐息が勝つでしょうか?』


『2戦目以降は、相手の出方をある程度把握したムド側が有利かもね。1戦目の代表者を先に倒す勝利条件は、ムド側が不利だったのさ。』


『軍団側が環境と規則も有利だったと思ったのですが、違ったんですね』


『ムドは自らの力を示して組を率いる性質だろうから、代表者を他に譲るようじゃ纏まらないし、それを相手には読まれてたんだろうよ。それに引き換え火ネズミ側は、代表が頭を使う性質だろうから、5人全員を倒してみないと誰が代表者か分からなかっただろうね』


『そうなのですね。実況者個人の考えとしては、2戦連続で火ネズミ側が勝利するのは興行的に盛り上がらないので、次は運営が軍団側に有利な環境と規則を選ぶと思います。もしくは、軍団陣営の関係者が運営に潜り込んでいて調整をすると考えています』


『それは…仮にも魔法師ギルドに所属している人間が言っていいのかい?アタシはどうなっても知らないよ』


『あくまでも個人の考えですし、毎年観客に来ている方は何となく分かっているんじゃあないでしょうか。そんな話をしていたら2戦目の準備が出来たようです』




「それでは、両組空間に入ってください」


 審判の声を合図に、お互いのチームは渦巻く空間に飛び込んでいく。2戦目開始の間、ムドも重傷の治療のため余計なことは喋らず、後が無い彼らは油断を捨てて死に物狂いで勝ちにくるだろう。先に離脱した防御役と火の玉を放っていた魔法師の2人が交代した様子を見ながら、こちらは層が薄いためそのままのメンバーで戦いに臨む。


《今回の勝利条件は環境に1つ存在する標的を先に破壊するかです。残り15秒》


 目の前の空間は草原になっていることに気が付き、近くにチームメンバーが1人もいない状況を把握する。これは作戦通り、様子見をするしかないかもしれない。


『これは、2戦目は環境が草原のダンジョンコアを模した標的を壊す競争になりますが、いかがでしょうか?』


『火ネズミ側は合流を優先するようだが、完全に軍団側が有利な環境と規則になるね』


『どの辺が有利なのでしょうか?』


『火ネズミ側は固まって動かないと戦いにならないが、軍団側はそれぞれが斥候の役割をして標的を見つけることが出来るし、足止めも1人が担当したら十分だろうから、空間を移動する速度差も生まれるだろうね』


「マーディンがいるのはあっちか」


 空に上がる赤色の魔法の光に向かって走る。敵に位置がばれるし、移動中に危険な可能性があるが、1人だけ孤立しているのは戦いにならない。チームメンバーの位置がバラバラになっている場合は、最優先に合流することとなっていたのだ。


『火ネズミ側は合流後、魔法での支援と強化を行っているようですが積極的には動いていない様子。これは何かの作戦なのかーーー!!』


『敵と標的の位置を把握する魔法を行使することすら魔力の運用に問題があるんだろうから、1戦目は勝ったから2戦目は捨てているのかもね』


『それは作戦としてアリなんですか?』


『実践の場では試合の最中に失った魔力は戻り、負った傷も回復魔法師が腕や手足はすぐに生やすけど、失った体力と気力や傷を受けた痛みの影響はそのままなのさ。ムドは代表として率いる立場だから別としても、軍団側のように交代選手が多くいなければ、不利な環境と規則であったら温存をする作戦も悪くないよ』


「おっちゃん、温存でいいよな?」


「ああ、1戦目は勝ったからね」


 マーディンと他の仲間と合流して、一応はビビの熱魔法を準備しながらも自分たちは積極的にその場を動こうとはしない。もし、1戦目に負けていたら合流後に選択する作戦としては、自分が1番魔力が多いから空間内を把握する魔法を放ち、標的の位置を知ることを行ったと思う。そこに向かって戦闘よりも標的の破壊を最優先で移動して、敵を無視してでも標的を狙っただろう。だが、勝利条件の規則を知らされた内容から、今回の標的は恐らく魔力で魔物を模した動いて反撃するものではないだろうし、相手が標的を狙う隙を突く作戦も取れないだろうから、温存一択だ。


『軍団側は風魔法を全員が使用し、合流よりも標的と敵の位置把握を行った様子が見えます。斥候役の1人は火ネズミ側に近づき、だが距離を保ったままお互いに戦いを始める様子はありません。これは、ローザさんの言う通り温存ですね』


『小さな街くらいの草原内の敵と標的の位置を把握するために、軍団側も魔力を多く使ったはずだよ。だが、火ネズミ側が勝つために先に標的を破壊したり、相手全員を倒せる程の隙ではなかったからね』


『そして今、軍団側のムドが標的を破壊します』


《2戦目勝者:最強魔法師軍団》


 

 軍団側の1人の魔法師と向かい合ったまま距離を置いた状態で戦わずに過ごしていたら、気が付いたら標的は破壊されていたようで、1戦目と比べては体感的にも短い時間で壇上に戻っていた。2戦目も勝って連勝で試合を決めることが出来たら良かったが、圧倒的に不利な環境と勝利条件の場合は、その戦いの勝利を捨てて温存することを作戦で予め決めていたため、予定通りではある。


『壇上の魔法師たちには聞こえませんが、会場の観衆からの野次や非難が凄いですね』


『ムド側に賭けてさっきは負けて怒っていたのに、魔法を放ち合わない不甲斐ない試合はお気に召さないらしいね』


『だーかーらー、2戦目開始前に言っていた魔法師ギルドの運営がやっている説か、運営に軍団側の身内が紛れ込んでやっている説は正しいと思うんですよ。次は調整がばれそうなんで環境は軍団側に有利で、勝利条件の規則は3戦目によくあるものだと考えています。これは、賭けてもいいです』


『えーとアタシからは何も言わないけど、負傷が無いから参加する構成員の交代のみですぐに3戦目が開始するよ』



「それでは、両組空間に入ってください」


 審判の声を合図に、お互いのチームは渦巻く空間に飛び込んでいく。3戦目は相手のムドは相変わらず固定で、2戦目でこちらと対峙していた斥候役と思われるメンバーと数人は交代していた。負傷して離脱したり繊細な魔法行使や魔力を大量に使用する魔法を使ったメンバーを交代させ、常に余力を残した構成で戦えるように準備しているのだろう。

 こちらも負傷することはあるが、訓練では道場の人たちがマーディンや自分の回復魔法で治療出来る程度に、丁寧に痛みを与えるだけの人体を知り尽くしたような攻撃を加えてくれたため、痛みへの耐性と回復魔法の技量は向上したと思う。だが、命は取られないが実際に魔法が飛び交う重傷を負う可能性のある場での戦闘は、緊張感と疲労感が段違いと思うため時には温存して勝つ可能性が高い条件だけに絞るのは正しいと思う。


《今回の勝利条件は相手の組の構成員全員を先に倒すことです。残り15秒》


 気が付けば雪の積もった平原に吹雪が吹き荒れる視界が悪い環境に、自分1人だけで立っていた。2戦目の標的を競争で壊すよりは勝利条件が達成出来る可能性はあるが、依然厳しい戦いになると思う。

 だがしかし、まずは合流だ、今度は自分が動くぞ。この3戦目で自分たちの友情・努力・勝利を見せてやる。

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