第36話 幸運の壺を売るが如く

 今日も王都ではとある民家の一家全員が一度に行方不明になるという、連続失踪事件は続いているが深淵祭を通常通り行うのはお偉いさんたちの面子の問題もあるのだろう、おかげで研究の部に参加する組は朝早くから準備と会場に集合をすることとなった。

 今回用意された空間は、壇上がある広い講堂に見える。全方位とは言えないが見渡す180度くらは聴衆の席が置かれた空間に、壇上に上がる右と左の階段の近くには貴賓席か来賓席みたいな別枠の席が設けられている。

 右側から上がる場所の近くのその席は、我らが魔法師ギルド本部ギルド長とカラフルな髪色と長い耳が横に突き出た各支部長4人が座っている。反対側の左側の特別枠の席は、王都にある組織の幹部が座っているのか兵士団か騎士団のお偉いさんは、数えきれない程の勲章を見せつけるようにじゃらじゃらと付けた服を着ている。

 その近くに商業ギルドからなのだろう、代表者として見知った顔が見えるが、短命種としては一番年齢も低いだろう眼鏡をかけた黒髪の青年が座っているのに気が付く。こちらが気が付いたのが分かった様子でより微笑が深くなるが、眼鏡越しでも狐のように細められた目と常に浮かべている笑みが特徴的な、タタールの街の騒動で関わったきりでそれ以来会っていなかったタヤスであった。

 記憶が正しければ彼は王都の商業ギルド所属らしいが、王都に来てからは商業ギルドに顔を出していなかったし、会う機会も無かった。すっかり忘れていたが潜入任務をしているような人間が、こんな目立つところに顔を出して大丈夫なのだろうかと思ってしまう。

 どうせ顔見知りもいないし恥かいても気にしないと思っていたが、とんだ授業参観日みたいな忘れていた感覚を思い出してくる。


 会場に来てから知ることになったが、話し合いやくじを引いて順番を決めた覚えが無いが、研究の部の発表のトップバッターを我らがチームが行うことになってしまっている。ビビから事前に、発表時間が参加人数に対して5分ずつ与えられて質疑応答が20分と固定されていると聞いていたが、10人の所は人数の分時間があり過ぎてその分の内容も求められるのは大変そうと思ってしまう。それに比べて、我々の組は最低人数の5人だから発表時間は25分になるけれど、発表用に頼れるパワーポイントにも当然存在しないし、どうにかしないといけない。

 他の組の発表を参考にしようと思っていたが、例年の深淵祭の研究の部も知らず、学友たちにはお湯をチームで沸かす訓練しか必要ないと言って実際にそれしか一切行っていない。ギルド職員が壇上を整えるのを見て、実践の場の模擬戦で使用されているようなオーロラビジョンのような魔道具やマイクテストの様に声を出して確認していることから、講堂のような空間の後ろの席でも壇上の様子と声はしっかり届くようにしてくれているようだ。

 そうしていよいよ、逃げ場の無い十三階段を上がることになるが、用意をしている職員とは別に会場の隅に立っている専属受付嬢を見て気が付いてしまう。彼女は企みにようやく気が付いてくれて嬉しいと言わんばかりの口元だけ笑っているが、頬まで裂けてしまいそうな凶悪な笑みに思う。この状況はまさか…図ったな、と。


「1回目は初めて訓練を行う時のように、壺に水半分でビビだけが熱魔法を使って欲しい。それから、2回目は壺一杯の水をいつもの組全体で行う魔法の行使を手を抜いてやろう」


 気付いたけれどもう遅いし、適当な発表をするしかない。初めは力を抜いてあとは流れでと伝えるが、全員が話を耳に入っていない様子だ。緊張してしきりに眼鏡の位置を直しているマーディン、高い背を曲げて目立たないように自分をどうにか小さく見せようとするスタイン、不安からか細かく高速で震えているポッシュに帽子を深く被って鼻から上が見えないビビと学友たちは慣れない状況に既にやられてしまっている。

 これから壇上の準備が出来次第、発表を開始することになるが最後の打ち合わせをしながらも、結局自分たちの立場であったら専属受付の彼女が手を回さなくとも誰かから陥れられて最初の順番は変わりなかったかもしれないと思う。最初に発表することで、自分たちの研究が評価のボーダーラインとして機能させられて後から発表されるであろう、素晴らしい研究の踏み台にされていたに違いないと考えてしまう。

 こんな決まりきった結果が見える状況でも、どこかで自分はチームメンバー程人生はかかっていないし、ここで失敗したとしても他人事のように感じているが実際はどうなのだろうか。彼らの身分違いの恋から始まって巻き込まれたが、自分が彼らを巻き込んだとも思えるし、深淵祭に参加する状況はもう彼らだけの物語ではないはずだ。


「準備が出来ましたので、壇上に上がってください」


「行くぞ!!キミたちは壇上でも、いつも通り訓練でやっていることをすればいい。私が言っていることをやれば、後は私が多分なんとかする。好きな人が見ている前では、胸を張ってただ堂々としていればいい、私に全部任せろ」


 こっちだって緊張しているし自信は無いが、彼らよりも無駄に人生を長く生きて来て経験だけは多少あるから、ここはおっさんが予定通りなんとかするしかない。数々の恥ずかしい失敗と自分では尻を拭けない程の大きなミスだってやって来たが、それでもなんだかんだ生きてはいるし、これからも失敗し続けて恥を抱えて生きていくだろうその図太さを見せてやろう。


「お前ら頑張れよー!!」


 聴衆の席から壇上の声や姿が拡大される魔道具だと思っていたが、こちら側からも聴衆の姿と声が拡大されて確認できる。しっかりと応援に来てくれていた、場末の酒場の火ネズミの吐息のマスターが、初めて見るマントと尖がった魔法師の帽子を被っている姿で声を出しているのが確認できる。他にも、彼らの執心している相手のカルミア嬢と取り巻きの女学生たち、ムドとその軍団と彼らの一族であろう全員肉の塊に見える人間たちが席の一角を占めているのが見える。

 自分よりも緊張している4人を見て、なんとなく緊張は落ち着いてきたし、おっさんを先頭に壇上の中央に歩いて行き、聴衆の様子を確認する余裕も出て来ている。


「それでは、私たち火ネズミの吐息の発表を始めたいと思います」


 一礼して会場を見ると我々は全員発動体を持っていないし、組を仕切っているおっさんはマントだけが魔法師然とした恰好をしているためか既に失笑されているように思える。自分自身でも魔法師らしくはないし、何と肩書を名乗るのが正解なのだろうか。自分としては無職が紛れもない事実なので立派に宣言できるが、商人や冒険者、魔法師とは腰掛けの一時的な身分としか思えないし、自分のアイデンティティはやはり無職のままだろうな。

 そんな考えがよぎっているが、挨拶と同時に壇上に用意された砂時計とアナログの時計の針が合体してさらにベルもついた魔道具の、上部分で固定されていた砂が下の容器に落ち始める。


「まず発表いたしますのは、私たちの研究テーマは魔法師における役割理論の可能性です。その役割を見せるにあたって、最初は熱魔法で水を温めるところから皆様に見て頂こうと思います」


 壇上に予め用意してもらった机に、半分ほどの水が入った壺を待機空間から用意し、頷いて合図をするとビビが近づいて熱魔法を行使し始める。様子を見ながらも解説をしていく。


「今回は彼の得意魔法である熱魔法を用いていますが、彼が深淵祭に参加登録した時点の魔法の効果を再現しています」


 1回目はビビの流石の調整で、初めての訓練で見せた単独の結果を再現してくれている。時間稼ぎのためだとしても、無言の時間が数分程続くのは壇上にいる全員の心臓に悪い。


「…はい、出来ました。彼の深淵祭に参加登録した当初の熱魔法はこのような効果でした。最近の冬の季節で凍るような冷たさの水よりはマシですが、もう少し風呂のように熱いお湯がいいですよね。それではそんな声に応えて続いては、魔法師の役割理論で行う熱魔法をお見せします」


 半分の量の水が入った壺の隣に、新たに水がなみなみと入った壺を用意し、ビビ以外の全員にも目線を向けて頷いて合図を出して配置につく。ビビが先頭に立って壺に接近し、その背後にポッシュが立っている。ポッシュの後ろには自分とマーディンが並び、最後尾にはスタインが1人だけで立っている。

 実践の場を想定した訓練との配置とは異なるが、スタインからの強化魔法を無属性の魔力の膜を持つマーディンと自分が受け、さらに自分たちが強化魔法と支援魔法を2人でポッシュにかけ、最後に熱魔法を準備しているビビへポッシュから重ね掛けを繰り返した強化魔法と支援魔法を繋げる。

 訓練当初の結果を出すつもりが、全員が緊張のあまり普段の訓練に近いような精度で魔法を行使してしまい、気が付けば短時間で壺の水は沸騰している。見た感じ砂を落す魔道具は半分以上は落ちて見えるから、後10分くらいは発表時間を稼げばいいはずだ。足りなければ、質疑応答を勝手に前倒しにしてしまおう。


「どうでしょうか!?魔法師の強化魔法と支援魔法の重ね掛けを繰り返した熱魔法の効果はいかがでしょうか。壺の中の水を見てください。紅茶を飲むには沸騰し過ぎていますし、このお湯の温度で風呂に入るのは火傷しそうですよね?以上が私たちの研究の理論の実践になります」


「……馬鹿馬鹿しい」


 本人的には呟くように言ったつもりでも、体の大きさと比例して声も大きく、周囲よりかは講堂全体に聞かせるような声が響いた。その成人男性はムドの隣の席に座り、彼と血縁関係を感じさせる容姿をしているため、父親か一族の人間で間違いないと思う。折角なので彼には時間稼ぎに付き合ってもらおう。


「そこのあなた。そう、そこの質疑応答の時間でも無いのに、発言をしている恥知らずのあなたですよ。私たちの研究の何が馬鹿馬鹿しいんですか?」


「大して意味の無い研究を馬鹿馬鹿しいと言って何が悪い!!」


「それってあなた個人の見解ですよね。何か魔法師ギルドがその見解を保証する事実とか研究はあるんですか?あるなら見せてもらっていいですか?」


「………余計な発言はいいからさっさと発表を続けろ!!」


「あるか無いかを聞いているんで、はいかいいえで答えてもらっていいですか?」


 ムドも沸点の低い様子があったが、父親譲りか彼の一族がそうさせるのだろうか。ああやってどこよりも多く出席して一族が固まっている様子から、我々のような地位の低い発表者を野次か意地の悪い質問でこき下ろすつもりだったのだろう。それでいて、自分たちの一族の発表の際は質疑応答の時間を一族の人間で使い切って、答えられない質問を回避しようとしているに違いない。自分でも勝手な思い込みと感じるが案外あっているのではないかと考察していると、ようやく司会役のギルド職員が止めに入る。


「今は質疑応答の時間では無いので会場からの発言は控えてください」


 ちょうど良いタイミングで司会役のギルド職員から仲裁が入って、やり取りを終える。おっさんは適当なことしか言ってないが、傍目には脱いだ帽子を握りつぶして怒り狂っているムドの父親っぽい中年と、冷静なおっさんとの対比が映るため論破したように思えるだろう。ここからさらに、司会に止められて言い返せない相手を攻撃していく。


「えー、会場に本物の魔法師ではない方が紛れ込んでいたようで、つい話が逸れてしまいました。私が言いたいのは、一見価値が無いような研究に思えても深淵への道を真に探求する魔法師は、その方法も自身の道に役立つかどうか見極めるため、安易に無駄だとか価値が無いだとかいきなり決めつけはしないんですよ」


 我々のチームの男子生徒たちは失敗せずに魔法を行使してくれたし、後はおっさんがその結果を如何に膨らませて価値があるかのように見せるかだ。さながら詐欺師の手口だが、単なる壺でも所持したら幸せになると相手に説明して納得させられたら購入につながるし、こちらは価値があると言い張ってあとは相手にその判断を任せるだけだ。


「今回はお湯を沸かす話ですが、例えば皆さんがお湯を欲しい時にどうしますか?…そう自ら熱魔法で作っても良いし、魔道具でも良い。さらには他の熱魔法を使える魔法師を雇うことも可能だが、我々のように人数を掛けてお湯を沸かしてもいい」


 会場の聴衆もこいつは結局何が言いたいのかという雰囲気を感じるが、適当に話しながら考えているので自分自身でもどこに結論を持って行きたいのかは分かっていない。もうこうなったら、好きなように話すだけだ。


「今回の目的はお湯を沸かすことでしたが、例えばその目的が恐ろしい魔物の竜を倒すと設定するとどうですか?…自ら魔法を行使して倒すのは難しい方が多いと思いますが、倒せる魔法師や魔道具を用意するのも数が少なくて費用がかかるから大変ですよね。だがしかし、私たちの理論を使用して兵士団や騎士団の魔法師部隊みたいに一定の練度のある魔法師が役割理論で連携すれば、水をお湯にするように竜を倒せる可能性があると私は言いたいのです」


「発表者はそこまでにしてください」


 壇上から砂を落している魔道具から1回目のベルの音が鳴り、発表時間は終わりを告げてこれから質疑応答に移って行く。誰もいなくて時間を切り上げくれたらと思うが、その時はムドの一族から絶対に嫌がらせの何かを言われるのでそれはあり得ないと感じている。

 発表の適当さを乗り越えて息を入れていると、意外に手を上げている人がいるが、壇上の左側にある特別席の方が手を挙げていらっしゃる。その人を司会役の職員を無視して、白い髪の毛と赤い目の専属受付嬢の彼女がいつのまにか壇上に上がっており集音の魔道具の範囲を絞って勝手に指名している。


「私で良いかね。まずは、大変考えさせられる研究の発表で、我々騎士団としても参考になるものだったと思うが、キミたちの理論では騎士団で過去に研究していた同調魔法に比べてその魔法の効力は下がるが、その辺はどう考えている?」


「ご質問ありがとうございます。ご指摘を頂いた通り、同調魔法に比べて私たちの理論の魔法出力は劣る所がありますが、同調魔法を扱う魔法師の条件は大変厳しいと聞いたことがあります。それに比べて、私たちの理論ではあくまで目的に応じて魔法師の得意魔法の組み合わせと参加人数を変え、もっと言えば最後に魔法を放つ魔法師の制御が難しければそこを魔法を貯めて放つ魔道具に任せてもよいと考えています。つまりは、選ばれし魔法師のための理論ではなく、凡人の魔法師たちがそれぞれの得意魔法を活かして力を結集して目的を達成するものなのです」


 騎士団のお偉いさんに向かってご質問の答えになっていませんが、私たちの意見としては以上ですと伝えると、納得はしてくれていそうだと感じる。さらに、その隣の同じように勲章を付けたお偉いさんも間髪入れずに手を挙げている。


「では、私からだがキミたちの理論の運用方法について、不意を突かれた遭遇戦や速度を意識する戦闘の場合では、かかる時間から向いていないと思うのだが、それに対してはどう考えているのだ?」


「…ご質問ありがとうございます。私たちはあくまでも普通の魔法師が力を集めて格上を倒せる可能性を示しただけで、その運用方法や欠点をどう分析して実戦に導入するかは、将や部隊長の役割だと考えているので私たちのあずかり知らぬことだと存じます」


「うむ、分かった。兵士団でも検討させてもらおう。ありがとう、質問は以上だ」


 先程の騎士団の人に続いて兵士団のお偉いさんからの質問もなんとかしのぎ、残り時間から後2人程で質疑応答時間が終わると思うが、専属受付嬢の彼女は特別席で同じように手を挙げるタヤスを無視して暫定ムドの父親に質問を指名する。


「先程は好き勝手言ってくれたが、お前たちの研究こそギルドから何の保証もされていないし、何の実績も無いだろうが、そこをどう考えているんだ?」


「私たちは本物の魔法師なので、口で説明するよりは行動で証明したいと思います」


「…何が言いたい!?」


「そうですね、具体的には新年を迎えてから数日後に、私たちが行動で示すと決めています」


「時間が迫っておりますので、最後の質問の方に移ります」


 行動での証明予定を口で説明する変な回答をおっさんが行うが、専属受付嬢が勝手に質問者の時間を打ち切る。ムドとその軍団とさらに一族には深淵祭の実践の場で証明すると言ったのが分かったのだろう、特に暫定父親とムドは怒り狂っているのを一族総出で宥められている。そうして、特別席から最後の質問者の手が挙がる。



「最後にいいかね。この研究が約束していたものかどうかを聞きたい」


「………これは学友たちとの共同研究で私個人の研究ではありません。以上でいいですか?」


 最後に本部ギルド長に約束した研究の話を持ち出されるが、今回の研究発表で約束を達成したと許してくれるならありがたいが、これじゃ足りないと言われたら困るのでもっとすごいのを個人研究で用意しますという雰囲気を出す。相変わらず、骨と皮だけの体で顔も皺の多さで目の位置も分からない、セミの抜け殻のような顔色をした老人に失礼なことを思いながら、どうにか切り抜けるとちょうど砂が落ち切って2回目のベルが鳴り響いて自分たちの研究発表は終了する。


 魔法師ギルドの幹部や特別席のお偉方、会場の火ネズミの吐息のマスターは真っ先に拍手をしてくれている。意外なのは、王子たちの組も拍手をしてくれているのが壇上からでも目に入る。

 どうにか終わったと、思い出したように体に纏わりつく汗を実感しながら、マーディン、スタイン、ポッシュ、ビビと横一列に並んで揃って礼をする。壇上の中央から離れて集音の魔道具の有効射程から離れるが、ムドと父親らしき人物は目を見開いて歯ぎしりをするように力が入り、彼の薄い頭には血管が浮かんで見える。目が合うと不思議に読唇術の心得は無いが、ムドと彼から勝ったと思うなよと言われているのが分かる。こちらが返答するならば、もう勝負ついてるから、と返す言葉の音を拡大する魔道具の有効射程も外れているが、しっかりと自分の目と表情で伝わったのか、ムドとその軍団と一族全員が激しく怒り狂っているようだ。


「おっちゃん、あんなにあいつらを怒らせて大丈夫なのかよ?」


「彼らは怒りのあまり実践の場でも冷静さを失うだろう。そこの隙を突くための作戦さ。戦いは始まる前から、事前に準備を終わらせている方が勝つんだよ」


「勉強になります」


 田舎出身なのに意外と心配性なマーディンに適当に返していると、純粋なビビは適当な話に騙されていそうだが、詐欺師のおっさんが売り出す幸せになれる壺を買ってしまうかもしれない。

 踏み台にされる予定であった自分たちが、少しでも拍手をもらえるような発表になったのは幸いだろう。全体としての評価はどうなるか知るのが怖いが、我々に出来ることは最大限やったし、各方面に適当理論であるが幸せになれる可能性のある壺をアピール出来たと考える。


「ぼくは緊張で心臓が飛び出るかと思ったよ」


「………」


 まだ少し震えているポッシュは緊張した様子が残っており、スタインは浴びていた拍手の音を噛みしめるように無言で目を閉じて感じ入っている。スタインだけではなく、彼ら全員がここまで賞賛されるような生活をしていないから、嬉しそうではあるがもうここには用はない。


「じゃあ、帰っていつもの訓練をやろうか。もうここにいても大して役に立つ研究は無いし、時間の無駄だからな」


「えっ、先程の発表と言っていることが違うぞ」


 思わず無言をかなぐり捨てたスタインに指摘されるが、魔法師として正しい考えは自身の行った発表の通りだが、我々のチームは実践の場までもう5日もないから最後まで追い込みだ。


「魔法師としては聞いて役に立つ研究もあると思うが、私たちは実践の場に向けて訓練をする時間は残り少ないんだ。だから年末年始もゆっくりと過ごす時間は無いと思った方がいいし、それにムドたちの研究発表なんて組に10人いるから発表時間だけで50分だぞ。そんなの無駄だよ」


 最優秀候補と前評判高い王子たちの組の発表は、もしかしたら面白いもので勉強になるかもしれないがきっと大トリで順番は一番最後だろうし、間の発表は実践の場に参加する兵士団と騎士団の組は発表しないにしてもそれ以外も多いため、ここは帰る一択だ。おっさんの説明に納得した4人を引き連れて、心なしか肩の荷が下りたと卒論の提出とその発表を終えた大学生みたいに足取りは軽く下宿先に帰って行く。

 その後、深淵祭の研究の部を通して、今回は魔法師ギルドの幹部が支部長も含めて全員が参加するのは前代未聞であったが、最初の発表が終わると各支部長は1人残らず帰って行ったらしく、支部長たちは最初の研究発表だけを聞きに来たともあの研究発表で気分を害して帰らせたとも言われ、自分たちの研究発表は評価に困る位置づけとなったそうだ。

 そんなことは我知らず、卒論の提出と発表の研究の部が終わり、あとは実践の場で卒業だ。

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