第35話 練習風景と、新しい交換先

 お湯を作るためではない深淵祭で成功するために行っている訓練2日目、発動体もどきを手にした4人の男子生徒と1人のおっさんは早朝から訓練を始めている。

 背ばかり高いスタインは強化魔法のみを使用しての訓練だから、魔力量の増大と消費魔力は減りやすく成長が実感しやすいと思うが、彼は魔力の膜を得意魔法に染め切っておらず完全な専門特化した魔法師とは言えない。

 背の小さいビビは、熱魔法に専門特化した魔法師として熱魔法だけの訓練だからスタインと同様以上に成長出来るが、他のメンバーの魔法の効力が上がる度に常に自身の実力以上の魔法の制御を強いられるため実際は想像以上に大変だろう。

 補助魔法を使用する太ったポッシュには、チーム内の魔法師への強化魔法と支援魔法、さらに防御魔法を訓練させるが、3つの魔法の同時使用は出来ていないためまずは攻撃役を支援するところを完璧にしてもらう。だが、いずれは3つの魔法を同時に行使して、かつその効力を上げてもらわないと戦いにはならない。

 チーム内全員の役割を兼ねる、攻撃役と補助役と壁役の魔法全てを熟さないといけない瓶底眼鏡のマーディンは、元々それらを使用した経験もあり、専門特化した魔法師にあらゆる面では劣るが一定の魔法の効力を発揮出来る無属性に特化しているだけあって器用貧乏らしく上手いことやっている。

 それに対して、同じく無力透明の魔力の膜を持ってあらゆるポジションをこなさないといけない無職のおっさんは、攻撃力をまずは高めることが出来るようになるために強化魔法と支援魔法から学んでいる。


「おおー、おっちゃん強化魔法が出来てるじゃん」


「まぁね」


 彼らにとっては秘奥でも何でもないだろうが、それぞれの得意分野で専門としている魔法の効率的な使い方を教わり、また同様に無属性の魔力の膜で魔法を行使しているマーディンからコツを教わることが出来る環境で成長しない方がおかしい。

 それに、彼らと違って必修の授業も無いおっさんは日中も最低限の仕事だけをこなして一切の授業に出席せず、夜も彼らが寝ている間も魔力が自然回復するのをいいことにひたすら個人練習を行っているのだ。交換魔法で使用する魔力も最低限のノルマと彼らが魔力を回復するためのカツに絞って使用しており、何かあった時のため用のストックを減らしてタタールの街にアメやチョコレートを転送してまで特訓しているのだ。

 それでも元々器用なマーディンには熟練度と技術の向上スピードは負けるし、他の3人も若いだけあって成長力は凄まじい。今までは彼らも奥の手である魔法使用の為に魔力を枯渇寸前まで仕事で使用してこなかったし、毎日のように得意魔法の訓練を魔力の回復をしてまで短時間で繰り返していなかっただろうから、使用すればするほど魔力の最大値は増えるし、得意魔法の消費魔力も減っていくだろう。後は、幼少から訓練をずっと長い間続けて来た魔法師たちにどこまで追い付けるかだろう。




「この調子でいこう、明日からはお互いの距離をもう少し離したり、攻撃役のビビは出来るだけ壺から離れて熱魔法を行使してみよう。それも上手くいくようなら、スタインは強化魔法を自分自身と他者に同時に行使するようにして、ポッシュも同様に防御魔法と強化魔法と支援魔法を同時に行使しよう。この3人の動きは私とマーディンも出来るようになろう」


 1週間もすると、自分もマーディンと同様にチームメンバー全員の魔法を本人たちのレベルには及ばないが行使出来るようになり、朝と日中と夕の訓練の成果で作り出したお湯をストックすると2日に1回は、それぞれへ個別に用意したドラム缶風呂ならぬ合金製の箱風呂に入れるようなお湯の量になって来た。




「次からは、移動しながら今までのような組全体での魔法行使を行ってみよう。中央に壺を置いて、その周囲を私たちで円になって決められた方向に一定の速度で歩きながら、やってみよう」


 距離を離した魔法行使は、合金製の発動体もどきの杖がアンテナにでもなったのかすんなりと上手くいったが、次の段階は難しかった。普段から当たり前のように歩いているはずの難しくない歩行動作が、魔法の行使に集中すると途端に歩くスピードが乱れたり、決められた方向に歩くだけなのにとても難しく感じた。だが、自分たちは5人で固まって行動しなければならず、常に動きながらでも魔法を行使できないと敵チームからの魔法の攻撃に防御魔法は耐えきれないと思う。




「どうにか、深淵祭の研究の部まで残り1カ月を切って、動きながらの魔法行使の失敗が無くなったので、対人戦を想定した訓練も相手の調整が付き次第始めてみよう」


「おっちゃん、練習相手なんて用意出来んのか?」


「魔法師学校の生徒には作戦がばれてしまうから、外部の知り合いに相手になってもらうよ。それよりも、今日からは毎日お風呂に入れます」


「「「「やったー!!!!」」」」


 自分だけだったら、水も魔道具で用意出来るし、訓練外でも魔力が勝手に自然回復する。加えて熱魔法とその効力を高める補助魔法を習得したため、合金製の箱風呂に毎日入れるようになっている。だが、共に高め合う学友と訓練の成果で得たお湯で風呂に入ることに意味があるのだ。

 そんなことを考えながら交換魔法の待機空間から、訓練で貯めた壺に入ったお湯のストックとそれぞれの体に合わせた合金製の箱を出していたら、しばらくなかった変化に気が付く。交換魔法のおすすめのラインナップに久しぶりに追加された、新しい交換可能な物が目に入る。これは…




「キミたち、液体の石鹸も使ってみるかい?」


 交換可能になった物は男性用の全身を洗えるシャンプーだった。王都に来てからアワの実が値段が高過ぎて買えないからありがたいが、ビキンにいる時にでも交換可能になってくれたらよかったのにと思ってしまう。

 空の壺を用意して中に入れた物の匂いから、これは日本にいた頃に愛用していたオールインの髪の毛と顔と体を洗えるシャンプーではないのかと気が付く。体中の皮脂を全て持って行く洗浄力の高さと嫌になるくらいの石鹼臭が特徴的だが、職場に24時間以上を超えて拘束された後の勤務が終わって自宅に帰ってから、シャワーを浴びる際に使用していたものだ。

 乾燥が気になる年齢では、普通に個別のシャンプーとコンディショナーやボディソープ、洗顔フォームの保湿力がある物の方が良い。だが、仕事の合間にボディーシートで拭き取るのも限界がある状態で、自宅で最初に全身を洗うのにはこれが役立って重宝していたのだ。

 思い出すのも辛いあの時の勤務状況は、1人でこなすのを想定された倍以上の業務内容を最低限以下の職員配置でこなさなければならず、自分よりも後に配属された人間が次々と異動や退職を申し出て常に人手不足で労働条件が改善されていなかった。24時間以上の勤務中は、休憩時間と仮眠時間は設定されているが、休憩時間も働かないと仕事がその日の内に終わらないし、仮眠中に何かあれば責任を取らされるという理不尽な状況で眠れる人がいるのか逆に聞きたいと思った。そんな労働状況では、微睡むくらいの仮眠で拘束時間は長いため自律神経が乱れてしまい、心身共にボロボロになったおかげで、今の無職のおっさんが出来上がってしまった。



「おっちゃん、アワの実なんて持ってたのかよ!!」


「これは、アワの実ではないよ。ビキンでは風呂付きの宿よりも安かったから、使ったことがあるけどこれとは全然違うよ」


 アワの実の方が保湿性が高いから肌に優しいし、フローラルな香りと髪の毛の艶を増す効果は上流階級の女性にも好まれるだろう。そんなアワの実と比べたら、リンスインシャンプーと白色の固形石鹸を比べる以上に差が生まれてしまうだろう。自分たちにとっては便利であるがアワの実には断然劣るし、安く売ったとしてもアワの実の価値を落すような真似をこの王都で行ったら、商業ギルドの連中から恨まれるどころでは済まないと思う。

 こうして男たちの汗を流すには便利な商品であるし、マーディンたちに女性に好かれる条件として清潔感を上げた手前、肌の乾燥に悩み始めたおっさんでも毎日使用しないといけないだろうな。その後、騒がしい様子を見に来たゲンガンに羨ましがられ、余分に彼用の合金製の風呂を作って液体石鹼も提供した。

 明日はまた魔法師ギルドの事務へ顔を出す予定となっている。





 久しぶりに風呂と体もしっかりと洗えて、若干髪の毛は軋むように痛んだ気がするが爽快な気分で、魔法師ギルドの事務の前にやって来ている。今日の訪問の目的は、深淵祭まで残り1カ月を切って、実践の場の指名試合の登録が可能となったためだ。今までの間、必修の授業で再三に渡ってムドとそのチームの豚軍団の連中から、マーディンたち4人はせっつかれてついに登録に来たのだ。

 そして、魔法師ギルドの職員立会いの下、お互いに指名試合の登録を済ませて、ムドに対して一応友好的に挨拶をしようとする。


「試合ではよろしくお願いします」


「…フン。発動体も手に入れられないから、変なものを持っているようだが、気に入らないな。勝負が成立して見えるようにしてやろうと思ったが、叩き潰してやる」


 おっさんの豆と乾燥の目立つ右手の握手を無視され、指に嵌めている発動体風の合金製の指輪を見て馬鹿にされる。右手を差し出したままの状態で、行くぞと言って去って行くムドとその軍団の背中を見つつ、最初から一方的に魔法で殴れるサンドバッグを求めていただけだろうと思う。


「おっちゃん、本当にあいつらと指名試合してよかったのかよ?」


「私たちが勝てる相手は、彼らの他にいませんよ」


 彼らがマーディンたちの派閥内で上位だとしても、魔法師学校全体で言えば平均を超えないだろうし、彼ら全員が発動体を持っているけれど全部がオーダーメイドではないだろう。それに実践クラブで日夜汗を流している学生と違って、弛み切った体は実践の場を想定しているとは言えない。

 他に彼らに勝てる存在と言えば争いの場に出るのは品が無いと、女性の魔法師学校の生徒は実践の場に参加しないが、もし参加していたらムドとこちらの組は共に負けるだろう。彼女らは貴族の家の方針で実践の場には出ないだろうが、魔法師としての研鑽は積んでいるし戦えないとは誰も思っていない。

 それを考えると、ムドたちがある意味必死だったのはこちらのチームにしか勝てないだろうし、こちら側からにしても勝負が成立するように見えるのも彼らしかいないから理想的な組み合わせではある。


「帰ろう、今日から対人戦を想定した訓練の開始だ」



 本格的にゲンガンが通っている道場の人たちに訓練してもらう前に、まずはゲンガン1人に合金製の金属で中身は空の薄く作ったボールを投げてもらうことにする。まずは、ピンポン玉の大きさから、実践の場で目にするような野球のボールやサッカーボール大の玉へと大きさを変えていく。実際の速度は分からないが、ゲンガンも手加減をして投げてくれるが、玉を受けながら集中をして魔法を同時に2つ以上行使するのは難しい。


「これは無理だ」


 ゲンガンが手加減を失敗することが何度もあって、勢いよくぶつかった部分が防御魔法が間に合わずに痣となり、泣き言を一番に言うのは盾役として候補に挙がったスタインだ。うちのチームが実践の場を想定すると、チームの攻撃役であるビビに強化魔法と支援魔法を重ね掛けし、どうにか攻撃を通すのが勝ち筋の一つだ。その間、攻撃を防ぐのは体の大きさからスタインと自分になる。泣き言を言っているスタインに対して、マーディンは器用なことに回復魔法も使えるようで、スタインに行使してあげているのを見つつ、考える。

 自身も同じ壁役とその他の兼任だが、サポート役のポッシュにはスタインへの防御魔法とビビへの補助魔法に集中してもらい、自分自身で防御魔法と強化魔法を使用している。無駄に上がっているステータス上の体力の数値の恩恵もあり、打たれ強さと動きの素早さも上昇しているからか、ゲンガンの投げる玉に防御魔法が間に合わなかったり防ぎきれなくとも大して痛くはない。

 それにチームの役割として考えると、攻撃役としてはビビが第一候補であるが、ビビが敵に倒された場合は第二にマーディンで第三に自分となる。壁役はスタインと自分になるが、一応マーディンもそのバックアップにいるけれど壁に穴が空く段階では防御が間に合っていない状況なため、ビビに全てのリソースを繋げる勝ち筋も無くなっているはずだ。

 他の役割としては、サポート役はポッシュと壁役を兼任しているスタインになるが、専門特化したポッシュに比べたらスタインの価値は無属性魔力の膜を持つマーディンと自身で補えるようなポジションであるから、それほど重要ではない。そんな彼が真っ先に弱気を吐くのはつい、気になってしまう。


「キミは騎士学校を目指していたなら、もっと厳しい訓練を実家で積んでいたのではないのか?それに、キミは未だに魔力の膜を得意魔法の色に染めていないし、深淵祭に参加する覚悟が足りないんじゃあないか」


 魔力の膜を得意魔法に染めるのはその魔法師個人の自由であるし、例え得意魔法に染めても火ネズミの吐息のマスターのように、大成しない者もいるからそれが正しいとは言えない。何よりも、得意魔法が無属性のマーディンを除いたら偉そうな口を聞いているおっさんも、魔力の膜を得意魔法に染めていないことになるが、得意魔法が分かっていないので自分のことは棚に上げて好き勝手言っている。


「キミがそんな覚悟なら、キミの好きになったカルミア嬢もろくな女じゃあないんだろうね」


「それは違うよ!!ぼくは…ぼくは知っている。彼女は…」


 恋する相手を悪く言ってスタインを焚きつけて奮起させようとしたら、何故かポッシュが我先にと反論を返してくる。そうして語られるのは、実家の商家の伝手を頼って彼女のことを調べ、王都内にある彼女の屋敷を特定したが夜に遊びに出かけるような娘ではないし、彼女の部屋は特定出来なったが消える照明の時間から夜に寝るのも遅すぎないと熱弁を振るう。王都で失踪事件が頻繁に起こっているのに、よく夜に確認していたなと思うが、最近は訓練に忙しくて屋敷を見に行けてないらしいが、恋愛相談を受けた際に彼女のことを知れと言った覚えがあるけれど立派なストーカーが出来上がってしまっている。

 最近のポッシュは、訓練でカツ以外の間食をする余裕がなく、日々の訓練で消費するカロリーから少し痩せてぽっちゃり系になったと見直していたが、いざとなったら王都の兵士団か騎士団に突き出す覚悟を決めようと思う。

 さらに、彼女は西部地方の魂を専門とした魔法師一族の出で、王都の魔法師学校で生徒になるのは一族で何十年も出ていなかったため大切にされており、買い物にも行かずに商家の馬車を何台も屋敷に出入りさせているらしいと話している。魂を専門としているならゲンガンの姿を元に戻すために彼女と個人的に話をしてみたいが、家名持ちの麗しい令嬢に話し掛けるのは厳しいと思う。

 それに、ポッシュは大切にされていると言うが、貴族の女性が買い物なんかは商人を呼びつけるのが普通と思うため、それで大切にされているのだろうか。屋敷に出入りしている人間まで調べようとしているのは、現時点でも罪に問われそうでポッシュを介錯してあげた方が良いと思ってしまう。

 そんなポッシュのストーカー行為の告白に、それでも好きな人の情報で興味があって全員黙って静かに聞いていたが、沈黙の長い間はスタインの考えをまとめる時間にもなったようだ。


「分かったよ。自分が一番覚悟が無かったのを…。決めたぞ、染めてやるぞ」


 ポッシュの熱い想いか、自分のカルミア嬢への悪口が奮起に繋がったのかは分からないが、スタインが決心をする。彼は今まで魔力の膜の大部分を無色透明に残し、少量の部分だけ黄色だったのを全て染める決心を固めたようだ。

 そうして強化魔法を得意魔法として専門特化したスタインと我々のその後は、日々の行われる訓練は次第に熱を帯びていく。魔法師学校において、深淵祭当日まで1カ月を切った授業は派閥内や流派でも配慮が行われるようで、必修の授業については数が減っており、食事と睡眠以外は全員での訓練が1日の大部分の時間を使い、遂にはゲンガンの通う道場の人たちも参加する本格的なものになった。

 そして気が付いたら冬が来て、年の終わりに行われる研究発表の場が開かれる。5人全員が実践の場を想定した訓練に熱を入れて、研究の部については特に何も準備をしていなかった。それは、当初は研究の方が成功する可能性があって、実践の場は可能性が低いと思っていたのに訓練にかける時間と比重が偏ってしまっているが、二兎を追う者は一兎をも得ずではないのだ。一石二鳥で両方の結果を出すのだ。

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