第33話 チーム始動

 場末の酒場の火ネズミの吐息で、マーディンたち男子生徒4人組にお願いされて深淵祭というイベントに参加を決めた翌日、魔法師ギルドの受付事務にやって来ている。今までは、交換魔法で作り出した駄菓子とゴルドに作製してもらった合金製の剣で稼いだ金が振り込まれたものを、引き出す以外には寄っていなかった。

 我らがチームメンバーであるマーディン、スタイン、ポッシュ、ビビと入り口前で待ち合わせ、普段なら午後からの授業に出ている時間に参加申し込みに来たのだ。


「おお、お前らも参加に来たのか?」


「…ああ、まぁ。そうです」


 マーディンは知り合いらしき、スタインのような背の高さにポッシュ以上に脂肪のついた人物に話し掛けられ、返事を返している。相手の物言いから同じ派閥らしい雰囲気だが相手は発動体の杖を持っており、マントから帽子からこちらの着ている物よりも遥かに金が掛かっているのが分かる。

 話し掛けて来た男子生徒以外にも、彼の仲間がギルド内のホールで順番を待って立っている。彼らも深淵祭への登録を行いに来ているようで、少し小太りな体型からポッシュ以上に相撲取りのように太っている男が合計10人いる。いや、相撲取りは筋肉の鎧に脂肪を着ているらしいから、体を動かす気のない怠惰の証のデブと一緒にするのは失礼だなと思う。

 彼らとは同じ授業で会ったことはないが、おそらく彼らは派閥内の上位者で普段はカルミア嬢か、より上位の者の取り巻きをしているのだろう。こちらよりは魔法師の腕は上だろうが、今まであった凄腕の魔法師に比べたら赤ん坊に思える。


「今年は参加するつもりみたいだけど、人数合わせのおっさん連れて来て勝つつもりはないんだろう?」


「それは、どうだろうね」


「おっさんが、俺らの話に入ってくんなよ!!どうせ、負けるんだから実践の場は俺らと指名試合をやろうぜ。いいだろう?」


「ムドさん、それは仲間内で相談してから、返事をさせてください」


 おっさんが若い学生同士の話に入るなと言われて黙ると、マーディンが何とか穏便に話を締めてくれる。その後、おう、待っているぞと言って、ムドと呼ばれた向こうの豚軍団のリーダーらしき奴は、軍団と共に登録開始作業が始まるのを待っている、人が大量に立っている列に並んでいる。


「今日から、深淵祭の研究の部が2カ月を切ったので、参加を希望する学生の登録が開始となりました。今日は、各参加希望の組が一斉に来たので登録が重なっています」


 体の小ささを活かして、スタインの背の高い後ろに隠れていたビビが、こっそりと情報を教えてくれる。それでこの受付前から続く列が登録開始前から伸びているのか。


「それで、指名試合というのは…」


 指名試合とは、実践の場の優先的に試合が組まれるシードのような者たちとは別に、参加者の組同士が同意したら試合が組まれるようだ。彼らもシード扱いの優勝候補には負ける可能性が高いけれど、1勝は確実に勝てる相手と戦いたいようだ。


「研究の最優秀候補と実践の場での優勝候補は知ってるの?」


「どちらも第4王子の率いる組ですね」


 ビビ曰く、こちらと同じ最低人数の5人で参加予定であるが、彼らは文武両道で研究と実践共に最優候補と言われているらしい。王子以外も公爵と侯爵が1人ずつに、伯爵2人の魔法師貴族としても地位が高いようだ。先程の豚軍団みたいに、研究に特化している学生を入れたり、戦術に合わせて実践の場に参加する学生を入れ替えるような10人の枠を必要としないプライドの高さと、それに裏打ちされた能力の高さも窺える。


「他にも今年は、兵士団と騎士学校からも実践の場に参加しようとする組が現れていますよ」


 どうやら、兵士学校と騎士学校でも大会が存在して、そちらにも魔法師の部門あるようだが、そこでの勝利よりも学生では王都最強と名高い第4王子の組に土を付けようと、真の最強を決めてやると近接戦闘の有利を捨ててまで彼らは参加することにしたらしい。魔法師ギルドに登録していて、魔法師学校の授業に出てさえいれば生徒の条件を満たせるとは言え、想像していなかった刺客と思える。

 実践の場の戦いは、魔法師用以外の直接的な攻撃を禁止されているが身体能力の高さもある意味では有利だし、彼らは普段から研究を捨てて魔法の実戦的行使を対人・対魔物で訓練しているから、いずれにしてもこちらの組よりは優勝候補と言えるだろう。


「あとは、実践クラブの参加者がどれだけ組に入っているかも関わってきますね」


 1年を通して、魔法師学校の主に実践の授業に参加している生徒たちが、深淵祭の実戦の場を想定して日夜訓練を自主的にしているらしく、総当たり戦や組同士を変えて模擬戦を頻繁にしているようだ。それは観客を入れて自由に見学可能で、普段の手の内は周囲にばれているようだが、さらに奥の手を用意したり、深淵祭向けの戦術や組の連携を高めているため、見学だけでも勉強になるので登録後に寄って行こうと言われる。



「ところで、うちの組の登録名とかは決まっているのかい?」


「「「「……………」」」」


「こいつら、登録名も決まってねぇーのかよ!!」


 仕方なくムドたちの後ろに並んでいたが、登録名が決まっていないことを聞かれて周囲に知らしめるように大声で言われて、豚軍団一同に笑われてしまう。派閥内地位が低くとも、流石に言い返しそうなメンバーを見て、4人の背中を押して列から離れるように誘導していく。



「いやー申し訳ない。昨日のうちに聞いておいて、決めておけばよかったよ」


「…おっちゃんは悪くねぇよ。深淵祭のことを詳しく知らないおっちゃんよりも、俺らが登録名を見落としていたのが悪い」


 マーディンの言葉に頷く他の3人を見て、案と言うか候補はあるのか聞いてみる。だが、マーディンは英雄だとか大魔法師を名前に入れたがり、スタインは騎士団か何とかの剣を希望する。ポッシュはカルミア嬢を菓子に例えるような候補を挙げ、ビビは希望無しで候補を挙げなかった。どれも気乗りしない自分に対して、マーディンは問いかける。


「じゃあ、おっちゃんは何がいいんだよ」


「少し長くなるがいいだろうか。故郷の先人の教えに、窮鼠猫を噛むという言葉がある」


「それがどうしたんだよ」


「追い詰められたらネズミのような弱い立場でも、猫を噛んで反撃するという意味だよ。我々の組がネズミなのは言うまでもないが、彼らのように金に困っていない人間は、きっと貧乏学生が利用する火ネズミの吐息なんかを知らないだろうと思ってね。だから豚のような猫に反撃するために、我々の登録名は火ネズミの吐息にしよう」


 それに、火ネズミの吐息でも当たり所が悪ければ火傷じゃ済まないだろうと付け加えると、4人は黙り込んだ後に了承の声を出す。すると、それを見計らっていたかのようなタイミングで、長い列とは離れた受付のテーブル奥から声が響いて来る。




「深淵祭参加希望の列でお待ちのお客様の中で、専属の担当受付がいらっしゃる方はこちらにどうぞ」


 この中に他にいないだろう、ピンポイントの人物を呼び掛けるのは、白い髪の毛と赤い目をした自身の専属受付嬢であった。登録名の候補を決めて再度ムドの後ろに並んでいた所に、彼女の声が聞こえて来るが、離れて護衛を頼んでいたが彼女の職場であるから、いるのはおかしくはないということなのだろう。繰り返し聞こえて来る呼び声に、彼女の立っている受付ブース前まで行かないと、直接目の前まで呼びに来そうなので諦めるしかない。



「「「「「えっ」」」」」


 同じ参加組のマーディンとそれ以上にムドや他の列に並んでいた人間たちも、驚きの声を挙げている。同じ組のマーディンたちが驚いていることから、呼びかける声に向かって歩き出したおっさんが専属受付がいるのかと特定されてしまっている。

 参加前は1つの作戦として、油断させて何とか相手の隙を突いて勝とうと思っていたが、過大評価されるのも怖いと思う。驚きで言葉の出ない4人組を後ろに連れて、口元だけ弧を描いて満足そうに笑う専属受付嬢に参加登録の希望を申し出る。


「私たち5人が参加希望です。登録名は、火ネズミの吐息でお願いします」


「はい、承りました」


 この場で何を言おうが、マーディンたちの誤解は解けそうに無いので、一刻も早く手続きを終えてこの場所から離れたいと思う。先頭で手続きの開始を待っていた、テレビで観るような外国のトップモデルみたいな容姿をしている5人組や、冒険者で言ったらゴールドランクパーティのような戦いに身を置く者の気配を感じる組から、体に突き刺さるように集中した視線を感じている。

 そんな視線に違うんです、自分は素人で、自分の周囲の知り合いが凄いのであって自分は大したことないですと言いたいが、この場はどうしようも無い。嫌な汗をかいて、後で文句を言ってやろうと思いながら、どの組よりも手続きを早く済ませて魔法師ギルドから外に出る。



「なぁーんだ、おっちゃんが凄い人かと思ったぜ」


 自分も、ぼくも、おいらも、と話す4人組を見ながら、何とかビキンにいた頃に魔法師ギルドの職員と知り合って、その人が便宜を図ってくれたという事実をオブラートに包んだ説明で納得してくれたようだ。今日は、深淵祭の実戦の場の模擬戦を見学して、先に年内にある研究をどう5人で取り組むか話し合うこととしている。



「おおぉー!!」


「…凄いな」


 模擬戦が行われている教室を訪れると、そこは観客用のスペースとは別に、組同士が争う空間が中央に4つ用意されていた。騎士学校を目指していたスタインが観戦を趣味としており、深淵祭に向けて情報収集を行ってくれていたビビと一緒に、ルールから詳しい実践の場について教えてくれる。


「用意される実践の場の種類と、戦いの規則は直前まで互いに知らされず、いくつかある候補の中から運営側が選ぶらしい」


「その会場の環境はダンジョンの中のように洞窟・森・草原・沼地・雪山・火山・砂漠・闘技場と様々で、選ばれるまで分からないから対策が難しいです。おまけに勝敗とされる規則も5人全員を倒す、5人の中の代表者1人を先に倒す、お互いの陣地にある標的を先に壊す、会場のどこかにある1つの標的をどちらの組が先に壊すのが早いか、といった時間制だったり時間が無制限だったりするので、膨大な経験が無いと対策は厳しいです」


 説明を聞く限り、得意のステージと必勝パータンを編み出す時間と余裕はこちらに無いのかもしれない。中央にある4つの空間から浮かび上がる戦いの様子を、オーロラビジョンのような映像で魔道具が流しているのを見ながら、1対1じゃないチーム戦だから何とかなると思っていたが、これは厳しそうだ。

 外から見ると圧縮されているが、戦うメンバーたちには拡大された空間の中で、5対5で戦う魔法師たちは、縦横無尽に動き続けて互いに魔法を放ち合っている。以前に見たマーディンの翻訳と転写魔法も行使が早いと思っていたが、空間内で戦う魔法師の発動体の杖の先から止めどもなく連発される魔法を見ると、火縄銃とマシンガンくらいの連射速度に差があると思ってしまう。他の4人も対抗策が無いのか、そういったものだよねと半ば諦めたような表情で眺めている。

 特に、魔法師の力量は勝負を左右するが、そこに発動体の使用は当然のこととなっており、実践の場においては我らが組はハンデを背負っていることになる。新年を迎えてから実践の場の大会が行われるが、他の4人も年内の研究を本命に考えているのかもしれない。


「でも、参加する組全体の平均魔力量から使用魔力の調整はされますし、重傷を負っても死にはしないので参加するだけでも挑戦の価値はあります」


 ビビが言うには、魔力量が多すぎる魔法師が優位になるため、お互いの参加者全員の平均魔力量で1度に使用できる魔力の量が決まり、一定の魔法を受けて戦闘が続行不可能と判断された場合は、空間からはじき出されて回復魔法の実践を求めて待ち構えている生徒たちと監督役の回復役魔法師が、治療にあたるようだ。過去には、死ぬまで戦うこともあったそうだが、学生の魔法師の死傷数が増えすぎて、制限を加えることになったらしいが、重傷でも十分危険に思えてしまう。


「それでも、魔力の平均は彼らにはあまり意味がないように思えるよ」


 深淵祭への参加登録を終えたらしい、第4王子率いる組が対戦を開始して戦う姿を見ながらそう思う。相手の組もこの模擬戦の常連らしいが、王子側の5人が平均魔力を引き上げているから大して制限になっていないし、工夫でどうとでもなるようだ。

 その様子は、王子組の1人が火の魔法を行使し、敵に放つ前に空中に火の玉を待機させて新たにもう1つの火の玉を追加して合わせることで、より大きな火の玉にしてから放って威力を高めている。さらに、1回の直撃では戦闘が続行出来ていても、氷の玉を作って何個も待機させている人は、作り出した魔法を合わせなくても絶え間なく放って中ててダメージを蓄積させて戦闘続行不能にしている。それに対する相手側も、もちろん魔法を返しているが防御魔法らしき魔力の膜を拡大したような盾に阻まれて、カウンターの魔法を逆に返されて戦闘続行不能になっている。

 こうやって見ていると、一応はルールで勝負が成り立つようになっているが、勝つ側が当然のように圧倒的に勝利を収めている。マシンガン同士の戦いに、防御も片手間で行う戦車や重機関銃が持ち込まれたような戦いに思えてしまう。


「これは…ちょっと参考にならないね。いつもの酒場に行って、まずは研究のテーマを決めようか」


「「「「…………」」」」





 いつもの場末の酒場、火ネズミの吐息に到着後、マスターに事後承諾だが店の名前を深淵祭の登録名にさせてもらったと伝えたら、店を閉めてまで応援に行くと言われてしまう。研究の発表は大して興味が無いだろうし、実践の場の応援になるだろうけれど、消化試合のような優勝が決まっているような状態の下位の試合で、そんな試合でも負け試合を見せることになりそうなのは申し訳ないと思う。


「俺は、無属性生活魔法の可能性が良いと思うな」


「自分は、強化魔法を使った新たなる戦闘方法だ」


「ぼくは、補助魔法の効果的使用方法だよ」


「おいらは、熱魔法の歴史と現在にします」


 研究テーマの候補をそれぞれ発表するのを聞きながら、考える。研究の効率と実践の場においても、発動体があった方がよいのではないかと思ってしまう。用意する方法としては、ブル教との付き合いもあるから、最後の1枚の聖金貨を寄付したら確実に最高級品を用意してくれるだろう。

 だが、敵とする組たちは、当然のように高級品やオーダーメイドの発動体を所持しているだろうし、単純に同じ品質の装備を用意したら後は魔法師の腕が決め手になるはずだ。その点、自分たち5人は最高級品を使いこなせないだろうし、無免許にF1で使用するレーシングカーを与えたところで満足に乗りこなせないだろう。それに、ブル教との付き合いが深すぎてしまうと囲い込まれることになり、彼らの将来の就職先がブル教関連になることもあり得てしまう。一応大手であるが、職業選択の自由を考えるならば、彼らの望む道に進めるように配慮すべきだと思う。


「おっちゃんはどんなテーマにするんだよ?」


 別のことを、発動体の有無から彼らの就職先まで考えが飛躍していたが、マーディンの問いかけに我に返る。自分自身は、魔法師ギルドに貢献する研究すら決まっていないし、現時点で研究したいようなテーマも存在していない。

 そして、彼らの意見を聞いていると、自らの得意分野である魔法に沿ったテーマを挙げている。それが己の詳しい分野である専門の魔法のため、一番貢献出来ると考えているのだろう。それは正しい考えであるし、他のメンバーの研究テーマでは、専門外の為に力を十全に発揮出来ないと考えているのも理解出来る。

 そうした4人の意見はそれぞれ正しくもあり、だが最善の研究テーマとは言い切れないのもまた正しい。悩んでいると、ブラックな職場で培った問題の矛先を適当に変える手段を思い付いてしまう。そうだ、逆に考えるんだ。どれもが正しくて研究テーマを1つに絞れないのなら、全員の意見を取り入れた研究をテーマにすればいいのだ。




「キミたち、お風呂好きかい?」

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