第32話 集いしペンタグラム
男たち4人は朝焼けを浴びながら、等間隔に道を横1列に歩いて来る。さながら、映画であるような世界を救った英雄たちが帰還するような場面だ。歓楽街の出口に向かって歩く彼らを迎えるこちらは、英雄が世界を救うのを信じてその帰りを待っていた民衆役だろうか。
「どうだった?」
「…俺の世界が、広がったよ」「自分も」「ぼくも」「おいらも」
彼らはどこか悟りを開いたような眼差しをしていたが、娼館を出る朝の直前までフルコースを味わっていたのだろう、精悍な表情をしつつも頬がこけていた。それでも風呂に入ったりしたこともあって、肌と髪の毛の艶は妙に増していたり、充実感を全身で感じているはずだ。
「じゃあ、それぞれの下宿先に送っていくから乗って行きなよ」
「色々とありがとな、おっちゃん」
リーダーのマーディンの言葉に頷く他の3人を見つつ、雇っていたタクシー代わりの馬車に乗り込んで御者に出発を頼む。誰一人欠けることなく彼らは経験を積み、ある意味男同士の連帯感を得た4人は、昨日まであったわだかまりがすっかり無くなっていた。
荒療治だと思っていたが、彼らが据え膳を食べてくれる普通の若者でよかったと胸を撫でおろす。もしかしたら、異常な程の精神力で百戦錬磨のプロからの誘惑を耐えきるような、ある意味突き抜けたカルミア嬢への想いを抱いていたら、死ぬまで止まらなかったかもしれないのだ。
今まで持っていた価値観を塗りつぶすような経験で、賢者タイムを超える大賢者タイムで一時的な世界の広がりを感じ、冷静になった時に女性を分かった気になっても結局自身は何1つ成長していないことにいつか気付くだろう。それでも、今はある意味ビッグバンを彼らの宇宙に起こして、その先の可能性を彼ら任せにするおっさんの適当仕事だ。
「…おっちゃん、今日の授業終わりにまたみんなで集まって話さないか?」
「…ああ、いいよ」
1人ずつ別れの言葉を告げて馬車を降りる彼らは疲れていたのか、道中の馬車の中では発言が無かった。スタインも降りて、最後に送るマーディンと二人きりになると、彼から誘いの言葉を受ける。てっきり今日は授業と日銭稼ぎもしないのかと思っていたが、徹夜くらいは問題ないという若者の体力はそうだったなと思い出す。
自身も若い頃は2徹でも平気で授業に出ていた気がするが、日本にいた頃は20代後半から徹夜が翌日に響くようになって彼らのような若さを忘れていた。だが、こちらに来てからは絶賛何徹目かは分からないが、変なところで感覚が麻痺してしまっていた。
マーディンとも別れを告げて自身は早朝のいつもの訓練に戻ろうと、朝早くから無理をお願いした御者に多めにチップも渡して下宿先に戻って行く。
「何だよ、歓楽街には自分で行くんじゃなかったのかよ!!」
「まぁ、迷える若者たちに1つの道を示したと言いますか、恋に溺れる若者を余計に溺れさせたかは分かりませんね」
今朝のゲンガンとの訓練でも、歓楽街の話題が出て、道に迷える若者に教えを授けたという話になったのだ。相談した時のブル教の大主教も、若者を導くことに賛同してくれて何度でもリピートしてくれてよいと、聖職者の漢字が変わってしまうような協力ぶりであった。
それに、送迎でチャーターした馬車もブル教の息のかかった商会のものであり、ある意味便利な関係性を得たものだと思う。送迎の足の用意は、男子学生に対して女性の1人歩きではないし、そこまで配慮も必要かと思ったが、今日もまた王都内のどこかで失踪事件が起こっているのだ。続いている事件にどうにか面子を保とうと兵士団と騎士団はパトロールに力を入れている様子で、念のため安全に配慮したのだ。
そんな毎日のように起こる連続失踪事件に対して、王都内の治安には魔法師ギルドは関与していないのか、本部ギルド長のお膝元であったら全知全能に最も近い魔法師が動いたらすぐに解決すると思うが、動こうとしない理由は何故なのだろうか。単純に興味が無いだけかもしれないが、ふと気になってしまった。
午前中はいつものように日銭稼ぎに綺麗な水を提供して働いて、午後は今日も魔法師学校の敷地内にある2つの塔を正門前から見上げ、授業を受けに講義室のある右側の塔を目指して歩いて行く。
右側の塔は主に、研究室や魔法師学校の生徒向けに授業が行われる講義室や演習場が用意されている。その反対側にある、左側の塔は頂上に本部ギルド長がおわす建物で、下の階層が本部魔法師ギルドと魔法師学校の事務を兼任している部署となっている。魔法師学校の敷地としたが、正確には王都魔法師ギルド本部の敷地内に魔法師学校があるのが正しいものとなっている。
王都には錬金術ギルドの塔もあるらしいが、魔法師のなんとかツインタワーと呼ばれそうな2本の塔に比べたら外観でも高さは遥かに負けているし、魔法師にとっては内部の空間も自由にいじることが出来るため、設備面でも大きく劣るらしい。
そんな魔法師学校では、塔の1階層の入り口前にその日の授業予定が張り出され、希望の授業の講義がある場所に各自移動するのだ。決まった授業の場所は無く、その日によって用意される空間は異なり、授業も講師となる魔法師の気分と都合で開始が遅れたり授業時間が伸びたり、酷い時は土壇場でキャンセルといったことも珍しくない。
日本の大学教育では、国から指定されるカリキュラムによって決められた授業があるが、ここでは講師事体も好きに自身の研究内容や理論を伝えているだけで、聞いている生徒の習熟状況は全く気にしていない。
彼ら講師は、魔法師ギルドから一定の価値があると研究を認められ、ギルドに用意された対価に見合うと納得して講師の地位に納まっているだけで、派閥の関係が無ければ生徒の今後には興味がなく、生徒もそれを承知で授業から何かを得ようと集まっているのだ。
今日も、ダンジョンか魂をテーマにした授業を1階の掲示場の張り紙から見繕いつつ、魔法師学校は何となく若者だけの学生の集まりではないことを知るようになったと思う。自身のような中年の年齢層が授業を聞いていることは珍しくなく、ただし彼らは自分のような魔法師としてのオールドルーキーでは無かった。
彼らの例としては、地方に住む魔法師一族で魔法を教わって育ったが、若い頃に魔法師学校に通う機会が無く、大人になって金銭と時間に余裕が出てもう一度魔法について勉強したいという人がいる。他にも、魔法師に限らず魔法といった分野に関わるような人たちで、魔力を活用して働いている錬金術師や魔道具を作っている職人も授業を聞いて新しい知識と技術を学びに来ているのだ。
当初は広い講義室に、エリート向けの基礎教室みたいにおっさんが1人であとは若者だけの空間かと思っていたが、学会発表みたいにその道の専門家が他の専門家の研究発表を聞きに来るような様子で、中年のおっさんも3割程は珍しくない状態で自身は不登校にならずにすんだのだ。
今日、午後から参加した授業は、ダンジョンの人為的発生をテーマにした研究発表であった。仮説としては面白いものであったが、今まで自然発生のダンジョンしか確認出来ていないので、その仮説を実証しなければ意味が無いと思ってしまった。ダンジョンは不思議な生き物であるが、原理の解明されていないダンジョンコアをどう作るのかが一番の課題だと考えられる。
相変わらず、ゲンガンを元の姿に戻す手がかりを1つも掴めていないが、仮にサブダンジョンのコアに吸い込まれて吸収されたのが原因と考えるのならば、同じ状況が必要になってくると思う。そんな、ぶつかった男女の中身が入れ替わるような物語を思い出して、適当にもう一度ぶつかったら元の中身に戻るような解決方法を思いついてみた。だが、そんな状況をどうやって作るのが問題だし、吸い込まれた結果で都合よくゲンガンがもう一度元の姿で戻って来れる保証はない。
ダンジョン以外にも、魂からの面でのアプローチはどうなのだろうか。ゲンガンの元の肉体をどうやって用意するのかが問題だが、魂を老いた肉体から若い肉体に移すのは寿命を解決しようとする魔法師には、そういった方法も行っているのではないかと考える。だが、魂の研究自体が違法な魔法師の手段となるのか魔法師学校で扱っている授業自体が少なく、どちらかというと身分証等における個人を特定するための確認手段が魂に関わっているのではないかという、考察系の研究が多くあった。
今日もこれといった授業から成果を得ることが出来ず、魔法師ギルドに貢献する研究も思いついていない。そちらは最悪、交換魔法のスキルの進化かおすすめのラインナップの追加を信じて、本部ギルド長と約束した期限が来る前にどうにか本気を出したい。
「「「「「ヒュー!!」」」」」
「おじ様、僕たちも娼館に連れてって!!」「俺もー」
授業終わりに、正門前に集まった4人とおっさん1人の5人組は、行きつけの場末の酒場である火ネズミの吐息の扉を潜ると、前日に成り行きを見ていて今日も来店している客たちから、拍手とからかいの言葉が飛び交っている。
すっかり、以前の元の関係性に戻った4人は顔を赤くしながらも席に座っている。その外見の変化で、肌と髪の毛の艶の良さから風呂付きの高級店に4人も連れて行ったと、この店の客である若い男性界隈からある意味自身に向ける注目度が上がってしまっているが気にしたくない。
今日も料理と酒の注文をする前に、真剣な話があるようで、テーブルの向かい側のマーディンの発言を待っている。他の3人はマーディンと事前に話し合っているのだろう、意見が統一してある様子が感じられる。
「まずは、おっちゃん、ありがとうございます。昨日から今日の朝にかけての経験は、俺たちの狭い世界を広げることになった。でも、現実を知っても諦めきれないし、他にどんなに良い女の人がいたとしても俺たちはカルミアさんがいいんだ」
「…それで、諦めきれないキミたちはどうするんだ?」
慣れない礼を言うマーディンは、絞り出すように4人で腹を割って話し合っただろう意見を伝えてくれる。今日も始まった若者の真剣なしゃべり場に、周囲の客も今は茶々を入れて来ない。
「…婚約者がいる相手に選んでもらえるはずはないけど、好きな女に相応しい自分になりたい。だから、魔法師として隣に立てるような男になりたい!!そのために、おっちゃんに頼みがある。…俺たちと深淵祭に申し込みして、参加してくれませんか!?」
「「「「お願いします!!」」」」
「…もちろんいいよ」
一斉に頭をこちらに向かって下げる4人の様子を見ながら、彼らから頼まれた深淵祭のことは知らないし聞いたことがないと思う。多分何かのイベントのことだろうとは思うが、安請け合いして後で若者の学生中心が参加するものでおっさんは浮いて苦労するかもしれないが、覚悟を決めた若者の決意を祝福するのに後悔はない。
「「「「「おぉぉおおおおおおお!!!」」」」」
了承をもらえて喜ぶ4人組と、周囲で固唾をのんで見守ってた酔っ払い客たちも揃って騒いでいる。王都の若者たちには当然知っていることらしいが、深淵祭とは一体何なんだろうか。詳しそうなビビに聞いてみる。
「深淵祭は、新年を迎える前後に魔法師学校に通う学生が参加する、研究の発表と魔法の実戦で争う伝統ある行事です。それぞれの2部門に、5人から10人までの集団で参加登録しますが、おいらたちは、派閥内で他に一緒に組んでくれる人もいなくて、参加したことはなかったんです」
「なるほど、初参加でも魔法師としての腕を見せて、彼女に近づける地位を得ようと言うことなのかな」
頷く4人を見ながらも、深淵の言葉を気軽にイベント名に使っているが、魔法師ギルドの幹部連中が興味無いのか、学生に許容的なのかどちらなのかと考えてしまう。とりあえず、彼らの魔法師としての腕は知らないし、魔法師学校の大会的イベントのルールもよく知らないため、大事なことは話せたので料理と酒を飲みながら作戦会議を行いたい。
「ぼくもお腹が減ってたんだ…」
酒場のマスターに芋料理と極限までに薄めた酒を人数分頼むと、ポッシュも空腹を覚えていたようで、これからは深淵祭に参加するチームの信頼関係を築く会食の場となる。
「俺は、無属性の生活魔法が得意だな」
眼鏡の位置を指で直しつつ、マーディンは説明してくれる。適性から自身と同じ無色よりの魔力の膜を持ち、ある程度のことはこなす器用な所はあるが、専門に特化した魔法師には速度と出力で劣るようだ。彼はある意味で特性がそちらにあったので、器用貧乏に特化していると言える。
「自分は、強化魔法が得意だな」
今日は席を立たずに、坊主頭を掻きながら面目無さそうにスタインは告げる。本来なら近接戦闘時に、武器と防具や自身の肉体を強化する接近戦が得意な騎士向けの魔法らしい。スタイン本人が使用するなら魔力量と質の低さと自身のひ弱な肉体では強化とは言えず、騎士を諦めざるを得なかったようだ。魔法師への強化としては、放つ魔法の質や魔力自体を強化出来るらしいが、彼自身も特性の魔法に特化するのを悩んでいるようで、完全な専門家とは言えない。
「ぼくは、補助魔法が得意だよ」
初めてここで食事を共にした時とは違い、食べる手を止めてポッシュは自身の得意魔法を自ら説明してくれている。補助魔法は、スタインのように他者と自己の強化や支援を行う魔法で、分類的には補助魔法の中の分野に強化魔法があるらしい。RPGのパーティには1人は欲しいような役職だ。
「おいらは、熱魔法が得意です」
ビビは、被っている帽子をずらすように目線を隠して恥ずかしそうにしているが、4人組の中では1番攻撃的な魔法のような気がする。ただ、本人からの説明を聞く限り、主に夏場には常温より冷やし、冬場には常温よりも温めにした飲み物を売るのに使用していたらしく、水を凍らせたり沸騰させるような魔法は行使出来ないらしい。
「私は、得意魔法は無いです」
以前に魔法師としての歴をは浅いと自己紹介したが、早くも仲間に入れたことを後悔しているような4人を見つつも、大人ぶって引っ張る所では偉そうにしても、経験が無い魔法師の分野では敬語が出てしまっている。収納スキル持ちで、実践の場では認められないが転送魔法のような使い方が出来ると伝えるが、明らかな戦力不足を感じている。
5人の内訳は、器用貧乏の無属性生活魔法特化に半端な強化魔法、支援が得意な補助魔法、攻撃には活かせない熱魔法、最後に何も出来ない素人のおっさんとなっている。4人はそれぞれの得意魔法で研究発表を考えていたようだし、実践の場での魔法師の団体戦を見たことないが、明らかに直接的な攻撃魔法を有していないメンバーだと気づいてしまう。
そんなことに気が付けば昨日のように、何となくまたお通夜な雰囲気になってしまっている。とても今から本番には期待できず、二兎を追う者は一兎をも得ずでどちらかの部門に集中して特化させた方が良いのか、何か良い作戦や抜け道が無いのかと考える。
考えるだけ絶望的な状況であるが、とりあえずは参加するからには彼らのための思い出作りではないし、勝つための努力はしないといけない。
「みんな、私に魔法を教えてください」
「いいぜ」「ああ」「いいよ」「いいですよ」
これから魔法師としての努力を行い、最低限彼らと一緒に参加してもおかしくはないレベルを目指そうと思い、彼らからも了承を得られたので頑張ろうと思う。
そして明日に、みんなで全員揃って登録の申し込みを行う約束をする。人数合わせのおっさんは素人だし、周囲のチームは発動体持ちは当然の英才教育を受けて来た魔法師ばかりなのは厳しい戦いになると思う。ここは、何か賞品が無いと頑張りにつながらないだろうと考える。
「どちらかの部門でも良い結果が出たら、またあの店に連れて行ってやるぞ。最優秀の研究に選ばれたり実践の場で優勝したら貸し切りにしても良い」
最後の締めの挨拶で伝えるが、周囲からは俺も仲間に入れてくれよと聞こえるが無視する。カルミア嬢への想いはあれど、途端にやる気になる4人を見て思う、モチベーションは大事だ。エロは力だ。
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