第20話 勇者と宗教勧誘と初ダンジョン

「…えーと、では再会と新たな出会いを祝って」


「「「「「「再会と新たな出会いに」」」」」


 初級者講習会が終わった後に、クノの所属する冒険者パーティとギルドの酒場で食事を共にしている。普段は少人数のテーブルでゲンガンとだけ食事をするが、こうやってテーブルを合わせて食べるのは新鮮な気持ちになる。石やレンガで作られた建物の中でも、家具は比較的木が多いのでこういった時に便利だと思う。


「タタールの街では菓子を売ってたのに、ここでは売ってないの?」


「いやー、菓子はちょっと差し押さえられた分があって、他の物で商売できないかとこの街に来たんだよ」


 ヒョウ柄の体毛が目立つルルと名乗る獣人が質問して来るが、アメのことを直接口に出さないのは獣人コミュニティで話が共有されていたのだろう、ありがたいと思う。出来れば、勇者候補に仕立て上げたいと考えているアレックスと会話したいのだが、他にも質問が飛んでくる。


「私たちよりも早くビキンに着いて色々やっているようですけど、どうやったんですか?」


「タタールの街の魔法師ギルドの支所長の力を…。ちょっとね」


「無礼です!!」


 自分の力で移動魔法を使って急ぎの旅をするのならともかく、支所長の配達に便乗するなんてと狐耳魔法師のクノに叱られる。護衛を雇ったりする金もなかったし、長旅に耐えられる体ではなかったと伝えて、相手の旅の話を聞いて話を逸らしていく。


「私たちも近場の街への移動ではない、長旅は初めてだったので大変でした」


「商人の護衛依頼を受けて街から街へ移動していたけど、途中の盗賊の襲撃でパーティの仲間が2人死んだ」


「それは…」


 それまで生の野菜を齧っていた兎顔のタピーが旅の過酷さを教えてくれるが、亡くなった2人はもしかしたら自由市でアメを買いに来てくれていたかもしれないので、何と言って良いのか分からない。


「その代わりに次の街で2人で冒険者活動をしていたアレックスとエレイシアを、護衛依頼を通して勧誘してパーティが組めた」


「こちらこそ経験のある冒険者と組めて助かりました」


「私はアレックス様の望むままに従います」


 何となく感じる関係性から、回復専門の魔法師と言うエレイシアさんはアレックスの従者なのだろうか。そちらも気になってしまい、つい質問をしてしまう。


「2人の出会いですか…。僕が夢のお告げで村を出て近くの街で冒険者登録をしていたら…」


「同じく神のお告げを聞いてた私が、アレックス様と出会ったということです」


「やはり…、アレックスさんは勇者だったんですね!!」


「何と!!あなたも?」


 アレックスは夢のお告げでこれから荒れる世界を救えるのはお前しかいないと言われ、エレイシアはそれを助ける運命を仕えていたブル教の神の像から導きの声を聞いたらしい。

 適当に金属製の装備を着てくれるモデルとしての勇者として扱っていたら、本当の勇者候補だったのには驚いた。おまけにエレイシアさんにはあなたもお告げを聞いた人なんですかと、パーティへの加入やブル教への入信を勧められるが、サークル活動と特定の宗教への傾倒は避けているため断る。


「創造神のようなメジャーどころではありませんが、ブル教は私たちが使用する通貨を通して世界を良くしようとするありがたい教えなんです。おまけに徳を積むにはお金を貯めることで達成でき、日々の節約と稼ぎが心を豊かにしてくれるというなんて私たちに寄り添った教えなんでしょう…」


「…そうなんですね」


 エレイシアさんは一見すると薄い色の金髪に白い肌と大きな青い目と魅力的な容姿に、服装からも清楚そうな印象を持っていたが内面は違ったようだ。そのスイッチを入れてしまったのだろう、他のパーティメンバーは誰もブル教の信者ではないらしく、それぞれの食事に集中して話を聞いていない。でも、この国の通貨のブルにあやかっている宗教は、年数としては若い宗教なんだろうが人々の生活には根差していると言えるかもしれないな。

 それに、ある意味では資本主義で生きていくには金が全てだと思うので、こちらの世界で初めて訪れたのがブル教だったら、入信して頼っていたかもしれないな。世の中には、お金で買えない物の方が大切と言う人もいるが、衣食住足りて礼節を知るようにお金で買える物を散々買ってから買えないものを求める人の言葉に思えてしまう。金で苦労している人間は金にしか興味がないし、金で買える物しか欲しくないんだよな。


「この街に来てカツと新しい酒や爪切りとかも商売にしているけど、本当は金属製の装備を売りたくてね…」


「私たちも一昨日この街に着いたけれど、この街で評判になっている物はサドゥさんが関わっていたんですね」


 結局、自身の近況に話を戻して話題を変えるが、エレイシアは傍でブル教への上納金の話をしているが、全員が話を聞き流している。


「それで装備が売れないから冒険者のことを知るためにギルドに登録して、見習いから始めて今はブロンズランクになったんだよ」


「受付の兎の獣人に聞いたけど2期連続の最速ランクアップはすごい」


 兎の獣人仲間で教えてもらったのか、受付嬢のラピは平然とこちらの個人情報をばらしているな。まぁ、周囲が知っているから秘密でも何でもない情報だろうけど。


「配達しかやってなかったけど、いつの間にか指名依頼が増えてね。ランクアップの記録はたまたまだよ」


「それでも、最速のランクアップはすごいなぁ、憧れちゃうなぁ」


 屈託なく笑いかけるアレックスはこちらを持ちあげるのが上手く、後輩に欲しいような人材に見える。だが、部下だった人間が先に出世して上司になって、彼には悪気が無いが複雑な気持ちで勝手に自己嫌悪に陥ってしまいそうな、経験したことがないがあり得そうなサラリーマンのヴィジョンが頭に浮かんでしまう。


「私たちもブロンズランクだけど、依頼をこなして功績点が溜まっているはずだから、この街のダンジョンの探索で一気にランクアップを狙っているよ」


「いいですね」


 こう同じ夢に向かって頑張れる仲間というのは、人生の中でも得難いものであり彼らの結末がどうなってしまうか分からないが、挑戦は応援したいと思う。そのためには、アレックスと個人的に話す時間が欲しいと考えてしまい、ついパーティとの会話の中でもちらちらとアレックスへ流し目のように視線を送ってしまう。そんな状況でふと頭に声が響いた。


《スズキさん!!明日のパーティでの探索後、夕方にこの街の魔法師ギルドへ来てください。お話があります》


 脳内に直接話し掛けられるような声に驚き、自身のテーブル下の足に紫の魔力の膜が伸びて触れているのに気が付く。これは…、クノからのメッセージなのか。


《了承なら、声を出さず、私に視線を向けずに2回細かく瞬きをしてください》


 若い女性からの呼び出しではあるが決して良い話ではなく、調子に乗っているおっさんに罰を与える件かもしれないが、向こうの方が魔法師として能力が上なので素直に従うしかない。

 指示通りにサインを送ると、最後に絶対に来てくださいと伝えられてメッセージを送られていた魔力の膜は離れていった。うーん、魔法の使い方は奥が深いなと思わされる。そうして、会話をパーティと続けていると今日の初級者講習の話から、明日パーティでダンジョンに日帰りで肩慣らしがてら探索するということを聞いていると、ふいに聞きなれた声が聞こえてくる。


「おう、サドゥの兄さんと、見ねえ顔のパーティだな」


「「「ゲンマ(さん)((のおっちゃん))!!」」」


 パーティの獣人連中も見間違えたのだろう、ゲンガンの姿を見てタタールの街の獣人のゲンマと勘違いしたのだろう。両者に紹介をしていく。


「こちらがゲンガンさんでこの冒険者ギルドで色々とお世話になっていて、ゴールドランクの人だから君たちも色々と相談して頼るように」


「「へー」」


「こちらが、私が前にいたタタールの街で知り合った獣人の人たちと、初級者講習で知り合ったパーティ内の新しいメンバーです」


「同じ街から来た人間がみんな間違えるくらいだから、相当似てんだろうな。いつか会ってみてぇな」


 お互いへの紹介が終わったところで、明日のダンジョン探索の打ち合わせがあるだろうとパーティたちと離れ、こちらもダンジョン体験の打ち合わせをゲンガンと行う。


「ダンジョンに入る防具は問題なさそうだが、スライムを相手するには1層から3層までだからそれで十分じゃねーか」


 ゲンガンからいくら良い装備をしてようが、それ以上の攻撃を受けたり急所に攻撃があたると人間は脆いからどうしようもないと言われてしまい、スライム相手とは言え余計に不安になってしまう。動けなかろうが全身を覆う金属製の鎧でも今から自作するか、どうにか咄嗟の防御も考えてみたいと思う。

 というのも冒険者パーティの話を聞いて、盗賊に限らず人から襲われる危険性も存在することを意識しなければならないと思い、自衛方法が気になり始めたのだ。


「あれこれ言っても失敗しないと経験にならないから、とりあえずでやってみようぜ」


 すごく古い考え方だが、確かに失敗をしないと教えられたことが何故大切なのか、それが必要なのか身に沁みないが、その失敗が命取りになる場合があるし、トラウマのような大きな傷になってしまうこともあるのを知って欲しいと思う。

 そう思いつつも結局失敗だらけの人生だから、今更1つ失敗が増えようが生きている限りは何とかなるだろうと出たとこ勝負でやっていく。



 翌日、朝一番の込んでいる時間を避けた午前中に、ダンジョンの入り口から入っていく。ダンジョンは冒険者ギルドのすぐ隣にあるが、遠目に見たらドームのような形になっており、今は冒険者が入るために解放されているが左右に開いた大きな門で管理されているようだ。


「はい、どうぞー」


 門を管理している兵士は、冒険者ギルドの身分証のブロンズランクを目にすると、そのまま探索の許可を告げる。1日に相手をする数も多いのだろう、流れ作業で次の冒険者の確認を行っている。


「じゃあ、行こうぜ」


「はい」


 先導するゲンガンに頷き、ここからは武器を携帯しようと鍛冶師のゴルドに作ってもらった合金製の槍を取り出す。戦国武将が使用しているような槍だったり、刃が多くついた十文字槍に憧れるが、実際に手に持つ槍はよく削ったような鉛筆の尖った先端みたいな形だった。

 極限まで重さと耐久性を検討してくれたのか、1日中持ち歩いたりは無理だが何とか片手で持てる重さに仕上がっている。その姿にゲンガンが腰が引けているが、似合っているとお世辞を言ってくれる。お世辞とは思いつつも、もしかしたら先祖が竹槍を使用していたとかがあったり無かったりのDNAが活かされているのかもと満更ではない気もしてくる。


「ダンジョンはみんなこんな感じなんですか?」


「もしかして新人講習も受けてねぇのか?」


 赤土混じりの地面に所々岩が転がっている、見晴らしのよい景色を見て気になったことを聞くと、質問に質問を返されるがそう言えばそんなものを受けた覚えがない。受付嬢のラピめ、こちらがおっさんで見るからに大成しなさそうだから、面倒な情報提供や説明を省いた可能性があるな。こちらもギルドに登録することしか考えていなかったから、規定等も詳しく知ろうとしなかたったのは問題だ。気を取り直して、新人講習のことを知らなかったことを伝え、改めてダンジョンについて教えてもらう。


「ここのダンジョンは一般的に多い構造で、下層に向かうにつれて魔物も強力になるが稼げる可能性が高い。世界の他のダンジョンは空に向かって伸びる上層が深層のタイプがあるらしいが、本当かどうかは見たことねぇから分からねぇな」


「へー。中の環境とかも違ったりするんですか?」


「ダンジョンは基本的に中に人間が入って来るように、浅い層はこうした土や岩だったり、石で出来た床や壁の探索しやすい環境が多い。大昔、このダンジョンが出来た時は1層が海だったらしいが、誰も奥まで進めねぇでいるといつの間にかこうなったみたいだな」


 他のダンジョンにもそれぞれ特色があるらしいが、ここのダンジョンの中層以降は、森・湖・山・砂漠・雪原といった自然環境そのままに厳しい寒暖差と環境の変化で冒険者は探索に苦労するらしいが、冒険者体験の自身には関係なさそうである。

 それよりも、ダンジョンに入って気が付いたのは魔力の膜の中にいるような感覚を感じるのだ。空間そのものが魔力の膜であるようでその中に自身が包まれており、試してみたないと分からないが、本当に魔力の膜ならばこの空間を超えて自身の待機空間にある物をダンジョンの外へ転送するのは不可能かもしれない。

 以前からダンジョンが生きていると聞いたが、こうした魔力の膜の存在や魔物を生んだり吸収することから生物的な扱いをしてもおかしくはないなと思ってしまう。


「お、いたいた」


 先に気付いたゲンガンの指さす方向に、地面を這うように進む不定形の生物である、お目当てのスライムを発見した。毎日嫌でも目にするトイレの友と、ダンジョンでも会うのは複雑な気分だが、慣れている分やりやすいと思う。


「体を崩して核を出してから潰すか、核そのものを狙うやり方で狩るのが基本だぜ。肩に力が入っているが、いけるかい」


「大丈夫です。虫は殺せる男なんで!!」


 こちらを本当に大丈夫かよと見るゲンガンを横目に、肩に入った力を抜くように一息鼻から空気を出して槍を両手で持って構える。スライムもこちらに気が付いたのか、床にこぼした水のようにじわじわとゆっくり進んでくるが、こちらから大きく1歩近づくと先に槍の攻撃距離に入る。

 気合を入れて核を狙って槍を突き出すが、上手く当たらずに狙いを外してしまう。サッカーボールくらいの緑色の透明な体に、ピンポン玉くらいの赤い核が浮いているが、いざ狙うとなると小さく感じてしまう。


「体が崩れたからゆっくりと狙え!!」


 最初の突きは核こそ外したものの相手の体にダメージを与えたようで、中心近くに穴が空いた体は動きを止めており、核が狙いやすくなっている。よし、とゲンガンからのアドバイスに従い、確実に狙いを付けて槍を突く。少し抵抗を感じるが、ガラスを割るような感触で核を割り、目の前のスライムを倒した。


「いい突きだったぜ。…こいつは魔石が無さそうだな」


「魔石って何ですか?」


「ダンジョンで倒した魔物は稀に核の近くに、魔石を持っている奴がいやがるんだよ。その魔物と魔石自体の大きさと形で宝石よりも遥かに高く取引されることがあるぜ」


 そんなことも知らねぇのかよと言いつつ、ゲンガンが説明してくれる。魔石は魔道具の動力源にもなっているようで、スライムの魔石なんて売り物にはならないだろうが、最初に倒した魔物の記念品にはなるだろうと思ったそうだ。


「スライムは子どもでも倒せるが、ダンジョンではスライムでも危険なことは変わりねぇ」


 ゲンガンから過去にダンジョンの湖で水浴びしようとした冒険者がいたが、その湖が実は全てスライムの擬態であったために中に取り込まれ、窒息させられて全身を溶かされて死んだことを聞かされる。スライムにもそういった上位種がいるが、数は力であるから例え相手が弱いと思っても油断すんなと言われる。

 そう言えば昨日の講習でも、ゴブリンの群れの恐ろしさを聞いたのを思い出し、子どものような腕力の相手とは言え、常に1対1で戦えるとは限らないし、多数に囲まれたら逃げることも出来ないかもしれないと恐ろしくなってくる。

 それでも、初めて魔物を倒せたし、調子に乗らないように自らを戒めないといけないが、気分は高揚していた。そんな中、自身のステータスの変化に気が付く。体力が101に上昇していたのだ。

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